あいうえお題
まっすぐ前を見て (持田&達海/ジャイアントキリング) ※前中後その後です。 病院で会計を済ませて帰ろうとすると、そこに見知った顔を見つけて持田は足を止めた。 「達海さん」 「あれ、持田じゃん」 細い身体に不似合いにぽこりと膨れたお腹に「本当だったんだ」と呟く。 「新聞、見たよ。いいの、有名人がこんな所で堂々としてて」 先ほどからあちこちからちらちらと向けられる視線は気のせいではない。 すると達海は「お前だって有名人じゃん」と何でもないことのように笑った。 「堂々としてるね、男なのに妊娠して」 「産まれてくるの、待ち遠しいからね」 そう言って自らの腹を撫でる姿はとても優しい笑顔を浮かべていて、酷く腹の子が羨ましく感じた。 俺は、誰かにそんな風に労わってもらったことなんて、無い。 「不安とかないの」 「無いよ。ここに入ってるの俺の家族だもん」 ああ、そうやってまた。 どうしてそんな風に優しくなれるのだろうか。 ずるいよな。持田は思う。 足が壊れても、裏切り者と言われても、言葉の通じない異国に行っても、古巣に戻ってきても。 最初は居心地が悪かったはずだ。なのに。 いつも気付けばそこで幸せを見つけている。 「……敵わないなあ、達海さんには」 「何が」 「こっちの話。それより達海さん、もう帰り?送るよ」 「お、サンキュ」 こっち、と駐車場へと向かいながら自然と足の遅い彼に歩みを合わせている自分に気付く。 けれどそれは不快ではなく、この人のためにやっていることなのだと思うと自然と顔が綻んだ。 「達海さん、悪阻とかあったの」 「あったあった。飯とかうってなって喉とおんないの」 「今はもう大丈夫なの」 「もう大丈夫」 「じゃあ、お茶してかない?」 持田の誘いに達海はちょっと考えた後、ラーメンがいい、と言い出した。 「背油系の」 「いいの、そんなこってりしたもん」 「うん。最近ラーメンブームなんだよな。悪阻の反動かな」 それじゃあそうしよう、と持田は車に乗り込んだ。達海も当たり前のように助手席に座る。 「……なあ」 「なに、達海さん」 エンジンをかけながら返すと、ここに居たのって、足?と聞かれて思わず手を止めた。 「……そうだって言ったら?」 「そっか」 すると今まで腹を擦っていた右手が持田の右脚に触れた。 「た、つみさん?」 「頑張れ、持田」 達海の手が優しく持田の太腿を撫でる。 その表情は腹の子を撫でていたときと同じ優しい顔で。 少しずつ、達海の手が触れたところから身体に回っていた毒が消えていく気がした。 ねえ、達海さん。持田は優しく撫でる達海を見ながら思う。 確かな事は言えないけれど、俺もさ、その時が来てもさ、あんたの近くにいられたら、きっと…… *** ずっと出したかった持田が出せて嬉しいですvネタ提供ありがとうございました! 満たされる重み (持田&達海/ジャイアントキリング) ※前中後その後です。 達海さんの病室を訪れると、そこには先客がいた。 「凄い、っす」 「こんな病室初めて見たぜ」 「俺も……」 ETUの椿、赤崎、世良という若手三人組が入り口で呆然と突っ立っている。 背後に俺が立っていることにも気づかないらしい。 「とりあえず、邪魔なんだけど」 「うわっ!東京Vの持田!」 「うっそ、何で!」 慌てて飛び退く三人を無視して俺は病室に入った。 そこには数々のフラワーアレンジメントが病室を飾っていて、ちょっとしたお花畑状態だ。 「達海さん、ケーキ買ってきたよ」 「お、さーんきゅ。お前らも入れば?」 「……っす」 俺を気にしながら入ってくる三人を尻目に俺は勝手知ったる態度で一つしかない椅子に座る。 「監督、凄いっすね、この部屋」 「ん、ああこれね、コイツの仕業」 コイツ、と指差されて俺はなに、いやだったの、と達海さんを見る。 