君で変わっていく10のお題





君と居ると笑わずにいられない
(火村×アリス/有栖川有栖)


火村英生は不機嫌だった。
何故なら彼の教え子である、とある女生徒から猛烈な、と前置きがつく恋のアプローチを受けていたからである。
彼にとってその女生徒は生徒でしかないし、そもそも彼は女嫌いだ。
何か勘違いしているらしい女生徒を振り切ってオンボロベンツに飛び乗ったのがついさっき。
ああ、苛々する。
ああいう一人で盛り上がってしまうタイプの人間は男女問わず苦手だ。
キャメルのフィルターを行儀悪くがじがじと噛む。
立て続けに何本ものキャメルを灰にして、下宿にたどり着くと篠宮時絵への挨拶もそこそこに部屋に引き上げた。
「なんや煙たいで、君」
扉を開けた途端そう声がかかって火村はまじまじと部屋のど真ん中に腰を据えて本を読んでいた男を見下ろした。
そういえば、時絵がアリスが来ていると言っていた気がする。
そういえば、アリスに部屋で待っているように言った気がする。
そういえば、そういえば。
「どしたん、しかめっ面で突っ立って」
コーヒー淹れたろか、というアリスに生返事を返して火村は定位置に座った。
かちゃかちゃと音を立てながらコーヒーを淹れるアリスの後姿をぼんやりと眺める。
不思議と先程まで体内を渦巻いていた苛立ちは消え去っていた。
「ほれ」
差し出されたカップを受け取り、そっと啜る。
「うまいやろ」
インスタントのくせにそう得意げに言うアリスに火村は思わず笑みを浮かべる。
「……ああ、そうだな」
へへっと笑うアリス。それに釣られるように火村も笑みを深めた。

 

***
アリス以外に素で笑いかける先生が想像できません。

 


傍らで眠る、温かな存在
(弓生×聖/封殺鬼)


弓生はふと意識が覚醒するのを感じた。
水底から水面に上がるような浮遊感の後、薄らと瞼を持ち上げる。
暗闇の中、見慣れた天井が弓生を迎えた。
傍らの気配に視線を向けると、聖がすよすよと眠りの中にいた。
壁に掛けられた時計に目をやる。常人ならばこの暗闇の中で見えるはずのない針を弓生は見る。
長針と短針が示していたのは、聖が何だかんだと理由をつけて弓生のベッドに潜り込んでから三時間が過ぎた程度の時刻だった。
「ん……」
もぞりと聖が見動いてこちらを向く。その寝顔は夢でも見ているのだろう、僅かに笑みが浮かんでいた。
弓生は滅多な事では夢を見ない。
だがこの片割れは違うようで、よくこんな夢を見た、あんな夢を見たと教えてくれる。
恐らく朝にはきっと、今見ている夢を語ってくれるのだろう。
弓生はそんな聖の様子を思い描き、微かに唇の端を持ち上げた。
そして再び目を閉じる。
傍らで眠る、温かな存在に心委ねながら、再び眠りの底へと落ちていったのだった。

 

***
何だかんだで週に一度は一緒に寝てればいいよ。

 


見た目よりもずっと強い
(火村×アリス/有栖川有栖)


「アリス、見ろ!」
あの瞬間、私の全ては決まったのだ。
私は君の傍らに在ろう。
君がそれを望むのなら。
それが少しでも君の救いとなるのなら。
私は何があっても、君の傍らに在ると。
そう決めたのだ。


「有栖川さん、さすがに口数少なかったですね」
火村英生の運転する年代物のベンツが署の駐車場を去っていくのを見送った森下が傍らに立つ鮫山にそう声をかけると、彼はそうやなあと腕をゆるりと組んだ。
「いくら火村先生の助手として数熟しとる言うてもアレばっかりはなあ」
今回火村とその助手である有栖川に力添えを願った事件はバラバラ殺人事件だった。
現場写真は悲惨を通り越してただただグロテスクで、森下自身、今日の夕食は喉が通るだろうかという所だ。
「けど意外でしたね」
ぽつりとそう呟けば、何がだと鮫島の視線が森下を向く。
「現場写真、全部見るとは思いませんでした」
死体の写った写真を見た瞬間、彼が青褪めたのが分かった。
火村はそんな有栖川をちらりと一瞥すると無理をするなと言った。それはあの場に居た刑事たちも同感だった。
いい年をした男のくせに、どこかほわんとして守ってやりたくなるような雰囲気をまとった彼は、けれどその優しげな面差しを僅かに歪めて首を横に振ったのだ。
そしてこれまでと同じように、火村から渡されるがままに全ての写真に目を通したのだった。
結局、今日のところは目立った進展もなく火村と有栖川は一先ず帰っていったのだが。
いつもはぽんぽんと的外れな推理が飛び出す有栖川の口は重く閉ざされたままだった。
けれど。
「あのお人は多分、俺らが思うとるよりもずっと強いで」
鮫山は疾うに姿の見えなくなったベンツの後姿を探すように夜の街に目を凝らした。
「下手したら、火村先生より強いかもしれんぞ」
森下は意外な事を聞いた、と言う様に目を丸くして鮫山を見た。
「火村先生より、ですか?」
「火村先生は強い。独りでもきっと生きていけるやろ。けどな、ああいうんはいつかぽっきり折れる。折れて、全てを放り出すタチや」
けれど有栖川は違う、と鮫山は言う。
「あのお人は折れそうで折れん。例え折れても何度でも立ち上がる事が出来る人や」
やからかもしれんな、と鮫山は踵を返して署内へと戻っていく。森下が慌ててその後に付き従う。
「せやからあのお人は火村先生の傍らにおるのかもしれん」
いつか火村が折れそうになった時、そっと支えるために。
賭けてもいい。鮫島は思う。
明日になれば有栖川はきっと何事もなかったようにまた火村と共に自分達の元に顔を出すだろう。
そして火村が犯人にその指を突きつける時、彼はただ、火村の傍らに在るのだ。
それが当たり前のように。
そう、在るのだ。

