01.虹の架け橋
(ジャッカル×乾/テニスの王子様)


「お」
一緒に街を歩いていたら、あなたが不意に立ち止まったので私も立ち止まった。
「見てみろよ、虹だぜ」
笑顔で指差した先には、確かに薄らとではあったけれど虹が架かっていて。
「さっき雨降ったからかな」
私はただあなたの言葉を肯定する。
「そうだね」
あなたはいつも真っ直ぐな眼をしていて、時々、眩しくなる。
「そもそも虹っていうのはね…」
お願いだから、そんな遠くに見惚れないで。
「へえ」
私はきっと、そこへは行けないから。
「ねえジャッカル」
「うん?」
「俺の事、好き?」
「なんだよ、突然。好きだぜ?」
「じゃあ部屋に着くまで手、繋いでて」
「いいのかよ、青学のヤツラに見つかるかもしれないぜ」
「いいよ。もう大会は終ったし。だから、ね?」
私には、わがままであなたを繋ぎとめる事しか出来ないから。
「仕方ねえなあ。ほら」
せめて差し出された手を取って、身を寄せるしか方法がない。
「何だ、今日はやけに甘えっこだな」
可笑しそうに笑うあなたのその笑顔が愛しいと。
「たまにはね。嫌?」
「いや、大歓迎」
こんなにも愛しいと、どうすれば伝えられるのだろう。




02.霞ゆく空
(丸井×乾/テニスの王子様)


窓から見える青空は、薄らと膜のような雲がかかっていた。
何で俺、こんなことになってんだっけ。
ぼんやりと逆さまになったそれを見上げながら思う。
いや、予測は出来ていたことだったけれど。
でもいざそうなってみて戸惑わないかというとそれは別問題で。
「ぃっ?!」
不意に走った首筋の痛みに意識を戻す。
目の前に不機嫌そうな顔をした丸井が居た。どうやら噛まれたようだ。
「余所事考えてんだろぃ」
「あ、うん、ごめん、ちょっと考えてた。余所事っていうか、一応丸井関連なんだけど」
「それでもアウト。こーゆー時はココにいる俺の事だけ考えてろぃ」
「ぁっ…だって、丸井…」
胸元を這う舌の動きに、自然と喉の奥で甘えたような声が漏れる。
「食っていいっつったの、乾だぜ?」
「だけど…ん…ほんとに、俺相手に勃つの?」
「勃つぜ、ほら」
ぐいっと押し付けられたその感触は、確かにその存在を主張していて。
「これ、乾んナカに挿れたい。ダメ?」
昂ぶり始めているそこに擦り付けるように動かされる。反射的に腰を引こうとするけれど、丸井はそれを許しはしない。
「ぁっ、ん、丸井っ…」
「なあ、乾ぃ」
与えられる刺激がもどかしい。それから逃れたくて、けれどもっと直接的なものが欲しくて身を捩る。
「たくさん、気持ちヨクしてやっから」
かちゃかちゃとベルトを外される音。
もう、どうでも良くなってくる。
「…返品不可だからね」
「おう。残らず食うぜぃ」
かぷりと腰を甘噛みされ、小さく喉を鳴らして笑った。




03.雪上の足跡
(切原×乾/テニスの王子様)


隣にあったはずの温もりがない事に気づいて目を開けた。
「赤也?」
「あ、起こしちゃいました?」
彼は机によじ登って外を見ていた。
「どうしたの」
「雪降ってんすよ!」
ああ、通りで差し込む光が白々していると。
「嬉しそうだね」
「だって積もってんすよ!後で雪だるま作りましょうよ!」
「ん、それもいいけどね、赤也」
「はい?」
ぺろりと布団の端を持ち上げて、おいでと誘う。
「まだ早いから、とりあえず寝よう」
その誘いに彼は机から降り、もそもそと布団の中に入ってきた。
パジャマが冷たい。それを暖めるように抱き寄せると、ぎゅっと抱き返された。
「乾さん、あったけ」
「赤也が冷たいんだよ」
「キスしていい?」
「ん?いいけど」
触れた唇も冷たくて、暖めるように口付けを深くしていくと、彼の手がするりとパジャマの裾から入り込んできた。冷たい感触に体が一瞬震える。
「してもいい?」
掌は腰から脇腹、胸へと移動していく。
「ダメって言っても、するんだろ?」
その手が与えてくれる快楽を知っている体が浅ましくも反応する。
「ダメっすか」
「…昨夜みたいに暴走しなければ」
「がんばりまーす」
邪気のない笑顔に、もう苦笑するしかなかった。




