君を見つける10のお題





君を見つけてしまったあの日
(火村×アリス/有栖川有栖)


お前を見つけてしまったあの日、俺は歓喜に震えた。
俺は長い間、孤独だった。
もちろん、俺にだって言葉を交わすような相手くらいはいた。
それでも俺は孤独だった。
自ら選んだそれを後悔した事などない。
これからもずっとそうして生きていくのだと。そう信じていた。
なのに。お前を見つけてしまったあの瞬間、分かったんだ。分かってしまった。
お前こそが、俺と番う相手だ、と。
お前と出会った瞬間、その直前まで俺は独りで構わないと思っていた。
けれど俺はお前を、有栖川有栖を見つけた。
お前は必死に自らの繭を紡いでいた。繊細なまでに優しい繭を。
その繭の中が知りたかった。入ってみたかった。
俺はお前の隣に座ると迷わずその紡がれた糸を手に取った。
お前はぎょっとしたような目で俺を見た。彼の繭に割って入ってきた俺を驚きの目で見つめ、けれど拒絶はしなかった。
何故なら、それはお前もまた待ち望んでいた瞬間だからだ。
俺は知っている。俺とお前が対となることを知っている。
そしてまた、お前もそれを感じているはずだと俺は確信していた。
それから十四年が過ぎた。
アリスは今も自らを包む繭を紡ぎ続けている。
けれどその繭が彼を包んで閉ざすことはもう無い。
俺がお前の紡ぐ糸を手繰り寄せたように、お前もまた俺の紡ぐ糸を手繰り寄せた。
糸と糸は絡み合い、二つの繭を一つに造りかえていく。
俺はもう、独りじゃない。お前がこの手を取ってくれたから。
俺はきっとこれからもこの生き方を変えることはないだろう。
有栖川有栖。お前を傍らにして、ずっと。
こうやって、生きていくのだろう。
それが俺の道であり、同時にお前の道であれば良いと。
心から、そう確信するのだ。

 

***
「孤独だった頃の傷跡」の火村視点、のようなもの。

 


思いがけない暖かさに
(野上×アリス/有栖川有栖)


へぷしっ。
そんな音が背後から聞こえたので野上が振り返ると、そこにはスン、と鼻を鳴らす有栖川有栖がいた。
「あ、すんません」
どうやら彼のくしゃみの音だったらしい。彼はへらりと笑って小さく頭を下げた。
彼はこの秋も深まった時期だというのに長袖一枚とジーンズの姿だった。
確かに昼過ぎまでは夏の再来か、と言わんばかりの陽気だったのだが、さすがに日の落ちてきたこの時間帯にその恰好は寒いだろう。
自業自得であるのだが、しかし天気予報でも今日は一日暖かいだろうと言っていた。完全に彼の落ち度、とは言えない。
しかしだからと野上が彼に慰めの言葉をかけるわけもなく。
「……」
そんな有栖川を一瞥した後、野上は再び開いた手帳に視線を落とした。すると。
くしゃん、くしゅっ、くしゅん。
連続して背後でくしゃみの音がする。
「あああすんません、すんません」
再び振り返った野上の視線に非難の色を見つけた有栖川は慌ててぺこぺこと頭を下げた。
いつもうっとうしいくらいべったりの保護者はどうした、と見回せば保護者こと火村英生は離れた所で樺田と何やら話し込んでいた。
常にべったりと付き添っているくせに珍しいこともあるものだ、と思っていると三度、有栖川が小さくくしゃみをした。
「……」
野上は盛大なため息を吐くと、己の着ているスーツの上着を脱いで有栖川に向けて放り投げた。
「わわっ」
とっさにそれを受け取った有栖川がきょとんとして野上を見る。
「それを着ていろ。風邪をひかれても困る」
一瞬、有栖川が硬直した。ように野上には見えた。
「で、でもこれじゃ野上刑事が風邪ひきませんか」
おろおろ、という表現がぴったりの表情で有栖川が問う。
「あんたみたいに軟じゃないんでね」
小さな皮肉も今の有栖川には届いていないらしく、あわあわと野上と手にした上着を見比べている。
やがて、野上がやはり返せと言おうかと唇を震わせた時、有栖川が一足早くぺこりとお辞儀をした。
「えと、ありがとうございます」
そう言いながらもおどおどと上着に袖を通し、袖が余る事に気付いた有栖川が野上を見てへらっと笑った。
そんな間の抜けた笑顔に思いがけない暖かさが湧き上がってくるのを感じながら、野上はそれを打ち消すようにふんと鼻を鳴らした。
そしてふと視線を感じて振り返ると、その先には火村がいた。
憎しみすら籠められているのではないかと思うほどの冷たい視線。
しかしそれはすぐに逸らされ、彼は何事もなかったかの様に樺田と言葉を交わしている。
馬鹿らしい、と野上は思う。
そんなに大事なら鎖でも繋いで檻にでも放り込んでおけばいいのだ。
ズボンのポケットに手帳を滑り込ませながら、野上は聞き込みから戻ってきた遠藤の元へと向かう。
その背後に有栖川がついてくる気配を感じながら、野上は微かに唇の端を持ち上げた。

