あいうえお題

無くして気付く楽園
(成田×達海←後藤/ジャイアントキリング)

※「冷酷なまでに愛しい」後藤視点です。


達海は今頃収録を終えただろうか。
夕方には終わると言っていたからもう終わっているはずだ。
後藤は事務室の時計を見てそう思う。
ん、と喉を鳴らして座ったまま背伸びをする。
随分と長い間、パソコンと向き合っていたようだ。
達海がここへやってくるのは時間の問題かな、なんて思いながら後藤は携帯電話を手に取る。
着信もメールも無い。
達海の事だから迎えに来いとか電話が来ると思っていたのに。
特に約束をしていたわけではないのでそれはそれで構わないのだが。少し、物足りない。
達海に甘えられるのに慣れてしまっているな、いけないいけない。
そう思いつつもあの達海が甘えてくるのは自分だけだと思うとどこか嬉しい気もする。
そういえば夕飯はどうしたのだろうか。
夕飯には少し遅い時間に、きっともう食べているだろうと思う反面、あの達海の事だ、忘れている可能性もある。
何せ未だこのクラブハウスに戻ってこないのだ。何処かで油を売っているに違いない。
仕方ないな、なんて思いながらリダイヤルボタンを押す。
一番に出てきた達海の番号を押し、後藤は携帯を耳に当てた。
プルルル、と暫く呼び出し音が続く。もしかしてアイツ、また部屋に置きっぱなしって事は無いだろうな。
そんな事を思いながら切ろうかと思い始めた時、ぷつりと音がして繋がった。
『…はい』
どこか硬い声に訝しみながらも達海か?と呼びかけた。
「収録は終わったのか?」
『うん、終わった』
「飯はどうした。食べたのか?」
『うん、食べた。大丈夫だから』
「帰りはどうする?一人で帰ってこれるか?」
『うん、遅くなるから…え、ちょ、』
突然焦ったような達海の声に後藤は達海?と呼びかける。
『あ、んんんっ…!』
電話の向こうで上がった甲高い声に後藤は硬直した。
『やめ、ひあっ…!』
がさりと何かの音がする。シーツの音だと後藤は直感的に悟った。
『な、で、なりさんっ、や、ぁ、あっ…!』
ぶつり。
ツーツーという電子音に変わっても後藤はそのまま硬直していた。
何だ、今のは。
何だ、だと?わかっているくせに。だが思考はそれを否定しようとする。
そんなはずが無い、と。だったら今のはなんだ。その繰り返しだ。
なりさん。
その単語が後藤の中に浮かぶ。
なりさん、なりさん、成、さん。後藤は背筋に電流が走ったかのように顔を上げた。
成田だ。元東京ヴィクトリーの。
そうだ、今日の収録には成田も来ると有里が言っていた。
成田と、達海が?
いつからだ。いつから、二人は。
いや、たとえ二人がそうだとして、俺には何の関係も無いじゃないか。
そうだ、二人が、二人が…。
そこまで考えて後藤はぞっとする。
成田と達海が恋人同士であると表現することに何故自分はこんなに嫌悪感を感じているのだろうか。
同性愛に対して否定的であるつもりは無い。しかしこれは。この感情は。
後藤は気付いた。気付いてしまった。
これは、嫉妬だ。
成田に対して、後藤は激しく嫉妬している。
後藤にとって、達海は聖域だった。
誰にも汚されない、誰にも触れられない後藤だけの聖域。
柔らかに笑う姿も、安心しきった幼い寝顔を見せるのも、全て、全て自分だけの特権だったはずだ。
それが土足で踏み荒らされた。最も許せない行為でもって達海を穢された。
達海に触れていいのは自分だけのはずなのに!
みしりと手の中で携帯電話が悲鳴をあげ、はっとして後藤は携帯を机の上に置いた。
今、自分は何を考えていた?
後藤は今、自分が衝動的に湧いて出た感情を反芻する。
そうか、そうだったのか。やがて導き出された答えに後藤は失笑した。
俺は、達海を愛していたのか。
きっと、もうずっと前からそうだったのだ。
今更気付いても、遅いのだけれど。
「達海っ…!」
だん、と机を叩いて後藤は俯く。
二人だけだと思っていた楽園は、今は酷く遠く。
それがただの幻想だったのだと、後藤は漸く思い知った。



***
後藤のターンでした。自覚しました。





逃げられない、逃がさない
(成田×達海←後藤/ジャイアントキリング)

