様々な情報には、それを知る為の媒体となるものがある。
実際目にする事より、大抵の人はそれをテレビや口コミ、雑誌や新聞から入手する方が多いだろう。
だが、中には真実を歪曲されたものであったり、面白おかしく書きたてられる事も屡で。
だけどまあ、一般的な人達からしてみればそれは他人事であって、テレビや紙面を賑わす人達と自分は偶然や余程の事が無ければ関係を持つ事は無くて。
雲の上の出来事。
そう思って、油断しきっていた。






アイリスの扉






「こんにちは〜!」
いつもの様に船仕事が終わってからジムへ赴くと、鷹村達がにやりと笑って一歩を出迎えた。
木村だけは何とも言えない微妙な表情をしていたが。
(何なんだろう?)
小首を傾げ、いつもの三人の輪へと辿り着くと、鷹村と青木のにやにやした笑いを一身に受ける事となった。
「おいおい一歩、面白れえことしてくれるじゃねえか」
「は?何がですか?」
青木の言葉にきょとんとする。
「お前、この前大阪まで何しに行ったんだよ」
更には如何にも「知ってるけど敢えて言わせたい」という表情でにやつく鷹村に、一歩は余計に訳が分からないと言った表情になる。
「千堂さんの試合観に行くって言いましたよね?」
寧ろ大量に土産を買わされたのは記憶に新しい。
「それがどうかしたんですか?」
わざわざ聞いてくるという事は、彼等のにやつきはそれが関係しているのだろう。
だが、一向に彼らが喜びそうな事は何も無かった気がするのだが。
というより、あったとしても何故今更そんな事を言うのだろう。
「これな〜んだ!」
鷹村が差し出したのは、一冊のボクシング雑誌。
「…月刊B・B…ってこれがどうかしたんですか?」
この雑誌は偶に見掛ける。とは言っても平積みではなく、どこの書店でも棚に一冊二冊ある程度の雑誌だ。
一歩自身は藤井の所の「月刊ボクシングファン」しか購入していないが、確か以前藤井が「あの雑誌は粗悪品だ」と、批判と言うよりは寧ろ苦笑の域で語っていた覚えがある。
発行部数もそれほど多くなく、ゴシップも明らかに強引にこじ付けたと分かる、笑って済ませられる程度のものばかりなのでボクシング界のギャグ雑誌として見られている傾向が強い。
「そこの折り目付けてあるページ、見てみろよ」
「?あ、ここですか?」
言われた通り折り目のあるページをぱらっと開き、
「…………」
固まった。
その記事の大きさは一ページの半分程度だったが、一歩の思考を停止させるには十分の記事だった。
「…なっ…ななななな!?!?」
フリーズから解けた一歩は今度は一気に顔を真っ赤にして、「な」以外の言葉を忘れてしまったかのように「な」を繰り返す。
「なんですかコレーーー??!!」
そこには、二人の人物が額をくっ付けて笑いあっている姿だった。
二人はそれはもう楽しそうに笑っていて、これが他の誰かなら一歩とて「微笑ましいなあ」の一言で終わったかもしれない。
が、その二人の内の左側はどう見ても自分で。
更には右側の人物はこれまたどう見ても千堂武その人で。
ちなみに見出しは『F級王者と前王者、真夜中の密会!』…もう少し頭を使え。
いや、こんな記事に頭使われてもそれはそれで困るのだが。
そして、こういう類のゴシップ記事には良くある文面が写真の下に細かに並んでいる。
「いやあホモだホモだと思っていたが、まさか千堂とデキてるとはなあ〜」
「いや、鷹村さん、始めっからコイツら怪しかったですしねえ〜」
鷹村と青木が一層笑みを深めてわざとらしく語り合う。
木村は一人貼り付けたような笑みを浮かべてそれを眺めている。
「ちっ、違います!誤解ですって!!」
わたわたと手を振りながら一歩はその時の状況を話し始めた。