 

***
アリスが火村の助手をやり始めたのは46番目の事件からなのかしら。それより以前は火村はずっと単独行動だったのかしら。

 


甘えちゃっていいんですか
(野上×アリス/有栖川有栖)


「お送りしましょう」
野上の申し出に、アリスは内心でぎょっとした。
否、表情にも出ていたのだろう、野上の眉間の皺が深まった。それを見て取ったアリスは慌てて口を開いた。
「お、お言葉に甘えさせていただきます」
言ってから再びぎょっとした。今度は自らの言葉に対してだ。
断るつもりだったのに思わず口から飛び出した言葉はそれと真逆のもので。
野上としても自分から申し出ておきながらまさかアリスがそれを受けるとは思っていなかったのだろう、その目を微かに見開いた。
しかしすぐにその表情をいつものしかめっ面に戻すと、では行きましょう、と会議室を出た。
ああえらいことになってしもた。野上の後を追いながらアリスは思う。
本来なら隣にいるはずの火村は事件を解決すると脱兎のごとく、というと語弊があるがそれこそ風のように帰路についてしまった。
彼の本来の勤め先である英都大学から呼び出しを食らったのだ。
呼び出しの内容は聞いていないがあの反応は余程面倒な事なのだろう。頻繁に休講という切り札を使ったツケが廻ってきたらしい。
彼はアリスに事件の後始末の見届けを任せてとっくの昔にオンボロベンツで走り去った。
そして厚意によって会議への参加を許可されたアリスは一人ぽつねんと話を聞いていた。
それが終わり、メモを取っていた手帳をしまってさて帰るかと立ち上がった所に冒頭の野上のセリフだ。
ここにはまだ片手ほどではあるが来たことがあるので迷うことはない、とアリスは思っているのだが野上はそう思わなかったらしい。
彼の性格からしてアリスへの好意というよりは下手に迷われて署内をうろうろされたらたまらないというところだろう。
「……あんたは」
「はい?!」
考え事に耽っていたアリスがはっとして野上を見ると、彼は相変わらずの渋面でこちらを振り返った。
「……コーヒーは、何を好む」
「ええと……その、特に拘りは持ってなくて……その、すみません」
野上はそんな事だろうと思った、と言わんばかりに小さくため息をつくと再び前を向いてしまった。
何だったんだろう、まさか彼なりの歩み寄りだろうか、と思いながらその後に続くとあっという間に出口に辿り着く。
「あの、ありがとうございました」
足を止めた野上に軽く頭を下げて立ち去ろうとするとゴホン、と野上が咳ばらいをした。
「……そこの斜向かいの喫茶店は美味いコーヒーを出す。興味があるなら一度行ってみると良い」
そう早口に言い捨てて野上はさっさと踵を返して署内へと戻って行ってしまう。
その後ろ姿をぽかんと見送ったアリスはなんやったんや、と口内で小さく呟いた。
まさか本当に彼なりの歩み寄りなのだろうか。そんな日が来るとは思ってもみなかった。
けれど。
「……行ってみるか」
事件も無しにここまで来ることは滅多にない。行くなら今だ。
アリスはそう思ってその喫茶店を目指して歩き出した。
その足取りは先程とはうって変わって軽いものだった。

 

***
に せ も の だ ら け で た お れ そ う 。

 


君といると弱くなっていくよう
(火村×アリス/有栖川有栖)


