「…さみしくなんかないよ」
(間柴、一歩/はじめの一歩)




その朝、間柴はロードワークの帰りに土手で座り込んでいる人物を見つけた。
座り込んでいる、というよりは呆けている、といったほうが正しいその人物の腕には赤子。
こんな早朝に川縁で赤ん坊を腕に呆けているその姿は、怪しいというよりその子をどうする気だ、と問い質したくなる様な不安感を抱かせた。
育児ノイローゼ。
一瞬、そんな言葉が脳裏を過ぎる。
しかもそれが知らない顔ではないとなると余計気になる。
だが自分は関係ない。
関係ないったら関係ない。
無視して通り過ぎる。
そうだ、自分には何の関係もないのだから。

「…こんな所で何してんだ、幕之内」

無視するんじゃなかったのか自分。
いいや、無視する気だった。
しかし足が勝手に止まって口が勝手に開いたのだ。
まさにミステリー。
「…あ、間柴さん…」
はっと我に返った一歩は、しかし呆けたままの声音で間柴を見上げた。
「おはようございます」
「…何、考えてた」
「え?」
「ぼさっとしてただろ」
すると彼、ではなかった、彼女は気の抜けたような間の抜けたような曖昧で緩い笑顔を浮かべた。少なくとも楽しいわけではないようだ。
「あー…ちょっと、想像以上にダメージが…」
「ダメージ?」
この子の、と彼女は腕の中の赤子に頬擦りし、冷えてないかを確かめながら続ける。
「お父さんに、ばったり会っちゃいまして」
「……」
「その人に、沢村さんの子かって言われちゃって…あ、沢村さんっていうのは知り合いなんですけど…」
わかってたはずなんだけどなあ、と彼女は相変わらず曖昧な笑顔で笑う。
「言わないって決めた時から、そんな風に言われること、覚悟してたつもりなのに、いざ言われてみると…」
結構、キツかったです、と彼女は言う。
「…心のどこかで、「オレの子か」って聞いてくれないかなって、期待してたのかもしれません」
「…それで呆けてたのか」
「あれ、ボク、そんなぼーっとしてました?」
「ガキ抱いてること忘れた顔してたぞ」
「え?そんなこと…うーん、あったかも。ごめんねあゆちゃん」
頬をすり寄せて謝る母親に、赤子はむにむにするだけで是も否も無い。
そして徐に、ありがとうございます、と告げた。
「間柴さんとお話して、何だか少し、楽になりました」
「…何もしてねえよ」
「でも、ありがとうございます」
繰り返す一歩に、間柴はちっと舌打ちして駆け出した。
「とっとと帰れ!」
するとその背にも「ありがとうございます」という言葉が投げかけられて、それを振り払うように間柴は走る速度を上げた。







***
石榴の涙その後。どーでもいいですが大きくなった歩夢は間柴兄妹とも仲良しです。寧ろ妹より兄の方に懐いてます。
歩夢はどうも男と一緒の方が気楽な性質らしいです。女同士のきゃいきゃいした空気は苦手っぽい。
つーかダッシュで逃亡オチ多いな私。

 

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