01.木漏れ日の午後
(柳×乾/テニスの王子様)


貞治が寝ている。
他校で、しかも屋外で。
幾ら木陰とはいえ木漏れ日まではカバーできてはいない。
何と言うことをしてくれているのだこの男は。
お前のこの白い肌が焼けたらどうしてくれる。
貞治は自分の肌の貴重さを分かっていない。
ずぼらな貞治の事だ、今でも何の手入れもせず洗顔料も適当なのだろう。
日焼け対策なんて精々帽子を被るくらい。(しかもそれは日焼け対策が目的ではなく純粋に日差しが眩しいから!)
なのにこの抜けるような白さに肌理の細かさ。その肌触りも恐らく昔と全く劣っていないのだろう。
ああ、その肌に触れたい。
しかし今は昔のように気軽に触ることは出来ない。この欲に際限はないのだ。
だから最初の一歩を踏み出してはいけないのだ。
「……あのさ、蓮ニ」
「ああ、起きたのか貞治」
「いや、起きたっていうか、その、考えてること全部口に出す癖、まだ直ってなかったんだな」
「ああ、煩かったか、すまんな」
「いや、そうじゃなくて………まあいいか」




02.夕陽と下り坂
(菊丸×乾/テニスの王子様)


秋も深まる頃となれば夕暮れはあっという間で、だらだらと緩い下り坂をだらだらと下らない事を話しながらだらだらと歩いていれば茜色は気付けば紫色に変わっている。
「ねえ、乾」
辛うじて茜色の残った空。夕陽はもう半分以上が沈んでいる。
「どうした、菊丸」
歩みを止めた菊丸の二歩後に同じ様に立ち止まった乾が振り返る。
「…あのさ、乾もさ、高等部でも、テニス続けるよな」
真っ直ぐに見据えて問うと、乾は数秒の沈黙の後、そうだね、と応えた。
「テニスは半生を共にしてきたパートナーだからね。早々簡単には手放せないよ」
乾の長い指がくいっと眼鏡の位置を直す。夕陽を反射するレンズは相変わらず向こう側を見せようとしない。
いつもはそれが当たり前の事なのに、今はそれがやけに気にかかる。
こうして見据えているつもりでも、本当は乾は視線を逸らしているのかもしれないと勘繰ってしまう。
「…そっか!」
菊丸はそれらを振り払うようににかっと笑って乾の腕に飛びついた。
「それじゃーまた一緒にレギュラー目指すぞー!」
じゃれ付く菊丸を乾は苦笑しながら受け止める。
菊丸はおどけながらも脳裏にこびり付いて離れない言葉を繰返し心の中で乾に問いかけ続けた。

ねえ乾、外部受験するって、ホント?

たったの一文が、笑顔の裏側で今も聞けずにいる。




03.手を繋いで
(切原×乾/テニスの王子様)


赤也は、何というか、俺と付き合うということに抵抗が無いらしい。
いや、抵抗があるなら初めから告白などしてこないだろうが、そういう意味ではなく、男同士で付き合っている、という事をこれといってどうとも思っていないみたいだ。
俺はというと、隠すのもばらすのも相手の考え方にあわせるつもりだったし、そもそも赤也に告白されるまでは男性を恋愛対象として見た事は無かったのだが、実際好きだと言われてみるとそれも有りだとあっさりと納得できてしまったくらいなので抵抗は無い。
なので赤也は二人で出かける時はデートと言って憚らないし、人前でも好きだの愛してるだの言ってくる。
青学ではちょっとした騒ぎになったのだが(手塚をはじめレギュラー陣全員に様々な形で思い直せと説得された)立海では結構受け入れムードだ。というか、面白ければそれでいいようだ。
といっても真田はああいう性格だから相変わらずいちいち怒鳴ってくるし、蓮ニは明け透けなのが気に入らないのか、赤也がそういう事を言うと危険球を打ち込んでくるのだが。(赤也の危険球癖は確実に蓮ニのせいだ)
ともかく、赤也はそういったことを隠そうとしない。
なのでこうやってデートをしている時は当然のように手を繋ぐことを要求してくる。
最初こそ多少「いいんだろうか」的な事は思ったのだが、けれど嬉しそうに手を差し出してくる赤也が可愛くて結局堂々と手を繋いで歩く事になっている。(しかも所謂恋人繋ぎだ)
ああそういえば一昔前にこんな感じの洗剤のCMがあったなあ。
ふとそんな事を思って、けれど言うのはやめておいた。(年齢疑われるから)
人の目が全く気にならないわけじゃない。
だけど赤也がとても楽しそうにしているから、それでいいと思うのだ。
これがきっと、恋というものなのだろう。




04.噴水と虹
(跡部×乾/テニスの王子様)


