恋歌
ティント中腹にあるグスタフの屋敷内で一人の少年を捜す軍師の姿があった。
「ん?」
ロビーに出た所で、何か話し込んでいたビクトールとハウザーの姿があった。
「ビクトール、ハウザー殿、カッツェ殿を見なかったか?」
「いや、見てないが…何かあったのか?」
「ああ、城への帰還は延期になった」
その言葉に二人はやはりといった顔をする。
ティントをネクロードから解放し、ジェスやハウザー達とも和解してジョツカ軍は更に強く、大きくなった。これをミジョツカ城で待つ皆に伝えれば、ますます打倒ハイランドの士気は高まるだろう。
だが、城への帰還を明日に控えた今朝、天候が突然崩れ雨が降り出したのだ。暫くすれば止むと思っていた雨はどんどん激しさを増し、とうとう帰り道である道が土砂崩れに撒き込まれて通行不可能になったらしい。現在も煩いくらいの雨音が屋敷内を駆け回っている。
そういえば、とビクトールが思い出したかのように言う。
「カッツェなら教会にいるんじゃねえか?」
「教会?」
シュウは不快気に片眉を上げる。
「ああ、気に入ったのか知らねえけどよ、昨日から殆どあそこに入り浸っているぜ。今も居るんじゃねえのか?」
ビクトールが呼んでこようかと申し出ると彼はそれを断り、
「自分で行く。俺が直接言った方が手間が省けて良い」
と言い残してさっさと傘を片手に出て行ってしまった。
残されたビクトールとハウザーは顔を見合わせて苦笑する。
「素直に心配だって言えばいいだろうが。なァ?」
打ち付けるような雨の中、シュウは教会の扉を開いた。
ゆっくりと辺りを見回すと、微かに声が聞えてくる。
「……?……」
二人の秘密
あなたと私の御伽噺は消えてしまった恋歌
素顔のあなたは愛しくて
忘れたかった本当の事
本当は遠すぎて
本当は違い過ぎて
こうなる事はわかってた
まるで何か詩でも朗読するような調子付いた声。
(カッツェ殿?)
シュウはもう一度室内を見渡す。
だが、目的の少年の姿はない。
(…奥に、居るのか?)
シュウは脚を進め、奥へと向かう。
その間にも流れるような声は止まらない。
髪を下ろしたあなたは凛々しくて
ずっとそうしていればいいじゃない
これはけじめと言うあなた
笑ってごめんなさいね
でも約束よ
私の前では下ろしていてね
これは私だけのあなただから
声のする方へと進むと、祭壇の裏で目を閉じ、膝を抱えているカッツェの姿があった。
「カッ……」
声を掛けようとしたシュウは、その幼い唇から紡がれる唄のようなモノの内容に言葉を止める。
夜空に晒されたあなたの首
あなたの髪は雨に濡れ
約束したのに
血溜りの中に沈んでた
でもあなたの顔
カラスに突付かれ穴だらけ
あなたの顔はもう分からない
これならいいかしら
髪を下ろしたあなたの素顔は私だけが知っている
この先ずっと私だけ
わたしとてもしあわせよ
シュウは形の良い眉を思いきり顰めると、その少年の名を諌める様に呼んだ。
「…あれ…シュウ、さん?」
ぼんやりと目を開けた少年は、自分を見下ろしている人物の顔を見て首を傾げる。
「?どうしたの?難しい顔して。何かあった?」
わざとなのか、わかっていて言っているのか。その表情からは真意を読み取る事は適わなかった。
「……土砂崩れが起きたようで、明日の帰還は延期になりました」
そう告げると、カッツェは「そう」と、特に興味の無いような態度で応じる。
「こんな所でうたた寝していると風邪を召されましょう。お部屋にお戻り下さい」
カッツェは素直に肯くと立ち上る。シュウは少なからず以外に感じた。ビクトールからこの教会が気に入っていると聞いていだけに、こんなにあっさりと承諾するとは思わなかったのだ。
「どうしたの?早く行こうよ、僕、傘持って来てないんだ。シュウさんの傘に入れてよ」
さっさと出入り口に向かっていたカッツェに急かされて、シュウは無言で彼の後を追う。
彼の中には一つの疑問が芽生えていた。
(あの唄は何だったのだ…?)
