眠りの森で逢いましょう(By ヒカリ様)


「うあっ。びっくりした」
 自室のドアがとてつもなく乱暴な音を立てた、と思ったら底に立ち尽くすのは不機嫌な顔をしたジーノであった。
 音はもとより、達海が何より驚いたのはこの格好つけの男が憮然とした表情でただ立っていたことだった。しばし、唖然として眺めていると後ろ手にドアを閉められる。
 バタンッ。
 またも大きな音を立てるのに、ジーノはやっぱり無言であった。
「なんなの、お前」
 テレビを消して、ようやく声をかけてやるとジーノはさらに眉根を寄せた。
 だから、なんなの。
「ジーノ」
「夢を見るんだよ」
「はぁ」
 吐息に似た相槌が達海自身そっけなく響くなぁと思うが、他にどう言えというのだ。
「眠れないんだよ」
「おい。夢を見てるってことは寝てんじゃねーか」
「毎晩タッツミーの夢を見るんだよ!眠れるわけないじゃないっ」
 あぁ、うん。なるほど…って、こら!
「お前それで不機嫌なわけ?俺、関係ないじゃん」
「関係なくないでしょ、人の安眠妨害しておいて。責任取ってよね」
 ざらざらざらー。
 ベッドの上に積みあがった本やらDVDやらを片っ端から床に落として、断りもなくジーノは達海の隣に腰掛けた。
「おーい。なにしてんの、吉田」
「タッツミーがさ、いなくなっちゃうんだよね」
「いるだろ、ここに」
 お前が今、掴んで離さないのはどこのだれだと思ってんだ。
 そう文句をたれると、ますます身体を拘束する力が強くなった。
「ボクを置いて、どんどん先に行っちゃうんだよ。ダメだって言ってるのに。掴んでもスルッと抜けちゃうし」
 どこのウナギだよ。
つっこみたいけれども、達海が思うよりジーノは真剣に語る。
夢は続く。
それからは腕を掴むことも叶わない。もちろん、抱きしめようとしても届かない。
足が鉛のように重くてとても追いつけないのだ。
行かないで。叫んで、そうして名前を呼ぶのに達海はといえば。
「ずっと笑ってるんだよ」
 声の調子が急に落ちる。抱きしめられた腕がゆるくなって、ジーノの顔を覗き込めば、伏せた長い睫毛が影をつくっていた。
「え、なに。お前泣いてんの?」
「泣いてないよっ」
 涙混じりに言われても、まったく説得力がない。
(えぇー。吉田、まじで?)
 心持ち身を引くと、強い力で再び抱き寄せられる。押し付けられた胸で聴く鼓動の音は、少し速い、か。
 しょうがない王子様だ。
 内心でそう嘲るのとは裏腹に、
「ジーノ」
達海自身、思ってもみない優しい声が出た。
「俺はどこにも行かねーよ」
「嘘」
 大サービスしたというのに、即座に否定される。さすがに達海はムッとした。
「タッツミーは嘘つきだよ。そんなこと言っても今夜にはまた逃げるんだから」
「だから、それ夢じゃん」
「嘘じゃないなら今夜会いにきてよ」
 聴く耳持たず。
 そういえばジーノは最近眠れてないといった。珍しく余裕がないのはそのせいか。
 と、いうよりも。
「今夜って、たった今、会ってるだろ」
 時間は22時。十分夜だ。
「だから、今日、ボクの夢に」
 あほか。
「タッツミー」
 呼ぶ声が達海の耳を甘くくすぐる。
 吉田の分際で。
「こーゆーのは王子様が来るもんだろうが」
「なにそれ」
「俺の夢にでてくればって言ってんの」
 俺の夢なら、お前が出てきても逃げないよ。
言ってやると、ジーノは息をのんで達海を引き離した。
そうして、まじまじと見つめられる居心地の悪さに耐え切れず、問う。
「なんだよ」
「プロポーズ」
「は?」
「それってプロポーズでしょ」
 な・ん・で・だ・よ!
 腹の底から怒鳴ってやろうとしたが、あんまり嬉しそうにしているものだからタイミングを逸してしまう。
「幸せにするよ、タッツミー」
 あぁ、そう。
 達海はなんだかひどく疲れて、ため息の代わりにこのわがままな王子様にキスをした。
 この気まぐれなキスで火のついた王子様に翻弄される今夜のことは。
 また別の話。

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