01.絡んだ指先
(知念×乾/テニスの王子様)


「俺ね、知念の指、好きだよ」
そう囁くように告げて乾は知念の指を玩ぶ様に己の指に絡める。
「ほっそりしてて長くて、ごつごつしてる感じが好きだな」
「…ぃやーもな」
ぼそりと呟くと、え?何が?と小首を傾げられ、なんでもない、と首を振る。
それでも知念の指を玩ぶのをやめないその指に自分から指を絡ませ、手を握りこんだ。
「だぁ、がんまりすんな」
食べたくなるから、とその手を引き寄せて口付ければ擽ったそうに笑う声がした。
「ウサガミソーレー」
片言の沖縄弁に知念も笑い、それでは遠慮なく、と乾を押し倒した。
「くわっちーさびら」




02.君の声が
(甲斐×乾/テニスの王子様)


俺もうヤバイかもしれない。
電話口で開口一番、彼はそう乾に告げた。
「甲斐?何かあったの?」
すると彼は深刻な声音で告げた。
俺、お前の声だけでイけそう。
「しなすよー」
絶対零度の笑顔で返すと、沖縄弁使う乾もイイ!と逆に喜ばれた。
「甲斐クン、ちょーぼってかすー」
そう言って問答無用で通話をオフにすると携帯電話をベッドの上に放り投げた。
きっと今頃一人遊びに励んでいるだろう性少年を思う。
何で俺、あんなのが好きなんだろう。
ちょっと真剣に悩んでしまった。




03.定時の鐘
(真田×乾/テニスの王子様)


閉門三十分前を知らせる鐘の音が校内に響き渡り、乾はノートから顔を上げた。
それと同時にテニスコートから部員がわらわらと出てくる。
鐘が鳴ると同時に終わる片付けに、毎度の事ながら感心してしまう。
青学だともう少し余裕を持って片づけを始めないと閉門に間に合わなくなってしまう。
立海と比べて閉門時間の早い青学では、今頃はきっと皆帰っているだろう。
あ、そういえば手塚にメールするの忘れてた。
偵察に行くから部活休むね、と告げたらやれ到着したらメールしろだの何かあったらすぐ電話しろだの(お前コートに携帯持ち込む気?)五月蝿かった。
携帯電話を取り出して開いてみると、メールが何通も届いていた。
全部手塚からで、しかも乾からの返信が無いため一通ごとに大げさになっていっている。
今何処だ、とか無事か、とか知らない人についていくなよとか、俺を何だと思ってるの。
やれやれと溜息を吐いてノートと筆記用具、あとハンディカメラを鞄にしまった。
それから漸く手塚へのメールを打つ。
≪これから帰るよ。真田と≫
送信完了の文字が現れると同時に手塚からのメールを受信拒否設定にして電源を切った。
何故か真田を毛嫌いしている手塚の事だ、速攻で電話してくるだろうから。
そして電話が通じないとなれば延々とメールを送ってくるだろうから。
ああもう小姑かあいつは。
携帯も鞄に放り込むと、聞きなれた足音に振り返った。
「待たせたな」
「いや、平気。帰ろう、真田」
真田の傍らに立って歩く。歩調が軽いのは仕方ないだろう。
だって久しぶりに真田の家に泊まるのだ。嬉しくないはずがない。
「楽しそうだな、乾」
「勿論。今日はずっと真田と一緒に居られるしね」
腕組んだら怒られるかな、と思ったのでちょいっとシャツの裾を引っ張ってみる。
少しだけ照れたような、不器用な笑い方をする真田が愛しくて、乾はちょいちょいと繰返しシャツの裾を引っ張ってみた。
「こら、乾」
「だって、ね?」
「む…」
「ふふ」
明日、部活行ったら手塚が泣きついてくるだろうなあ、とふと思ったが、今は取りあえず無視する事にした。




04.残り香の行方
(木手×乾/テニスの王子様)


「木手ってさあ、何か香水つけてる?」
くんくんと犬のように顔を寄せてくる乾から咄嗟に身を引けば、そんな質問が投げかけられた。
「つけてませんよ。何ですか突然」
「うん、何かね、木手からいい匂いがする」
シトラス系?と小首を傾げる仕草に、ああ、と思い至って木手は肩を竦めた。
「ヘアワックスの匂いでしょう」
いつもは無香料のものを使っているのだが、間違えて香料入りのものを買ってしまったのだ。余り好きではないが勿体無いからと使ってみたのだが、乾は早速それに気付いたらしい。
「俺は好きだな、この匂い」
そう言って子供っぽく破顔する乾の笑顔に木手は苦笑する。
やはり後でいつもの無香料のものを買って来よう。
そして香料入りのものは乾と会う時だけ使おう。
香り一つでこうも無邪気に笑う乾の姿を見るのは自分だけでいいのだから。