成田に抱かれた後、達海は成田の車でクラブハウスまで送ってもらった。
あんな所に住んでいるのか、という成田に、住めば都だよ、と達海は笑った。
クラブハウスの前で止まった車の中で軽いキスをして達海は車を降りる。
見ると、事務所には未だ明かりが灯っていた。
後藤、まだいるのかよ。
先ほどの通話を思いだして達海は顔を顰めた。
まさか成田があんな事をするとは思わなかった。
きっと後藤は達海が何をしていたか悟っただろう。後藤じゃなくたって分かる。
どうせ明日顔を合わせる事になるのだけれど、それでもせめて今夜くらいは、成田の匂いを纏っている今だけは会いたくなかった。
どうにかして会わないで済む方法は無いだろうか。
そう思いながら薄暗い廊下を歩いていると、明るい光を漏らす事務所の入り口に見慣れた長身の姿があって達海はがっくりと肩を落とした。
「…遅かったな」
「…んー、まあ」
曖昧に言葉を濁すと、成田と一緒だったのか、と直球で聞かれた。
「…うん。一緒だった」
「…そうか」
そして後藤は逡巡するような素振りを見せた後、付き合っているのか、と聞いてきた。
「ん…どうだろ。十年前は付き合ってたけど…」
達海が何も言わずイングランドへ行ってからは今日まで連絡を取っていなかった。
今日だって収録が無ければ、否、成田が誘わなければ何事もなく帰ってきていただろう。
「だから、微妙なところ、かな」
「…好きなんじゃないのか」
その問いかけに、達海は少し考えた後、あのさ、後藤、と小首を傾げた。
「後藤はさ、俺にどう答えて欲しいの」
好きだとして、好きじゃないとして、それは達海のプライベートだ。後藤が口を出すことではない。
「それも、そうだが…」
言いよどむ後藤に達海は少しだけ苛立ちを覚えた。
「なに、何か都合の悪いことでもあるわけ」
少しでも俺の事、気にしてくれてる?心の中でそう問いかける。
けれど後藤は視線を彷徨わせた後、そういうわけじゃない、と小さく呟いた。
「…そう」
俯くと同時にポケットの中の携帯電話が軽快なメロディを奏でる。
「…鳴ってるぞ」
「…うん」
ポケットから携帯電話を取り出してみると、ほんの少し前に登録されたばかりの名前がそこに浮かんでいた。
「…はい。なに、成さん」
ぴくりと後藤の肩が強張ったのが達海にも分かった。
気になる?それとも。
男と付き合ってる俺がそんなに嫌なの?
『達海、お前が好きなのは誰だ』
成さん、成さん。
とぼける俺に、なら一生分からないままでいろと言った成さん。
成さんは、俺をあの頃に戻したいんだね。
成さんだけを見ているフリをしていた、あの頃の俺に。
「…知ってるでしょ」
『お前の口から聞きたい』
いいよ、乗ってあげる。
俺には成さんがいる。
成さんなら俺を欲しいって言ってくれる。
「俺が好きなのは、成さんだよ」
その瞬間の後藤の顔を、俯いていた達海が見ることは無かった。



***
「置いてけぼりの愛」続き。十年の内に達海は後藤への気持ちを自覚していますが、後藤はノンケだと信じてます。





抜け出せない迷宮
(成田×達海/ジャイアントキリング)

『俺が好きなのは、成さんだよ』
あの一言は達海自身の何かを変えたようだった。
達海は翌日がオフの夜は大抵成田のマンションにやってきて入り浸るようになった。
今日も試合のDVDと炭酸飲料の入ったコンビニ袋を提げてやってきて、我が物顔でテレビの前を占領している。
「達海」
後ろから抱きすくめるようにして座ると擽ったそうな声が上がった。
「成さん、俺、今仕事中なんだけど」
「俺に構わず仕事しろ」
集中できないって。腹に廻した腕に達海の掌が重なる。
恋人としての甘い時間を楽しみながら、成田は後藤を思う。
後藤はきっと達海の相手が成田だと知っているだろう。
もしかしたら達海自身から聞いたのかもしれない。
あの男は、何を思っただろう。
何も思わなかったならそれでいい。
けれど。
「成さん?」
「何だ」
「他事、考えてるでしょ」
拗ねたような口調に成田は微笑う。
恐らくあの男は、俺と同じだ。
「お前をどうすれば帰さずに済むか、考えていたんだよ」
気付いていないだけで、達海を何よりも欲している。
「だったら…帰れなくなるようなこと、してよ」
さあ後藤、ここまで墜ちてこい。
「ああ…帰れなくしてやるさ」
そうしたら、少しはお前を認めてやる。