「嫌じゃないけど、俺に花贈ってどうすんの」 「だから今日はケーキにしたんじゃん」 達海さんの部屋だから飾りたかったのに。 「あ、あの……」 すると椿君が恐る恐ると言った感じで聞いてきた。何もそんなに怯えなくてもいいと思うんだけどねえ。 「なんでそんなに監督と親しいんすか?」 「俺と達海さん、こってりした仲だから」 こってり?と椿君が首を傾げる。一人その言葉の意味を理解している達海さんがお前ね、と呆れ顔だ。 「まあ、確かにそうかもしんないけど」 ほんと、俺もびっくりだよ。まさかあれから妊婦とラーメン道中記が始まるなんて思ってもみなかった。 達海さんを病院で待ち伏せするたび、美味しいといわれるラーメン屋を巡って行く事になるなんて。 「俺、持田がラーメンに見える」 「達海さん……」 色気の欠片もない発言に俺はガクリと肩を落とす。しまった、やりすぎて食い気にしか転ばなかった。 アダルト路線に引っ張れなかった自分を悔やみながらも、達海さんの嬉しそうな顔を見ているとそれでもいいかと思ってしまう。 すると赤ん坊を連れた看護師がやってきた。 「達海さん、授乳の時間ですよ」 「あれ、もうそんな時間だっけ。あんがとね」 現れた小さな命にわあ、と椿君たちが声を上げる。 「小さ!」 「可愛いっす」 「あ、ちょ、達海さんストップ!」 よっこらしょ、と乳房を平気で出そうとする達海を慌ててて止める。 ああもうこの人はほんとに自覚が無いんだから。 「えー別にいいだろ。お前だって見てるんだし」 「俺は良いけどこいつらはよくないの!」 「いいって別にーめんどくさい」 そう言って達海さんは問答無用でぷるんとした胸を出してしまった。あああ見られた……。 あむあむと赤ん坊がピンク色の乳首を咥える様にうわ、と背後で声が上がる。今の声は世良だ。よし、次の試合覚えとけ。 「可愛いっすね」 「凄いっす、吸い付いてるっす」 「あれ監督、胸でかくなってね?」 「んー、今この胸ミルクタンクだからねー。でもその内元通りになるよ」 「なんだ、期間限定か」 「世良さん巨乳好きっすもんね」 「そりゃ男の子ですから!」 くっだんねえ会話。俺は達海さんが達海さんなら胸の大きさなんてどうでもいいと思うんだけどねえ。 授乳が終わると三人はそれぞれ赤ん坊を一回ずつ抱かせてもらって帰っていった。 「お前はいいの、赤ん坊抱かなくて」 「俺はいいよ」 すっぱり断ると、なんで?と聞かれた。 「お前ほとんど毎日通ってくるけど赤ん坊はスルーだよな」 「……」 赤ん坊に嫉妬しているなんて言えやしない。 俺が黙っていると、達海さんはほら、と赤ん坊を差し出してきた。 「抱いてみな」 ほらはやく、と急かされ、俺は仕方なく赤ん坊を抱く。 思っていたより重いそれにうわ、と思う。 こんな小さな身体の中に俺と同じ全てのパーツが詰まっているのだからそれもそうかもしれない。 「どう、命の重みってやつは」 お前は難しく考えすぎなんだよ、と達海さんが笑う。 「これが俺の家族その二」 「……その一は後藤さん?」 たまに会う背の高い男。あの人が達海さんの旦那だと思うと羨ましくも、憎らしくもある。 「そう」 「後藤さんって、どんな人?」 いつも穏やかに笑っていて、俺が敵意をあからさまに表してみても苦笑一つで収めてしまう人。 「んー。十年放置しておいても葉書一枚で俺を迎えに来たお人よし」 そりゃありえねーわ。俺には無理。だから達海さんは後藤さんを選んだのかな。 「ねえ、達海さん。後藤さんの事、アイシテルの」 「愛してるよ」 優しく言い切った達海さんに、ああもう、敵わないなあ、と俺は腕の中の赤ん坊を見下ろした。 *** 持田はその三になってしまえばいい。ネタ提供ありがとうございました! むかつくわねその態度 (持田&??