あいうえお題
病める時も健やかなる時も (達海/ジャイアントキリング) ※前中後村越編その後です。 「何で泣き止まねえの」 双子の泣き声に達海はげんなりとして肩を落とした。 オムツも替えた、ミルクも与えた。なのにどんなに宥めすかしても双子たちは泣き止まない。 「だから二人同時は無理なんだって……」 繁を抱っこすれば放っておかれた健が泣き喚き、つられて繁もまた泣き出す。 「どうすりゃいいのよ」 もうやだ。達海は抱いていた繁をベビーベッドに戻してその場にへたり込んだ。 力が入らない。身体が重い。足、痛い。 達海はぼんやりと床の一点を見つめる。 なんで茂幸、いないの。ぽつりと呟く。 村越とは昨日、言い争いになった。 村越が法事で二日間家を開ける事になったからだ。 子供が四人もいて、しかもその内二人は乳児だというのに二日も家を開ける? 何を考えているのだと怒る達海にならばついて来ればいいと村越は言った。 しかし監督業もある達海にとってそれは無理な話だった。 村越とてそれを分かっているはずなのに平然とそんな事をのたまう。 それが達海の怒りに更に火をつけ、だったら勝手にしろ、と気付けば口にしていた。 そうしてそれを言質に取った村越は現在遠く離れた実家へと帰省中だ。 ふざけんな、あのバカ。文句を言っても誰も応えてはくれない。 法事だとしても行って欲しくなかった。 俺一人で双子の相手、出来るとでも思ってんのかよ。 何度もそう訴えたのに、村越は振り切るようにして行ってしまった。 最近、達海は村越を遠く感じていた。 双子が生まれる前までは穏やかで幸せな日々だったというのに。 今では夫婦の時間なんてものは全く無い。 仕事に子育てに、と楽しく過していた頃が懐かしい。 双子たちは同時に一つの事を要求してくるのでひたすら追い立てられる。 赤ん坊の泣き声を聞いていると気が遠くなる。 俺、何で四人も子供産んだんだろ。 何で子育てなんてしてんだろ。一人で生きていくつもりじゃなかったのか? どうせ茂幸だって今頃。 ああもう、もうやだ、もうしんどい、もうなにもしたくない、ここにいたくない。 イングランドに居たころが懐かしい。 帰りたい。あの頃に。もういやだ。 途端、鳴り響いたメロディに達海の意識がはっとする。 ローテーブルの上に置かれた携帯電話が鳴っていた。 恐る恐るそれを手に取ると、ディスプレイには「後藤」の文字。 そうだ、猛人と幸乃。後藤に預けてたんだった。 かちり、とボタンを押して携帯電話を耳に当てる。 「……もしもし」 達海、俺だ。優しい声に胸の奥から込み上げてくるものがあった。 『猛人と幸乃は寝たよ。そっちはどうだ?』 「……ごとー」 後藤、後藤、俺、もう……。 「俺、もうだめかもしんない」 『達海?』 「だめ、もうだめだ、俺には育てらんない」 『達海、すぐ行く。だから待ってるんだ。わかったな』 うん、待ってる。待ってるからごとう。 おれをたすけて。 そこで達海の意識は途絶えた。 *** 育児ノイローゼネタktkr!ネタ提供ありがとうございました! 夢と消えてしまえば良いのに (後藤&達海/ジャイアントキリング) ※前中後村越編その後です。 ふと意識が浮上して目を覚ますと、心配そうな面持ちをした後藤が覗き込んでいた。 「大丈夫か、達海」 「……俺」 ぼんやりとしたまま起き上がろうとすると、後藤が手を貸してくれた。 「俺、どうしたの」 のろのろと視線を上げて後藤を見ると、彼はそんな達海に耐えられないというように達海を抱きしめてきた。 「後藤?」 「勘弁してくれ、達海。どれだけ驚いたと思ってるんだ。