あいうえお題

始まる前に終わりを告げる
(村越&??/ジャイアントキリング)

※前中後その後です。


相談があるんだけど。
そう言って生海は突然村越のマンションに押しかけた。
高校から直接来たのだろう、学生服のままだ。
生海が単独で村越の元を訪れるのは珍しい。いつもは姉に連れられてくるのに、今日は姉の代わりに暗雲を連れて来た。
如何にも悩んでます、という風の生海にいつものココアを出し、向かいに座る。
「それで、どうした」
促すと、彼はあのさ、と言ったきり黙ってしまった。
「……」
「……」
短い沈黙の後、意を決したように村越おじさんはさ、と生海が顔を上げた。
「姉さんの本当の父親なんだよね」
「ああ」
当の昔に後藤家と村越の間では暗黙の了解となっている事実なので村越の返事に淀みは無い。
「ていう事はさ、母さんとセックスした事あるんだよね?」
「……」
村越は正直、何と答えて良いのかわからなかった。まさかそんな質問が飛び出してくるとは思いもよらなかった。
「……じゃなきゃ、美幸は生まれなかっただろうな」
何とかそう搾り出すように答えると、だよね、と生海は深刻な顔をしたまま頷く。
「なのになんでおじさんはさ、父さんに母さんを譲ったの?」
生海の問いに、もう封じ込めて久しい感情がじわりと滲み出す。
「……あの時の俺は、あの人に愛していると告げてはいけないのだと思っていた」
彼が望んでいるのは一時の快楽だけで、それ以上のものは望んでいないのだと。
「つまり、うだうだ悩んでるうちに父さんに掻っ攫われたって事?」
歯に衣着せぬ生海のもの言いに村越は苦笑してそうだな、と頷いた。
「じゃあ、ああ、ええと……ああもう、違う、そうじゃなくて」
生海はぐしゃぐしゃと髪を掻き混ぜながら何とか言葉を探し当てようとする。
「その、さ……今でも父さんから母さんを取り戻したいとか、思う?」
その質問には村越も少し考えた。
「……今はもうそんな事は思わない」
例えばあの時、そう、美幸が達海の胎にいるとわかったあの時に戻れるとしたら。
昔はそうも夢想したものだったが、今ではもうそんな事も無い。
ただ、彼とその家族が幸せであればいいと願うばかりだ。
「それで、それが聞きたかったのか?」
「うーんと、ええと、そうでもなくて……母さんの事なんだけど」
あの人がまた何かしたのか、と問えばそれもそうでもなくて、と返される。
「僕に問題があるっていうか……最近僕、おかしいんだ」
「おかしい?」
「父さんから母さんを奪いたいって思っちゃうんだ」
今までそんな事無かったのに、と生海は続ける。
「今までは父さんと母さんが仲良くしてるのは良いことだって思ってたし、それを引き裂こうなんて思わなかったのに」
なのに今では父と母が仲良くしているとイライラする。そう、嫉妬しているのだ。
「なんていうか、父さんから奪いたいっていうか、父さんになりたいんだ」
父になって父のように母に愛されたい。その座が欲しい。
「心理学の本に書いてあったんだ。そういうのをエディプスコンプレックスって言うんだって」
時期はずれているけれど、正に本にあるとおりで食い入るようにそのページを読んだ。
「克服するには自分で何とかするしかないってわかってるんだけど、どうしても誰かに打ち明けたくて」
その白羽の矢が立ったのが昔達海と関係を持っていた村越だったというわけだ。
「おじさんならそういう葛藤とかのうまい抑え方とか知らないかなーって思ったんだけど」
その言葉に村越は苦笑する。
「知っていたら、俺は疾うに他の誰かと家庭を持っていただろうな」
村越の返答に生海はあーと声を上げてソファに持たれかかった。それもそうだった。
「ああもうどうしよう。父さんと母さんの顔がまともに見れないよ」
てうかあの二人、人の目の前でいちゃつきすぎなんだよ。それがきっと原因だよ。
「とんだ思春期だな」
くつりと喉を鳴らして言うと、笑い事じゃないってば!と指を指された。
「あーもう!皆だいっ嫌い!」
そう叫んでおきながら、数秒後にはやっぱり嘘!と叫ぶのだった。



