「すき。死にそうなくらい」
(エガアリ前提ヒムアリ/有栖川有栖)




彼の死は、アリスの中の何かをも殺した。


気にかけてはいた。
しかし多忙な身が京都と大阪の距離を更に広げていた。
だからせめて電話をかけた。
しかし彼はいつもどおりで、ただ、今までどおり二束草鞋で小説を書いているとだけ聞いていた。

そしてアリスの初めての長編小説が出版された。

それ自体は知っていた。
電話の向こうでアリスが興奮気味にそれを教えてくれたのだから。
しかし内容は全く教えられていなかった。
読んでからのお楽しみや、とアリスは笑っていたのだ。
サイン入りで送りつけてやる、と彼は言っていたのだが、俺は敢えて書店でも購入した。
それはただ、親友が一冊も売れず涙するようなことがないように、という哀れみを主成分とした親切心であって、別にサイン入りのほうは保存用にしておこうとか思ったわけではない。断じて。ああ思ってなどいないさ。
しかし下宿でそのページを捲り、愕然とした。

これは、アリスの哀しくも優しい記憶の欠片だ。

読み終えてすぐに彼のアパートに電話した。
真夜中だったがそんな事は二の次だった。
幸いにも彼は起きていた。
作品を読んだ、と告げると彼は喜んでいた。

「お前、あの…探偵の男、」

名前を出すのは、何故か躊躇われた。
すると彼は明るい声で、あ、分かったん?と笑った。


『あの探偵役な、キミがモデルやねん』


全身が凍りついた気がした。
何も言えなかった。
沈黙。
それをアリスは正しく解釈できなかった。
『もしかして、勝手にモデルにしたこと、怒っとるん?』
アリスは少しだけ窺うような声で問いかけてくる。

初めて、思った。


アリスを愛さなければ良かった。


アリスを大切に思わなければ良かった。


そうすれば俺は無神経にアリスを傷つける言葉を紡げただろうに。
アリスが目を逸らしてしまった真実を突きつけることが出来ただろうに。

彼は実在していたじゃないか、アリス。
お前の隣に、いつもいたじゃないか。
俺よりも、誰よりも、お前の傍に居たではないか。
たった一言が言えない。




江神二郎は死んだんだろ、アリス。




『火村?』
無邪気に呼ぶ声。
たったその一言が言えない俺は、
「怒ってなんてねえよ」
そう笑うのが精一杯だった。
怒ってなどいない。
ただ、惨めだっただけだ。
ただ、哀れだっただけだ。



彼の死は、アリスの中の何かをも殺した。









***
診察の待ち時間に英国〜読んでたので不意に書きたくなった有栖川。
個人的に学生編と作家編を混じらせた、エガアリ前提ヒムアリが好きです。(爆)
そうなるとマリアたちの存在をどうするかとか考えちゃうんですが、出す予定がないので特に考えてません。(笑)

 

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