01.木枯らしの中庭
(柳×乾/テニスの王子様)


丸井からガム貰った。
そう報告したら、餌付けされるなよ、と笑われた。
されないよ、とちょっと怒ってみると、そうか、と頭を撫でられた。
蓮ニ、と呼ぶ声がする。
今行く、と返す声に俺は言おうと思っていた言葉を飲み込んだ。
また後でな、と軽く手を上げるお前に手を振り返してまたノートを開く。
ひゅう、と風が吹いた。もう秋だ。少し冷たい。
ぱらぱらとページが捲られていく。
けれどそれを止める気になれず俺はただそれを見下ろした。
ボールを打つ音がする。
風が吹く。
ぱらぱらとノートが捲られる。
ああ、少し、寒いなあ。




02.合わない合鍵
(亜久津×乾/テニスの王子様)


先に部屋行ってろ。
そう言われてやってきて、あれ?と小首を傾げた。
鍵が開かない。
鍵穴から引き抜いた鍵を見下ろす。確かにこの鍵だ。
もう随分前に亜久津がくれた彼の部屋の合鍵。
既に何度も使っているのだからこれで開く筈なのだが。
「何やってんだテメエは」
ぽつねんと立ち尽くしていると、亜久津が帰ってきた。
「亜久津、鍵が開かない」
小さな鍵を手にしょぼんとしていると、あー、と彼は乱暴に後ろ頭を掻いた。
「そういやノブ換えたんだったわ」
「なんで?」
「壊れたから」
「壊れた?」
結局亜久津に開けてもらい、部屋に入りながら経緯を聞いた。
つい先日の事だ。
亜久津は鍵を何処かで落としてしまったらしく、部屋に入ることが出来なかったらしい。そしてマンションの大家はその日に限って居なかったらしい。(大家としてそれはどうなのかと思うが今はそれは置いておく)
なので力任せにドアノブを捻ってみた所、あっさりと壊れてその穴から指を突っ込んでドアを開けたらしい。
結果、ドアノブを付け直したので鍵も変わったそうな。(大家は怒っただろうが多分亜久津の迫力に負けたんだと思う)
「ねえ亜久津、それ、壊れたって言わないよ」
「あ?壊れたんだろが」
「壊した、が正解だと思うんだけど」
「変わんねーよ。ほらよ」
ぽいっと投げられたそれを咄嗟に受け止める。
小さくて固い感触は、さっき亜久津が使ったばかりの鍵だ。
「次からそれ使え」
亜久津の指先の体温を吸った合鍵は、少しだけ暖かかった。




03.抜けるように青い空
(榊×乾/テニスの王子様)


「綺麗ですね」
そう彼が笑って空を見上げるので、私も彼に習って空を見上げてみた。
確かに抜けるような青い空だ。美しいと思う。
何処までも続く青を見上げながら気付く。
空に感慨を抱いたのは、いつ以来だろうか。
年を経るごとに、純粋な事を忘れていっている気がする。
傍らの彼を見ると、彼は未だ空を見上げている。
楽しそうな、無邪気なその横顔に何処か懐かしさすら感じる。
彼もまた、いつか空を見上げなくなる日が来るのだろうか。
それでも今、この瞬間に。
「君とこの空を見れて、良かった」
青空を背に笑う君の姿こそが、何よりも美しいと思った。




04.明滅する街灯
(不二×乾/テニスの王子様)


部活が終わって、その後に少し二人で自主連をして。
帰路につく頃には、辺りは薄暗くて。
視線の先に、明滅する街灯が見える。
あと少し、あと少しでそこに差し掛かる。
「ねえ、乾」
ぱっと灯りが灯った。
「なに、不二」
ぱっと灯りが消えた。
「何で僕に付き合ってくれるの」
乾の顔がよく見えない。
「海堂と約束してたんじゃないの」
また灯りが灯った。でも乾の顔を見ることは出来ない。
自分と乾の爪先をじっと見下ろす。
「別に約束してたわけじゃないし、海堂にはちゃんとメニューを渡してあるから問題ないよ」
ぱぱっと灯りが消えてすぐ灯った。少し、苛立つ。
まるで街灯に自分の心の中を読まれてるみたいで。
「何で僕に付き合ってくれるの」
もう一度、最初の問いを繰り返した。
今度はちゃんと乾の顔を見上げて聞いた。
乾は少しだけ困ったように微笑った。
「不二が気になるから、じゃダメかな」
「それって、データがってこと?」
「データも欲しいけど、私的にも気になるから」
「それって好きってこと?」
「そうなのかな」
「わからないの」
「興味と好意、半々ってところかな」
「僕に興味を持ってくれるってことはそれも好意だよね?」
「感情を好きか嫌いかのどちらかにカテゴライズするならそうなるね」
「じゃあ好意が100%ってことじゃないかな」
「…そうなるのかな」
「そうだよ、絶対」
だからねえ、乾。
「僕と付き合ってよ」
街灯の下、乾はふんわりと微笑った。




