紅の残影





夜が明けて間も無い頃、人気も疎らなパーキングエリアに一台の車が滑り込む。
車は白線で仕切られた駐車場に車を停止すると、運転席の扉が静かに開かれて一人の男が現れる。
その凍てつくような美貌の青年は表情を消し、能面の感を抱かせた。
男は自然と集まってしまう視線をまるで気付いていない様に売店で二本の缶コーヒーを購入し、車へと戻っていった。


「聖」
弓生は運転席から後部座席を振り返り、相棒の名を呼ぶ。
返事はない。
いつもなら明るい笑顔と言葉で彼に応えてくれる筈の聖は、じっと自分の両手を見つめていた。
高良からこの車を借り、乗り込んでからどれだけ時間が経っただろうか。もう暫くすれば目的の場所に到着できるだろう。
その間、ずっと聖は自分の両手をぴくりともせず見つめているのだ。
「聖」
もう一度呼んでみる。
「………」
だが、返事はない。
弓生は腕を伸ばして彼の手を取る。弓生によって彼の手を濡らしていた血は拭き取られていたが、僅かな血は爪の間や小さな溝に入り込み、赤黒く乾燥していた。
その冷え切った指先を暖めるように包み込んでやると、聖の口から微かに声が漏れた。
「……ミちゃ………」
その声に呼応して弓生は彼の手を掴む力を微かに強める。
「ユミちゃん……」
聖は固い動きでゆっくりと顔を上げ、弓生と視線を合わせると、くしゃりとその顔を泣きそうに歪める。
「ユミちゃん、俺……」
「東京に入った。もうすぐで着く」
聖の言葉を遮って弓生は淡々と告げる。聖は下唇を噛み締めると、腰を浮かせて弓生の首に腕を回した。
「聖……」
多少無理な姿勢な為に外腹斜筋が微かに引き攣る。だがそんな事はどうだっていい。
弓生は縋り付いてくる聖を優しく抱き返し、その柔らかな髪を撫でてやる。
「ユミちゃん…」
いつもの勢いなど全く無く、弱々しい雛のような聖。
守らなければならない。
弓生は強くそう思う。

血塗れで捨て置かれた冷たい体。
傍に在るのが当たり前だと思っていた存在の喪失。
あんな思いは、もう味わいたくはない。

守らなければならない。
何に代えても。

「聖…」
弓生は自分の首筋に顔を埋めた彼の顔を上げさせると、その微かに震える唇に口付ける。

独り遺して逝く事も、遺される事も許さない。
果てる時など、望まない。
それでも、これ以上の生を許さぬと天が、全てが望むなら
共に、果てるのみ。

触れ合った唇を放し、無言のまま腕も解かせる。弓生は捩った体を正して車のエンジンをかけた。
聖も、何も言おうとせずにシートに凭れる。
もう、その両手を見てはいなかった。
「………」
弓生はアクセルを踏む足に力を込め、車を走らせた。





(了)
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突然封殺鬼。新刊を読んだ勢いで書いてしまいました。封殺鬼は密かにはまってるジャンルですね。しかもまだ高槻のPNが永見だった頃書いてたジャンルです。また書こうかな〜・・・とりあえず「幸せ〜」がもう一段落したら書こうかとも考えてます。
(2000/10/05/高槻桂)

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