心配したんだぞ……!」 そこで漸くそれまでの事を思い出す。ああそうだ、俺、倒れたんだ。 「ごめん、後藤」 「過労だそうだ。何やってるんだお前は。暫く入院だからな」 入院、の言葉に達海は後藤を引き剥がす。 「困るよそれ、子供たちの面倒みないと」 すると大丈夫だ、と後藤は優しく微笑んだ。 「子供たちなら有里ちゃん家が見てくれてる」 「有里んちが?猛人と幸乃も?」 「ああ。もうとっくに寝てるよ。何かあったら電話するように言ってあるから」 「え、今何時?」 時計を見ると深夜だった。 「睡眠不足なんだよお前は。今夜は何も心配しなくていい。大丈夫だよ、達海」 「……そう」 俯くと、ぱたりと白いシーツに水滴が落ちた。 「後藤、俺、なんかダメだわ」 「達海……」 「泣き止まないんだ、何しても。猛人や幸乃の時と全然違うんだ」 もうやだ、もうしんどい。 泣き喚かれると頭の奥がぐわんぐわんしてきてこども投げ捨てたくなる。 こんな俺、もうやだ、やだよ後藤。 そう訴える達海を後藤は痛ましげな顔をして抱きしめた。 「達海……大丈夫だ、俺がいる、大丈夫だから……」 優しい後藤の声と腕の感触に達海はぎゅっと目を閉じる。 勝手な事を言っていると分かっている。 逃げ出したくても逃げ出せない事も。 こんな事を言ったって、後藤を困らせるだけだという事だって分かっている。 けれど後藤にしか言えないのだ。自分の子供の泣き声が怖いだなんて。 「ごとう、おれ、もう母親なんてやれないよ……」 達海の身体を抱きしめる力が、一層強まった。 *** 鬱展開涎でます。(^q^)ネタ提供ありがとうございました! 夜の帳を引き裂かず (後藤&達海/ジャイアントキリング) ※前中後村越編その後です。 女性体の達海の身体を一度だけ、抱きしめたことがある。 達海の事を諦めるために彼に告白をしたあの時。 その身体は細かったけれど、それでもしなやかで柔らかな弾力を持っていた。 けれど。 今日抱きしめた達海の身体は酷く痩せていた。 腰なんて折れてしまいそうなほど細くて、その余りの状態に後藤は絶句した。 いくらなんでもこれはあんまりだ。 ボロボロの達海を、後藤はただ抱きしめるしか出来なかった。 達海は後藤の腕の中で泣いた後、そのまま力尽きるようにして眠ってしまった。 その身体を横たえ、そっと髪を撫でる。 「もう大丈夫だ。お前は一人で抱え込みすぎたんだ。今はゆっくりと休め。何も考えなくて良いから」 思えば最近の達海はどこかぼんやりしていることが多かった。 物忘れも多く、俺もうボケはじめたのかな、と弱く笑う姿に早く異変と気付くべきだった。 「……こんなに近くに居たのに、気付けなくてごめんな」 涙の跡も新しい頬を撫で、後藤は悔やむ。 親による幼児の虐待が取りざたされている昨今。どうして我が子にそんな酷い事が出来るのかと思っていたが。 まさか達海がその当事者になりかけていただなんて。そう思うだけで居た堪れない。 後藤は電話をかけた自分を称えたいくらいだった。 もしあの時電話をかけていなかったら。そう思うだけでぞっとする。 何も知らず明日になっていたら、もしかたしら手遅れだったのかもしれないのだ。 後藤はあどけない寝顔を晒す達海に安堵し、感謝した。 「お前を失わなくて良かったよ」 手遅れにならなくて、よかった。 「なあ、達海……」 後藤は達海の手を取ってその指に口付ける。 「お前を村越の元へ返したくないよ……」 達海はただ、穏やかな寝息を漏らすだけだった。 *** どさくさに紛れて何してんですが後藤さん。ネタ提供ありがとうございました! |