あの講堂で火村と出会って、三年が過ぎようとしていた。
大学は卒業し、今は小説を細々と書きながらサラリーマンを謳歌している。
火村とは今も交流がある。月に何度かはどちらかの家や店で会っていたし、電話もマメに交わしている。
そんな中、アリスは最近気になることがあった。
火村といると、自分がどんどん弱くなっていくような気がするのだ。
有態に言えば、火村に甘えているのだろう。火村と連絡を取らない、または取れない日はこの心に寂寥が過る。
丸一日声を聴いていない。ただそれだけで全てのモチベーションが大きく下がっていくのを感じる。
逆に、彼と連絡が取れた日は一気にテンションが上がってもう一日頑張ろうという気になる。
これは少し、不味くないか。
他人に人生を左右されるような生き方はしたくない。人生は自分で選んで歩んでいくべきだ。
けれど、火村の隣にいるのは心地よい。
どうしよう、と悩んだ結果、アリスはその当人に打ち明けた。
叱ってくれ、というアリスに対して彼は待っていろ、と告げて電話を切った。
それから数時間後、彼はアリスのアパートにいた。
そして決まり悪げにぼそぼそと語るアリスの言葉に耳を傾けた後、俯いてしまったアリスを火村はそっと抱き寄せたのだ。
なんや、と目を見開くアリスに火村は言う。
なあアリス、それをなんていうか知ってるか。
俺はこの日をずっと待っていたんだよ。
意味が分からない、と火村を見上げれば彼は今まで見たことがないくらい穏やかな笑みを浮かべて言葉を続けた。
アリス、お前は俺に恋をしている。
その言葉は、不思議なほどすとんとアリスの身の内に落ちてきた。
ああ、私は恋を患っていたのか。
ではこれは弱さではない。強くなるための、過程だ。
君の傍にいるための、これは過程なのだ。
ならば、良い。もう惑うことはない。
アリスが安堵して体の力を抜くと、それに気づいた火村の腕が一層強くアリスを抱きしめたのだった。

 

***
アリスって最初はアパート住まいだったような覚えがあるのですが…どうだったっけ??

 


君といる時の自分
(ヤマネコ×カーシュ/クロノクロス)


※花咲く〜IF設定


ヤマネコといる時の自分は、少し、情けないと思う。
彼の一挙一動を気にして、心振り回されている。
昔のような、嫌な感じではない。
けれどもう癖なのだろう、彼を目で追ってしまう。
ヤマネコは、そんなカーシュを面白おかしく思っているらしい。
じっと自分を見つめてくるカーシュの視線を時折見返してはくつりと笑うのだ。
それで漸くまた自分がヤマネコを見つめていた事に気付いたカーシュが慌てて視線を逸らす。
けれど暫くするとまたヤマネコを見ている。その繰り返しだ。
見ないように、と思えば思うほど彼へ意識が向かってしまい、悪循環に陥ってしまう。
「見たければ好きなだけ見るが良い。減るわけでもない」
ある日ヤマネコがそう言った。それもそうか、とカーシュは思う。
不躾に見つめてしまってもそれを向こうが良しとしてくれるのならこれでいいかもしれない。
その内に治るだろう。
カーシュは本を読むヤマネコの横顔を見つめながら、ぼんやりとそう思った。

 

***
きっと不安の裏返しかと。

 


孤独だった頃の傷跡
(火村×アリス/有栖川有栖)

 

私は少しの間、孤独だった。
もちろん私にも言葉を交わす友はいた。
それでも私はきっと、孤独だった。
何故なら「あの時」以来、私は自分という繭に籠りっぱなしだったからである。
初めて小説を綴ったあの時に生まれた繭。
傷を負った自分を隠すように紡ぎあげた繭は私に安息という名の孤独を齎した。
彼と出会わなかったら、もしかしたら、未だに私はその傷を庇いながら繭の中に閉じ籠っていたのかもしれない。
けれど私は彼と、火村英生と出会った。
彼は私の紡ぐ糸を手繰り寄せ、この繭の中に割って入ってきた。
余りの暴挙に私はただ呆然としていた。
けれど、それは私が何より待ち望んでいた瞬間だったのだ。
火村はきっと、自分がどれだけ重大なことをしでかしたのか気付いてもいないだろう。
でなければカレー一皿で済ませるはずがない。私の繭はカレー一皿と同レベルか、と思ったものだ。
あれから十四年が過ぎた。
私は今も自らを包む繭を紡ぎ続けている。
けれどその繭に籠り続ける事はもう無い。孤独に涙すら忘れる事も無い。
彼がこの手を引いてくれたから。
私はきっとこれからも心から笑い、怒り、泣くだろう。
火村英生。彼の傍らで、ずっと。
そうやって、生きていくのだろう。
それが私の願いであり、同時に彼の願いであれば良いと。
心から、そう思うのだ。