***
マザコンでも悩む事はあるんです。(爆)




密やかな初恋の話
(??&達海/テニスの王子様&ジャイアントキリング)

※テニプリ混合ネタです。


達海猛にも親というものがあり、親戚というものがあった。
その中でも母親同士が特に親しくしていた親戚の子に、乾春江という娘がいた。
恐らく達海よりは幾つばかりか年上の彼女は眼が生まれつき悪かった。
初めて出会った時には彼女はもう分厚い眼鏡を掛けていて、その愛らしい顔には似合わないと思ったものだ。
達海は多少人見知りの気がある子供だったが、春江は人懐こく、達海にもよくしてくれた。
次第に達海も春江に懐いていき、しょっちゅうお互いの家を行き来するようになった。
春江に対する自分の感情が恋であると気付いたのは達海が小学四年生の頃だった。
それは幼稚園の先生が好きだとか、そういった類とは一線を賀した、正真正銘の初恋だった。
好きだとすぐに告白した。だが春江はいつも穏やかに笑うばかりで本気には受け取ってくれなかった。
そしていつもこう言うのだ。タケちゃんが大人になっても好きでいてくれたらお嫁さんにしてね、と。
自分の方がちょっと大人だからって。達海はもどかしさに暴れたくなった。
そして時が経つ毎に春江の眼はどんどん悪くなっていって、達海が高校生になった頃、彼女の目は殆ど光を映さなくなっていた。
タケちゃんの高校生姿、見れないのが残念だわ。そう少しだけ寂しそうに笑う人を達海は抱きしめた。
そうする事しか、できなかった。


それから三年後、達海はETUというチームにスカウトされ、入団した。
そしてそこで出会ったのだ。後藤恒生と。
始めは当然、ただの先輩だった。面倒見の良い気の良い先輩。
達海はいつもオフになると寮を出て春江の家に遊びに行っていた。
春江の家は俗に言う金持ちのお屋敷で、春江は成人しても働く事無く家に居るのが常だった。
そしてある日、春江が言ったのだ。
タケちゃんは本当に後藤さんの事が好きなのね。と。
別に、好きなんかじゃねーし。なんて返しながらも、春江が心底嬉しそうにしているものだから達海は唇を尖らせて顔を背けるしかなかった。
それからすぐの事だった。後藤に告白されたのは。
冗談だったのだ。酔っていたのだ。からかうだけのつもりだったのだ。
俺、お前の事好きだよ、なんて擦り寄ってやったら。
後藤は顔を真っ赤にして、俺もお前の事が好きなんだ。なんて言ってきた。
今更冗談でした、なんて後に引けなくて、けれど後藤が自分を好きだと言ってくれる事が嬉しいと思っている自分がいることも確かで。
春江に相談すると、彼女は良かったじゃない、と手を合わせて喜んだ。
好きな人と一緒にいられるっていうのは、とても幸せな事なのよ。それが男の人だからってなんだっていうの?
タケちゃんが本当に好きなら、私は応援するわ。
その笑顔に、ああ、やっぱり自分は彼女にとって弟でしかないのだな、と思い知らされた。
いい加減、この長い初恋にも終止符を打つべきなのだろう。
そうして達海は後藤という恋人を得た。
それからはオフだからと春江の元へ行く事は減り、その代わりに後藤と過ごす事が増えた。
それでも時折は春江の元を訪れ、近況を報告していった。春江は、後藤との話をよく聞きたがった。
女は恋の話が好きというのは本当らしい。


そして達海が十八歳の冬、それは知らされた。
春江が見合いをし、結婚する事になったというのだ。
相手は大企業の息子で、彼自身は音楽教師をしているという事だった。
急な話に達海は驚いた。彼女の事はもう諦めたつもりでいたけれど、誰かのものになるとなると急に独占欲が頭を擡げてくる。
そのせいで春江とは一度だけ喧嘩をした。
子供みたいな、否、子供そのものの独占欲で知りもしない相手の事を貶し、それを窘められた。
春江の結婚の決意は固く、達海の我儘如きではどうしようもなかった。
結婚式は、試合と重なってしまって出席は出来なかった。
けれど春江が誰かの元へ嫁ぐ姿を見なくて済んだ事に内心でほっとしていた。
後藤には春江の事は一切話していない。けれど、何となく達海の心の動きを察しているようだった。
今日、親戚の結婚式だったんだ、と告げた時、ぽつりとそれは本当に親戚なのか?と返されてぎょっとした。
見透かされたような気がして、慌てて本当に親戚だってば、と手を顔の前で振った。