05.一輪の白花
(田仁志×乾/テニスの王子様)


「田仁志君ってさ、可愛いよね」
真顔で言われて一同は黙り込んだ。
言われた本人も黙り込んだ。
けれど空気を読まない乾は「ね」と同意を求める。
「例えば、どこが、そう、なのか聞いてもいいですか」
代表して木手が問うと、乾は小首を傾げて田仁志を見た。
「丸っこいところとかぷにぷにしてるところとか一重瞼のところとか…あとは、そうだな、唇が肉厚で気持ちいいところかな」
ね、と人差し指を唇に当てて微笑む姿は一輪の白花のように艶やかで、一同はソウデスネ、と言うしかなかった。




06.茜色の街
(手塚×乾/テニスの王子様)


「さすがに十月にもなると日が落ちるのが早いね」
教室の窓から茜色の空を見上げて乾が言った。
「ああ…乾、待たせたな。行こう」
決裁の終わった書類を手に立ち上がると、ねえ、手塚、と乾が壁から身を起こしながら呼んだ。
「少し、寄り道をしようか」
悪戯めいた笑みに誘われて辿りついたのは、屋上だった。
誰もいない屋上もやはり茜色に染まっている。
「うん、やっぱり少し肌寒いかな」
「屋上に来て、何をするつもりだ」
すると乾は何も、と微笑った。
「ただ時間ギリギリまで、ここでぼーっとしよう」
給水塔に登り、空を見上げる。
茜色の空に幾筋もの雲の帯。
見下ろせば等しく茜色に染まった街並み。
それが少しずつ紫を帯びていく。
肩を寄せ合ってただじっとそれを眺めていた。
そして時間が来るとさあ帰ろうと乾が立ち上がったので頷いて給水塔から降りた。
屋上を出て校舎を出て、先程まで見下ろしていた街並みの中に二人して混ざっていく。
何を話したわけでもなかったけれど、それは心地よい時間だった。




07.響く歌
(天根×乾/テニスの王子様)


「天根っていい声してるよね」
「そう、ですか?」
突然そんな事を言われて目を丸くしている天根に、乾は大きく頷いた。
「うん。『筑後川』の『河口』とか歌ったら迫力ありそう。特に筑後平野の百万の〜の辺りとか」
「乾さんの方がいい声してると思いますけど」
そう言い返すと、乾はそうかなあと首を傾げた。
「でも俺に河口は似合わないと思うなあ。そもそも大声出すキャラじゃないし」
「キャラじゃないって、音楽の時間とかどうしてるんですか」
「口パク。好きじゃないんだよね、大声出すのって」
「歌のテストとか無いんですか?」
「無いよ。六角にはあるんだってね」
「ありますよ!毎学期毎学期一人ずつ音楽準備室に呼び出されて歌わされるんですよ!」
「あー俺青学でよかった」
「超ヒトゴト!ヒドイ!」
あはは、と乾が笑い声を上げる。
「ごめんごめん」
そうやって笑ったり喋ったりする声を聞くと、やはり歌ってもよく通ると思うんだけれど。
「今度カラオケ行きましょうよ」
「却下。持ち歌ないもん俺」
「じゃあ、校歌でもなんでもいいから、歌ってください。俺だけの為に」
乾は暫しきょとんと天根を見つめた後、「いつかね」とふっと微笑った。
今がいいのに、との要請は聞き入れられそうにも無かった。




08.甘い飴を
(榊×乾/テニスの王子様)