05.途切れた音楽
(千石×乾/テニスの王子様)


千石の部屋に来ると、いつも音楽が流れている。
それはけたたましいものではなく、さりげないもので耳に障るものではないのだが。
余り音楽と積極的に接してこなかった身としては、自室でBGMというのは珍しい気になってしまう。
内容はクラシックだったり流行物だったりと何を基準に編集しているのかは分からないが、穏やかなものばかりだ。
だからか、千石の部屋に来るとつい眠くなってしまう。
さっきまでは千石が喋りたくっていたから眠気も何も無かったのだが、二人で一冊の雑誌を読んでいる時にこの音楽はかなり来るものがある。
すると千石はそういう気配をすぐに察して「寝ていいよ」と笑うのだ。
「俺、乾くんの寝顔好きなんだよね」
「もしかして、いつも音楽かけてるのはそれ目的?」
にこにこと笑顔で言う千石をじと目で見る。が、彼がそんな事で引く訳が無い。
あっさりと「うん、そうだよー」と笑顔で言われてしまってはこちらの毒気も抜けるというものだ。
「…三十分経ったら起こして」
「りょうか〜い」
むすっとしながらベッドに潜り込む。眼鏡を外してベッドサイドに置くのも忘れない。
千石がいつもつけてる香水の仄かな匂いに包まれて目を閉じる瞬間が好きだ。
付け上がるから本人には言わないけど。
ふつりと全ての元凶である音楽が止められる。途端、二人の気配が近くなった気がする。
せめてもの抵抗に、シーツを頭まで被って寝ることにした。




06.欠けた角砂糖
(橘×乾/テニスの王子様)


乾は甘党でもないのに紅茶に角砂糖を幾つも入れる。
普段は砂糖自体入れないくせに、角砂糖となると話は別らしい。
角砂糖が少しずつ欠けていくのを見るのが好きなのだと言う。
それを見たくて結果、とても甘い紅茶を飲む羽目になると分かっていても幾つも入れてしまうらしい。
といっても精々四つまでが限度らしく、四つめを見終わるとさっさと掻き混ぜて一気に飲み干してしまう。味もへったくれもない。
けれどまるで理科の実験に夢中になる子供のようなその無邪気さが可愛くて、つい注意するのを怠ってしまう。
それどころか。
「乾、貸せ」
自分と乾のカップを交換してしまう始末。
結果、乾は合計八個の角砂糖を溶かすことに成功するのだ。
そして最早紅茶ではなく紅茶風味の砂糖水と化したそれを飲みながら、乾は笑う。
「ありがとう、桔平」
その笑顔が対価ならば、砂糖水と化した紅茶も悪くない。




07.窓を伝う雫
(菊丸×乾/テニスの王子様)


