願い歌





鉄格子の間から月が見え、その月の発する光だけがこの空間の唯一の光だった。
薄暗い牢の冷たい床にじっと座りながら思う。

やはり、置いて逝く事になるのか

戦になると功を焦ってしまうのは自分でも分かっていた。
どうしてなのかは分からない。
でも、無性に先を急ごうとしてしまう。

早く戦を終らせたいから?

………違うな

男は大きな溜息を吐く。
日が落ちてから考え続けた事を中断し、男は一人の少年を想う。

明るくて、素直で、真っ直ぐな瞳をしていて………
だが、純粋であるが故に、あっさりと壊れてしまいそうな危うさと儚さをその胸に抱いた少年。


彼はまるで砂の城だった。


子供が知恵の限りを尽くして作り上げたそれは、一見立派でもむやみに触れれば容易くその原形を崩してしまう。


「俺は、崩したかったのかもしれないな」


男は自嘲気に笑う。


――大好きだよ、ソロン!!


子供特有の甲高さを含んだ少年の声が、その笑顔と共にソロンの脳裏に蘇る。


「俺も、お前が大切だった」


――早く、早くこの戦いが終ってこの指輪を眺める日より、あなた自身を見つめる日々が来ればいいね


その言葉に、ソロンは微笑む事しか出来なかった。


それは、適わぬと知っていた。
男も、少年も、分かっていた。
でも、知らないフリをしていた。
二人の時が、あまりにも優しかったから。
一人の時が、あまりにも切なかったから。


明日の今ごろにはもう、自分はいない。
ただ、この抜け殻になった首が何処かに晒されるのだろう。

恐怖は、無い。

自分で招いた事。責任は取る。

ただ、気がかりは、ある。

あの少年の笑顔を消してしまう事。

「きっと、お前は泣かぬのだろうな」

ただ、自分が死んだという事実が静かに彼を虫食んでいくのだろう。
自惚れるつもりは無い。だが、外見の強さとは裏腹に、少年の内面がとても脆弱なのを自分は知っていた。

そして、崩れかけた砂の城は再び人を愛するだろう
最愛の者の死を知った瞬間から。

「………きっとあの方が動かれる」

自分と同じく、あの少年に惹かれてる獣の気性を持つ皇子。
彼がカッツェを欲していたのは十年前から知っていた。
そして、カッツェが自分と同等の力を手に入れるまで待つ事も。
殊勝な事だ。
あの狂皇子が。

そして時は満ちた。
少年は男の望む通り強くなり、その立場を確立させていた。

(俺が邪魔になったのだろう)

使えない上に自分の欲する者を己の者としたソロンを彼はとうとう見限ったのだ。

(それもいいだろう)

「所詮あなたは俺の代わりにしかなれないんですよ、皇子」

そして、この先彼を愛し、彼が愛する者の全てがどんなに足掻いても

「俺の代わりでしかない」

彼は自分を忘れる事など出来ない。

「これは最初に彼に愛された者の特権だ」

ソロンは勝ち誇ったように唇の端を歪める。
カッツェの心の奥底に、自分は住んでいる。
「俺も十年待ったのだ。それぐらい、いいだろう?」

自分はもう、彼の行く先を知る事は出来ないのだ。

だが、あの皇子はカッツェの行く先を知る事が出来るのだろう。

彼を殺すか。
彼に殺されるか。

どうなるかは分からないが、立場上必ずそれのどちらかになるのだろう。

彼を殺せるなんて
彼に殺されるなんて


「狡いですよ、皇子」


そう言ってからふと気付く。
いくら狂皇子でも死んだ者への想いには、勝てないだろう。


「狡いのは、俺もだな」


もう一度、愛しい少年の顔を思い浮かべる。



「置いて逝って、すまない」








(END)

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こ、姑息だ…姑息だぞソロン・ジー!!でもそんな所があった方がなんだかソロンっぽいかな?とは思っているんですが(笑)ちょっと前までソロンの死際って全く全然砂糖の粒ほども思い付かなかった(酷!)んですが、なんか、ぽんっと思い付いたんで書いてみましたです。ホントは書きついでにあの指輪の事も書くつもりでした。が、気付いたら指輪ネタ入らなかったです。(爆)設定ではずっとカッツェは左の薬指に嵌めてるッス。「恋歌」でも全く触れなかったけどさ(笑)多分一生付けてるんじゃないっすか?ルカ様も自分がソロンの後がまって分かっててカッツェ手に入れたんだから付けてても特に何も言わなかったと思うっ酢。あ、でもシュウは絶対外せ言うって。あっはっは(爆)
(2000/05/31/高槻桂)




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