跡部邸の庭を散策している最中、乾はその片隅に水場を見つけて駆け寄った。
「あーん?何やってんだ乾」
「跡部、水出してもいい?」
ホースの先を握って聞けば、好きにしろとの応えがいただけたので乾は早速蛇口を捻った。
ホースの先からぶわりと溢れ出す透明な水。
その先を空に向けて乾は思い切り先端を潰した。
「おわっ!おい乾!濡れるだろうが!」
「あはは、ごめんごめん、でも見て、ほら、虹!」
潰されたホースの口から細かい粒になって降り注ぐ水飛沫はちかちかと光を反射して小さな虹を造り出していた。
「ガキみてえな事してんじゃねえよ」
「いいじゃない、ねえ跡部、何色見える?」
「あーん?虹つったら七色だろ」
「でもね、沖縄の方だと二色なんだって。赤と黒、または青に見えるらしいよ」
満足したのか、ああ楽しかった、と水を止めてホースを元通りにした。
「そもそも虹が七色だって言い出したのはニュートンでね、」
プリズムがどうの音階がどうの果てには民族性がどうのと語る乾の表情はとても生き生きとしていて、跡部は苦笑しながらも逐一その話に相槌を打つのだった。




05.同じ目線で
(不二×乾/テニスの王子様)


「うーん」
不二が何やら唸りながらまじまじと見上げてくるので乾は少々居心地が悪かった。
「…どうかしたかい、不二」
「うん、ちょっとね」
そしてまたじっと乾を見上げていたかと思うと、突然「乾、おんぶして」と言い出した。
「は?」
「だから、おんぶ」
「いいけど、取りあえず理由聞いてもいいかな」
「乾と同じ目線になってみたいから」
「…それならそこの階段で一段差をつけて立ってみればほぼ同じになると思うんだが」
「乾ってば分かってないなあ、こういう平坦な場所でやってみたいの」
ホラ早く、と急かされて身を屈めると失礼しまーすと冗談めかした声と同時に不二が圧し掛かってきた。
その脚を抱えてひょいと立ち上がると、背後で喜色を帯びた声が上がる。
「わあ、乾におんぶしてもらっちゃったー!」
「…目線がどうのっていうのはどうなったの」
「えー?それもあるけどー乾に密着できて一石二鳥、みたいな?」
「……」
ちょっと落としてやろうかと思ったけれど、後が怖いので止めておいた。
そうしたらそれを見た菊丸が次俺もー!と言い出して、何故か越前もそれにのっかかってきて、結局一日に三人も背負う羽目になった。
まあコレはコレで筋トレだと思えばいいか、と思って背負っていたら何故か海堂に怒られた。何でだろう。




06.果てしない青
(仁王×乾/テニスの王子様)


二人で揃って芝生の上でごろんと寝転がって空を見上げた。
果てしない青とはまさにこのことだろう、一筋の曇りも無くただひらすらに青が広がっている。
「雲が無いと無いでなんか物足りんのぉ」
仁王の呟きにそうだねえ、なんてのんびり返す。
「でも、ここまで綺麗に無いと、いっそ清々しいね」
「おまんによう似とるわ」
「俺?どこが」
「どこまでも一色で曇りが無いとこ」
「…それって誉められてるの?」
「誉めちょる誉めちょる」
乾のじとっとした声に仁王がははっと笑う。
「昔、雲に乗ってみたい思わんかった?」
「それ昔蓮ニに言ったら『雲を形成している雲粒の核は埃や塵だ。そんなものの上に貞治を乗せるわけにはいかない』って言われた」
するとげらげらと笑い声が上がって、視線の端で仁王が脚をばたばたさせているのが見えた。
「さすが参謀!昔からそんなんじゃったんかい!」
「そんな蓮ニに対して『蓮ニは物知りなんだな!』って感動してた自分のアホさ加減が泣けてくる」
笑い声は止まらない。寧ろひーひーと引きつったものが混じってきた。
「乾は昔っから口だけやのうて頭も緩うかったんじゃな」
コレは確実にバカにされているので足を伸ばして蹴飛ばしてやった。
それでも笑い声は暫くの間、止まらなかった。




07.空白を埋める言葉
(越前×乾/テニスの王子様)


「乾先輩が好きっす」
越前はよくそう言って甘えてくる。
子猫がじゃれてくるようなそれは可愛くて、好きなようにさせていると額や頬、唇の端、あちこちに小さなキスを落とされる。
くすぐったくて微笑うと、眼鏡を奪われて目尻にもキスされる。
「スキ、乾先輩ダイスキ」
越前は何度も何度も繰返しキスの雨を降らせながらそう囁く。
「俺、せめて乾先輩と同い年に生まれたかった。そうしたら二年早く乾先輩と出会って二年分たくさんスキって言えたのに」
少しだけ悔しそうに囁くその額に口付けを返して微笑む。
「そう?俺は今の越前が一番好きだけれど」
「…だって、乾先輩、新聞部の取材ん時、年上がスキだって」
拗ねたような口調に、ああアレ、と思い出す。
「女性は年上の方が落ち着いてて話しやすいからそう答えただけであって、好きなのは越前だよ」
「ホントに?俺でいいの?」
「越前がいいの」
そう笑うとちゅっと唇を啄ばまれた。
「乾先輩、ダイスキ」
そしてまた、キスの雨が降り出すのだ。




