小悪魔とワルツ(By ヒカリ様)


 久しぶりに飲まない?
 そう誘われて、暇だしまぁいっか、となったのは自分にしては珍しい。なんとなく、予感はあったのかもしれないけど。
 なんの?
 そりゃ決まってるでしょ。
 もちろん、悪いほうの。

「モッチー、ひさびさ。元気?」
 店に入ってすぐ、カウンターの奥を見やればシムさんがひらひらと手を振っている。
「まぁ、そこそこっスよ。シムさんは?」
「俺もそこそこ」
 相変わらずとらえどころのない、ふわふわとした返事に笑って、隣に腰掛けた。
「場所わかった?」
「あ、ハウちゃんにきいた」
 あー、あの気持ち悪い髪型の。
 とは思っても口には出さない。
 同業者が集まる場所というのは決まってくる。このバーもその一つだ。特に外国人が多いここは気兼ねなく話せて、俺は気に入っている。
 誘いがあった時点で、勝手にここを指定した。俺に電話してくる時点でなんかあるんだろうし。
 今後の相談とか?
 シムさんに限ってそれはないか。
 兎にも角にも、なんにもないわけはないだろ。てなわけで、この場所のチョイスになったわけだ。俺も気を遣うようになったよなー。
「んで、話ってなんスか」
 ジンライム飲んでるシムさんに向き直る。
 あ。俺も同じもんにしよ。
「え、なに。話って」
 えー。
「あのさぁ、なんか話があるから俺呼んだんじゃないの?ぶっちゃけ、俺とシムさんってそんな仲良くないじゃん」
「あ。なるほどねぇ」
 うんうん。
 何度か頷いて、ジンライムを飲み下すシムさん。
 ……。
「ところで、蟹って面白いよね?」
「何の話してんだ、アンタ」
 イライラするというより、呆れが先立つな、この人と話をしていると。ってか、蟹ってなんのことだよ。
 つまみのピスタチオを手で弄びながら問うと、意外な名前が出た。
「達海さんがさ」
「は?なんでシムさんが達海さんのこと知ってんの」
 や、知ってんのは当たり前だとしても、なんか、そーゆーニュアンスの名前の出し方じゃなかっただろ、今の。
「ああ、この間のオールスターで」
「はぁ、なるほど」
「それで達海さんとちょいちょい連絡とるようになって」
 って、おぉぉおいっ!
「なにそれ。なにしてんのっていうか、シムさんちょっと待って!」
 横でなんだか話し続けているシムさんを華麗に無視して、俺はポケットからケータイを取り出し、ソッコーTEL。
 誰に電話してんの?隣から声をかけられるが、聞くかな、フツーこの状況で。
 苛立ちを思うさま煽る単調なコール音が何度かして、
『…だれ?』
 かすれた声が耳元で響く。
 寝てたな、この人。
「達海さん、俺ですよ。持田」
『あぁ。どしたの。なんか用?』
 これだよ。
 達海さんって付き合っててもそうじゃなくても全然変わんねーな。
「今、外で飲んでるんですけど」
『へぇー。一人で?』
「いや、志村さんと」
 さぁ、どうでる?
『あ、シムタンもそこにいるんだ』
 シ、シムタンだぁっ?
「ちょ、達海さんどういうこと、それっ!」
『どーいうって、なにが。ところで持田って友達いたんだね。あっ、ついでだからシムタンにかわってくれる?』
「友達じゃないんでっ」
 怒鳴って、そのまま無意味に電源ボタン連打する俺をだれも責められないだろ。
 マジで盲点だった。
 ETUはそれなりに警戒してて、わざと人目に付くように達海さんを迎えに行ったりして、それなりに牽制してきた。それがまさか、だ。
 大阪までとか、あの人どんだけ野郎ホイホイなんだよ!
 いまにも頭を抱えそうな俺に、
「モッチー?」
 のんきな声で名を呼ぶのはシムさん。
「志村さん」
 一度頭に血が上った後は、急速に冷静になれた。静かすぎる声が我ながら気味が悪い。
「はっきり聞きますけど、達海さんのこと好きなんですか」
「え、と」
「諦めてください。無駄なんで」
 以上。
 言い放って席を立つと、背中から追いかける様に驚愕の質問が来る。
「モッチーって、もしかして、俺のこと好き?」
 はぁぁぁっ?
「どっからそーゆー発想が」
「じゃ、万が一振られたら傷つくことを心配してくれてんの?」
 モッチー優しいよな。
 振り返って抗議すれば、微笑まれる。
 なんなんだ、この人。さっきはイライラしないって思ったけど、十分イライラする!っつーか、殺意が半端ない!そしてほんと今さらだけど、『万が一』ってなに?どんだけ自信満々なんだよ!
「俺、やっぱり達海さん好きだ」
「や、だから」
「恋愛って自由だよね」
 なるほど、なるほど。
 どうやら地獄を見たいらしい。
「上等」
 俺が言い捨てた言葉にシムさんがどういう反応をしたのか、それはもはや眼中になかった。そんなことよりも凶暴な感情を抑えつけることで精いっぱいだった。
 首輪でも買っとくか?
 比喩でも何でもなく。そんで、あの人を閉じ込めたほうがいい。
 店を出て、夜風が吹いても俺の頭を冷やしてはくれなかった。どころか、次々と危険な思想が湧いて出て。
 それもこれもあの小悪魔のせいだ。
 浮かぶ満月に、小さく舌打ちをした。

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