 

***
アリスも火村以外の前ではけたけた笑ったりとかあんましないんじゃないかなあと思ったり。

 


傍にいることを怖がらないで
(火村×アリス/有栖川有栖)


俺が傍にいることを、怖がらないで欲しいんや。
アリスはそう言って俺の頭を優しく抱き寄せた。
いつからだろう、傍らにアリスが在るのが当たり前になったのは。
いつからだろう、傍らにアリスが在るのが怖くなったのは。
いつからだろう。そう何度も繰り返す。
いつから、いつから自分はアリスに恋をしていたのか。
火村はその事実に呆然としながらアリスの腕の中にいた。
何故、俺自身が気付いていなかった事にお前が気付くんだ。
頭上でくすりと笑う声がする。
俺かて、君の事が好きや。大事や。だからやろ。
そうか、そうだったのか。アリス、お前は強いな。
俺はお前への恋心を恐れて無意識に逃げていたのに。
お前はいつだってそうして俺にありのままでぶつかってくる。
俺には真似できねえよ。
そんな事あらへん。アリスが言う。今からでも間に合うんや。
ただ抱き返してくれればええねん。それで丸く収まるんや。
俺にそんな資格があるのか。
シカクもサンカクもあらへん。ほれ、はよせい。
……敵わねえな、お前には。
男前すぎて惚れるやろ?
バカ言え。なあ、アリス。
遅くなったけれど、愛してる。


***
火村先生はとっとと自覚してそうですがたまには無自覚なのも。

 


涙が流せるということ
(雷電×鬼同丸/封殺鬼)


安倍清明が亡くなってから暫くの間は雷電は泣かなかった。
道満を打ち損ねてからはただひたすらに喪失感に苛まれ、ぼんやりと自失して過ごすことが多かった。
そんな雷電を常に傍らで見守っていたのは、酒呑童子こと鬼同丸だった。
鬼同丸が何をしても何を言っても雷電は反応せず、けれど時折思いつめたような顔をするから目を離せない。
突発的に後を追ってしまうのではないか。そんな危うさが雷電にはあった。
食事も鬼同丸が無理やりさせた。口の中に押し込めば彼は咀嚼をして飲み込んだ。けれどそれだけだ。
自分から食べようとしない、動こうとしない、泣こうとしない。
特に泣こうとしない事が鬼同丸には心配だった。
泣くという機能すら忘れてしまったかのような雷電に、彼の中の喪失の大きさを思い知らされた。
覚悟はしていたはずだ。清明も高齢だった。いつその日が来てもおかしくないと覚悟はしていたはずだ。
けれど、あんな形での終わりなど誰が想像しただろう。
していたはずの覚悟など、あっさりと消え去っていた。
無言で悲嘆に震えるその背を、鬼同丸はただ抱きしめるしか出来ない。
自分が傍にいるから、と呪文のように繰り返すしか出来ない。
だからこそあの夜、雷電が泣いている姿を見つけた時は安堵した。
漸く、彼も泣けたのだ。
清明の喪失は余りにも大きく、辛いものであるけれど。
涙が流せるということは、前に進めるということだ。
いつかきっと、彼も再び笑む事が出来るようになる。
鬼同丸はそう、確信したのだった。

 

***
鬼同丸はいつ雷電の人の名が高遠だと知ったんだろうとふと思った。

 


もう、君がいないといられない
(弓生×聖/封殺鬼)


お互いがお互いの無二の存在だと気付き始めたのは、もう遠い昔の事。
自覚したのはきっと自分の方が先だ、とお互いが思っていることを彼らは知らない。
気の遠くなる程の長い月日を二人だけで歩んできた。
親しくしてくれた人はいた。優しくしてくれた人もいた。たくさんいた。
同時に、見下すような視線もたくさん浴びてきた。刺す様な冷たい視線にもたくさん耐えてきた。
「本家」に庇護を受ける身で、二人だけで歩んできた、なんて言うのは傲慢なのかもしれない。
けれど人々はいつしか老い、死んでいった。
子孫を残して逝った者、残せず、または残さず逝った者。
少しずつ移り変わっていく時代。
そんな中で、変わらないものはお互いしか無かった。
二人がお互いにお互いを求めたのは必然としか言いようが無い。
出会うべくして出会った、だなんて運命論は唱えない。
ただ、偶然にして二人は出会い、お互いに老いぬ身だと知った。
だからこそ惹かれあった。それは紛れもない事実だった。
これからも二人は二人で生きていくのだろう。
もう、片割れがいないといられない身となってしまったのだから。
あと十年、百年、千年と。
その鼓動が同時に途絶えるその瞬間まで。
二人で、生きていくのだろう。
彼らはそう、知っているのだから。

 

***
しぬときは、いっしょ。 



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