背徳の恋で10のお題





誰にも言えない
(ヤマネコ×カーシュ/クロノクロス)
※花咲く〜IF設定。


最近のカーシュには、誰にも言えない悩みがあった。
こてん、とベッドに横になって考える。
常に傍らにいるはずのヤマネコは蛇骨大佐と共に調査に出ていて今はいない。
最近、こうして一人でぼんやりすると困ったことになる。
「……っ……」
来た、とカーシュは唇をきゅっと噛み締める。ぞわりと緩い快感が腰から背筋へと流れていく。
それは次第につま先へと、指先へと、全身へと廻りはじめた。じり、と小水を我慢する子供のように脚と脚を擦り付ける。
「……ふ……」
ぎゅっと目を閉じてその快感を逃がそうとする。けれど、目を閉じたことによって余計に神経が過敏に反応してカーシュは熱い息を漏らした。
こんなの、知らない。
今までこんなことなかったのに。
まるで全身がヤマネコを受け入れるためだけの器になってしまったかのような錯覚に陥りそうなほどの、その甘い痺れ。
「は、あ、ぁ……」
シーツに体を擦り付けるように手足を伸縮させる。背中に熱が集まってきた。
「あ、あ……っ……!」
しゅるり、と煙が立ち上るようにしてカーシュの背に赫の枝が生えていく。
衣服を破ることなく現れたそれはするすると伸びていき、やがて天井に先が届くかという所でその成長を止めた。
「っは……ぁ……」
は、は、と荒くなった息を整えながらまたやってしまった、と目を閉じた。消えろ、と念じれば生えたばかりのその赫の枝はさらさらと光の粒になって消えていく。
射精を伴わない絶頂に、赫き枝の開放を付け加えると絶頂感が増すと気付いたのはいつだったか。
ヤマネコは、炎の力によって欲を駆り立てられているのだと言っていた。だから発情しやすいのだと。
ヤマネコと繋がりたい、交わりたいという欲求が自分の最たるものだと知った時は羞恥心で蒸発してしまうかと思った。
それほどに、自分はあの男を求めているというのか。
こんなこと、誰にも言えない。じくじくと体が本物の質量を求めて疼いている。
早く、とカーシュはシーツを握りしめる。
早く、帰ってこい。
この飢えを満たせるのは、ただ一人なのだ。

 

***
カーシュの自慰を書いてみようと思ったらこんなことになった。あれ?

 


恋人同士の逢瀬は、ほんの僅かな時間だけ
(火村×アリス/有栖川有栖)


火村とアリスは親友であり、探偵とその助手であり、恋人同士でもあった。
アリスはドアを開けた瞬間、火村が恋人のスイッチを入れてきたことを直感で感じた。
「よう、現行の進み具合はどうだ、先生」
「おう、約束通り終わらせてやったわ。片桐さんも泣いて喜んどったで」
そりゃ俺に感謝してもらわなきゃな、なんて嘯きながら火村は勝手知ったる態度でリビングへと向かう。
アリスがコーヒーを淹れてローテーブルの上に置く頃には火村はすでにソファでキャメルをふかしていた。ふわりと紫煙が立ち上る。
火村の隣に座り、テレビをつける。大したもんやってへんな、とチャンネルを変えているとアリス、と低い声が呼んだ。
「アリス、おいで」
キャメルを灰皿に押し付け、もう片方の手をこちらに差し伸べてくる火村に俺は猫かい、と文句を言いながらもその腕の中に身を投じる。
「一か月ぶりだな」
するりと頬を撫でられる感触に目を閉じながら、そやな、とだけ応える。
頬を撫でていた指先が唇をなぞり、やがて首筋へと落ちていく。
するんやろか、とアリスはぼんやり思う。するんはええんやけど、ここやと体痛くなりそうやなあ。
「アリス」
呼ばれて顔を上げればすぐそこに火村の顔があった。それが近づいてくる。アリスは自然と目を閉じた。
触れるだけの口づけを何度か交わし、薄らと開かれたアリスの唇の中へと火村の舌先が潜り込もうとしたその時。
無情にも火村の携帯電話が着信を知らせた。
ちっ、と舌打ちをして火村がアリスを抱き寄せたまま携帯電話を手繰り寄せる。
「はい」
火村の反応からどうやら相手は船曳警部らしいとアリスは見当をつける。フィールドワークの依頼やろか。
アリスの予感は的中する。電話を切った火村が発した第一声は、依頼だ、の一言だった。
「アリス、来るか」
「ああ、行く」
彼の目が恋人同士のそれから探偵のそれへと変わっているのに気付いたアリスはそっと身を起こす。火村も引き留めようとはしなかった。
「お楽しみにはお預けだな」
火村はちゅっとリップ音を立てて一度だけアリスに口づけると、ソファに放ってあった白のジャケットを手に立ち上がった。
「さあ、事件が待ってるぜ」