「あーあ、雨降ってきちゃったにゃー」
昼休み、降り出した雨を眺めながら菊丸は机にぐでーっとだれていた。
「この調子だと、室内筋トレかな」
前の席に座った不二が同じ様に外を眺めながら言う。
と言っても体育館は既に満員御礼なので、運動部にとっては恒例の校舎内トレーニング。
つまりパワーリストやアンクル、ベストなどを着けての階段ダッシュが主になる。
「俺、あんまりアレ好きじゃないんだよねー」
「菊丸は飛ばしすぎるんだよ」
カロリーメイトを齧りながら乾が言う。
乾は特進クラスなので、こちら側のクラスに来るととても浮く。
ただでさえその長身と整った容貌で人の目を惹き付けると言うのに、そこに特進というレッテルが貼られて更に目立つ。
しかし当の本人は全く気にした様子も無く、勝手に使われて無い椅子を菊丸の隣に引っ張ってきて座っている。
「もう少しペース配分を覚えたほうがいい」
「だってさー階段って飛ばして上って何ぼじゃん」
下りは一段ずつって決められているのだからせめて上りくらい好きに上らせて欲しい。
「まあいいけど、その代わり、今日は新作だから」
新作、の一言にげっと引きつる菊丸と、わあ、と喜色を浮かべる不二。
「ちょちょちょ乾〜!またヘンなの開発したの?!」
「変とは失礼な。きちんと栄養学に基づいて」
「あーもうわかったわかったってば!栄養がどうのってのは!問題なのは味なの味!」
すると乾は少し考え込んで、はて、と小首を傾げた。
「普通だと思うんだがな」
「ハイ嘘!!じゃあもし不味かったらキス一回!」
「基準が良くわからんが、何はともあれ、美味かったらペナルティにならないじゃないか」
「やっぱり不味いんじゃんかー!!」
ああもう!頭を抱える菊丸とそれを可笑しそうに見ている不二を眺めながら、乾はやはり小首を傾げるのだった。




08.最後の一文字
(手塚×乾/テニスの王子様)


「漁火」
「微意」
「錨」
「理解」
「愛しむ」
「無為」
「…烏賊」
「貝」
「……稲穂」
「本位」
「…乾、さっきからイばかり廻ってくるのは気のせいか」
「確実に故意ですが。最後の一文字を同じにするのはしりとりの基本だよ」
「…そうか」
「はい、手塚の負け」
「何故そうなる」
「だって次は基本だよ、のヨからなのにそうかって言ったから」
「………そうか」




09.真っ白な情景
(海堂×乾/テニスの王子様)


「見事に積もったねえ」
あたり一面、真っ白な雪景色。
昨日の夜、ランニングをしていた時から降り始めた雪は朝まで降り続いたらしく、朝起きてカーテンを開けたら真っ白だった。
それでもジャージを着込んでいつもの川原に向かうとすでにそこには長身のあの人が立っていた。
そしてそう言って笑い、更にジャージだけの自分を見て笑う。
「寒くない?」
そう問いかけてくる人は、しっかりコートにマフラーに耳当てまでして完全防備だ。
確実に自主トレをする気は感じられない。
「…平気っす」
「でも冷やすのは良くないから」
そう言ってコートのポケットに突っ込んでいた手を出して(手袋までしてやがった)すぽんと手袋を手から引き抜いて差し出してきた。
「はい」
意図を察していや、でも、と言い淀んでいると、俺はコレがあるから、とポケットから小さな袋を取り出した。
カイロまで持ってやがった…。
「…っす」
おずおずと受け取って填めてみる。少しだけサイズが大きくてむっとした。
でもあの人の体温が残ってて、それを逃さないようにぎゅっと握りこんだ。
「…ありがとう、ございます」
「いいよ、気にしないで」
マフラーに顔半分埋めて、ふわふわの真っ白な耳当てを着けて柔らかく笑う姿は本当に可愛くて。
今ここで抱きしめたらこの人は怒るだろうか。
そんな事を思いながら手を握ったり開いたりした。




10.路上の花びら
(観月×乾/テニスの王子様)


春は好きではない。
あれこれと忙しいし花粉は飛ぶしで良いことなんてありゃしない。
けれど乾はそう愚痴る観月に笑って路上を指差した。
「見て、観月。道路が薄ピンク」
確かに道路は無数の桜の花びらで埋め尽くされており、薄ピンクだ。
だがそれがどうかしたというのか。
顔に出ていたのだろう、乾は楽しそうに笑う。
「だってほら、道にも花が咲いてるみたいじゃない」
花が咲いてるのはあなたの頭の中なんじゃないですか。
そう思ったが言うのはやめておいた。
余りにも楽しそうにそういうので、そうですね、とだけ返した。
この花びらたちはすぐに踏まれて泥にまみれて千切れて消えていく運命だ。
けれど、それを知っていても尚、綺麗だと笑う乾の笑顔がとても楽しそうで。
少しだけ、春も良いかもしれないと思ってしまった自分は現金な人間だと思った。

 



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