子猫な小生意気



 空が赤から紫へと変わり始めた頃、不動峰中の新テニス部は部活を終え、部室で着替えていた。
「それじゃ、お先〜」
「お先失礼します」
 着替え終えた神尾と伊武は鞄を担ぎ、挨拶をして部室を出ていった。
 そしてそれを皮切りに、他のメンバー達も橘に挨拶をして部室を後にする。
「橘さん」
 すると、不意に扉が開き、真っ先に帰った筈の伊武と神尾が立っていた。
「ん?どうした、忘れ物か?」
 すると、自分達の後ろから一人の少年を引っ張り出した。
「校門の所で突っ立ってたから連れてきちゃいました」
 神尾に引っ張り出されたのは青学の一年レギュラー。
「越前!」
「…っす」
 軽く会釈をする越前に橘は驚きを隠せない。何せ彼から尋ねて来てくれたのはこれが初めてだったからだ。
「今日、部活は無かったのか?」
「土曜は一時間早く終わるから……」
「そうか。ま、とにかく歩きながら話そう」
 橘は荷物を担ぐと鍵を取り、三人を部室から追い出すと外からしっかり鍵をかける。
「初めてだな、君の方から来るなんて」
 四人で並んで歩きながらそう言うと、リョーマは「別に」と素っ気無く応える。
「気が向いたから」
 その返答に、神尾の隣を歩いていた伊武が何やらぼやく。
「……何で君ってそうも偉そうなんだい……それに今の会話から察するにいつもは橘さんが迎えに行ってるってことじゃないか……橘さんをパシ」
「深司」
 呟きを遮って橘が窘めると、伊武は沈黙する。
 それにリョーマはやれやれと溜息を吐く。
「個性的なメンバーばっかで橘さんも大変だね」
「君が言うなよ、君が……」
 ぼそりと伊武がツッコミを入れるが、また橘に窘められるといけないのでそれ以上は黙っていた。すると隣を歩く神尾がくすくすと笑っていた。
「あ、そう言えば」
 リョーマはふと何かを思い出したように橘を見上げる。
「額のそれ、実は黒子じゃなくてスイッチで、押すと目からビームが出るって本当ですか?」
「ぶっ!」
 橘とはリョーマを挟んで反対隣を歩く神尾が吹き出して笑う。その隣の伊武も視線を地面に落し、無表情だがその口元がぴくぴくと震えている。
「……さすがにビームは出ないな」
 苦笑してそう答えると、リョーマはふーん、と詰まらなそうに呟いた。
「ま、菊丸先輩が言うんだから嘘だとはわかってたけど」
 菊丸、と記憶を探る。確か三年レギュラーの一人で、アクロバティックプレーを得意とするゴールデンコンビの片割れだ。
 というか常識的に考えて普通できないだろう。
 リョーマを除く三人はそう思ったが、彼が本気でビームを期待していたのか、不可能だと分かってて言ったのか真意が掴めなかったので黙っておく事にした。


「あ、それじゃ、オレらこっちですから。またな、越前」
 T路地の手前で神尾がそう言い、挨拶を交わして左右の道へと別れた。
「それで、今日はどうするんだ?」
 橘の問いに視線を上げると、橘の視線とぶつかった。
「泊まっても良いっすか?」
「構わないが…部活は大丈夫なのか?」
「十時から。そっちは午後からでしょ?自転車で乗せてってよ」
 にっと笑い、見上げてくる視線に橘はふっと苦笑する。橘が自分の頼みを断るなどとは微塵も思っていないだろうその瞳。
 実際、橘にそれを断る気はないのだが。
「運賃は?」
 冗談めかしてそう言うと、リョーマは腕を伸ばし、ぐいっと橘の顔を引き寄せると軽くその唇に口付けた。
「これで良い?」
 子猫のような目で見上げ、小生意気に笑うリョーマ。
「十分だ」
 橘はふっと笑うと今度は自分から少年に口付けた。


 翌日、青学テニス部ではリョーマが不動峰の橘に送って来てもらっていたという事で一波乱あったとか無かったとか。






(END)
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ていうかアンタら往来でちゅーかますな。ちなみにこれは赤リョが進まなくて唸っている時に、リョーマの「額のそれ、実は黒子じゃなくてスイッチで、押すと目からビームが出るって本当ですか?」の一言が浮かび、それを言わせたかっただけの作品です。(爆)まあ、強いて言えば橘、リョーマ、神尾、伊武の順で横に並んで一緒に帰るシーンも書きたかったんですが。
橘リョ書いたのって俺以外にいるんでしょうか……誰か知りませんか?ていうか書いた事ある人、お友達になりませんか(爆)
橘さんの場合、どうなんでしょうね。ヤっちゃってんでしょうかね?いや、このタイプは手が出ないタイプだと思うんすけどね。キス以上の行為の存在、忘れてそうじゃないですか、この人……。
ホントはこれ、T路地なので何気なく神尾らが橘さん達の方振り返って、「往来でキスしてるし!」とか言わせたかったんですが……パス。あー伊武リョも書きたい……。
(2001/08/16/高槻桂)

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