「お前は嘘が下手くそだな」
(歩夢/はじめの一歩)




「パパなんてだいっきらい!!」

然程広いともいえないリビングに歩夢の甲高い声が響いた。


事の発端は、歩夢がビデオを見ている最中の父親に話しかけたことから始まる。
昨夜放映されたWBA世界ライト級タイトルマッチの録画だ。
実際に会場まで見に行く予定だったのだが、歩夢が熱を出したために急遽中止となったのだ。
しかし当の本人は翌朝にはけろっとしており、そうしてビデオを見直している父親にまとわり付いていた。
しかし試合に意識が持っていかれている父親はおざなりな相槌を打つだけで、全く聞いている素振りがない。
歩夢としては父親に構って欲しくてまとわり付いているのに、邪険にされるどころか視野にすら入れてもらえない。
気が短いのは子供だからか、それとも父親譲りか。
そしてテレビと父親の間に仁王立ちした歩夢は冒頭の台詞を叫ぶこととなった。
のだが。
「あ?」
試合に夢中だったために事情が飲み込めていない父親は訝しげな顔をするだけだ。
それが余計に歩夢の癪に障った。
こんなに訴えているのにそれすらこの父親は理解していない。
怒りのボルテージが上がるがままに歩夢は叫んだ。
「もう!パパのバカ!だいっきらい!せんどうさんがおとうさんのほうがよかった!」
「何でそこで千堂が出る」
「この前ね、千堂さんが来たときに千堂さんがウチの子になるかーって言ってたんだよ」
不意に割って入ってきたのは、マグカップの乗ったトレイを手にした母親だった。
「あのバカ、また来てたのか」
「せんどうさんバカじゃないもん!」
父子の言い合いを余所に母親はコーヒーのカップをローテーブルに置いた。
「ここにおいておくね。あゆちゃんも、オレンジ持ってきたけど飲む?」
「いらないもん!ママ!どうしてパパとけっこんしたの!」
「そりゃあパパのことが好きだったからだよ」
「あゆ、パパなんて嫌い!せんどうさんがパパのほうがよかった!!」

「そう。じゃあ、あゆちゃんは千堂さんのおうちの子になっちゃいなさい」

さらりと言われた内容を理解するのに、父子は共に数秒を要した。
「いいの!やったあ!!」
「おい」
喜ぶ娘と批難の目で見てくる夫を尻目に、一歩は平然と砂糖ミルク入りのコーヒーを啜る。
「その代わり、千堂さんのおうちは大阪だからあゆちゃん、もうママとも滋郎くんとも会えないねえ」
のほほんと言われたそれに歩夢の顔色が変わる。
「なんで?!」
「だってあゆちゃん、もうパパとママの子じゃなくなるんでしょう?滋郎くんのおねえさんも止めるんだもんね」
「やだっ!ママもじろうくんもいっしょがいい!」
「でもママ、パパと一緒に居たいもん。滋郎くんも今はお昼寝してるけど、きっとパパとママが一緒がいいって言うよ」
「やだっ、やだぁっ!」
母親の膝にすがり付いて、今にも泣きそうな目で母親を見上げる。
しかし母親はにこにこと微笑むだけで、いつものように優しく頭を撫でたり抱っこしたりしてはくれない。
「どうして?パパが嫌いなんでしょう?千堂さんのおうちの子になりたいんでしょう?」
「や…やだっ!せんどうさんのおうちいかない!パパとママとじろうくんといっしょがいい!」
「そう、じゃあパパと仲直りしようね」
「…うん」
母親の膝から身を起こし、ちらりと背後を振り返れば、ビデオを止めて決まり悪げにしている父親の姿があった。
「ほら、一郎さんも。あゆちゃんのお話をちゃんと聞いてあげなかったんだから、謝って」
「…悪かったな」
視線を逸らしてぶっきらぼうに言う態度に、妻は「一郎さん」とにこりと笑顔で威圧する。
威圧された側は「う」と呻き声を上げ、逡巡した後、娘を見てもう一度謝った。
「……すまない、歩夢」
さ、あゆちゃん。
母親に促され、歩夢も父親と向き合ってぺこりとお辞儀をした。
「ごめんなさい、パパ」
するとふわりと暖かな手が歩夢の頭を撫でた。
振り返ると、娘の頭を撫でながら母が微笑んでいた。
「よく出来ました」
一郎さんもね、と夫を見れば、彼は決まり悪げに視線を逸らした。

その後、昼寝から起きてきた弟を含めた家族四人で試合を見る光景があったとか。







***
最初はちょっとした言葉遊びのつもりで書いていたのですが…。
ちょっと大人気ないな、みんな。うん。反省。(言うのはタダ/爆)

 

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