04.あの夏の追憶
(杏×乾/テニスの王子様)


「ねえ、乾さん」
駅前の喫茶店。この店は杏のお気に入りだ。
「うん」
杏はダージリン、乾はスパイスの効いたチャイだ。
二人ともコーヒーよりは紅茶を好み、だからこそ紅茶の種類の豊富なこの店は二人にとって落ち着く場所でもあった。
「あの時私が声を掛けなかったら、乾さんは私と付き合ってなかったのかしら」
乾はカップを静かにテーブルに戻し、微かに小首を傾げた。
杏は、乾のこの仕草が好きだった。
「…まあ、その確率は高いだろうね」
「だったら、乾さんは今頃他の女の子と一緒に居たのかしら」
「どうだろう。君に声を掛けられるまでは然して女の子に興味がなかったから」
「じゃあ、手塚さん辺りに丸め込まれちゃってたかしら?」
「んーかもしれないね。あの時、結構もうどうでもいいやとか思い始めてたし」
杏と付き合うまで、乾は手塚を始め、数人の男に迫られていた。乾としては迷惑でしかないのだが、しかし今までの交友から切り捨てることも出来ずにいた。
友人だと思っていた男に、しかも複数から恋愛感情で迫られ、精神的に疲れていた乾は、もうその中の一人と付き合ってしまった方が早いのではないかと思い始めていた。
「同性にもてるってのも大変ですね」
そんな時、声を掛けてきたのが杏だった。
「うん、凄く疲れたんだけどね。でも逆を言えば、手塚たちに迫られてなかったら今頃、それこそ君は俺に声を掛けてくれなかったかもしれない」
彼女は疲れた顔をして公園のベンチでぼうっと座り込んでいた乾を引っ張ってこの店に連れて来た。そうして紅茶を飲みながら半ば愚痴と化したそれを聞いてくれた。
そして、彼女は自分が虫除けになりましょうか、と提案した。彼らは乾が特定の相手を持たないから諦めない。ならば自分と付き合った事にして、彼らを遠ざけてみるのはいかがでしょう。と。
「そうでもないですよ」
紅茶を一啜りして笑う杏に、乾も少しだけ微笑った。
始めは付き合っているフリだったけれど、今は本当に好きだと思う自分が居る。
彼女の優しさと明るさにどれほど救われたか。
「だって、ずっと私、乾さんとお近付きになれるチャンス狙ってたんですから」
知らなかったでしょう、と悪戯っ子のように笑う姿に、そうだね、と乾も笑う。
「初めて聞いた」
何でも聞いてください。杏は笑う。
「もっと私の事、知ってくださいね」




05.冷めかけた珈琲
(日吉×乾/テニスの王子様)


目の前のコーヒーから立ち上る湯気が消えてどれくらい経っただろう。
日吉は一つ溜息を吐いた。
あの人は、まだ来ない。
あの人に遅刻癖があることなんて嫌というほど知っている。
だから、待ち合わせから三十分まではもう諦めた。諦めざるを得なかった。
けれど、その三十分まであと二分。
日吉は読んでいた小説を閉じ、鞄にしまった。
テーブルに置かれた携帯を手に取り、腕時計を睨みつけながら残り時間を数える。
あと一分。
電話しようと携帯電話を開くと同時にコンコン、と窓ガラスを叩く音がした。
あの人が窓の外で申し訳なさそうに苦笑し、顔の前で手を合わせている。
謝るくらいなら初めから時間通りに来い、なんてもう何度言ったことか。
日吉は席を立ち、レジへ向かった。
結局、コーヒーは手付かずのままだった。
コーヒー代はあの人に請求しよう。




