眠れる部室の王子様


「………」
 夕日の差し込む部室に残るのは、本日鍵当番の海堂薫と、長椅子の上ですやすやと寝こける越前リョーマだけだった。
「オイ」
 長椅子の前に立ち、声をかけるが反応はない。海堂はうんざりしたように溜息を吐くとリョーマの肩を掴み軽く揺さぶってみる。
「んー……」
 微かに反応し、リョーマがもぞりと動いた。
「っ……」
 途端、海堂は赤面して顔を背ける。
 動いた拍子に上着が摩り上がり、リョーマの細い腰が露わになったのだ。
 海堂ははっきり言って自制心に自信が無い。こんな据膳上げ膳状態でいつまでも理性が耐えられるとは思えない。
 頼むから早く目覚めてくれ。それが俺のためになり、お前のためでもなるのだから。
 海堂は必死で祈りつつ、理性を総動員して襲いたい衝動を押え込む。
「………あれ……?」
 すると、祈りが通じたのかリョーマが目を覚ました。
「……かいどうせんぱい?」
 リョーマがむくりと身を起こすと漸く海堂は視線を少年へと向ける。
「帰るぞ」
「ん〜…日誌、書き終ったんすか?」
 まだ寝足りないのか、目元を擦りながら長椅子から足を下ろして海堂を見上げる。
「……終わった」
 海堂はリョーマのこの視線が最も苦手だった。無防備に見上げられると、その愛らしさの余り直視する事は出来ない。
「海堂先輩」
「何だ」
「少し、暑いっすね」
 にっと笑ってリョーマははだけた学ランの下に着込んだシャツを摘まみ、ぱたぱたと扇いでみせる。
「な、ならさっさと帰るぞ」
 その細い首から鎖骨、そして扇ぐシャツの合間から覗くピンク色の胸の突起。
 海堂は相変わらず視線を逸らしているが、彼の顔が赤く染まっているように見えるのは決して夕日の所為だけではないだろう。
 リョーマはくすっと小さく笑い、扇ぐ手を止める。
「先輩、キスして下さいよ」
「ばっ、バカか!こんな所で誰がっ…!」
 動揺半分にそう怒鳴ると、ふっとリョーマが哀しげな表情をする。
「して、くれないんすか…?」
 演技だと分かっていても、寂しげに首を傾げるリョーマの様に海堂は舌打ちをし、腰を屈める。
「ん……」
 唇が合わさり、リョーマの腕が海堂の首に絡められる。軽く啄む様に口付け、角度を変えてもう一度口付ける。
 少年の唇を舌先で突つくと、その唇が薄く開かれる。海堂はそこへ舌を差し込むと、リョーマの小さな舌を絡め取った。
 反射的に逃げようとした舌は、それでも海堂に応えようと拙く動く。
「……海堂、せんぱい…」
 唇を放して目を開けると、リョーマが自分を見上げていた。
 その誘うような仕種から視線を逸らすと、足元に置いてある荷物を持ち上げる。
「さっさと帰るぞ」
 リョーマの荷物も掴み上げて渡すと、彼は詰らなそうに立ち上った。



