「そろそろ、機嫌を直してくれないか」
(宮田、一歩、歩夢/はじめの一歩)




「あゆちゃん、お耳どうかしたの?」
しきりに左の耳を弄っている歩夢に一歩は問いかけた。
すると「んー」と唸る様な応えの後、一言簡潔に。
「とれない」
と答えた。
「取れないって、何が?」
「これ」
これ、と差し出されたのは子供用の大きめのビーズ。
「ええ?あゆちゃん、お耳見せて」
「やっ」
耳を触られるのが大嫌いな歩夢はぱっと小さな手を両耳に当て、一歩後ずさる。
「あゆちゃん」
少し低めの声で諌めるように呼ぶと、逡巡した後、歩夢は恐る恐ると母親の元へ近づいてきた。
一歩はその場に膝をつき、歩夢の左の耳朶を軽く引いて中を覗き見る。
と、薄暗い中に見える、蛍光ピンクの塊。
「あー…見事に…」
食べるなとは言い聞かせてあったが、まさか耳に突っ込むとは。
「まま、とって」
「うーん、ママじゃ取れないなあ…お医者さんじゃないと取れないよ」
「お医者さんやっ」
「でもあゆちゃん、このままだとお耳痛い痛いだよ?」
「いたいのやだっ」
「じゃあお医者さんに取って貰おうね」
「うーうぅー!やぁ!」
「あゆちゃん、いい加減にしないとママ怒るよ」
「やあー!!や!いや!いーやーあー!」
「じゃあママもう知らない。あゆちゃんのお耳聞こえなくなってもママ知らなーい」
「やー!」
「じゃあお医者さん行く?」
「あう……ぅ」
「はい、いい子。あゆちゃんはいい子だね。じゃあパパに電話して、パパに連れて行ってもらおうね」
「ぱぱ、やっ!まま!ままがいい!!」
「ママも一緒に行くから大丈夫だよ。でもママ、滋郎くん抱っこしてないといけないでしょう?滋郎くんはまだ赤ちゃんなんだから」
「ままがいいー!ぱぱやーあー!」
「大丈夫だよ、ママ、あゆちゃんのおててずっと握っててあげるから」
「うー…」
「じゃあちょっと待っててね。……あ、もしもし?宮田ですけど、一郎さん居ますか?あ、はい。……あ、ごめんね、今いいかな?あのね、歩夢の耳におもちゃのビーズが入り込んじゃってね…うん、そう、一センチくらいのピンク色したやつ。ボクじゃ取れないから耳鼻科に連れて行こうと思うんだけど、滋郎くんも居るから歩夢、押さえつけてられないんだ。だから、できたら一緒に来て欲しいんだけど…ん、分かった。じゃあ待ってるね…うん、ごめんね…うん、それじゃあ」
「ぱぱ?」
「うん、パパね、これからすぐ迎えに来てくれるって。そうしたらみんなでお医者さんいこうね」
「いたくない?」
「あゆちゃんがいやいやしなければすぐ取れちゃうよ。あゆちゃん、頑張れる?」
「…うん、あゆ、がんばる」
「そう、いい子だね」


一時間後。


「いやーーーーーー!!」
「一郎さん、頭は看護師さんが押さえてくれるから腕と身体押さえて!」
「やああああー!!ままーー!ままーーー!!!」
「ママここに居るよ、あゆちゃん、頑張って!」
「やだやだいたいいたいいたいーーー!!!!」
「痛くないって!あゆちゃん、じっとして!」
「やーーーーーー!!!!!」


更に十分後。


「お手数をおかけしましたー」
一歩は受付の看護師に頭を下げ、靴を履き替えている宮田の元へと向かった。
その肩には泣き暴れ疲れてぐったりしている歩夢が担ぎ上げられていた。
「大丈夫?」
夫に問えば、「試合より疲れた」とこれまたげっそりした表情で返され、苦笑するしかない。
「定期的に耳掃除に来てるんだけど、一向に慣れてくれなくて…」
並んで診療所を出て、車へと向かいながら一歩は言う。
「お鼻や喉は大人しく見せてくれるんだけどなあ…」
「毎回この騒ぎなのか」
「うん、耳さえ終われば後は静かなんだけどねえ」
歩夢と滋郎をチャイルドシートに固定しながら笑う一歩に、宮田は溜息をついた。
「…大変だな」
「まあ、慣れかなぁ」
まま、と手を伸ばしてくる歩の手を握ってやり、よく頑張ったね、と誉めてやる。
「あゆちゃん頑張ったから、今日はあゆちゃんの大好きなカレーライスにしようか」
「カレー!やったあ!」
さっきまでのぐったり具合は何処へいったのか、途端に元気になった歩夢に、宮田が「子供って…」としみじみ思ったとか思わなかったとか。






***
めっちゃ職場ネタ。よくある光景。
もう最近では遠慮なく子供の頭押さえつけます。
暴れる子が来る度に子供って力あるんだなあとしみじみしてしまいます。

 

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