06.星の輝き
(亜久津×乾/テニスの王子様)


生物は死んだら星になる、なんて、誰が言い出したのか。
俺にそれを教えたのは、母だった。
五歳の頃、俺は初めて「死」を知った。
母のパートナーであり、俺たちの家族であった犬が死んだ。
泣きじゃくる俺に、母はそう言って俺を慰めた。
死んだら星になる。
ならば空は墓場なのか。
そしてあの星々は墓標なのか。
あれから何年か経った後、不意にそう思った。
別にそれを信じてるわけでもない。けれど、夜空を見上げるたび、それを思い出してしまうのだ。
亜久津にそう語ったら、バカじゃねーの、と言われた。
うん、まあ否定はしないけれど。
でも、いつか自分があの星の一つになるのだと思うと、死んでそれで終わりって思うより、少し、楽しくない?
亜久津はきっと、楽しくねーよって言うんだろうけど。
でも、うん、そうだね。
生きて、亜久津の側に居る方が、ずっと楽しいよね。




07.夢から覚めて
(手塚×乾/テニスの王子様)


プロになりたいなんて夢を見ていた時間は、小学生で終わった。
パートナーと同時に、俺は夢も見失っていた。
けれどテニスをやめることはできなくて。
そんな時、出会ったのが手塚だった。
その当時、手塚は右手でプレイしていた。
けれど、すぐに左手が利き手なのだと気づいた。
才能というものを、見せ付けられた気がした。
自分とは違うと。
自分は違うのだと。
けれど、だからこそ彼に勝ちたいと思った。
手塚に勝つためにトレーニングを増やし、努力を重ねた。
そう、きっと、縋るものが欲しかったのだ。
打倒手塚を掲げることにより、テニスを続ける理由を得た。
惰性でも無く、未練でも無く、確固たるものを欲した。
そうして俺は、再びテニスをする喜びを取り戻した。
勿論、昔のように無邪気にただボールを追いかけていた頃にはもう戻れないけれど。
それでも自分はテニスが好きなのだと、思うことができた。
だから、切っ掛けとなってくれた手塚にはそれなりに好意を抱いていたのだが。
その手塚から好きだと言われたのは、二年生の終わりだった。
今まで俺は男を恋愛対象として見た事もなければ考えたこともない。だからそう言って断ったのだが、嫌いでないのなら付き合って欲しい。付き合ってみてそれでも駄目なら諦める、と手塚は食い下がってきたので、特にそれ以上の断る理由が見つからなかった俺はそれを受け入れた。
最初の頃は楽しかった、というか、気が楽だった。
付き合っていると言っても一緒に帰ったり、休みの日に二人で出かけたりする、その程度だった。だから特にそれを意識しなくて済んだのだ。
けれど春休みになり、手塚の部屋で宿題を片付けている時にそれは起きた。
手塚にキスされた。
一瞬の放心の後、状況を理解して焦った。
そうだった、手塚と恋人として付き合ってるんだった。うん、すっかり忘れてた。
そのまま押し倒されて、いいか、なんて聞かれた日には思わず何が、と聞きたくなる。が、聞いた先にある答えはきっと聞きたくない答えなのだろう事は簡単に予測がついたのでとりあえずごめん、と謝っておいた。俺悪くないのに。
だって俺も男。なのに男に押し倒されているこの現実。いや手塚と付き合う事になった時点でこの事態がいつか訪れることは十分予測できたことなのだが。
ていうか今まで手すら繋いだことなかったのにそれってどうなの。いやそれ以前に俺が抱かれる側に無条件で位置されているのもどうかと思うのだが。
あの時の俺はちょっとテンパってたんだと思う。何故だ、なんて無神経に聞いてくる手塚に、俺もね、一応男なの。でね、男の俺が男に抱かれるって言うのはね、とっても勇気がいることなの。わかる?わかれ。だからもう少し待って欲しいなあ。なんて。
これ以上にないくらい丁寧に説明してやると、暫く考え込んだ後、手塚は俺を解放してくれた。でなければ蹴り入れてでもどかせる事になったのだが。
その後はまるで何事も無かったかのように宿題を終わらせて、普通に帰って来た。
手塚にも性欲はあったんだなあ。
ぼんやりと遠くを眺めながら脳内データを書き足していく。
正直な話、知りたくなかったなあ、そんなデータ。
だけど、どっと疲れた反面、それもまた吝かでないと思ってしまっている自分もいて。
さて、どうしたものか。