 

***
どのアリス受けを書いても絶対火村は邪魔してくると思う。

 


ただ、君と居たいと
(ヤマネコ×カーシュ/クロノクロス)


※花咲く〜IF設定。


願ったのは、ただ一つ。
ただ、彼と居たいと、生きて行きたいと、願った。
なのに。
「んっ……は、あっ……」
徐々に押し開かれていく感覚にカーシュは悶える。
ぞくぞくとした快感が背筋を走って全身へと駆け巡る。
繋がった所が熱い。繋がった所だけじゃない、全身が発熱している。
「あ、あ……!」
殊更ゆっくりと押し込まれ、根元まで受け入れた時にはただそれだけで息が上がっていた。
「カーシュ」
「あっ……」
耳元で囁かれ、背筋を震わせる。
願ったのは、ただ一つだった筈なのに。
その想いが、カーシュの中のどろりとしたものを引き寄せる。
もっと、もっと深くまでこの身を貫いて、抉って、暴いて欲しい。
自分はこんなに浅ましかったのかとカーシュは震える。
強大な力を手に入れたって、世界を変えたいなんて大それた事は思わない。
ただ欲しかった。この男と紡ぐ新たな時間が。
そのためだけに、力を欲した。
「あっ?!」
「他事を考える余裕がまだあったか」
強く貫かれ、カーシュの背が撓った。厭らしい水音が室内に響く。
「ヤ、マネコ……!」
カーシュが腕を伸ばしてその亜人の体を抱きしめると、それに応える様にヤマネコもまたカーシュを強く抱きしめた。
その心地よさと齎される快楽に体を強張らせながら、カーシュは何度も男の名を呼んだ。その男を乞う様に。
そうする事しかできなかった。

 

***
いちゃらぶやまかー。

 


戸惑いと、温くなった缶コーヒー
(野上×アリス/有栖川有栖)


野上が発した思わぬ言葉にアリスは思わずまじまじと彼を見てしまった。
手の中の缶コーヒーを取り落さなかった事を褒めて貰いたいくらいだ。
しかし野上はそんなアリスを気にした様子もなく言葉を続けた。
「確かに民間人がしゃしゃり出てくるのには刑事として苦々しく思っている。だが、あんたらという人間自体は嫌いじゃない」
やはり聞き間違いではないらしい。アリスは目を真ん丸にして野上を見ている。口も半開きだ。
「ありがとう、ございます……でも、なんでまた……その……」
何でまたそんな事を突然言い出したのだろうか。相手がどう思っていようが気にしなさそうな男だが、もしかして気にしていたのだろうか。
そんな事を考えていると、ふん、と野上が鼻を鳴らした。
「会うたびにそうもびくびく身構えられてはこちらの気分も悪い」
びくびくはしていない。アリスはそう反論したかったが身構えていた事に対しては否定できないのでそうですか、と曖昧な返事を返すに留めた。
しかし野上はそんなアリスを気に留めた様子もなくコーヒーを啜り、顔を顰めた。
コーヒーに拘りのあるらしい彼からしてみれば温くなった缶コーヒーなど論外なのだろう。
彼は缶の残りを一気に呷ると空になったそれを空き缶専用のボックスに放り込んだ。
そしてさっさと踵を返して立ち去ろうとする野上の背にアリスが慌てて声をかける。
「あの、身構えてたのは確かですけど……俺も、野上さんって人間自体は、嫌いじゃないです」
精一杯の言葉に、野上はやはりふんと鼻を鳴らすだけで去っていった。
けれどその口元が微かに笑っていたことを、アリスは知らない。