最初はただの恋歌だった。
しかし
途中からそれはおかしくなっていった。
まるで、恋人が死んで、気が触れたような唄。
(…………)
シュウは考えを巡らすが、痺れを切らしたカッツェに腕を引かれて考えを中断し、簡単に纏める。
(きっと書庫でおかしな本でも読んだのだろう)
ミジョツカ城の図書館には膨大な量の書物がある。その中には当然のように奇妙な詩を綴った本もいくつか存在しているのは確かである。きっと彼はそれを読んでその一部でも気に入ってしまったのだろう。
階段を二人で下りながらそう結論づけた。
雨が止み、道の補修も終って明日、帰還する事になった。
この日も、彼は唄っていた。
二人の秘密
あなたと私の御伽噺は消えてしまった恋歌
素顔のあなたは愛しくて
忘れたかった本当の事
本当は遠すぎて
本当は違い過ぎて
こうなる事はわかってた
「なんだぁ?カッツェのヤツ。恋歌なんか唄って」
テラスでその大きな瞳を閉じ、楽しそうに唄っている少年をビクトールはテーブルに片肘を付きながらにやにやと眺める。
「好きな奴でも出来たのか?」
だが、向かいに座るシュウは苦い顔で、
「そうも言っていられなくなるぞ」
瞳が優しく細められて口付けて
ずっと一緒に居ましょうよ
それは無理だと言うあなた
困らせてごめんなさいね
でも約束よ
いつかきっと攫ってね
これはあなただけの私だから
「…全然普通じゃないか」
いぶかしげな視線を送ってくるビクトールに、最後まで聞いてからにしろと促す。
「???」
当のカッツェは以前と同じく見られている事に気付いているのかいないのか、全くこちらを気にせずまるで誰かと踊っている様にひらりと回ったり、腕を伸ばしたりとしながら言葉を紡ぐ。
闇に倒れたあなたのからだ
あなたの瞳は閉じられて
血溜りの中に沈んでた
私があなたを殺したの
でもあなたの瞳
最後に少し笑ってた
あなたは私を置いて逝く
これでもいいかもしれないわ
血に汚れたあなたの微笑みは私だけが知っている
この先ずっと私だけ
わたしとてもしあわせだわ
「………」
さっきまでにやけていたビクトールの表情も、シュウと同じく険しいものと変わる。
「……これは……?」
「…わからんな。最初は何か奇特な詩でも読んでそれを面白半分に口ずさんでいるのだと思っていたのだが…」
途端、唄のテンポが変わった。
雨よ降れ雨よ降れ
彼の赤い血を全て流して
雨よ降れ雨よ降れ
彼の心の闇を全て流して
愛しい人よ愛しい人よ
あなたは幸せですか
あなたは幸せでしたか
最初に愛したあなたは死んだ
最後に愛したあなたが殺した
最後に愛したあなたも死んだ
私がこの手で殺したの
一人目の愛しい人
二人目の愛しい人に殺された
二人目の愛しい人
僕に殺された
愛しい人よ愛しい人よ
あなたは幸せですか
あなたは幸せでしたか
「ああやって時々「私」が「僕」になる……もしかしたら、あれは彼自身の事かもしれない」
「はあ?!なんだそりゃ!」
ビクトールが素っ頓狂な声を上げた時、ぱたん、と扉が開いた。
「…そうよ、あれはカッツェ自身の唄よ…」
「ナナミ!」
いつもは明るいその顔を曇らせてナナミは立っていた。
「ごめん、立ち聞きしてたの」
「それより、どういう事だ?」
シュウが先を促す。
「…あのね、カッツェは、一生分の恋をしたの」
「「一生分の恋?」」
二人の声が見事に重なる。
「そう。でもね、二人とも死んじゃったの…唄を聞いたならわかるでしょ?」
ビクトールは頭を掻きながら「まあ、な」と肯いた。
「だが、そんな相手が居るなんで初耳だぞ?」
「そりゃそうよ。必死で隠してたんだから…だって、カッツェが恋したのは…」
「ナナミ」
いつ唄うのを止めたのか、いつここまで近寄ってきたのか。それさえ全く分からない足取りでカッツェはいつの間にか三人のすぐ傍に来ていた。
「カッツェ…」
ナナミが心配そうにしていると、カッツェはにこりと笑った。
「僕が言うよ」
(恋歌?に続く)
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『今年の「分けわからない話を作る」部門、優勝は…!高槻桂さんです!!』
…ごめんなさい…ソロン主&ルカ主…しかも続き物……もっと文才が欲しい…(切)
多分三話以上になると思う…ホンマすんませんです。精進しますーーー!!!
2000/05/06/高槻桂