懐かしき見知らぬ友よ


「本当に、違うんだよなぁ……」
時空を初めて越えた時からどれだけの月日が過ぎたのだろう。それでもこの世界に来るたび思わずにはいられない。
(この部屋は同じなのにな)
カーシュは寝付けずにベッドの上でごろりと寝転んでいた。数本の柱に取り付けられたランプがほんのりと部屋全体を照らし出している。
今こうして宿泊しているテルミナの宿屋から一歩出れば、自分の知っている活気の溢れた街はなく、とうにパレポリ軍に制圧され、暗い空気の漂う街が広がるのだ。そしてこの宿屋や、あちらこちらに自分の世界との共通点がある反面、蛇骨大佐を始めとするゾアやマルチェラ、そして自分さえもこの世界ではとうに死海で死んでいるという決定的な違いもあった。
「…………」
そっと隣のベッドで眠るセルジュを見る。ようやくヤマネコの姿から解き放たれた彼は、すやすやと気持ちよさそうに眠りに就いている。
「しっかしイシトの奴、おっせえなぁ」
共に行動しているイシトは情報収集のために蛇骨館へと行っている。彼自身の話では今晩には戻るはずだったのだ。
(まあ、一日、二日遅れた方がいいんだけどよ)
この街を出るということは次の目的地である「神の庭」へ行くということなのだ。何が起こるか見当もつかない。そんな場所へ肝心のセルジュが不調のまま行く訳にはいかない。
セルジュはようやくヤマネコの体に馴れた矢先に再び元の体に戻ったのだ。いくら元々の自分の体とはいえ、視線の高さ、顔の形、手足の長さ、体毛や基礎体力、果てには爪の形一つにもずれが生じ、いまだギクシャクとした動きをする彼は、見ているこちらがヒヤヒヤしてしまう。
「……んー……」
セルジュが小さく唸り、小さく丸まる。
ヤマネコの姿をしていた時はその容貌から大人びた少年の印象を受けていたが、こうして本当の肉体に戻った彼を見ているとやはりまだ子供っぽさの抜けない、あどけない顔や仕種をする。カーシュは「よっ」と軽く弾みを付けて起き上がるとセルジュの枕元に立つ。そしてその額にかかっている、黒に近い青髪をそっと掻き上げる。
この少年に惹かれているのは自分だけではない。愛情、友情…形はどうであれ、多くの者達がセルジュを慕い、彼の元に集った。そして特に子供たちや人ならぬ者達は素直だ。「好き」という感情をハッキリと表に出す。マルチェラなんかはそれのいい例だ。好きなものは好き、嫌いなものは嫌いと区別がはっきりしており嫌いなものは徹底的に「嫌い」と言うし、その反面、好きなものは放さない。野宿や船上で眠る時はその姿がヤマネコであろうがなんであろうが一緒に寝る。セルジュも妹の様に思っているのか、ただ甘いだけなのかそれとも両方なのか、咎めたりはしない。
「見せ付けられるこっちの身にもなりやがれ」
彼にとって自分は特別な存在だという事を知っていても、カーシュの口からは小さく溜息が突いて出てしまう。
 ふと視線をサイドボードに転じると水差しの水が空になっているのに気がつく。
(暇つぶしに汲んで来てやっか)
水差しを持ち上げると音を立てない様に部屋を出た。



「何、出航したのか?!」
 叫んでからはっとしたイシトは「すまない」と兵士に謝罪する。
「それで、その船はどこへ向かったのだ」
「はっ、船員によるとマブーレ方面に向かえと言われただけだ、と。はっきりした行き先は教えられていないそうです」
 やはり、とイシトは内心頷く。彼らは死海へ…神の庭へ向かったのだ。以前ツクヨミが死の門の前でヤマネコは既に神の庭へ入っていると言っていた。だがそれ以降にもテルミナで彼らの姿を見かけたという証言は数多く集まった。
まだ、あの時点では神の庭へ行っていなかったのだろう。良心的に見ればツクヨミのその発言は自分たちに発破をかけたつもりなのだろう。
「それで、乗り込んだのは少年と少女の二人か?」
 二人とはセルジュの姿をしたヤマネコとキッドのことだ。
「いえ、それがどうやら少女一人だそうです」
「キッドだけ…?」
 おかしい、と眉を寄せる。報告が確かならキッドが出航した日からすでに一週間近く経とうとしている。だがそれ以来誰かが船を出したという情報は無い。ヤマネコはどこへ行ったのだ?先に向かったのか?それとも…
「まだテルミナに居るのか……?」