 

***
じりじり近づいていく感じがいいよね、野アリは。

 

 

あの日見つけたあの表情
(火村×アリス/有栖川有栖)


火村は鏡に映った自分の顔をじっと見た。左頬には未だ薄らと赤い跡がある。
昨夜はもっと赤みは強く、手形とはっきりわかるそれだったのだろうが大分引いたらしい。
これで教え子に余計な詮索をされなくて済む、と安堵すると同時に昨夜のことを思い出す。
昨日のアリスは上機嫌だった。行き詰っていた原稿が脱稿したと喜んでいた。
二人でレストランで乾杯し、ワインのボトルを開けた。
アリスのマンションに返ってきた時には二人とも程よく酔いが回っており、アリスはいつも以上にへらへらとしていた。
そして二人で並んでソファに座り、缶ビール片手にテレビを見ていた。
何となく、良いムードだとは感じていた。
酔っぱらったアリスがくすくす笑いながら凭れ掛かって来て、火村の肩にこてんと頭を乗せた。
認めたくはないが確かに酔いもあったのだろう、火村は思わずアリスをソファの上に押し倒していた。
きょとんと丸まった眼が火村を見上げていた。呂律のまわらないアリスの火村を呼ぶ声。
服に手をかけられて漸く事態を把握したらしいアリスが抵抗するのを抑え込み、ベルトに手をかけた。
その次の瞬間、ばちんという派手な音と共に火村の左頬に衝撃が走った。
我に返った火村に、アリスは赤い顔をして怒鳴った。
俺は、君のことが好きやけど、最初っからこんなんは嫌やっ。
そう怒鳴り捨てるとアリスは火村を押しのけ、寝室に籠ってしまった。
二人が親友から恋人になってから三か月。未だ清い交際を通してきた。アリスの覚悟ができるまで待つつもりだった。
それがこのザマか。火村はソファに身を投げ出した。と次の瞬間には再び起き上がって寝室のドアの前に立っていた。
アリス。呼びかけても返事はない。構わず火村は言葉を続けた。
悪かった。でも決して酔いだけじゃない。だから今度は素面の時にお前を抱く。いいな。
それだけ言うと返事を待たずソファに戻った。頬が痛む。
熱を帯びているそこを指先で撫でながら、拳で殴ることもできただろうに、と火村は苦笑してソファに横になった。
そして目が覚めるとすっかり夜は明けていたのだが、アリスはお籠りしたままだった。
火村は頬の薄い赤みを見つめながら羞恥と怒りに震えるアリスの表情を思い出していた。
あんな表情、初めて見たな。
火村は鏡の中の自分がにやけている事に気付いて唇を引き締める。
そして本来の目的だった洗顔と歯磨きを済ませ、キッチンへと向かった。
さあ、今朝はどんな朝食でアリスのご機嫌を取ろう?

 

***
最近付き合い始めたけどキス程度しかしてない二人な感じで。

 


踏み込めない、踏み込んでいい?
(火村×アリス/有栖川有栖)


