小猫を拾った日





「あ〜明日は久々のオフだぜーっ!ゆっくり寝るか〜…」
ハイランド皇都ルルノイエの一角にある中庭でシードがぶらぶらと歩いていた。

「ふみゅ」

大樹の脇を通るがかった途端、頭上から聞えてきた声にシードは樹を仰ぐ。
「何だあ?」
自分の身長の倍ほど高い所にある太い枝には尻尾を揺らしている猫……もとい、片足を垂らして枝の上で寝ている子供の姿があった。
「オイ!お前そんなトコで寝てると危ないぞ!!」
「みゅぅ〜」
まるで猫のような声を出し、降りてくる気配の無い子供、。それでも聞えてはいるらしく、シードの言葉に反応するように垂らした方の足がぷらぷらと揺れる。
「………人型の猫か?」
いつからそんな珍しいモンスターが皇都内に出るようになったのだ。
(いや、しかしターゲットガールみたいな人型なら……)
とにかく、モンスターなら尚更放っておくわけにはいかない。
「コラ!降りて来いっつーの!」
「ふにゃ〜」

がささっ

「げっ?!」

どさっ

落下してきた子供を慌てて受け止めると、思いのほか軽い事に驚く。
「っか〜…突然落ちてくんなよ!びびったじゃねえか!」
怒鳴りながら腕の中でもぞもぞしている子供見ると、シードは「ん?」と眉を寄せる。
どうやられっきとした人間のようである。おそらく年の頃は十五、六だろう。
(……この顔…どっかで……)
赤い拳闘着、額には金のサークレット。
「ああ!」
「ふにゃ?!」
シードの声に驚いた少年はびくりとしてシードを見上げてくる。
「お前、カッツェか?!」
抱きかかえる腕の力を微かに強めて言うと少年はにぱあっと笑う。
「そうだよぅ〜カッツェくんでしゅ〜」
「……あ??」
何が楽しいのか、きゃらきゃらと笑いながら足をばたつかせて喜ぶカッツェにシードは首を捻る。
戦で見かけた時はこんなアップテンポでふにゃふにゃした子供ではなかった筈だ。
少なからずもシードには「大人びた少年」の印象を与えていた。
「……同盟軍のリーダーのカッツェだよな?」
念を押して聞いてみても返ってくる答えは同じ。
「……お前、ここが何処だか分かってんのか?」

「ビッキーの洋ナシがえいって食べちゃってね、そしたらぽわぽわばびゅーんってっきゃっきゃっきゃっきゃっきゃ!」

「…………」

(わっかんねえーーー!!!)
カッツェの意味不明な言葉の羅列にがくりと方を下げ、そこでハッと気付く。
「…お前、酒飲んでんのか?!」
体からふわりと立ち昇っているアルコールの匂いにシードはカッツェを見る。
「酔っ払ってなんかないも〜ん!」
明らかに酔っ払いの反応である。
「…どうすっかな」
腕の中でごろごろと喉を猫の様に鳴らし、胸に擦り寄ってくるカッツェにシードは大きな溜息を吐いた。





「さてどうしたもんかね」
ベッドの上でうねうねとしているカッツェを見下ろしながらシードは本日何度目かの溜息を吐いた。
何しろカッツェを他の兵に見つからない様にこっそりと自室へ運ぼうとしているのにも関わらず、当のカッツェと来たらけらけらと突然笑い出すのだ。
寿命が縮むとはこの事だろう。
「ルカ様に突き出すにしてもな〜…」