試合は千堂の僅か2RKOで幕を閉じた。
千堂曰く、
「さっさと倒さなキサマと遊ぶ暇無くなるやろ」
らしく。
とっとと着替えた千堂は挨拶に来た一歩を連れてジムのメンバーと共に祝勝会とは名ばかりの飲み会へと繰り出した。
で、解散する頃には立派(?)なハイテンション酔っ払い一号と二号で。
何が可笑しいのか、二人して些細な話にケタケタ笑いながら歩いていたのを覚えている。
その中で、お互いの試合の話になって。
「今度こそ倒したるで〜!」
「え〜!僕も負けませんよ〜!」
アッハッハッハッハ!
無駄にバカ笑いを繰り広げ、二人の笑いが収まった頃に「何やと〜ぅ?」と千堂がごつん、と額同士をぶつけた。
「あいたー!」
「ワイが負けるっちゅーんかーい!」
「僕だって負けませ〜ん」
至近距離で一瞬、お互いキッと真顔になるが、次の瞬間、ぶはっと二人して吹き出していた。
「あ〜あかん!降参やわ!」
「わ〜!千堂さんに勝った〜!」
体を起こし、再びケタケタと笑いあう。
恐らく、この時に写真は取られたのだろう。



「…という事で、別にそんなんじゃないんですって!」
相変わらず真っ赤になりながら一歩がそう説明するが、鷹村たちがそれで退く訳が無い。
単に一歩をからかいたいだけの彼らにとって、記事が事実か嘘かなんていうのはどうでも良いのである。
そして木村は鷹村たちの影で何故か「よしっ」とガッツポーズをしていた。
「もう!知りません!!僕、ロード行ってきます!!!」
ばたばたとロッカールームへ駆け込み、タオルを手に未だ何か言おうとしている鷹村たちの前を駆け抜けて一歩はいつものコースへとダッシュした。



そして隙あらばからかってくる鷹村たちを「平常心、平常心。聞えない、聞えない」などと遣り過ごしたその夜。
一歩は電話機の前で正座して、今日の事を千堂に話していた。
『おお、アレな!ワイも今日見せられたで!柳岡はんがえっらい怒りおってな〜』
「僕も会長に怒られました…」
鷹村が雑誌などに出ているのは世界チャンピオンだから、と思っていたが、翌々考えて見てみれば、自分とてフェザー級日本チャンピオン。ボクシング界だけで考えれば今まで「雲の上の人々」と思っていた地位に相当したりするわけで。
鴨川に「もう少し王者としての自覚を持て」とどやされたのだ。
『せやけど、どうせなら見開きでどーんと載せて欲しかったわ〜』
笑いながらそういう千堂の言葉に、一歩は「はい!?」と上擦った声を上げる。
『幕之内一歩はワイのもんやーて知らせたらな』
「え、あ、う、」
一瞬にして真っ赤になった一歩は、「だって」だの「でも」だのをごにょごにょと呟いている。
『好きやで、幕之内』
先程までとは違って柔らかな笑みを含んだその声に、一歩も穏かな笑みを浮かべて「はい」と応えを返す。
「僕も千堂さんが大好きです」
そして自然とその記事の話題から違う話題へと移っていき、それから暫くして一歩は受話器を置いた。
「おやすみなさい、千堂さん」
嬉しそうな笑みを浮かべ、一歩は少しだけ痺れた脚を摩りながら立ち上って自室へと向かった。

「モノクロっちゅーのがイマイチやな〜。出版社電話したらこの写真貰えんかなー」
千堂の部屋に、例の記事の切り抜きが額縁に入れられて飾られているなどとは思いもせずに。







+−+◇+−+
テーマは「千堂さんとのデート(笑)が激写されてしまった。新聞記事ネタ」でした。(笑)
本当は千堂さんが乱入するはずだったんですが、どうもまだ一歩SSを書き慣れていない所為で人数が多くなると話が進まなくなってしまうんですよね。ああ、こんな所でも文才の無さが・・・。
そしてさりげに木村さんが一歩狙いだと判明。いやどうでも良いですが。(酷)
この話ってネタ自体は一歩に嵌まって一番始めに出来たのに、一歩SS四作目にて漸くお目見え。
それにしても相変わらずエセ関西弁ですみません。というか田舎弁混じり。私自身が酷い方言持ちなのでどこがおかしいのか判断つきません。(爆)まあ笑ってスルー願います。
さて、次はホーク×一歩第二弾です。またマイナーを・・・って感じですが。
頑張ってイバラ道を駆け抜けたいと思います。(笑)
おまけ。アイリスの花言葉は「貴方を愛す」です。
(2003/05/22/高槻桂)

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