火村と私の間には踏み込むことのできない、見えない壁がある。
体を合わすようになった今でも、それは変わらない。
他の人間には許さない所まで踏み込むことを許すくせに、その最後の一線だけは越えさせない。
否、私が越えないだけなのか。
もしかしたらその壁は私が見ている幻でしかなく、本当は存在しないのかもしれない。
けれど私には確かに壁が見える。
暗闇の中でもがきながら、それでも誰にも助けを求めようとしない男の最後の壁が。
私は彼が真夜中に悪夢に魘される姿を見てきた。酷い時には悲鳴を上げて飛び起きる。
寝たふりをする私を見下ろし、火村は私を呼ぶ。
アリス。アリス。
何の感情も感じられないその呼び声に、しかし私は何も返さない。
やがて私を呼ぶことを止めた火村が横になり、再び微かな寝息を立てて漸く私は薄らと目を開けて暗闇を見る。
私は怖いのかもしれない。
あの呼び声に答えてしまったら、その壁を壊してしまいそうで。
ああ、あの壁は火村が生んだのではない。私が生んだのだ。
火村の闇を知りたくて、知りたくなくて。障壁さえあれば私がそれを越えられないのは仕方のないことなのだと。
壁を言い訳にして、火村の闇を被ることを躊躇っていたのだ。
私は暗闇の中、そっと身を起こした。火村はピクリとも動かない。
寝ているのか、起きているのか。この暗闇ではそれすら判別がつかない。
私は消え入りそうなほど小さな声で彼を呼んだ。
火村。
私は狡い。火村の中に、踏み込んでいいのか。その判断を、火村に任せた。
眠っているならそれでいい。だがもし、起きているのなら。この声が、届いたのなら。
「アリス」
火村は、起きていた。

 


***
敢えてここで切ってやったぜ!←

 


逃げる君と、追う権利を持たない僕
(火村×アリス/有栖川有栖)


アリスが火村を避け始めて一か月が過ぎようとしていた。
だがそんなアリスを追う権利を火村は持たなかった。
何故ならアリスが火村を避ける原因は火村自身にあるからだ。
あの日、火村はアリスに友情以上のものを求めた。愛を乞うたのだ。
あの時のアリスの表情は今もよく覚えている。
戸惑いに揺れる瞳、信じられないと強張った頬。
冗談にしてしまおうとする仮初の優しさすら振り払ったのは火村だった。
そしてアリスは長い沈黙の後、言った。
考える時間が欲しい、と。
それから一か月。アリスからの連絡はない。
日に何度も携帯電話の着信をチェックする。けれどアリスからの着信はない。
アリス、アリス。駄目なのか。俺はそこには行けないのか。
友情に甘んじていればよかったのか。冗談じゃない。
俺は自覚した。知ってしまった。もう戻ることは出来ないんだ。
アリス、アリス。俺は追わない。俺からは行かない。
お前が決めろ。お前自身の手でこの手を取るか、振り払うか。
だからアリス。
不意に手の中の携帯電話が鳴りだした。
『有栖川有栖』
通話ボタンを押す指が震えている事に気付いて、火村は嗤った。

 

***
こういう終わり方が好きなのか?私って……。

 


九分の恐怖と、一分の期待と
(野上×アリス/有栖川有栖)


野上が淡々とそれを告げた時、有栖川は一瞬何を言われたのかわからないという顔をした後、かちりと音がしそうなくらいの勢いで固まった。
どうしよう、と困惑しているのがよくわかる。
こういう反応が返ってくることはわかりきっていた事だ。
この不毛な想いに終わりを告げなくてはならない恐れと、それでもという一分の期待。
僅かな期待は時折恐れを貫いてこうして野上の口を割らせようとする。
その度、その衝動を抑えてきた。なのに、とうとうこの口は衝動を抑えきれず開かれてしまった。
言うべきではなかったな、と思いながら有栖川から視線を逸らす。
「聞かんかった事にしてくれていい」
そう立ち去ろうとした野上の背に待ってください、と有栖川の声がかかった。
「あの、あのですね、」
有栖川は胸の前で手を合わせ、もぞもぞとさせながら言った。
「良いんですか?」
「……あかんなら初めから誘わん」
途端、有栖川は目尻を赤く染めて視線を彷徨わせる。あの、とまた有栖川が繰り返して言った。
「ご一緒、させてもろて、ええですか」
窺う様に見上げてくる恥ずかしそうな視線。こちらまで恥じ入ってしまいそうだ。
野上は手帳を取り出すと空いたページに自分の私用の携帯電話の番号を書き込んだ。柄にもなく字が震えそうになったので少し乱暴に書きなぐる羽目になってしまった。
それを破って有栖川に差し出すと彼は恐る恐ると言う様に両手で受け取り、それをまじまじと見た。
やがてぱっと花が咲く様に笑うと、ただの紙切れを宝物のように胸元にあて、ありがとうございます、と頭を下げた。
「今夜にでも連絡してええですか」
「出られない時は後で掛け直す」
「はいっ」
はにかむ様な笑みを浮かべる有栖川を見ながら、野上は衝動に負けた自分を称えたい気分になった。

