止まり木の矜持(By ヒカリ様)
『会いにきちゃった』 突然訪ねてきた達海はうつむいたままそう言って、成田を驚かせた。短くない付き合いのなかで、弱さを見せたことのない達海が少なからず落ち込んでいるらしい様子を間近で確認して、成田は最初に驚き、やがて小さな興奮を覚えた。 我に返って嫌気がさすが、今更だ。 この美しい生き物を独り占めしようという浅ましい願望に囚われて、そんな自分に失望するのは。 達海の足があまり思わしくないらしい、というのは噂で知っていた。ゲームではめったにそんな素振りは見せないが、かばう様な仕草をしていたのも成田は知っている。 それをラッキーなことだとは一度も思ったことはなかった。ライバルチームのやっかいな選手であるにもかかわらず、だ。 成田は達海のプレーが好きだ。 ああなりたいと思って、求めてきたものが、ゲームすべてを支配する輝きが人の形を取っていた。 達海ほどの才能を、ほかには知らない。そして、自分がそれに届かない、ということも承知していた。 嫉妬がない、といえば嘘になる。プレイヤーとして、高みへ行きたいのは誰しもが持っている欲だ。成田とて現状に満足しているわけではない。まして自分の理想が目の前にあるのなら。 その上で、成田は達海をライバルとみなすことはなかった。 なぜだ。 己にそう問うたびに、胸が痛んだ。甘さを伴うこの胸の痛みを自覚したとき、自分がどうしようもない愚か者であるという事実に成田は頭を抱えた。 達海は気まぐれな鳥のような男であった。 枝から枝へ、美しい羽を見せつけ自由に飛び回る。成田はその枝のひとつにすぎない。 今だって、特別な感情があって成田の隣にいるのではないことはわかりきっている。 そう思うのに、元気のない達海が訪ねてきたということは、自分は特別な一人なのではないかと、勘違いしそうになる。 成田の部屋の大きくはないソファで、ぴったりと寄り添うように座る達海は普段ならありえない。今日は部屋に来てからずっとこの調子であった。 離れたがらない達海に動揺するなというほうが無理な話だ。 よほどのことがあったのだろう。そう素直に同情を示すほど、成田は達観してはいない。が、相手にそう思わせる必要はあった。この関係の手綱を握るためには。 「足が、痛むのか」 刺激された劣情が漏れ出さないように、努めて平淡な口調を心がける。 「成さん?」 「知らないとでも思ってるのか」 きょとん、と目を丸くした達海が急に憎らしく思えた。自然、声が大きくなる。 「調子が良くないんだろ。そのわりにスケジュールがキツくて調整が上手くいってないんじゃないか」 都合よく慰めて欲しかったのだろう。 言外にそう匂わせてやると、達海は悪びれるどころか成田の首に腕を回した。 「俺は成さんに会いたくて来たんだけど」 どうだか。 呆れたため息を飲み下す。一度はやり過ごそうとした熱い感情だが、向こうからあからさまに誘ってきたのだ。乗っかって責められるいわれはない。 腰を抱いて自分の膝の上に招いた。 「あ。成さんもやる気じゃん」 「うるせぇよ」 噛み付くようなキスを仕掛けてやれば、達海は甘い舌を差し出してそれに応える。 静かな部屋で互いの唾液を交換する音だけが大きく響いて、成田の体温が上がる。 荒くなる息とキスの隙間で、達海が喘ぐように呼ぶ。 なりさん。 らしくない、蕩ける様な声に成田は苦笑した。 「お前、チームメイトにもこんなカンジなのか?」 快楽に潤む目元に口付ける。達海はニヤリとして、 「どうだろうね」 曖昧に濁して、先をねだるように腰を寄せる。 こいつは。 「達海、後藤とは寝てるだろ」 「なに。成さん、妬いてんの?」 「妬くか、馬鹿」 反射的に言い返して、しまったと思う。これじゃあ肯定したも同じじゃないか。 その証拠に達海の声には面白がるような響きがあった。 「成さんって俺のことけっこう好きだったんだ」 「好きだ」 この際だ、と迷いなく言ってやると達海は目を細めた。 「もっと言ってよ」 求められるままに呪文みたいに繰り返す。 すきだ。すきだ。すきだ。 どうしようもなく。 壊れるほど抱きしめると達海が囁いた。 「そんなに好きなら、俺を成さんでいっぱいにして」 それは悪魔の誘いにも似て、ちっぽけな人間である成田に拒むすべなどありはしない。 自分ひとりがこの男を抱くのではない。 それはわかっていても、今は目の前の官能に溺れていたかった。 「達海、好きだ」 くすぐったそうに笑う達海は、やはり気まぐれな小鳥だ。 いくら激しい夜をすごそうとも、成田ひとりのものにはならない。 だから愛しているとは言わない。いずれ去り行く者に対しての、せめてものプライドだ。 笑うなら、笑えばいい。 恋の敗者なんていつだって惨めなものなのだから。 目の前の残酷な支配者に何度目かのキスをして、成田は降参をした。 |