マスジド・イ・シャー





闇が、あった。
足を一歩踏み入れると、そこには無数の蛍のような光が青白く、ふわりふわりと漂っていた。
カッツェにはそれが何なのかが分かった。
(人の…魂……)
では、自分もそうなのかと自身を見回すが、ちゃんと手が有り、腕が有り、脚も、胴体もある。
「…?…」
顔を上げると、先程まで闇の中を漂っていた無数の魂は消え、闇に包まれる。
そこで漸く自分が淡く発光しているのに気付く。

右手が、熱い。

(紋章に、守られている?)


ひやり


カッツェは突如全身を包み込んだプレッシャーに身を竦ませた。

近くに、いる。
「どうして、僕を」

答えはない。

「どうして、僕を」
同じ言葉を繰り返すと、地を這うような声が頭中に響いてくる。

我が兄弟よ、と。

熱い。
右手が、熱い。


――我が目覚めは近い


右手が、熱い。


――来よ


「獣の、紋章……」


――始まりの者よ、我に更なる力を


右手が、痛い。
「目覚めて、君はどうするの」


――我が役目を果たすのみ


「殺戮が、君の望みなの?」


――主がそれを望んだ


「……ルカ……」
カッツェは目を閉じて狂皇子と呼ばれる男の姿を脳裏に描く。


「哀しい、目をした人」


さわりと霧の様なものが自分を包んでいくのに気付く。
右手の紋章はそれに反発するかのようにどくん、と脈打つ。
目を開けるとモヤモヤした黒いものが自分に絡み付き、言葉を発しようとして開けた唇の中にもそれは侵入してくる。
息苦しさはそれ程無い。
ただ、全身の細胞、一つ一つが彼の思念に捕われていくのを感じる。
「…ん……はぁ……」

――我に身を委ね、全てを忘れ

全身を何かが蠢く感触にカッツェは身を捩る。
「…は…………ふぅ……」

――全てを放棄し、我の元へ来よ

指先を動かす事も出来なくなってくる。
その中で、右の手の甲だけがどくどくと波打っている。
カッツェはぼうっとし始めた視界で、自分を侵食していく闇を捕らえる。

心地よかった。
安らぎに満たされるのが分かる。


――来よ


カッツェが身を委ねるように全ての力を抜くと、ゆっくりと目を閉じた。

右手の痛みが引いていく。


「君は、僕が封じてあげるから……それまで……待っていて……」







薄らと瞼を開けると、見えたのは未だ見慣れない自室のベッドの天蓋だった。
「目が覚めたようですね」
おっとりとした声と共にホウアンが自分を覗き込んで来る。
「カッツェ君、私が分かります?」
「……ホウアン先生……」
ぼんやりとしたまま答えると、ホウアンはにっこりと笑う。
「大丈夫のようですね。カッツェ君、君は二日間寝たっきりだったんですよ?」
カッツェが視線を転ずると、ホウアンの周りにはほっとした面持ちのフリックやビクトール、そしてシュウが立っていた。
「寝て、た…?」
目を見開き、ゆっくりと体を起こす。
「起きても大丈夫なのか?」
くらりと揺れたカッツェを慌ててフリックが支え、「寝てろよ」とその顔をのぞき込む。
「……ゆ、め……?」
フリックに支えられながら自らの右手を持ち上げ、その紋章の浮き上がった手の甲を見るとそれはぼんやりとだが、確かに光を放っていた。
「夢……じゃ、ない……」
仄かに光り輝くそれをカッツェは左手で包み込む。
「約束……したんだ……」
「約束?」
フリックに鸚鵡返しに聞かれたカッツェは首を傾げる。
「ん……誰だったか、とか……何を、とか…覚えてないんだけど……」
同じように首を傾げるフリックを始め、ホウアン、シュウ、ビクトールとその顔を見る。

彼らではない。

誰だったのだろうか。
何を、交わしたのか。

「…覚えてないけど、約束……したんだ……」

覚えてはいないけれど
確かに何かを誓ったのだ


いつもは不安になる右手の疼きが、今は、何処か切なく感じた。






(了)
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散文&乱文。はっはっは。真夜中に書くモンじゃねえさね。…ってアラ?もう夜明けな時間?アラヤダおほほほほ…(爆)あと一時間もすれば家を出なくてはならない時間だわ。でも大丈夫♪今日は夕方から23時まで寝てたから(死)だから「幸せのカタチ」書いてないのvVその他諸々も書いてないの★はっはっはっはっは!(笑って誤魔化し)ちなみに「マスジド・イ・シャー」ってのは…なんだっけ(オイ!)王の…モスクだっけか…?このネタ書いたの結構前だから覚えて無いっす。そしてこの話、なんとなく思った人がいるかもしれませんが、フリ主ベースです。ええ。カッツェが寝てる間の話も書こうかと思ってはいるんですが……さあ、どうなることやら…。
(2000/07/13/高槻桂)

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