 

***
コーヒーにでも誘ったんじゃないですかね。

 


震える手が伸ばされた
(火村×アリス/有栖川有栖)


火村の推理によって犯人と断定された青年の眼に、憎しみの色が宿った。
「アンタに何がわかる!」
マズイ。そう思った瞬間、体が動いていた。咄嗟に火村を突き飛ばす。
どん、と青年に体当たりされ、その衝撃で青年ともつれ合う様にして倒れ込んだ。
「アリス!」
火村の叫びと同時に刑事たちが青年を取り押さえた。からんと落ちたカッターナイフ。
「アリス、無事か」
見事に尻餅をついたアリスの傍らに火村が膝を着く。あてて、と腰をさすりながら火村を見上げると、アリスはへらりと笑った。
「大丈夫や。寒いんで着込んでたんが幸いしたわ」
アリスの呑気な声にほっと安堵の息を吐くと、火村は立ち上がってアリスへと手を伸ばした。その手を取って立ち上がる。
大丈夫ですか、と刑事たちの問いかけに大丈夫です、と応じているとアリス、と火村が呼んだ。
「余り驚かすなよ、先生」
「悪いな、先生」
火村の視線は、もう二度とこんなことはするな、と訴えていた。
けれど、とアリスは思う。きっと同じ場面に遭遇したら自分は何度だって火村を庇うだろう。
先程アリスに伸ばされた火村の手は震えていた。アリスを失ったかもしれないという恐れによって。
しかしそれと同時にアリスの手だって震えていた。もし庇っていなかったら、という恐れによって。
お互いがお互いを想い合えば想い合うほど、不安は大きくなっていく。
それでも。
アリスはもう一度へらりと笑う。大丈夫だ、と言う様に。
何故ならば、この震えを止められるのも、お互いだけなのだと知っているのだから。

 

***
事件もの書ける人を尊敬します。マジで。

 


もう、見失ったりはしない
(火村×アリス/有栖川有栖)


その日、アリスは火村の下宿に泊まった。
二人でビールを何本も空け、酔いの回った頭で布団を敷いて寝た。のだが。
もぞもぞと誰かがアリスの寝ている布団に潜り込んで来て、アリスは目を覚ました。
誰かが、なんて言ってみたものの、誰かなんてわかりきっている。
「ひむら?」
もにゅもにゅとアリスが顔を上げると、起こしたか、と暗闇の中に火村の低音が響いた。
「そら起きるやろ。なんや先生、添い寝が必要か」
「たまにはな」
くつりと笑う気配がする。けれどそれが余り良い響きではなかったのでアリスは訝しんだ。
「どうかしたんか」
「何、夢見が少し悪かっただけだ」
それは例の夢なのだろうか、とぼんやりと思っていると布団の中で抱き寄せられる。
「おやすみ、アリス。起こして悪かったな」
ちゅ、と額に口づけられてくすぐったさに小さく笑うとアリスは再び目を閉じた。
すうっと何かに導かれるように眠りに落ちていくアリスの耳に、火村の囁きが聞こえた。
「もう、見失ったりはしない」
火村がどんな夢を見たのかは知らない。アリスにはきっとどうしようもできない。だからこそアリスは火村の首筋に顔を寄せる。
この身の温もりが、少しでも彼を温めてくれますように。もし次に彼が悪夢を見たら、救い出せるように。
君のためなら夢の中にだって支えに行ってやる。
大丈夫や、君が見失いそうになっても、俺は絶対に君の元に戻ってくるから。
だから、そんな切ない声、を……。
そこでアリスの意識は途絶えた。火村の呼吸もゆっくりとしたものになっていく。後は穏やかな寝息が暗闇に響くだけだ。
今夜はもう、悪夢を見ることはないだろう。

 

***
ベッドも良いけど布団も良いよね。



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