***
「逃げられない、逃がさない」続編。無自覚に達海を捉えてる後藤を認めたくない成さん。





根付いた執着
(後藤×達海/ジャイアントキリング)

コンビニの袋にDVDを数枚放り込んでいるとノック音がして達海は顔を上げた。
「どーぞ」
開かれた扉の先には、難しい顔をした後藤が立っていた。
「何?」
「…今日も成田の所へ行くのか」
「…それが、何?」
「あ、いや、その…」
言いよどむ後藤から達海は視線を逸らし、小さく溜息を吐いた。
「用が無いなら俺、行くけど」
そこ、どいて。
後藤の隣をすり抜けようとした達海の腕を後藤の手が咄嗟に掴む。
「待ってくれ、達海」
「何なの、さっきから」
「聞いてくれ、達海」
後藤は達海の腕を引くと、その腕の中に達海を閉じ込めて訴えた。
「俺は、お前が好きなんだ」
後藤の告白に、達海は数秒の沈黙の後、「なに、それ」と呟いた。
「後藤、女の子が好きなんじゃないの」
「昔はそうだと思ってた。だけど違うんだ。俺にはお前しかいない」
今思えば、昔からそうだった。
付き合った女とはいつも長く続かなかった。
あの頃はただ、サッカーにのめりこんでいたからだと思っていた。
だけどそれは違った。
彼女達は気づいていたのだ。
後藤の中に住む、達海の姿に。
「今更自覚するなんて遅いけれど…お前を成田に、いや、誰にだって渡したくない」
「…後藤は、さ」
つい、と後藤の胸元を押して達海は顔を上げる。
「勘違いしてんだよ。後藤は俺が好きだから渡したくないんじゃなくて、男にハマッてる俺が嫌だから止めたいんだよ」
「違う!」
「違わないよ。だって後藤、気付いてなかっただろ、俺がずっとお前を好きだったって」
「え…」
呆然とする後藤に、ほら、やっぱり気付いてない、と達海は苦笑した。
「ずっとお前の事が好きで、なのに全然お前気付いてくれなくて、だから成さんに縋ったのに」
今更そんな事言われても、もう遅いよ。
俯いてそう言うと、達海、と声が降ってきた。けれど顔を上げる気にはなれなかった。
「…本当に、俺の事が好きなの」
「…ああ、好きだ」
だったら、と達海は後藤を見上げる。
「俺を抱いてよ」
「!」
息を詰まらせた後藤を達海は挑発的に見上げる。
「俺の事が本当に好きなら、できるだろ?」
「それは…」
言いよどむ後藤に、どうせ、できやしないと達海は視線を逸らして唇を噛み締める。
お前のそれは玩具を取り上げられて泣く子供と同じだ。
愛じゃない。
「…出来ないだろ。ほらみろ」
それじゃあ、俺行くから。
今度こそ達海は後藤の傍らをすり抜け、部屋を出た。
「?!」
しかし強い力で引き戻され、後ろから抱きすくめられた。
「…本当に、抱いてもいいのか」
耳元で囁かれる低い声に目を見開く。
お前のそれは愛じゃない。
愛じゃない、けれど。
達海はやがて目を閉じると、抱けよ、と呟くように言った。
「俺の事をアイシテルなら、証明して見せろよ」
二人を室内に残したまま、軋んだ音を立てて扉が閉じられた。



***
「抜け出せない迷宮」続編。ゴトタツのターン。





逃れられない柵
(成田→達海←後藤/ジャイアントキリング)

後藤に抱かれた、と告げる達海に、成田は自分が酷く落ち着いている事に気づいた。
「そうか」
「…怒らないの」
「腹は立つ。しかし俺が知りたいのはそんな事じゃない」
俺が知りたいのは、後藤を選ぶのか、否か。それだけだ。
すると達海はゆるゆると首を横に振った。
「…後藤の事は信頼してるけど、俺を好きだって言う後藤は信用できない」
「なら、俺のところにいろ」
けれどそれも達海は俯いたまま首を横に振る。
「成さんの所に行くと、後藤が余計に勘違いする。だからもうここへは来ない」
「駄目だ」
成田はきっぱりと言い放つ。
「俺はお前を手放すつもりは無い。お前が来ないなら俺がそっちへ行くぞ」
「…それは、ダメ」
「なら来い。もう、十年前のようには逃がさないからな」
お前だってそれくらい分かっていただろう。
達海は短い沈黙の後、そうだった、と苦笑した。
「成さんが執心深いこと、忘れてた」
なら、来い。
手を差し伸べると、達海は口元に薄い笑みを浮かべたままその手を取った。



***
「根付いた執着」続編。話が進んでいない気がする。orz

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