あいうえお題

何ですと?!
(後藤×女達海/ジャイアントキリング)

※前中後の中の後


会議中、達海は隣に座る松原にこそりと耳打ちした。
「あのさ、松ちゃん、ちょっと病院行ってきて良い?」
まさか、と達海を見れば、笑みの中にどこか辛そうな色が見えていた。
「う、産まれそうなんですか」
数日前から前駆陣痛が来ていることは知っていたが、まさかまさか。
「うーん、産まれるかも」
「早く言って下さいそういう事はー!!!」
後藤GMー!!と松原が叫ぶと後藤が慌てて席を立って寄ってきた。
「か、監督、産まれそうって!!」
「達海!本当か?!」
「さっきから陣痛の間隔が十分も無いんだよね。これってやばいんだよな?」
「いつからだ!」
「えーと、会議始まった頃からだから…一時間くらい前?」
痛みに引き攣った笑みを浮かべる達海に後藤もまた早く言え!と怒鳴った。
「とにかく!表に車回してくるから!!」
慌てて飛び出していった後藤を見送り、達海はあーと呻いて椅子に持たれかかった。
「もう何かほんとこの痛み、勘弁して欲しいんだけど」
よっこいしょ、と声をかけて椅子から立ち上がると徳井が慌ててドアを開けた。
「監督、ゆっくりでいいですからね!ゆっくり!」
「言われなくてもそうするって。ていうかお前らは会議続けとけ。これ監督命令」
そう言い残して達海は会議室を出る。
「松ちゃんも戻ってていいのに」
「万が一の事があってはなりませんからね」
松原に付き添われながら壁伝いに廊下をゆっくり歩いていくと、トレーニングルームから世良が出てきた。
「あれ、監督どうしたんすか」
「おー世良、どうもとうとう産まれるみたいだわ」
「マジッすか!!」
すると世良はトレーニングルームに向かって「監督、子供産まれそうだって!」と叫んだ。
「え!マジッすか!」
「とうとうッスね!」
丹波、石神に続いて椿が顔を出し、その後ろに杉江と黒田の姿も見えた。
「か、監督、頑張ってください!」
「おーお前らもトレーニング励みなさいよ」
ひらひらと手を振ってトレーニングルームの前を通り過ぎる。
玄関を抜け、無事に後藤の車まで辿り着くと後藤がドアを開けて待っていた。
「まだ早いって帰されたりして」
助手席に座りながら笑う達海に、後藤もまた「遅いよりはいいさ」と苦笑してドアを閉めた。



***
この数時間後に後藤立会いの下、美幸が生まれましたとさ。





煮え切らない反応は誰のせい?
(後藤×達海/ジャイアントキリング)

※前中後の後のその後。


「なあ、後藤」
美幸が食べ零したご飯を拾いながら達海が言う。
「何だ?」
「今日、村越にバラしちゃった」
何をだ、という言葉は喉の奥で止まった。
言葉にするより早く悟った。美幸の事だと。
「…そうか、言ったのか」
「うん」
美幸はミニハンバーグを食べるのに夢中だ。
「村越は、何て?」
何も、と達海は自分の食事に戻る。
「俺、言うだけ言って帰ってきちゃったし。だから知らない」
ぽりぽりと漬物を齧る姿にそうか、と後藤は茶碗をテーブルの上に置いた。
「…複雑?」
小首を傾げて言う達海に、後藤はそりゃあな、と苦笑した。



***
特に意味は無く、ただこんなやり取りが合ったんだよ的な。





塗り変えた真実
(村越&達海/ジャイアントキリング)

※前中後の中の後くらい


達海がチームの全員に己が先天性転換型両性具有者であると、そして妊娠中であると知らせた後。
村越は達海の部屋を訪れていた。
「お前の言いたいことは分かるよ、村越」
達海はいつもの炭酸飲料の栓を開けながら言う。
「父親が誰か、知りたいんだろ?」
「…本当に、後藤さんの子なのか」
「……」
達海はくぴりと一口飲んでからじっと村越を見た。
可愛い村越。
今でもそう思う。
けれど達海はもう、選んだのだ。
「…後藤の子だ。お前がどんな答えを望んでいるかなんて知らないけど、それは確かだ」
「……」
村越の唇が何か言いたげに薄く開き、けれどそれを押し殺すようにきつく結ばれた。
「……そうか」
やがて呟かれたその一言に、達海は何処かで落胆している自分に気付いた。
けれどこれで良いのだ。達海はぎりっと奥歯を噛み締めた。



***
きっとこれが最後のチャンスだったのに。





ねえ、知ってる?
(達海/ジャイアントキリング)