「ふにゅにゅ〜」
ぐねぐねぐね…

「………」

「はにゅはにゅぅ〜ふみゃ〜」
ころころころ…

「………はあ…」
誰がこれを敵軍リーダーだと信じるのだ。
「うふふふ〜しぃどしゃん♪」
カッツェが四つん這いになってぺてぺてとベッドの上を這ってシードの元へやってくる。
「あ?」
シードがうんざりしたような声で答えると、カッツェはその首に腕を回して後ろへ倒れ込んだ。
「うわ?!」
ばふっとベッドの上、というよりはカッツェの上に倒れ込んだシードは何なんだと上半身を起こそうとする。
「だぁめ〜」
だが、カッツェががしっと抱き着いた為にそれは叶わなかった。
「『だぁめ〜』って言われてもよぉ…」
シードがそれでも体を起こそうとすると、今までけらけら笑っていたカッツェは泣きそうな顔に豹変する。
「しぃどさんはぁ、僕がきらい?」
潤んだ瞳で見つめられ、シードはだじろく。
嫌い所ではない。
むしろこのまま抱きしめたいくらい惹かれている。
戦場で見る度、戦線にいるのを確認しては喜んでいたし、いつか言葉を交わしたりしてみたいとは思っていた。
だが、叶う筈が無いと分かりきった事だったから諦めていた。
好きになっても仕方ないのだと分かっていたから、その想いに気付かないフリをしていた。
敵対する両軍の方や将軍、方やリーダー。
これでどうこうしようってのが無謀だと思っていた。
「好き嫌い以前によ、俺とお前、敵同士よ?んでお前その敵である俺に掴まってんの。分かるか?」
「…僕のこと、きらいなんだ…」
今にも泣きそうになるカッツェにシードは慌てて首を振る。
「いや、俺自身は嫌いじゃねえんだが…ってコラ聞け!」
嫌いじゃないの言葉にすっかり機嫌を良くしたカッツェがきゃあきゃあ喜んでいるのだ。
「だから聞っ…」
「ん〜」
「………」
ぷちゅっと口付けされ、シードはどうして言いか分からずに視線をさまよわせる。
「…シードさん大好き〜」
唇を放したカッツェはちろりと自分の唇を舐めた。
そのさり気無い仕種が艶を含んでいて、それを見つめながらシードは考える。

問一.現在の状況を答えよ。
1.カッツェは誘っている。
2.俺は誘われている。
3.据膳

(…ってどれも同じ様な事じゃねえか!)
どちらにせよこの状況は「食べて☆」と言わんばかりである。
「お前なぁ、そーゆー事すっと食うぞ?」
「うん、食べて〜」
にゃはっと笑うカッツェ。

解答欄〔1、2、3の全て〕

いや、しかしと首を振る。
(こいつは酔ってる、そう、酔っ払いなんだ!)
「シードさん、変な顔ぉ〜」
百面相をしだしたシードにカッツェが首を傾げる。
(拾い食いはすんなって小さい事から言われてるしな…)
意味合いが違うような気もするがそんな事シードが気にするわけが無い。
「あのよ、とにかく離し…」
「シードさん…僕ってそんなに不味そうですかぁ…?」
不貞腐れたようにぐいっと自らの服をはだけ、その白い肌を露わにするカッツェ。
「………」

据膳食わぬは男の恥。

(………ま、いっか)

「不味そうなわけねえだろ。今美味しく頂いてやるぜ!」
自分を捕らえていた腕を引っぺがすと、シードはカッツェの腰帯を一気に引き千切る。
「きゃ〜!シードさんかぁっこいい〜!」
ぶちいっと派手な音を立てて千切れた帯にカッツェはきゃっきゃと喜ぶ。
「へっ!これからじっくりと俺様のカッコ良さを味合わせてやるぜ!」
騒ぐ唇をシードは荒々しく自分の唇で蓋をした。





(頭痛い……)
それが始めに考えた事だった。
「…ん〜………」
カッツェは意識が浮上するような感覚を覚え、薄らと瞼を開けた。
「?!」
さすがに飛び起きはしなかったが、かなり派手にビクッとして目の前のモノを凝視する。
目の前にあるものはどう見ても人間の首筋である。
「な?え?あ?」
首から下はちゃんと肩があり、胸板があるのだが……どうして裸なのか。
「はえ?」
そしてやはり自分も裸。
「えっと…?……しっ!!」
そうっと今度は首から上を見てカッツェはこれまた仰天した。
(シードさん?!)
いつも自分が後衛だった為に、遠目でしか見た事の無かった青年はその赤い髪をシーツの上に散らせ、その目は閉じられていた。
(え?なん?え?ここ何処?)
思考回路一面に「?」マークが飛び交う。
(昨日は……夕御飯食べて…)

酒場を通りがかった所をビクトールとフリックに呼び止められ、甘い物は苦手だからお前が食えと洋梨のタルトを貰った。
誰かから貰ったのか、二人に貰ったタルトはどうも一人で食べきれる大きさではなかった。ならばとナナミを誘おうとしたのだがこういう時に限って彼女は見当たらない。
どうしようかとホールで手頃な人を求めて辺りを見回した所、思い切りもの欲しそうな顔をしたビッキーと目が合った。普段世話になっている事もあり、そのまま彼女と自室で食べる事になったのだ。
味も良く、口当たりも良いタルトに満足しながらぱくついた。途中、何だか体がふわふわしだしたが、今思えばタルトに使われた洋梨は酒に漬けた物だったのだろう。
美味しいという事に夢中で二人は気にせず平らげ、アルコールに弱い二人は当然酔っ払った。
そして後の記憶はあやふやだが、確か酔った勢いでビッキーが「そぉれ!」とロッドを振りかざして叫んだのを覚えている。
気付けは何処かの大樹の上で。
でも日差しが心地よくてそのまま寝ていた気がする。
そして、

