お菓子の国の王子様



 腹が立つほど鮮やかなピーカン晴れの日曜日。
 青学テニス部は午前だけの部活を終え、着替え始めていた。
「なあ、おチビ。これから一緒に遊ばねえ?」
「いや、僕の家に遊びに来なよ」
「越前、どっか飯食いに行かねえ?」
 早くも始まったみんなのアイドル・越前リョーマ争奪戦。
 昨日の部活終了後、急遽予定変更し午後部活が無くなったと聞かされた時は一同揃ってチャンスだと確信したのだ。
 が、しかし。
「あ、これから予定入ってるんで」
 当のリョーマ本人があっさりとそれを跳ね除けてしまい、誘って来た面々は勿論、これから誘おうと思っていた面々共々玉砕した。
 抜け駆けされたか、と不二が誘ってこなかった面々を睨み付けたが、睨まれた全員が俺じゃ無いという反応を返して来たので、ならば家の事情なのだろうかと思う。
「御家族とお出掛けかい?」
 不二がさり気に探ってみると、リョーマは違う、と首を振った。
「え?じゃあ誰かと会う、とか?」
 不二の絶対零度の笑みが深くなり、遠巻きに見ていた一同は震えた。
「っす」
 だが、リョーマはそれに気付いているのかいないのか、あっさりとそれに頷いた。
「ふーん……?」
 ますます部室内の気温が下がる。先程まで汗だくになっていたのが嘘のようだ。
「じゃあせめて途中まで一緒に帰ろうか」
 それでも諦めない不二。一分一秒でも一緒に居ようとするその根性は称賛に値する。
「校門までなら良いっすよ」
 リョーマはあっさりと承諾し、菊丸がそれに横乗りしてくる。
「あー!不二ズルイ!俺もおチビと一緒に帰る!」
 不二が「邪魔をするな」と視線を送るが、菊丸はそれを気付かない振りをする。
「……仕方ない」
 という事で、本日の越前リョーマ争奪戦終了。


「あれ?」
 不二、リョーマ、菊丸の順に横並びし、お互いを牽制しながらリョーマと話していると、菊丸が不意に声を上げた。
「あれってルドルフの部長じゃねえ?」
 菊丸の言葉に不二とリョーマがそちらへ視線を移す。
 門に凭れ掛かっているその姿は確かにルドルフの赤澤吉朗だった。
「赤澤さん!」
 リョーマがそう呼ぶと赤澤は伏せていた視線を上げ、こちらを向いた。
「よぉ」
 軽く手を上げる赤澤にリョーマは駆け寄った。
「待った?」
「いや、俺も今さっき来た所だ」
「ちょっと待ったリョーマ君」
 和やかなムードをぶち破り、不二はリョーマの肩を掴む。
「先客って、もしかしてコレ?」
「マジ?!おチビちゃん、コレと遊ぶの?!」
 コレ呼ばわりされた赤澤は、特に怒るでもなく苦笑してひょいっと肩を竦めた。
 勝者の余裕という奴だ。腹立だしい事この上ない。
「そうっすけど?」
 あっさりと肯定するリョーマ。すぐ隣で挑戦的に不二たちへ視線を送る赤澤の勝利の笑みが聞えてきそうだ。
「って事でさっさと帰ろうぜ、リョーマ」
 不二からリョーマを奪い返し、これ見よがしに「リョーマ」と名を呼ぶ赤澤。
「それじゃ、不二先輩、エージ先輩、また明日」
 ひらひらと手を振ってリョーマは赤澤と並んで帰路につく。
 その後姿を見送った不二は、がっと隣の菊丸を掴んだ。
「ちょっと、アレ、どういう事?」
「お、俺に聞かれてもわかんにゃい〜…」
 開眼済みの不二に問い詰められ、菊丸は脅えながら首を振る。
「観月の尻に敷かれてると思ったらいつの間に……!」
 不二にとって赤澤という人物は、マネージャーの観月に顎で使われる、「名だけ部長・実はパシリ」という認識だった。
 となるとルドルフで要注意なのは自分の弟と観月だけだ。だが、その二人も最近は成りを潜めていたので油断していた。
 まさかあの赤澤がリョーマを落していたとは。
「思わぬ伏兵が居たもんだね……観月は何をやってるんだ…!」
「ちょ、不二、苦しい……!」
 ぎりぎりと菊丸の首を絞めながら、不二は悔しそうに舌打ちした。



