「体温高いよお前」 (宮田、一歩、歩夢/はじめの一歩) 宮田の部屋にはベッドがあった。 しかしそれはシングルなので、一歩と歩夢が泊まる時は宮田自身はベッド、一歩は来客用の布団、そして歩夢は一歩が持ち込んだ子供用布団を使っていた。 当初、宮田は一歩を自分より下に寝かせるのに難色を示したが、歩夢がベッドから落ちかねない事から宮田がベッドを使うことになっていた。 しかしある昼下がり、いつものように宮田の部屋を訪れた一歩は目を丸くした。 「宮田くん、ベッド、どうしたの?」 部屋の四分の一を閉めていたベッドが、壁に薄らとした跡だけを残してキレイサッパリ消えていた。 すると彼はにべも無く。 「捨てた」 と答えた。 「捨てたって…」 まるで雑誌を捨てたぐらいの軽い物言いに一歩は唖然としてしまう。 「オレも布団にすることにしたから」 「はあ」 「だから買いに行くぞ」 「…ってこれから?!」 驚きの声を上げればだから何だ、と言わんばかりの顔で見返されてしまった。 「いや、それは良いんだけど…」 宮田くんって、時々、凄く思い切ったことするよね、と言えば彼は「そうか?」と不審そうな顔で一歩を見ていた。 「うん。ちょっとびっくりした」 その夜。 「それで、どうしてそういう並びになるの?」 滋一に車を出してもらい、無事布団を購入できた。 今まで一歩が使っていた布団は思い切って来客用に逆戻りして貰い、二組新しい布団を購入した。勿論カラーはピンクとブルーの夫婦セットだ。 そして一歩が歩夢と一緒に風呂に入っている間に宮田が布団を敷いたのだが。 風呂から上がった一歩が見たのは、きれいに並べられた一組の布団の上にどんと敷かれた子供用布団。 普通、間を空けて、そこに敷くだろうに何をわざわざ布団の上に布団を敷いているのか。 すると至極当然と言わんばかりに戸籍上の夫は、 「間が開くのはオレの美的感覚が許さない」 とのたまった。 間が開くのはダメで布団の上に布団を敷くのはいいのか。 ボク、時々宮田くんが分からなくなるよ。 一歩はそう思いながら溜息を吐いて布団の上に宮田を正座させた。 そして自分も向かい合って正座して座り、子供用布団の役割と必要性を言い聞かせ、更に布団の上に子供布団を敷き、そこに子供を寝かせることによる悪影響についてもこんこんと言い聞かせた。 彼は大人しくうんうんと頷いて聞いていたのだが、じゃあ、と間を空けて子供用布団を敷くのかと思えば開いたスペースに移動させた。 「宮田くん」 にこっと笑顔で呼べば、びくりと子供用布団を抱えたまま固まる男、宮田一郎。 「………」 「………」 じっと見つめあう二人。 先に折れたのは、やはり一歩だった。 「…わかった、布団はそこでいいから。ボク、あゆちゃんを連れてくるから先に寝てていいよ」 小さく溜息を吐いて立ち上がり、一歩は階下へと向かった。 「お義父さん」 孫を膝に抱え、テレビを見ている滋一の傍らに膝をつく。 「おお、もう寝るのかね」 「はい、お先に失礼しますね。あゆちゃん、おいで」 祖父の膝でこっくりこっくりとしていた歩夢は舟を漕ぐのもそのままにべろんと両腕を母親の首に巻きつけ、凭れ掛かった。 その身体を抱き上げ、もう一度滋一に挨拶をして一歩は二階へと向かった。 すると案の定、宮田は布団に潜り込んで雑誌を読んでいた。 しかし恐らく読んでなどおらず、こちらを気にしている。 最近の一歩はそういうことが少しずつ分かるようになってきた。 「……」 その布団に覆われた背中を見ていたら、ふと悪戯心が湧き上がってきて一歩はその背中に歩み寄った。 「歩夢爆弾投下ー」 さすがに半分寝ている歩夢を本当に投下するわけには行かないので、どすっと背中の上に寝せてみる。 う、と低い声がして雑誌が転がった。 さすがにこれは予想外だったらしい。 「ん〜〜〜」 しかも寝惚けた歩夢が転がった。宮田の頭方向へ。 ぐ、と更に低い声がして一歩は思わず噴き出して笑ってしまった。 こてん、と宮田の頭を乗り越えた小さな身体が床に落ちる。 「んむー?」 何か踏んだ、と言わんばかりの声を上げて歩夢がのそりと半身を起こす。 不愉快げなその唸り声を、一歩は笑い半分で唆す。 「あゆちゃん、あゆちゃん、パパが一緒に寝てくれるって」 「げ」 「ぱぱ?ねゆの?」 「そう、一緒に寝るの。だからパパのお布団とっちゃいなさい」 「あーい」 「おい」 のそのそと四つん這いで歩夢が宮田に突進して行き、そのまま宮田の布団の中に潜り込んでいく。 「こら、おい」 もそもそもそもそもそもそもそ。 布団の中で小さな怪獣が動き回り、半回転したかと思えばにゅっと顔だけを出して静かになった。 「…おい」 「あゆちゃーん、おやすみなさいは?」 「…おやすみなしゃい…」 すっかり目を閉じ、むにむに呟くようにおやすみなさいを呟いた歩夢は、そのままいともあっさりと夢の住人になってしまった。 「…どうすんだよ、コレ」 「どうって、一緒に寝るんだよ。じゃ、ボクも寝るね。おやすみ」 ぱちっと無情にもライトは消され、一歩はさっさと布団に潜り込んで目を閉じてしまう。 「……」 実はさりげなく怒っているのだろうか。 しかし布団は並んでた方がいいじゃないか。 しかしそう問うことも出来ないまま、ただ時間だけが過ぎていく。 やがて一歩の寝息まで聞こえてきてしまい、宮田はがくりと項垂れた。 *** めざせ川の字。 めざせ主導権を握る一歩。 3、4歳くらいならともかく、二歳弱で大人用で一緒に寝るのは余りよくないと思います。ちょっと今手元にいつも参考にしてる育児本がないのでハッキリとしたことは言えませんが…。 |