 部屋へ戻ると、カーシュはぎくりと足を止める。眠るセルジュのベッドサイドに予想外の人物が座っていた。その人物はカーシュに気付くと口の端だけで微かに笑った。
「おや、以外に早かったのだな」
「てめえ…!」
 セルジュの体を奪ったその人物は、彼と同じ顔で彼とは全く違う邪気に溢れた笑みを湛えている。
「ヤマネコッ!貴様セルジュから離れやがれ!」
 フェイトに掴み掛かろうとするが、あと一歩というところで何か見えない壁に阻まれてしまう。
「くっそぉ!セルジュから離れろ!」
 ダァン!と見えない壁を殴りつける。フェイトは「おやおや」と首を竦める。
「私はただ最愛のセルジュに会いに来ただけだよ」
「なぁーにが「最愛の」っだ!さっさと出て行け!」
「ああ、行くさ。用事を済ませたらな…それと、今の私はヤマネコではない」
「んなこと知るか!!さっさとはーなーれーろー!!」
 フェイトは興味を失ったらしく、カーシュから視線をはずすと彼は自分の下ですやすやと寝入っているセルジュを見下ろす。そして一言「よく似てきた」と、誰にとは言わず呟く。彼は彼らしからぬ優しさでその頬を撫でると、その小さな唇に自分の唇を重ねた。
「なっ…にしてやがる!」
 ガンッと後頭部を殴られたような衝撃がカーシュを襲う。
「あの時はほんの小さな子供だったのに」
 わずかに離れた唇と唇の間からセルジュと同じ声が漏れる。そしてちらりとカーシュを見ると、彼は薄く笑い再びセルジュに口付ける。先ほどの触れるだけのとではなく、今度は貪るような激しいものだった。
「!」
 余りの事に呆然としてしまっていたカーシュはハッとすると、嫉妬と憤怒に彩られた表情で再び見えない壁を叩く。カーシュは自分が憤死するのではないかと思うくらい頭に血が上るのを感じた。フェイトが頭の角度を変えると、貪り、貪られる同じ形をしたその唇同士がはっきりと見えた。そして、フェイトの舌がセルジュのに口内に差し入れられるのもはっきりと見て取れた。
「…んぅ……」
 セルジュが息苦しさから無意識にフェイトを押しのけようとする。だがフェイトはそんなささやかな抵抗を物ともしない。それどころか一層深く舌を絡め、くちゅ、と卑猥な音を響かせる。
「ヤマネコォ!くっそ、この壁解きやがれっ!」
 ようやくセルジュを開放したフェイトはその濡れた唇で「もう忘れたのか」と呆れた様に言う。
「解けと言われて「はい分かりました」と素直に解く奴がどこに居る」
「むががががっ」
 以前蛇骨館でキッドに言われた事と同じような事を言われ、カーシュは見えない壁にがりがりと爪を立てる。そしてこれだけ騒いでも起きないセルジュに半ばやつあたりのように叫ぶ。
「セルジュ!お前もとっとと起きろ!」
「無駄だよ、この子に外の音は届かないようにしてある。だが、いくら宿泊客が君たちだけとはいえ、近所迷惑という言葉を君は知らんのかね」
 セルジュと同じ声帯から出ている声とは思えないほど低い声で彼はくつくつと笑う。そして煽る様にセルジュの濡れた唇をべろりと舐める。馬鹿正直にそれに憤慨するカーシュの反応を楽しんでいるようでもあった。
 フェイトはゆっくりとセルジュの服を脱がせ、その白い肌に手を這わせていく。
 その突起を摘むと、セルジュは「やぁだ」と寝ぼけ声で呟き、ゆっくりをその瞼を開いていく。
「やっと目が覚めたか」
「……え…」
 セルジュはフェイトをじっと見上げるが、まだ靄が掛かったようで思考がうまく働かない。
 鏡…ではない。自分と同じ顔だが目つきや髪型が違う。これは、元は自分の体…。今この体を支配しているのは…
「ヤ、マネコ…なんで…」
「さっさと神の庭へ来い。私を落胆させるな、セルジュ」
 そう言い終えるとあっさりとフェイトはセルジュを放し、消えてしまった。セルジュはまだわけがわからないままポカンとしている。カーシュでさえ怒りを忘れてポカンとしている。
「………はい?」
「たっ…たったそれだけのために…」
 カーシュが呆然と呟く。その声で始めてセルジュはカーシュの存在に気付いたようだった。
「カーシュ……あ〜…おはよう」
 へらっと笑うセルジュにカーシュは頭痛がしてきそうだった。
「どうでもいいから、服、直せ」
「え………あ、なんだよ、コレ?!」
「お前よくあれだけやられて目が覚めなかったな」
 セルジュは「だって」と上目遣いに見上げてくる。
「何となくキスされてるって気付いてはいたんだけど…カーシュだと思ったから……」
「ばっ…なっ、言っ、おまっ…」
 至極当たり前のように言うセルジュに、カーシュの顔は真っ赤になり慌てふためく。
「…あ〜…その、だな…」
ガシガシと決まり悪そうに頭を掻くと、セルジュの乗っているベッドサイドに腰掛け、その唇に口付ける。カーシュはすぐ唇を放すと、照れ臭そうにセルジュの額に自分の額をごつ、とぶつける。
「…これが俺だ…もう、間違うんじゃねえぞ」
微かに赤くなっているカーシュをクスクスとセルジュは笑い、その藤色の髪に指を絡める。
「うん、でも僕、忘れっぽいから…ずっとしてね?」
カーシュは驚いたように目を見開き、すぐに笑って再び額をぶつける。
「あいたっ、カーシュの石頭!」
「バカな事言うからだ……当たり前だろうが!」
乱暴な物言いのカーシュにセルジュはふわりと微笑むと「ねえ」と目の前の男を呼ぶ。
「あん?」
「大好きだよ」
「………」
カーシュは暫く沈黙した持ち、「……おう……」とだけ答えた。
耳まで赤く染めて。