※前中後の中の後くらい


その日は練習が終わるとミーティングルームにチームメイト全員集められた。
何だ何だという雰囲気の中、達海がホワイトボードに一つの言葉を書いた。
『先天性転換型両性具有』
「はーい、この言葉知ってるやつ手ぇ上げてー」
達海の問いかけに途惑いの空気が流れつつもちらほらと手を上げるものが数名。
「はい、じゃあ椿」
「はひ!?」
その中で一際そろりと手をあげていた椿は、突然の指名にびくりと背筋を伸ばした。
「じゃあこれが何か答えてみろ」
「あ、あの、男の人が女の人になったり、女の人が男の人になる、やつ、です」
「んー大まか過ぎる。ドリ、もうちょっと詳しく」
手を上げていた一人である緑川をマーカーの先で指すと、緑川は顎を撫でながら答えた。
「そうだな…一定の周期で本来の性別とは違う性別に肉体が作り変えられる体質、か?」
「そんなとこかな。じゃあ、身近にそういうヤツがいるって人ー」
ぐるりと見渡すが、さすがに誰一人手を上げない。
ちらりと村越を見るが、彼もまた沈黙を保っている。
「まあ殆どのやつはテレビとかで知ってるって程度だろう」
だーが。達海はにっと笑ってホワイトボードをノックする。
「お前らはこれからコイツと関わっていく事になる」
何故なら、と自分の胸元を指して達海は言い切った。
「俺がその先天性転換型両性具有者だからだ」
ざわり、と小波のような動揺が広がっていく。
「あの、良いッスか」
そんな中で手をあげたのが赤崎だった。
「何だ」
「俺はテレビで見たことある程度なんであんま知識がないんですけど、監督がそうだからって何か問題あるんすか」
別にわざわざ言わなくても言いと思います。
淡々と言う赤崎に、そうだよねーと達海も笑う。
「言う予定無かったんだけどさーちょっと困った事態になっちゃって」
俺、後藤と付き合ってるんだけどさー。達海は何食わぬ顔で本日二個目の爆弾を投下した。
「は?!監督ホモなんすか?!」
世良の言葉にそーかもねーと達海は笑う。
「まあお付き合いしてるとお手々繋いで、なんてことだけで済まない訳じゃん?いい大人なんだし」
「はあ」
「やることヤッた結果、子供が出来ちゃいました」
ざわっと先ほどとは比べ物にならないくらいの声が上がった。
「マジっすか!」
「監督、お目出度って事っすか!」
「じゃあこれからの試合どうするんだよ!」
黒田の怒鳴り声に達海は「それは今までどおり。出産予定二月後半だし」とへらりと笑った。
「フロントもオッケー出たし、問題ない問題ない」
出させた、の間違いだろきっと、と何人かが思ったが口に出すものは居なかった。



***
「塗り変えた真実」の前の話。



のろいのうたを
(達海/ジャイアントキリング)

虫が見えるようになって暫くして。
今度は小人が見えるようになった。
服装は白雪姫に出てくる小人のような、あんな服装だ。ぽんぽんの付いた帽子も被っている。
けれどその体型は痩せぎすで顔は醜悪な老人だった。
そんな小人は何人も達海の視界の隅でちょろちょろし、何が可笑しいのかニヤニヤと笑っていた。
それをそのままリチャードに告げると、リチャードはまた主治医にそれを報告した。
また薬が増えた。
主治医はもし小人が何かを話してきたら教えなさい、と言った。
特に何か命令をしてくるようになったらすぐ来なさい、と言われた。
何か言い返したかったけれど、もう何も言う気も起きなくて、ただ唯々諾々とそれに頷いた。
鬱々としている、のだろう。きっと今のこの自分の気分を言うならば。
何もする気が起きなかった。
リハビリもリチャードに言われなければ行きたくない。
食事とトイレ、リハビリ以外ではずっと部屋に篭っていた。
リチャードが気を使って言いくるめてくれたのだろう、リチャードの母親もまた達海をそっとしておいてくれた。
何故自分はここに居るのだろう。そんな気分に駆られる。
ここ、というのが何処を指しているのかも分からず、ただそう思う。
こことは何処だ?この部屋?この家?この国?この世界?この世?
ぐるぐると思考だけが空回りしていく。
そんな中、またあの小人がちょろちょろしだした。
今度は視界の端なんかじゃない。平然と達海の前を横切っていく。
何人も、何人も行ったり来たりしている。
彼らが何処から来て何処へ行くのか達海は知らない。
けれど気味の悪い笑みを浮かべてうろうろいしているそれを眺めていると、彼らはぴたりと立ち止まって達海を見た。
楽しいか、生きてて。
小人が一斉に喋った。しかしその声はひとつだ。
小人の声は、達海と同じ声だった。



***
結局その声は。

戻る