My little baby





 まだ朝部活には早い早朝。男子テニス部部室には既に一人の生徒がいた。
「……となると前後ダッシュを30回に抑えてその分ランニングを……」
 呟いた言葉と同じ内容を膝上に置いたノートに書き込んでいくのは三年の乾貞治だった。
「……ん?」
 ふと足音が聞え、ペンを止める。
 朝部活に来た部員だろうか。だが、時計を見ると部員達が来るにはまだ早い。
 そう思案を巡らせている内にも足音は近付き、部室の前で止まるとカチャリと扉が開いた。
「……オハヨーゴザイマス」
 不機嫌そうな、それでいて眠そうな顔と声で入って来たのは意外にも一年の越前リョーマだった。
「おはよう。君がこんな時間に来たと言う事は時計の見間違いでもしたのか?」
「………」
 再びノートにペンを走らせながらそう言うと、どうやら図星だったらしい。無言で自分のロッカーの前に荷物を降ろすと、リョーマはもそもそと着替え始めた。
「……乾先輩、何でこんな早くからいるんすか」
 制服をバッグに押し込めながらリョーマが聞いて来た。
「訓練メニューを考えるにはここは最適でね」
 乾は視線をノートから上げる事無くそう答える。リョーマは「ふーん」と呟くと乾の座るベンチへと近付いた。そして彼の目の前に立つと、その広げられたノートを覗き込む。
「ダメ」
 即座に閉じられてしまったノート。
 リョーマはちぇっと軽く唇を尖らせて肩を竦めた。
「……あ」
「うん?」
 不意に間の抜けた声を上げたリョーマを見上げると、驚いた猫のような目をしたリョーマが自分を見下ろしていた。
「乾先輩の目、初めて見た」
 いつもは逆光によって見えない彼の眼鏡のその奥が今はよく見て取れた。
「そうか」
 乾は特にどうと言う事も無く視線を落し、ペンにキャップを被せた。
 途端、軽い衝撃と共に目元が軽くなり視界がぼやける。
「……越前」
「うわ…分厚いレンズっすね〜」
 奪った眼鏡を検分しながらリョーマは物珍しそうな声を上げる。
「へえ……っ〜〜〜キツ…」
 眼鏡をかけ、その度の強さに視界が大きく揺れる。慌てて外して小さく息をついた。
「返して欲しいんだが」
「やっぱ眼鏡が無いと印象って変わるモンっすね」
 聞いちゃいねえ王子様。
 乾が溜息を吐くと、漸く返す気になったらしい。リョーマは眼鏡をこちらへ向けると、悪戯めいた笑みを小さく浮かべた。
「目、閉じて下さいよ」
「………」
 ここで断っても食い下がってくるのは目に見えている。大人しく従った方が無難だろう。乾はそう考え、言われた通りに眼を閉じた。
「目、開けたら駄目っすからね」
 念を押すようにそう言われ、乾は小さく頷く。
 眼鏡の柄が軽くこめかみに当たり、馴染んだ重みが目元に降りてくる。
 それと同時に、唇に柔らかな感触が当たった。
「?!」
 驚いて目を開けると、目の前にはリョーマの顔があった。唇はすぐに離れ、リョーマは体を起こすとにっと笑った。
「びっくりした?」
「それなりに」
 肯定しつつもまるで何事も無かった様に中指で眼鏡を上げる乾に、リョーマは詰まらなそうに「なんだ」と息を吐いた。
「……リョーマ」
 乾はぽんぽんと自分の脚を叩いて座るように示す。
「また子供扱い」
 言葉こそ怒ったような言い方だったが、名を呼ばれた事と、乾に触れられるという嬉しさからその表情は笑っていた。
「♪」
 リョーマは乾に背を向け、その脚の上に腰を下ろす。すると後ろから腰を引き寄せられ、リョーマは幸せに顔を綻ばせながら乾の胸に体を預けた。
「朝食は?」
「食べてないっす」
 完璧遅刻だと思い込んで家を飛び出して来たリョーマに朝飯を食べる余裕などなかった。そう言えば廊下ですれ違った菜々子が何か言っていた気がする。きっと時間を間違えているのだと教えてくれていたのだろう。だがリョーマはそれに気付かず家を飛び出して来たと言うわけだ。
「昼まで持たないだろ」
「大丈夫っす」
 そんな取り止めも無い会話をしている内に、リョーマの反応がぴたりと止んだ。
「リョーマ?」
 後ろから顔を覗き込んでみると、リョーマは眠っていた。馴れない早起きが堪えたのだろう。乾は微笑むとリョーマが寝易い様に体をそっとずらす。
 初めて見たリョーマの寝顔。いつもの小生意気な色は無く、歳相応のあどけなさと幼さを浮かべている。
 そしてふと側に置いたノートに視線を写す。そう言えばまだ訓練メニューが書きかけだった。
「………」
 だが乾は視線をリョーマへと戻すと、その体を優しく抱き込んだ。
(まあ良い。メニューは頭に入っている)
 今は、この温もりが穏かな眠りを続けられる様、努めるだけだ。
 それと、後で付け加えて置こう。
 越前リョーマの寝顔は、予想以上に幼く、無意識に擦り寄る動作は赤子のようだと。
 そして乾はくすりと笑う。
 見せれるわけが無い。自分のノートには、彼のデータが他のメンバーより何倍も綴られている。
「リョーマ」
 声になるかならないかの小さな呼びかけ。
 だが、夢の世界の住人となった彼にそれは届かない。
(君が思っている以上に俺は君に惚れ込んでいるよ)
 リョーマの小さな手を取ると、その甲にそっと口付けた。







(END)
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最近マイブームなテニプリ。当然リョーマ総受け。そして何故第一作が乾リョ…。無難な桃リョ辺りにして置けよ、自分…。でも次は塚リョか海リョ。不二は嫌いです。やはりあーゆータイプはどの作品でも大っ嫌い。何でみんな不二が好きなんだろう…ごめん、否定する気はないけどその気持ちが分からないよ。ああでもきっと向こうからしてみればなんで不二が嫌いなのよって思うんだろうな…お互い様。
NARUTOも書きたいのですが設定的にやっぱテニプリの方が書き易いんですよね。学園モノは身近ですからね〜。ファンタジーは高槻の場合、無駄に時代とか考え出してドツボに嵌まっていくので書き出しが遅いです。
幻水2の幸せシリーズはもう暫しお休み。今はWJ熱を発散しなければ…。
(2001/08/07/高槻桂)



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