キィ…パタン…
音を出来るだけ立てない様にしてイシトは室内に足を踏み入れる。
(…遅くなってしまったな…)
「ん?」
暗い室内をそっと歩き、セルジュのベッドに近寄る。
そこには眠るセルジュともう一人、そのセルジュを抱きかかえて眠るカーシュがいた。
一瞬、叩き起こして引き離そうか思案したが二人の幸せそうな寝顔を見ていると何だか邪魔する気が萎えてきた。
(……今回は見逃してあげますよ)
イシトは苦笑すると自分のベッドへ向かった。
(次からは容赦しませんけどね)
さっさと着替えながらイシトは思う。
セルジュを愛しく思っているのは何もカーシュだけではないのだと。
「…何故こんな野蛮人がいいのか…」
深い溜息を一つ吐くと、イシトはベッドに潜り込む。ちらりともう一度だけ彼らの方を見て呟いた。

「…おやすみなさい…」




END
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……なんでっしゃろ、この話。分け分からん。特にフェイトさん。あんた何がしたかったん?しかもカーシュが「ヤマネコ」言うた時は訂正したのに、セルジュが「ヤマネコ」言うた時は訂正無しかい。ウチのフェイトさん、セルジュに甘いなぁ。何なんだホンマに。イシトはん、性格よくわからへんわ〜。いや、ウチのはいっつもぶちきれてオーラレインぶちかましてるイシトしか思い浮かばないからさ。

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