08.影追いの夕暮れ
(知念×乾/テニスの王子様)


目が覚めると、そこに居たはずの姿が無かった。
「ちぃちゃん?」
返事はない。
枕代わりにしていた座布団の傍らに眼鏡が置かれている。自分で外した覚えは無かったので、彼が外したのだろう。
眼鏡を掛け、辺りを見回す。しかし室内に目的の姿は無い。
ゆっくりと身を起こすと肩からタオルケットが滑り落ちた。これも彼がかけてくれたのだろう。そこから這い出してのそりと立ち上がる。
襖を開け、縁側に出ると外は紅一色だった。
庭の緑も、今は紅に染まっている。
知念は、何処に行ったのだろう。
きょろりと辺りを見回す。知念の家は広い。けれど大抵は誰かしらの気配があったものだが今はそれが無い。
一枚の静止画に迷い込んでしまったような感覚。
「ちぃちゃん」
それを打ち破るかのように乾は声を上げた。
かたん、と勝手口が開く音に乾は振り返る。
「ハル、起きたかあ」
買い物にでも行っていたのか、白いビニル袋を手に提げた知念が乾を見て笑った。
「ちぃちゃんっ」
乾は裸足のまま縁側を飛び出し、庭に降り立った。
そのまま知念に飛びつくと、彼は乾を抱きとめてぽん、とその背を優しく叩いた。
「ハル?なした?」
「ん、あのね、」
轟、と頭上を戦闘機が通り過ぎていき、乾の呟きはかき消される。
「ん?」
「ん。なんでもない」
小首を傾げる知念に、乾は少しだけ上体を離して微笑った。




09.ためらいの溜息
(真田×乾/テニスの王子様)


好きだと言われて、付き合うようになって半年が過ぎた。
真田の家に泊まるのも、これが初めてではない。
のだが。
「……」
深夜、不意に目が覚めて乾は静かにその身を起こした。
そのまま暫くぼうっとしていると、次第に目が暗闇に慣れてくる。
隣を見れば、もう一組敷かれた布団で真田がこちらに背を向けて寝ている。
その後姿にそっと手を伸ばし、けれど触れる寸前でその手を止め、溜息を一つ吐いて伸ばした手を引いた。
「……これって、別に友達でもいいんじゃないのかな…」
溜息混じりに小さく呟く。
人前では手を繋いだことなんてないし、自室でわざわざ繋ぐ必要もない。
そりゃあまだお互い中学生なのだから急いで一線を越える事は無いだろうけれど。
キスくらい、したっていいんじゃないだろうか。
「……」
はあ、ともう一つ溜息を吐いて乾は布団越しに立てた己の膝にぽすりと額をくっつけた。
幾つめかの溜息を吐いて、乾はそのまま目を閉じた。




10.Good night, Dear.
(大和×乾/テニスの王子様)


大和部長はいつもマンションの前まで送ってくれる。
最初の頃は一人で帰れると断っていたのだが、今はもう言っても無駄だと諦めている。
悪い人ではないのだけれど、良い人というわけでもない。
その独特な雰囲気は、つい気を許すと調子を狂わされる。
厄介な人だと思う。
けれど、嫌いではない。
並んで歩く時は車道側を歩くし、利き手を掴むことは滅多にしない。さりげない気配りの出来る人だ。
送ってもらう間、あの人が話すことは雑学めいたことが多く、聞いていて飽きないし、何より沈黙が落ちても気にならない。
だから自分なりにこの人を気に入ってはいるのだが。
「では、おやすみなさい、乾君」
たまに、無性にこの人を困らせてみたいと思うこの衝動は、何なのだろう。
この人に関わると、分からないことばかりが出てくる。
「…おやすみなさい」
もっと、データを集めなければ。
そうすれば、きっと。

 



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