/ジャイアントキリング) ※前中後その後です。 「失恋した」 持田のマンションにやってくるなり美幸はむすっとした表情で告げた。 「だから言ったのに。俺にしておけって」 「お母さんの事が好きなくせに」 ぎっと睨まれておー怖、と肩を竦めた持田は少女をリビングへと通した。 烏龍茶の注がれたグラスをテーブルに置き、向かい側のソファにどっかと座る。 「で、村越さんがどうしたって」 目の前の少女が村越に対して淡い恋心を抱いていた事は知っていた。 いつも楽しげに村越の事を語る姿になんであんなオッサンがいいのかね、といつも思っていたのだが。 「私、お父さんの本当の子じゃなかった」 「……は?」 「村越おじさんが私の本当のお父さんだったの」 「はああ?」 何だそれは。初耳にも程がある。 だからね、と語りだした美幸の話は持田をただただ驚かせた。 しかし持田にとって美幸の父親が誰であろうと正直な所、どうでもいい。 達海の子供だからこうして家にも上げるし相談にも乗ってやっている、というのが持田の根本的な考え方だ。 けれどまさか村越との子供だったとは。 「よかったな、美幸」 しみじみとしてそう言うと、何がよ!と怒られた。 「だってお前、達海さんに激似じゃん」 あっちに似なくてよかったね、と心からそう思って言ったのに、何故か美幸は激怒した。 「誰がそんな話してるのよー!」 女の子ってわかんない。あーあ、達海さんに逢いたいなあ。 持田はぎゃんぎゃん喚く美幸から顔を背けて肩を竦めた。 *** タイムスリップ話のちょっと後。持田は美幸の愚痴り場。 目も当てられない (後藤×女達海/ジャイアントキリング) ※前中後の中の後くらいです。 《ETU監督達海猛、先天性転換型両性具有者だった!》 ある日、そんな見出しがばーんとスポーツ新聞の一面を飾った。 その日は朝から電話はなりっぱなし、記者は押しかけまくりで有里をはじめとする広報はその対応にてんてこ舞いだった。 「お前が取材の話し持ってきた時にこうなるだろうとは思ってたけど……」 凄いなこりゃ、と広報室を覗いた後藤は苦笑して傍らの達海を見下ろした。 「んー、記者会見開くって有里が言ってた」 「大丈夫か?」 何が、ときょとんとして見上げてくる視線に、いや、なんでもない。と後藤は微笑う。 「なる様になるって、こういうのは」 それに、と達海の手が後藤の手をきゅっと掴んできたので驚いて見下ろすと、達海はにかっとした笑いを浮かべて言った。 「守ってくれるんだろ、後藤GM」 「……ああ、そうだな、達海」 「あー!後藤さんと達海さんそんなところで何いちゃついてんのよー!こっちは大変だってのにー!」 二人を目敏く見つけた有里が叫ぶ。おっとこりゃいかん、と二人は慌ててその場を立ち去った。 *** 忠犬五題「君のためなら、たとえ」の前後くらい。 もっと愛してあげるから (持田/ジャイアントキリング) ※「好きを免罪符にして」続編です。 持田は自分に子育てが出来るなんて思ってもみなかった。 けれど実際にやってみるとこれが意外と楽しくて。 勿論、最初は面倒くさかったり嫌だったりしたけれど。 このか弱い生物が自分と達海の子供だと思えば何だって許せた。 だって、達海が自分のために産んでくれた子供なのだ。 愛しくないわけがない。 どうせやることもないのだし、と持田は壊れてしまった右足を撫でて思う。 これからの人生を達海とこの子のために捧げて生きていくのもいいかもしれない。 そしてこの子がいつか大きくなって、独り立ちしたら。 達海と二人きり、のんびりと余生を過ごそう。 そうだ、それがいい。 持田はすやすやと眠る赤ん坊の頬を突きながらそう微笑った。 *** イクメンという名のヒモ持田www |