 鍵を返し、薄暗くなった道を並んで帰っていくとぽつりとリョーマが呟いた。
「海堂先輩ってホント、キス以上はしてきませんよね」
 その言葉にどう反論して良いのかわからず、海堂は無言を通した。
「他の先輩たちは色々してくるのに」
「なに?!」
 突然の爆弾発言に海堂が声を上げる。
「ねえ、海堂先輩、もっとオレを求めてよ」
 見上げてくる顔に、いつもの生意気な笑みはなく。
「じゃないと、オレ、攫われちゃうよ?」
「……」
 二人は足を止め、見詰め合ったまま無言だったが、ふいにリョーマが視線を逸らした。
「じゃ、オレこっちっすから」
 サヨナラ。そう言って背を向けるリョーマの腕を、海堂は咄嗟に掴んでいた。
「海堂先輩?」
 海堂は不思議そうに見上げてくるリョーマの腕を引っ張って歩き出した。
「来い」
 このまま返したらいけない様な気がした。
 明日になったら、この少年が自分の元にいないのではないかと錯覚してしまう。
 そして自宅へ辿り着くと、未だに状況が把握できてないリョーマを引っ張って廊下を進む。
「あら、薫さん」
 途中、母親とすれ違って呼び止められ、小さく舌打ちをした。無視するわけにも行かず、だがリョーマの腕を掴む手の力は緩めず海堂は母親と向き合った。
「……ただいま戻りました」
 自分の敬語にリョーマが驚いたような顔で見上げているのがわかる。
「そちらの方は?お友達?」
「……部活の後輩です」
「薫さんが誰かを連れてくるなんて珍しいのね」
「母さん」
 放っておけばどんどん長話になりそうな雰囲気に、海堂は母親の言葉を遮るように言葉を発する。
「夕食は後で頂きます。それと、気遣い無用でお願いします」
 暗に部屋には近付くなとの息子の言葉に、母親は着物の袖を口元へやるところころと笑った。
「ええ、ええ、わかりましたよ」
 何かあったら呼んで下さいね。そう笑って彼女は廊下の奥へと消えていった。
「……」
 海堂は深い溜息を吐くと、再び自室へと向かう。
「海堂先輩のmotherって綺麗な人っすね」
「………」
 誉められても別に嬉しくも何ともないので海堂は何も言わず自室へと入った。
「それで、どういう事だ」
 床に座り、リョーマも座らせるとそう切り出した。
「どういう事って何がっすか?」
 首を傾げるリョーマに海堂は苛立ちを覚える。
「他のメンバーとの事だっ」
「ああ、先輩たちね。何かよく触ってくるけど?」
「何で触らせるっ」
 海堂の言葉にリョーマはきょとんした表情をした。
「何でって……昼休みとか眼が覚めるといっつも先輩方の誰かが勝手に顔とか脚とか触ってるんだけど」
 何でオレのいる場所が分かるんだろうね。そう言って首を傾げるリョーマ。
「てめ……っ」
 抵抗しろと怒鳴ろうとした唇がリョーマの唇によって塞がれた。
 だがそれはすぐに離れ、視線が絡み合う。
「だから、オレをもっと、求めてって言ってる」
 他の人が近づけないくらい、もっと、もっと。
 オレからオレを奪ってよ。
「オレがオレを他のヤツに触らせたくないって思うくらい、海堂先輩のモノにしてよ」
「越前っ…!」

 会話は、そこで途切れる。

「っ…か、いどう、先輩……」
 紡がれるのは、濡れた吐息と、名を呼ぶ声。
「力、抜けっ……」
 腕や背に、痛みに耐える少年の爪が食い込む。
 だが、その痛みさえも、今は気にならない。