「榊さんってべっこう飴とか食べたことありますか」
イタリアンの店で夕食を済ませ、榊の車で乾をマンションまで送っている時の事だった。
不意にそう聞いてきた乾をちらりと横目で見て前を向く。
「私とてそれくらい食べたことはある」
「ああいう昔ながらの飴とかって好きです?」
「嫌いではないな」
「でも自分から食べようとはしないですよね」
赤信号で車が止まる。何が言いたいのだろうかと視線を向けると、「手を出してください」と彼は薄暗い車内の助手席でにこりと笑った。
「?」
言われるがまま左手を差し出すと、その掌にかろんと軽やかな音を立てて一つの飴玉が落ちてきた。
「飴?」
掌のそれと乾を見比べる。彼の手には今では珍しい、緑色の飴缶があった。
「後輩に貰ったんです」
おすそ分けです、と笑う仕草が子供っぽくて、普段の落ち着いた姿とのギャップに榊は微笑して有難くそれを頂く事にした。
「赤缶のサクマ式ドロップの方も好きですけど、俺はスモモ味が好きなので緑缶のサクマドロップの方が好きなんです。この前、部活仲間と話の弾みで赤缶と緑缶の違いを説明したら後輩がそれを覚えてたらしくてわざわざ買ってきたんですよ」
つらつらと流れるように語る穏やかな声を聞きながら、榊は車を発進させる。
からころと口の中で転がる飴は、酷く懐かしい味がした。




09.月明かりの公園
(橘×乾/テニスの王子様)


乾と橘は恋人同士と言う関係ではあったが、さほど頻繁に会っているわけではなかった。
家が比較的近いとはいえ基本はメールと電話で、実際に会うのは月に一度程度だった。
お互い部活が忙しかったし、何より二人が付き合っていることは秘密だったからだ。
男同士ということもあったし、他校、しかも身近なライバル校となると、幾ら当人二人が気にしなくとも周りの士気に関わる。特に橘を柱としている不動峰側への影響は大きいだろう。
だからばれたらばれたでその時だが、取り敢えずは黙っておこうというのが双方の見解だった。
「お兄ちゃん、今夜は月が綺麗ね」
けれど、この妹だけは別だった。
妹にだけは話してもいいだろうかと持ちかけたときの乾の表情を今でもよく覚えている。
「ああ、そうだな」
何処か困ったような表情で微笑っていた。
苦笑していたのは杏に打ち明けることに対してではない。
きっと、逐一お互いに確認しなければならない状況に対してだろう。
不動峰の柱である橘と青学の参謀である乾が付き合うということは、そういうことなのだ。
けれども乾は橘を選んだし、橘も乾を選んだ。それに後悔はない。
「少し、出かけてくる」
ラケットで肩をトンと叩きながら玄関に向かうと、いってらっしゃい、と声が掛かった。
現状に後悔はない。
けれど、こんな月夜の晩は。
「やあ、橘」
公園の中央にある噴水の前にはすらりとした長身が立っていた。
手にはテニスラケット。
「おう、乾」
まるで月明かりに導かれたように乾はそこにいた。
こんな月夜の晩は、不意に、そして無性に会いたくなる。
コートも何も無いこの公園で、公衆便所の壁に向かって交互に壁打ちをして。
乾が打ったボールが薄汚れた壁に当たって橘に向かってくる。
それを打ち返し、壁を経てまた乾が打ち返す。
打ちながら他愛もない事を話す。
学校の事、部活の事、後輩の事、そして少しだけ、これからの事。
そうして話題が途切れると同時に壁打ちも終わる。
乾がトーンと夜空高くボールをバウンドさせる。
それを橘が受け取って、ポケットにしまう。
「それじゃあ、また」
「ああ、またな」
そうして軽く手を振って別れる。
打ち合わせたわけじゃない。約束していたわけでもない。
ただ月明かりが無性に誘うのだ。
会いにおいでと。
そしてまた、夜が来るたび月を見上げる。
今夜の月は、輝いているだろうか。




10.夜明け前には
(ジャッカル×乾/テニスの王子様)


夜明け前には帰らなくてはならない。
乾はそう思いながらも自分を戒める腕の中から抜け出せずにいた。
戒める、と言っても物の例えであって別に拘束されているわけではない。
きつく抱きしめられているわけでもない。
ただ優しく抱き寄せているだけの腕。
解けないわけではない。けど解きたいわけでもない。
ただこの温もりの中でまどろんでいたい。
「…ん…」
ジャッカルがもそりと動いた。起こしてしまっただろうか。
けれど彼は少し身動きしただけで再び穏やかな寝息を立て始め、乾は安堵する。
夜明け前には帰らなければならない。
朝の自主トレもあるし、夕べ出来なかった分もやりたい。
本当は泊まる予定ではなかったのだから。
けれど、もう少し。
未だ暗い室内がもう少し白み始めるまで。
もう少しだけ、このままで。

 



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