「今日は何作って来たわけ?」
 赤澤が手にしている大き目のケーキボックスに目をやり、そう言うと、赤澤はそのボックスをリョーマに手渡した。
「ほら」
「ん」
 ひんやりと冷たいボックスを受け取り、落さない様気を付けながらその蓋を開ける。
「あ、鬼饅頭」
「お前、それ好きだろ」
 ドライアイスと一緒に入っているそれは黄色の蒸しパンだった。
「あと…このきな粉とかは何なの?」
 きな粉や抹茶粉、あと黒蜜らしき物がそれぞれ小さな入れ物に入っている。
「ん、それは白玉につけるヤツ」
 白玉、の言葉にリョーマは目を輝かせる。
「作ってくれるの?」
「ああ。この前食いたいっつってただろ。お前んちの台所、借りるぜ」
「うん、今日は皆出掛けてるから大丈夫」
 いつもの不遜さは成りを潜め、嬉しそうに頷くリョーマに赤澤はふっと微笑する。
 この嬉しそうな顔が見たいがために、朝早くから菓子を作る赤澤。部活もある身には確かにキツイものがあったが、この笑顔が見れるならそんな疲れなどどこへやら、といった態である。
「俺の取り柄っつったらテニスとこれくらいだしな」
 赤澤の家は代々続いて来た和菓子屋だ。テニスで全国を目指す一方で、家を継ぐために毎日学校から帰れば和菓子作りの修行が待っている。
「今度はケーキでも焼いて来てやるよ」
 和菓子作りを学んでいたのだが、そのついでに洋菓子や通常の料理もこなす赤澤にケーキの一つや二つ造作も無い。材料だって家には幾らでもある。
「オレ、チョコレートが良い」
 尽かさず要望を言うリョーマに、赤澤は了解、と頷き、二人は少年の家へと向かった。



「美味しい」
 もくもくと鬼饅頭を平らげ、その間に作ってもらった白玉を口にする。
「オレこれが一番好き、この抹茶」
 他のも好きだけどね、と言いながら楊枝で刺した白玉に黒蜜を掛け、それを頬張る。
「赤澤さんは食べないの?」
 使った器具を洗い終えた赤澤は、手を拭きながらリョーマの居るテーブルへと戻って来た。
「ん。俺は家に腐るほどあるからな」
「ふーん。あ、オレを太らせて試合に影響出させる気とか?」
 食べる以上に動く彼等にそれは当てはまらない。だが敢えてそう聞いてみると、赤澤はくつくつと笑った。
「そんな事思ってねえよ。第一、試合はともかく、太られると抱き心地が悪くなるだろ」
 赤澤の言葉に「あっそ」と素っ気無く答えると、リョーマは最後の一つに抹茶粉を塗し、平らげた。
「御馳走様」
 リョーマがそう言って食べ終ると、「お粗末様でした」と応え、皿を流し台へと持っていく。
「あ、隅に寄せておくだけで良いよ」
「そうか?ならそうさせて貰うか」
 皿を置き、赤澤が戻ってくるとリョーマは立ち上って縁側へと向かった。
「赤澤さん」
 縁側に立ったリョーマが赤澤を呼ぶ。
 リョーマが何をして欲しいのか分かっている赤澤は小さく笑ってリョーマの元へ向かった。
「はいはい」
 縁側の少し手前に脚を軽く広げて座ると、その間にリョーマが座り込む。
「甘えっ子」
 赤澤の胸に背を預け、寝る体勢に入ったリョーマのこめかみに軽く口付ける。
「赤澤さんだって好きでしょ、この体勢」
 髪を梳かれ、気持ち良さそうに目を細めるリョーマ。
「お前に触れられるんなら何でも好きだぜ?」
 赤澤の言葉をさらりと無視し、リョーマはあ、と何か思い出したように声を上げた。
「言い忘れてたけど、別に赤澤さんの良いトコ、テニスと料理だけじゃないよ?」
 帰り道の会話の事を言っているのだろう。
 満腹感と疲労が手伝っていつもより早くウトウトとしだしたリョーマはそう言った。
「オレが好きになった人なんだから、もう少し自信持ちなよ」
 リョーマの言葉に赤澤は我が耳を疑った。
 いつもなら「アンタがオレに惚れてるのは当然」とでも言わんばかりのリョーマが、自分から好きだと言ってくれたのだ。
「なあ、リョーマ」
「なに?眠いんだけど」
 返事こそ返って来るものの、その瞳は既に閉じられていて開く気配はない。
「好きだぜ」
 自分に預けられているその体を、そっと抱きしめてそう囁くとリョーマは瞼を下ろしたまま唇の端を小さく持ち上げて笑った。
「当たり前」
 そう答えて少年は眠りに就く。
 赤澤は微笑し、その寝顔を見つめながら、そっと柔らかな髪を梳いた。







(END)
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……途中から別人28号になってしまいました……甘い……。
ちなみに最後のシーン、赤澤が何を思っていたかと言うと、「これがシアワセってヤツなんだなァ……」です。砂漠が出来そうなほど砂吐きそうです。
何というか、赤澤については直感でしたね。「あ、こいつは絶対和菓子屋の息子だ」って。(爆)んで和菓子だけでなく洋菓子や普通の料理も絶対得意だよ、このタイプは。と勝手に決め付けております。そして困ったのが「吉朗」の吉の字。これ、本当は「士」じゃなくて「土」なんですよね、上の部分。が、ウチの小夜子さんのデータに上が「土」の吉の古字は入って無くて仕方なく吉の字で行く事になりました。そう言えば、昔は「天」の字も下棒の方が長かったんですよね。ちなみに俺は下が長い天を書く事が多いです。これはもう昔からの癖ですからね〜。天月堂と書く時は気をつけてますが、それ以外の時にふっと天の字を書くと思いっきり下の棒の方が長くてしまった!と慌てて上棒を長くするんです。なので不格好な天の字が出来上り。俺的には下棒が長い方がバランス良くて好きなんですけどね。
それにしても、赤澤とリョーマってどういう経緯で付合う事になったんでしょうか…不思議です。(をい)それにしても尽してるなあ、赤澤。
(2001/08/18/高槻桂)

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