 この少年を、自分だけのモノに出来るなら……。







「………」
 朝部活を終え、着替える部員達の間にどこか浮ついた空気が流れていた。
 そして皆がちらちらと視線を注ぐその先には、未だウエアを羽織ったまま何か思案しているリョーマの姿があった。
「おチビ〜、着替えないの?」
 気になる衝動を抑え切れなかった菊丸がとうとうリョーマにそう声をかけた。
「え、いや、ちょっと……」
 珍しく少し気恥ずかしそうに視線を逸らすその仕種に、菊丸だけでなく、さり気無く様子を窺っていた一同も赤面する。
 何なんだ、この色気は。
 そう、確かにこの少年は可愛い。小生意気で不遜な態度もそれはもう抱きしめたくなるくらい愛らしい。更に言うならゲットしたいと誰もが思っているだろう。
 だが、今日のリョーマは異様な程の色気がある。本人に自覚は全くないだろうが、それはもう襲いたくなるくらいに。
「何だそれ?!」
 菊丸が何を言うべきかとわたわたしていると、素っ頓狂な声が室内に響いた。
「も、桃?どうし…うわっ」
 さすがに驚いた菊丸が振り向くと、声を上げた本人は「これ見て下さいよ!」と海堂の背中を指差した。
「うっわ〜…凄い爪痕……」
 海堂の肩から背にかけて、そして二の腕にもくっきりと赤い筋が何本も流れている。
 皆の意識がリョーマへ向いている内にさっさと着替えるつもりだったのだろう。だが、シャツを脱いだ瞬間を運悪く桃城に見られてしまったのだ。
 海堂は溜息を吐くと、さっさと替えのシャツを着る。
「なになにどうしたの〜?」
 菊丸が痛そうな顔をして、それでも好奇心に満ち満ちた顔で海堂に問い掛けた。
「……別に、何でもなイッ?!」
 突然肩をぎゅっと握られ、痛みに声が裏返る。
「なっ…ふ、不二先輩…?」
 海堂が振り返ると、そこにはいつもの穏かな笑みを浮かべた不二が居た。
「で、どうしたんだい?」
 にこやかに問うては居るものの、肩に置かれた手が恐ろしい。今はただ置かれているだけだが、先ほどの様に力任せに握られては傷があろうがなかろうが痛い事に変わりはない。
「………猫に引っかかれただけッス」
 渋々そう言うと、不二の笑みが更に深くなる。
「へーえ?どんな猫?名前とか教えて欲しいなあ〜?」
 すると、恐れ多くも静かに怒る不二の手を海堂の肩から叩き落とす手があった。
「……どうしたんだい?越前君」
 叩き落とした手の持ち主、リョーマはむっとした表情で不二を見て、いや、睨んでいた。
「………別に」
「ふぅん?まあ特別に許してあげるよ。それにしても……」
 すっと叩かれた手を伸ばすと、先程の海堂と同じ要領でどさくさに紛れて着替えを済ませていたリョーマの襟元を掴み、ぐっと引き下げる。
「何かな?その無数のキスマークやら噛み痕は」
「蛇に噛まれただけっす」
 びしっと固まる一同。(リョーマ、海堂、不二は除く)
 やはり、と固まった一同は何処か遠くで思う。
 何となーく気付いてはいた。気付きたくはなかったけど。
 今朝、珍しく海堂とリョーマが皆より早く来ていたのだ。最初こそ偶然だと思っていた(いたかった)のだが、何と自分から誰かに話し掛けるなんてことは滅多にしない海堂が自らリョーマの元へ赴き、話していたのだ。
 しかも内容が、
「オイ、休んでなくていいのかよ」
「大丈夫っす。海堂先輩ってば見かけによらずあの時は優しかったからそれほどでも」
 あの時ってどの時?!ていうか照れるな海堂!何を思い出したー?!
 そんな感じでしかもリョーマ自身はフェロモン垂れ流し状態。
 嫌な予感は増すばかり。そしてこの決定打。
 まさかあの奥手の海堂が、という思いがあっただけに衝撃は強かった。
「蛇、ね。毒持ちだったら大変だから僕が吸ってあげようか」
「いいっす。オレが噛まれたかったんすから」
 惚気ている!完全に惚気ている!!
 一同は聖ルドルフの某キャラの如く思い切り叫びたい衝動に駆られた。
 そしてどんどん笑みが冷ややかになっていく不二。
「それより、早く帰りましょうよ、海堂先輩」
 噛まれたかった発言に赤面していた海堂。袖をくいっと引っ張られてはっとすると、小刻みに何度か頷いて荷物を取る。
「それじゃ」
 リョーマは軽くお辞儀をすると、海堂の腕をひいてさっさと部室を出ていってしまった。
「今日はちゃんと家に返して下さいね、海堂先輩」
 との爆弾発言を残して…。








(END)
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何?これ。なんつーか、塚リョに続き、超駄作第二号って感じっすね〜。まだキャラが掴みきれてないのも手伝ってへぼいへぼい。
そしてエロシーン逃げました。ごめんなさい。面倒でした。(爆)なんつーか、文体が微妙に変わってからエロって書いてないのでどうも書く気がしないというか…ああでも次…かその次はエロだ…乾リョでエロ〜vアハハ。(爆)
これもタイトルからどんどん離れていってしまった…。タイトルに関係あるのは最初のシーンのみ。これもホントはもっと違った落ちだったんすけどねー。また出張ってきましたよ不二様が。嫌いだけど使いやすいんだよね。(笑)
さーて、どんどん行きまショか。
(2001/08/11/高槻桂)

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