持田と頭痛と恋人(By 四日様)




解ってるくせに。

 目の前にいるのが達海猛という自分の恋人でなければ、自分がうつ伏せに寝ているベッドがその達海猛のものでなければ、今の自分にいちいちちょっかいをかけてくるのが・・・つまり達海猛でなければ。
 持田は確実に手の届く範囲にある枕だとかなんだとか、何でもいいけれど何かしらを投げて怒鳴り散らして『ウザイ消えろ』くらいは言っていただろうと感じながらぐったりと身体を弛緩させていた。


「酷ぇ顔、ハハ」


 恋人の酷い顔見て楽しそうにするとかどうなの。
 悪態をつこうにも後頭部からこめかみまでを内側から殴られているような鈍痛が持田の身体を蝕んでいて、喋る気にもなれない。
 恨めしそうな視線で達海を見れば、きょとん、とした後に。


「なあー、暇ー」


 言って、持田をげんなりさせた。

 朝から天候が思わしくなかったので、今日はどこかでコレが起きるだろうとは予測はしていたのだが、まさか達海の部屋に来る直前になるとは持田もさすがに予期していなかった。
 予想では夕方の疲れがたまり始める頃だった、それだって気にする必要も無い程度だと思っていたのだ。
 それなのにマンションから車を出して数十分、ETUのクラブに近づけばしとしとと雨が降り始めてしまって、結果この様だ。
 財布と携帯電話以外持ち歩くわけもなく。
 仮に頭痛薬が手元にあったとしても、達海の前で呑んで何かと気を使わせたくなかった持田の達海限定の気遣いが持田に薬を飲ませなかっただろう、が、いかんせんいろいろと後の祭りだった。
 過去を振り返ってたところで、例えば無視出来ない位の痛みになってしまった偏頭痛が治るわけでもないし、ベッドでぐったりしている自分に予想したような反応を恋人がくれるわけでもない。


そうだよ、達海さんをフツーのモノサシで測っちゃ駄目じゃん。


 持田はガンガンと頭の内部から響く痛みに眉を寄せながら髪の毛を弄ってくる達海の手をやんわりと掴んだ。


「薬とか、ない?」
「・・・あーあ、ホントにヤバいみたいだ」
「ホンキで、ヤバイんすよ」


 枕に埋めた顔をチラリと上げて視界に入れた恋人は、少し楽しそうで腹立たしい。


そりゃ悪いのは俺だよ。
遊びに行くって言ったのも俺だし、それなのに勝手に偏頭痛起こしたのも俺だし、ベッド占領してるのも俺だけどさ。
心配してるーみたいな一言くらいあったっていんじゃねぇの?


 ギリギリ睨みつければ、達海は堪らずにクハっ、と小さく弾けるような笑い方をしながら持田の顔へ急接近した。


「キスしたら治るとか、アリ?」

「・・・ア、・・・ナシです、」


 持田はまるで初めて女と付き合う男のようにガチリと身体を緊張させて、それも一瞬、大きくため息をつきながら言葉を吐いた。


まさかサディズムじゃないよね達海さん。


 ひやりと汗が出そうなのは、頭痛のせいじゃないだろう、持田は一瞬脳裏によぎった言葉を否定しながら掴みっぱなしだった達海の腕を離して達海から距離をとるようにベッドの隅へと身体をずらした。
 お互いを探り合うような、この空気は居心地が悪い。
 舌打ちをして枕に顔を埋めれば、そこから達海の匂いがしてどうしようもない気分になった。


頭痛ぇ、らしくないし、アホすぎるしょ俺。
最悪、最悪、最悪、そりゃ達海さんじゃなくってもツまんねーよ、


 嫌だ嫌だと自分に正直な部分が体中に発生して、自己嫌悪に陥りそうだ。
 珍しい、一年に一回あるかないかのこの状態に持田は反吐が出そうで、脳内を殴りつけてくる頭痛はいっそ罰ゲームのようだ。


でも達海さんも達海さんだろ、人が苦しんでるっつーにナニこれ。
っていうか恋人だし、恋人だし、俺恋人じゃん。
達海さんが変わりモンで変態で非常識で、其処が可愛いんだけど。・・・フツーじゃなくてアイスが好きで年相応じゃなくて、其処も可愛いんだけど。
・・・可愛い部分差し引いてあげても、恋人の俺が苦しんでる時くらいは心配してくれたってイんじゃないの、・・・もう何考えてんのかわっかんねぇや、ああもう。


 ガツン、とびきり大きな痛みが頭全体に響いて持田は眉だけでなく目にもぎゅぅと力を込めた。
 その瞬間、全くどうでもいい、昨日見たテレビでやっていた見た事も聴いた事もないような芸人のつまらない漫才を思い出して、ああショートした、と判断した。
 持田は今日の自分にシャッターを降ろし、明日の自分が達海にごめんごめんと謝ってくれるのを期待しながら意識をゆっくりと手放していった。





「んだよ、寝ちゃうのモッチー、」
「―――い、――――ぅ、」
「ハハっ、何言ってるかわっかんねぇ。・・・めずらし」
「―――・・・、た、・・・、」



「・・・うん、おやすみ」



 だから持田は知らないのだけれど。




 ようやく眠ってくれた持田に、達海は愛おしくてたまらないというように目を細めて。

 おやすみのキスを、額に、こめかみに、唇に、おくって。

 持田自身に教えてもらった携帯電話の機能でパシャリ、自分だけの王様の寝顔を撮ったのだった。







END.

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