そして忘れもしない、達海が二十歳の六月三日。
春江は男児を出産した。練習が終わってすぐ駆けつけた達海に、ベッドの上で春江は穏やかに笑っていた。
傍らに立っていた男は、写真で見たことがあっただけにすぐに分かった。春江の夫だった。
彼は気を使って席を外し、病室に二人きりになった。
否、もう一人、小さなベッドに寝かせられていた。
ねえタケちゃん、この子が私の可愛い赤ちゃんよ。仲良くしてあげてね。
赤ん坊の頬をぷにぷにと突いていると、その小さな手が達海の人差し指を握った。
その柔らかな締め付けに、何故だか達海は泣いてしまいそうだった。
それが、後に貞治と名づけられる赤子との出会いだった。



***
とうとう書いちゃったよテニキリ!!俺得でしかないけどまだまだ書くよ!(爆)




フットボール&テニス
(乾&達海/テニスの王子様&ジャイアントキリング)

※テニプリ混合です。


彼の父親が大学までテニスをやっていた事もあってか、ちいちゃな貞治の興味はテニスに向いているようだった。
子供用のおもちゃのラケットとスポンジのボールで打ってくるへろへろの玉を受け止めながら達海は溜息を吐いた。
目の前にプロのフットボーラーがいるというのに、貞治は相変わらずテニスで遊ぶことを強要してくる。
「なあ、フットボールやろうぜ」
「や!タケにいはハルにボールさわらせてくれないからや!」
確かについついからかいが過ぎて一度もボールに触らせずにいたことがあったが。
未だにそれを根に持っているらしい。子供の記憶力って怖いワ。達海は内心で溜息を吐いた。
「おとうさんがね、しょうがくせいになったらテニスのきょうしつにいっていいって」
小学生。何年後の話だ。
「そーかいそーかい、よかったなー」
とりあえずそう返しておくと、気の無い返事にむっとしたらしくスポンジボールを投げつけられた。
「タケのばか!」
「ほほーう。そういう悪い子はおしおきだー!」
「きゃー!」
どたばたと屋敷中を走り回っていると、やがて別室で編み物をしていた春江が顔を出してこら!と二人を叱った。
「うわ、やべ」
「おかあさんごめんなさい!」
今度は二人してぴゅーと春江の元から逃げたのだった。



***
この頃の達海はまだサッカーって言ってるのかな?まあいいや。




変則的な心音
(乾&後藤/テニスの王子様&ジャイアントキリング)

