「…嫌いだなんて言わせない」
(宮田×一歩/はじめの一歩)




目覚ましが鳴るより早く眼が覚めた。
自分にしては珍しいことだ。
それだけ緊張しているのだろうかと思うと失笑したくなる。
クロゼットからランニングウエアを取り出す。新品だ。
今まで着ていたのが大分草臥れていたからだ。
そう、他意は無い。
別に今日にあわせたわけではない。
繰り返すが他意は無い。
さっさと着替えて階下へと向かう。
洗面台の前に立った己の顔は、何処か強張っているように感じる。
薄らと浮き上がった隈。
明らかに、昨夜寝れませんでしたと言わんばかりのそれを睨みつける。
睨みつけた所で消えはしないのだが。
顔を洗って歯を磨く。
歯磨きにいつも以上の時間をかけている気がするのは気のせいだ。
全く以って気のせい以外の何者でもない。
物音がする。
父も起きたらしい。
居間へ向かい、時計を見る。
いつもより幾分か早い時間。
しかし、それくらいの方が良いのかも知れない。
今日という日には。


幕之内一歩。
彼を知ってから、どれほどの時が流れただろう。
その存在を、近くに感じるだけで何かが違った。
彼がやんわりと笑うだけで、何かが変わった。
恋や愛なんて、ずっとバカにしてきた。
だから気付かなかったのだ。
「強さ」を履き違えた自分の「弱さ」を。
彼の前では、今まで積み上げてきたつもりの「強さ」は全て無駄だった。
けれど。
だからこそ、迷わず歩ける。
その先に彼が居るのなら。


いつものロードコースを外れ、川沿いの道を走る。
やがて見えてくる、一本の樹。
河川敷に不意に現れるその樹を、彼はよく見上げていた。
土手を下り、その樹の前に立つ。
彼と同じ様にしてその樹を見上げてみると、何故か他の樹とは違って見えた。

「宮田くん?!」

どれほどの時間、見上げていたのだろう。
疾うに耳慣れした声が鼓膜を震わせ、彼の到来を告げる。
視線を転じれば、そこには間違いなく彼が駆け下りてくる所だった。
「おはよう、宮田くん!どうしたの?こんな所で」
すぅ、と息を吸い込む。
普段は無意識のそれすらも、今は意識してしまう。

「…お前を、待ってた」

さあ、差し伸べたこの手を、


「俺は、お前が」


取れ。





***
初心に戻ってみようと思い、玉砕。
いちお貴公子告白話。説明しないと分からない。(爆)
タイトルどおり、シルビアという歌が元ネタ。
別に宮一ソングというわけではないですが。

 

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