06.振り向く笑顔
(柳生×乾/テニスの王子様)


柳生は背後から乾に声をかけるのが好きだ。
乾君、と声をかけると彼はゆっくりと、しかし決して遅くは無い速度で振り返り、そしてその先に柳生の姿を認めるとまるで、そう、使い古された表現をするのであれば、花が綻ぶように笑うのだ。
そしてその淡い色の唇が柳生、と紡ぐ。
その瞬間が、柳生は何より好きだった。
しかし相手の背後から声をかける、という状況は余り廻ってくるものでも無く。
しかも柳生と乾の生活圏は残念ながら離れており、待ち合わせにしても先に到着するのは大抵柳生の方だ。
けれど希少であればそれはそれで価値が高い気がする。
彼の所作に優劣をつけるなど愚かしい所業ではあるのだけれど。
それでも彼の後姿が振り返り自分を見つけた途端、柔らかな笑顔を浮かべるあの瞬間が何よりも愛しいと。
そう、思うのだ。




07.花一輪
(丸井×乾/テニスの王子様)


今日も今日とて堂々と立海のコートの外でノートを纏めていると、丸井が駆け寄ってきた。
「ほい」
ずいっと差し出された手の先には、小さな花が一輪、握られていた。
「くれるのかい?」
念のため確認してみると、丸井はにかっと笑った。貰って良いようだ。
小さな白いその花を受け取り、礼を述べると彼は「あっちに一杯咲いてたんだぜぃ」とその方向を指差して得意げに言った。
「あっちって…どう見てもコートの外なんだけど…」
どうやら他の面子が打ち合っている内に抜け出していたようだ。
「気にすんな」
しかし当の本人はからからと笑っている。乾は苦笑し、花を持つ手とは反対の手を丸井の髪に伸ばした。
「ありがとう」
くしゃりと撫でると彼は嬉しそうに目を細めた。
普段は子犬のようにじゃれてくるのに、こういう時は猫のような反応をする。
「丸井!」
しかしコートからの怒り交じりの呼び声に彼はびくんと体を竦ませると乾に短く謝って身を翻した。
雷を落とされている丸井を見ながら乾はくつくつと笑い、そして手にした小さな花を見下ろした。
「シロツメクサ、か…」
マメ科シャジクソウ属の常緑多年草。
別名クローバー、オランダゲンゲ等。
江戸時代にオランダからガラス器が送られてきた際、壊れないよう、乾燥したこの草を詰め物にしたことから「白詰草」の名が生まれたという帰化植物。
つらつらとデータを脳内で再生し、やがて乾は穏やかに微笑んだ。
「花言葉は堅実、約束、感化…私を想って、だったかな?」
きっと彼はそんな事知らずにこの花を渡したのだろうけれど。
かわいいこと、してくれるじゃないか。
帰ったら栞にしよう。
そう思いながら乾はその小さな花にそっと口付けた。




08.夕闇の陰影
(手塚×乾×手塚/テニスの王子様)


手塚はいつも乾と帰路を共にする。
それは道が別れるまでの僅かな距離だったが、手塚はそれだけで十分だった。
自分と乾がどういう関係なのか、手塚自身よく判っていない。
手塚は乾が好きだったし、乾にもそう告げた。
けれど乾はそれに頷いただけで拒絶することも受け入れることも無かった。
いつもどおりの変わらぬ日常。
最初は戸惑ったし、明確な意図を示さない乾に苛立ったりもしたのだが、今ではこれで良いと思っている。
もしかしたらこれが乾なりの優しさなのかもしれないのだから。
下手にそれ以上を望んで、距離を置かれたくはない。
乾が自分を拒絶しないでいてくれる。
ただそれだけで良かった。
「手塚」
あと少し歩けば二人の時間も終わりという頃、不意に乾が手塚を呼んだ。
呼ばれるままに乾を見上げると、彼は手塚を見下ろしていた。
「乾?」
逆光になって表情が良く見えない。
その分厚い眼鏡だけが光を反射して、困惑気味の表情をした手塚を映し出している。
「手塚…」
いつもの他愛の無い話をする時のトーンとは違う、一層低いそれに手塚はぎくりとする。
まさか、と嫌な予感が湧き上がる。
多くは望まない。だから、傍らに在る事くらいは許して欲しい。
そう願って今まで乾の傍らに在った。
けれど乾はもうそれすら耐えられなくなってしまったのだろうか。
乾、と呼んだ筈なのに、声が喉に詰まって音にならない。

「手塚、あのね…」

紡ぎだされた言葉に手塚の切れ長の眼が見開かれる。
ああ、これは夢だ。現実であるはずが無い。
けれど。

「乾っ…!」

そうして、一つの世界が終わりを告げた。




***
バッドEDかハッピーEDかはご想像にお任せします。
何か、曖昧な話が書きたかった。(爆)




09.約束を一つ
(真田×乾/テニスの王子様)


一つだけ、約束して欲しい。
俺から離れる時は、そう言って欲しい。
真田の気持ちが俺から離れる時が来たならば、それはそれで仕方ないと割り切るから。
だから、黙っていなくなる事だけは止めて欲しい。
そう言って柔らかく微笑む姿が痛ましくて、真田は乾を抱きしめた。
こんな所でも蓮ニが残した傷痕は乾を、そして真田を苦しめる。
蓮ニの高笑いが聞こえてきそうだ。真田は乾を抱く手を強めながら目を閉じる。
弦一郎よ、貞治が俺から本当の意味で離れられることは永遠に無いのだ。
そう笑っていた蓮ニの声が今も耳にこびりついて離れない。
真田、大丈夫だよ、大丈夫だから。乾は笑う。
俺の事は気にしなくていいから。乾は穏やかに笑う。
そうではない、そうではないのだ。
何故俺と共に歩もうとはしないのだ。何故そこから動こうとしないのだ。
けれどそれを口にすることは乾を追い詰めてしまうようで。
真田はただ、乾を抱きしめる事しかできなかった。




10.君という色彩
(跡部×乾/テニスの王子様)


「跡部、跡部」
ぽん、と肩を叩かれて彼を仰げば、乾は空を見上げていて。
「見て、虹」
「あーん?」
視線の先を見上げてみれば、確かにそこには虹が架かっていて。
それがどうした、と口にしようとして、けれど彼がこちらを見下ろして微笑ったので口を噤む。
「キレイだね」
その笑顔が彼にしては珍しく無邪気なものだったので。
「……そうだな」
お前の方が綺麗だ、なんて使い古した言葉を使うほど跡部は馬鹿ではない。
ただ頷いて、彼と共に鮮やかな虹を見上げた。

 



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