※テニプリ混合です。


「すみません」
クラブハウスに入ろうとした時、不意に声を掛けられて後藤は立ち止まった。
「はい?」
振り返った先には、白地に水色のラインの入ったジャージを着込んだ長身の青年が立っていた。
その顔には四角い黒縁眼鏡がかかっており、よほど度が強いのだろう、その向こう側は見えない。
「後藤GMですね」
問うというよりは確認に近い声音のそれに頷くと、彼は手にしていた封筒を差し出した。
「これを、達海監督に渡していただけませんか」
達海猛様、と表書きされた真っ白な封筒を受け取り、青年を見ると感情を感じさせなかった表情に微かな笑みが宿る。
「乾からだと言っていただければわかるかと」
「はあ」
何気なく裏返して、そこに「乾春江」の文字を見つけた途端、後藤はざっと冷水を浴びせられたような気分になった。
「それでは失礼します」
「君!」
軽い会釈をして立ち去ろうとする青年を後藤は咄嗟に引き止めていた。
「何か」
「あ、いや……必ず達海に渡すよ」
「……ありがとうございます。では」
今度こそ青年は踵を返して去っていった。後藤は手に残った封筒の「乾春江」の文字をじっと見つめる。
はるえ。
達海は十年前、時折寝言で、または寝惚けてそう口にすることがあった。
ちらつく女の影に、けれど後藤は何も言えず知らぬ振りをしてきた。
達海をイングランドから連れ戻して、また昔のように心と身体を重ねるようになって。
達海が傍らに在るという毎日。この僥倖のような日々に埋もれてすっかりと忘れていた。
この手紙には何が書いてあるのだろうか。心拍が妙に乱れる。
後藤の予測する最悪の展開が待っているのではないだろうか。
けれど受け取ってしまった以上渡さないわけにはいかない。見なかったふりをすることは後藤の正義に反した。
「ごとー、なにしてんの」
「!」
不意に背後から掛けられた声に後藤はびくりとして手にしていた手紙を落としてしまった。
ぱさりと落ちたそれを拾い上げたのは背後に立っていた達海だった。
「落としたぜ……ってこれ俺宛?」
「あ、ああ……」
表書きを見て後藤を見上げてくる視線に頷くと、ふうん、と達海は裏返してそこにある文字を読んで硬直した。
「……春江?」
「さっき、その、渡されて……」
「そいつどっち行った?!」
「あ、いや、そこまで見てなかっ……」
後藤の返事もそこそこに達海は駆け出していた。
「達海!?」
痛む脚を叱咤して駐車場を横切り、通りに出る。けれどそこに求める姿は無い。
ちっ、と舌打ちをして達海は後藤の元へと戻ってきた。
「なあ後藤、それって盲導犬連れた女か?」
「え?いや、眼鏡を掛けた男の子だったよ」
すると達海は「サダハルか?」と一人でぶつぶつ言いながら手元の手紙をがさがさと開いていく。
そして開いたそれを読みながらクラブハウスの中へと向かってしまい、後藤はそれをぽかんと見送った。
疚しい相手ではない、のだろうか?
けれどその答えを持つ相手はすでに去ってしまっており。
後藤はもやもやとした思いを持て余しながら自らもクラブハウスへと入っていった。



***
まだ再会してくれない……。




ほっと一息
(??&達海/テニスの王子様&ジャイアントキリング)

※テニプリ混合です。


乾春江という人物から手紙を受け取って数日後。
練習が終わってメンバーが各々クラブハウスへと戻っていく中、後藤はあの青年を見つけた。
散り散りになっていくファンやサポーターの中でその長身は一際目立っていた。
その傍らには長い髪をふんわりと波打たせた優しげな女性が立っている。
人々が粗方去っていくと、二人はゆっくりとこちらへとやってきた。
そこで漸く後藤は気付いた。彼女が目を閉じていることに。
そして思い出す。達海の言葉を。
――なあ後藤、それって盲導犬連れた女か?
もしかして、と鼓動が嫌な高鳴りをしてみせる。盲導犬こそ連れていないが、青年の腕に手を沿えゆっくりとやってくる女性の姿。
彼女が「乾春江」なのだろうか、そう思っていると春江、と傍らから声がした。
いつの間にか隣に達海が立っていた。やはり彼女が乾春江らしい。
達海が二人の前に立つ。立ち止まる二人。ぼそりと青年が春江に何かを囁いた。
「久しぶりだな、春江」
「タケちゃん、なのね?」
「三十五のオッサンにタケちゃんはないだろー」
しかし達海の言葉に春江は「タケちゃんはタケちゃんでしょう?」とにっこり笑って有無を言わさない様子だ。
「で、そっちが貞治か?」
「やあ、達海監督」
「お前に監督呼ばわりされると何か変な感じだ」
「じゃあ、タケ兄さん」
「ま、それでいいか」
和気藹々と会話が弾む中、ぽかんとその輪を眺めていた後藤は達海に呼ばれるまでただ立ち竦んでいた。
「え、ああ、何だ?」
「ちょっとこっち来いよ。……春江、貞治、こいつが後藤」
「まあ、噂の後藤さんがいらっしゃるの?」
何の噂だろうか。達海を見下ろすと、いいからいいから、と笑われる。
「後藤、こっちが乾春江。俺の親戚。で、こっちがその息子の貞治」
親戚、の言葉に後藤が眼を丸くする。どうやら本当に疚しい相手ではなかったらしい。
思わずほっと息を吐くと、くすりと貞治と呼ばれた青年が微かに笑った。
「……後藤さんが母さんとタケ兄さんの関係を疑っていた確立94%」
「何だよ後藤、そんな事心配してたのかよ」
「あら、光栄ね、タケちゃん」
くすくすと笑う三人に、後藤は恐縮するしかなかった。



***
前置き話これにて終了。

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