08.星に願いを
(日吉×乾/テニスの王子様)


夜、自室で参考書を開いていると携帯電話が震えた。メールだ。
ディスプレイには「乾さん」の文字。
メールを開いてみると、相変わらずの一文。
≪今流れ星見ちゃった≫
これがあの人じゃなければだから何だと放置するのだが。
≪よかったですね≫
取りあえずそれだけ返しておいた。他に何を言えというのだ。
すぐに返信が来た。また携帯を開く。
≪若が会いに来てくれますようにってお願いしておいた≫
何となくむかっと来てカコカコとメールを打つ。いつも以上に力が入ってるように見えるのは気のせいだ。
送信。
≪アンタが星に願いをって柄ですか。会いたいならさっさと来たらどうです≫
するとすぐに携帯が震えた。着信。「乾さん」の表示。
「はい」
『じゃあ遠慮なく、ということで来ちゃった』
「…は?」
咄嗟に意味を図りかね、理解した瞬間立ち上がって襖をすぱーんと景気よく開けた。
閉ざされたガラス戸。庭。生垣。
その向こうにひょこりと覗く長身。
『ランニングついでに来ちゃった』
ひらひらと手を振るその姿は間違い無くあの人で。
ああもう、何でこの人はこんなにバカなんだろう。
そう思いながら日吉はガラス戸の鍵を下ろし、からからと開けた。
無論、あの人を迎え入れるために。




09.奏でる旋律
(大石×乾/テニスの王子様)


耳に心地よい低音が小さく第九のメロディーを象っていく。
珍しいな。大石は思う。
乾が鼻歌を歌ってる。しかも第九。
何かそんなに嬉しいことでもあったのだろうか。
「乾、上機嫌だな」
素直に本人に聞いてみることにする。
すると乾は一層嬉しそうに微笑った。
「うん。ずっと欲しかった資料が手に入ったんだ。嬉しくて」
「へえ、何がって聞いてもいいのかな」
「いいよ。あのね、ユーゴーの『エルナニ』の原書」
さっぱりだ。
乾は何に関しても興味を示す雑食なのでどういう系統のシロモノなのかも分からない。
「ええと、小説なんだね?原書って事は英語?」
「フランス語。戯曲なんだけどね、面白そうだったから」
そしてそのまま延々とあらすじを語られ、あれ、これだけ詳しいならもう読む必要ないんじゃないか?とも思ったけれど、原書を読むということに意味があるのだろう、大石はそう思うことにした。




10.帰る道
(亜久津×乾/テニスの王子様)


コンビニからの帰り道、乾はふと傍らの男を見た。
「亜久津ってさ、案外几帳面だよね」
すると「お前は案外ずぼらだけどな」と返された。
「俺の事はいいの。亜久津の部屋っていつ行ってもきちんとしてあるし、歩きタバコするくせに床綺麗だし」
すると亜久津は暫くの沈黙の後、「てめえのせいだろーが」と呟くように答えた。
「え?俺?」
「てめえがいねえと暇でしょうがねーんだよ」
すると今度は乾が暫くの間沈黙した。
「…で、暇潰しに部屋の整頓したり掃除機かけたりするの」
「悪いかよ」
「悪くないけどね」
じゃあさ、と小首を傾げてその顔を覗き込む。
「俺と一緒に棲んだら掃除しなくなるの?」
「……」
亜久津は胡散臭そうに乾を眺めた後、「回数増える」と答えた。
「てめえすぐ散らかすだろうが」
「片付けてくれるの?」
「てめえもやるんだよ。つーかてめえで散らかした分はてめえでカタつけろや」
「やだよ俺そういうの気にしないもん。気になる人がやってよ」
「てめえ」
シメようと手を伸ばすと笑い声と共にひらりとかわされる。
そして亜久津の前でぴたりと立ち止まり、彼はにこりと微笑った。
「こんな俺でも貰ってくれる?」
「……」
亜久津はポケットから煙草を取り出して咥えるとジッポーで火をつけた。
もう煙草を吸ったからと言って騒がれる年でもない。
亜久津は自立していたし、乾は大学院に籍を置いている。
夢絵空事で済む年ではなくなってしまった。
「わかって言ってんのか」
ふーっと白い煙を吐き出して言うと、わかってるよ、と目の前の男は笑う。
子供っぽい笑い方に、出会った頃の方が余程大人びていた気がする、と亜久津は思う。
まるで年を経るごとに子供に戻っていっているような理不尽な男。
中学の頃から囚われっぱなしだ。
唯一、ごちゃごちゃ言われても許せる人間。
「……取りあえず、三キロ太らせる。てめえ痩せすぎ」
とん、と指先で灰を落としながら言うと、乾は目を丸くした後、満面の笑みを浮かべた。
「重くない?」
「軽いくらいだバーカ」
そして二人は再び並んで歩き出した。
帰る場所は、これからは一緒なのだから。

 



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