『シードさん大好き〜』

そう言ってシードを引き寄せてキスをした事や

『シードさん…僕ってそんなに不味そうですかぁ…?』

自ら肌を晒した記憶。

その後の自らの甲高い艶を含んだ声。

熱に浮かされて媚びたように男の名を呼ぶ自分の声。

そして時折囁かれる低くて甘い睦言。

「〜〜〜〜!!!」

カッツェは自分の痴態を思い出して赤面する。
シードの事を想っていたのは確かだ。
傭兵隊の砦に居た時の戦で始めて見て、それからずっとずっと気になっていた。
ハイランドへ行ったジョウイが羨ましいとか、戦に出陣する度に今回は居るのだろうかとか、不謹慎な事も考えていた。
その姿をもっとよく見たくて、前衛に行こうとするのをシュウに止められてはがっかりしていた。
所詮自分とシードは敵同士。
きっと敵軍のリーダーである自分の事を嫌っていると思っていたから、他の仲間達の様に話をしたり、お茶を飲んだり…なんて夢のまた夢で。
諦めるしか、無いのだと思っていた。
でも、今、どういう経緯であれ自分はシードの腕の中に居る。
「………」
仲間の中にも何人か赤い髪の者がいたと思いながら、そっとその赤い髪に手を伸ばしてみる。
「赤い髪は珍しいか?」
「!!」
寝ているものだと思っていたシードが突然目を開け、声をかけてきたのに驚いたカッツェが慌てて手を引こうとする。だがその手はシードの手によって捕らえられてしまう。
「よお、酒は抜けたか?」
からかいの色を含んだ笑みを向けられ、カッツェはますます赤面する。
「あ、あの…僕、昨日……」
「御馳走様」
ちゅ、と音を立てて手首に口付けられ、カッツェはくすぐったさと羞恥心から身を竦める。
「す…すみません……あの、ここって……」
「皇都ルルノイエにある俺の自室だ」
やはり、と項垂れる。
「……僕、捕まるんですよね」
「ん〜…逃がしてやってもいいぜ?」
ばっと顔を上げたカッツェに「ただし」と捕らえていた腕を引っ張って更に密着するとその耳元に唇を寄せる。
「あっ…」
「俺のモンになるんならな」
耳元で囁かれる低い声にぞくりとした感覚に教われていると、そのまま耳に舌を這わされてカッツェはびくんと電流が走ったかのように身を震わせる。
「シー……ドさ……」


僕の事、嫌っているのだと思っていました。

バカ、反対だ。こんな小せえのに全部背負わされて……

そうですね……確かに辛い事もあるけど、今は、良かったと思ってるんですよ?
貴方に、こうやって触れる事が出来た。

いつの間にか自由になっていた腕をシードの背に回し、肌を合わせた。
「たとえ、捕まっても構わないです…シードさんのものになれるなら……」
「…なら、今日はもう、何処にも行くな。俺と惰眠を貪る。ハイ決定」
ぎゅうっと抱き返しながらシードは少年の亜麻色の髪に唇を寄せる。
カッツェが「そうだね」と笑いを含んだ声で答え、瞳を閉じる。

カッツェが寝付くまで、シードはそのさらさと指の間を流れる少年の髪をそっと梳いていた。







(END)
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………………あ?何?これ。暴走?俺、また暴走?でも、まだ最初よりは、マシになってるはずなんだけどなあ。……最初はシードVSクルガン×主人公でクル主にシードが横恋慕していく話だったのね。ええ。しかもパス制になると思ってたのね。3Pにする予定だったから(死)ま、書いちまったモンはしゃあねえっつーことで見逃してやって下せえ。どうやら俺はシードの操り具合が宜しくない。うう〜ん…どうにかならんかねえ。ゲルニカよりはマシだと思うけどね。でも五十歩百歩(爆死)
(2000/07/18/高槻桂)

あ〜わたっしの〜こ〜いはぁ〜(爆)