 

***
フィールドワークに邪魔をされる二人。

 


モラルに逆らうというリスク
(ヤマネコ×カーシュ/クロノクロス)


※花咲く〜IF設定。


理性なんて、途中からどこかに吹っ飛んだ。
あ、あ、と言葉を成さない音だけがカーシュの唇から洩れる。
時折、ヤマネコ、と彼の名を呼ぶだけで、あとはもう彼に翻弄されるがままだ。
一体いつから、とカーシュは思う。一体いつから、自分はこんなイヤラシイ体になってしまったのか。
炎の影響だと、暫くすれば治まるとヤマネコは言ったが、ここ一か月ずっとこんな調子だ。
他の誰かといるときは良い。注意がそちらに向いているからかなんともない。
けれどヤマネコと二人きりになったり、一人でいたりするともう駄目だ。
腰のあたりからそろりそろりと痺れにも似た快楽が滲み始める。思い出せ、と言う様に。
カーシュはそれに逆らえない。それもそのはずだ、炎はカーシュの欲を増幅させているだけなのだから。
それはカーシュ自身が世界を変えるより、歴史を辿るより、そんな事よりもヤマネコに抱かれたいと思っている、ということで。
余り認めたくはないが、事実だとカーシュは知っている。
ヤマネコと主従関係を結んでいた頃は一方的な関係だった。
ヤマネコが抱きたい時に抱きたいように抱く。そこにカーシュの意思は必要なかった。その行為は、心身ともにカーシュを傷つけた。
けれど今は違う。
ヤマネコとカーシュの間に主従という関係はなくなり、お互いがお互いの番う相手となった。
それからのヤマネコはカーシュを抱くときはカーシュの快楽を優先しているようだった。
今までの償いというわけではないだろう。そんな性質ではないと知っている。
けれど、だからこそわかるのだ。自分は今、彼に愛されていると。
淡い恋心しか抱いたことのなかったカーシュにとって、ヤマネコのそれは頭の芯を蕩けさすような甘さを含んでいた。
それがこの身を浸食し、この状態を作り出したのではないかとカーシュは思う。
自由へと解き放たれたお互いの感情はカーシュの中で渦を巻き、それこそが快感の正体なのだと。
全てに逆らい、リスクも振り切ってカーシュはヤマネコを求めた。そしてヤマネコもまたそれに応えた。
その結果がこの愛と快楽の奔流ならば。
この体が彼を望むように作り変えられていくのも、悪くはない、のかもしれない。

 


***
そろそろちゃんとしたヤマカーを書こうよ。

 


ばれてはいけない
(火村→アリス←野上/有栖川有栖)


ちらり、と野上が彼を見ると、彼は火村に向かって何か話しかけていた。
火村が何か返すと、言葉に詰まったようにして肩を落とす。また何か頓珍漢な事を言って火村に切り捨てられたらしい。
何の役にも立っていないような探偵助手の彼だったが、火村の推理の横道を断ってくれる大事なファクターらしい。
そしてものの一分と経たぬ内に彼はまた思いついたと言う様に何やら火村に語っていた。
そんな彼を見つめる火村の横顔は穏やかで、野上はどこか苦い気分になる。
火村が彼をどう思っているかなんて、これだけ態度の違いを見せられては分からぬほど朴念仁ではない。
彼の迷推理を煙に巻くように手を振ると、火村はさっさと隣の部屋へと向かう。彼が後を追ってくると信じ切った背中で。
その期待に副うかのように慌てて彼が火村の後を追う。ちらり、とこちらを見た。
野上が見ているとは思わなかったのだろう、びくっとしたように目を丸くした後、恥じらう様に笑って小さく会釈をしてから隣の部屋に消えていった。
「……」
仄かな笑顔の残像を見送って、野上は部下の報告に意識を戻した。
報告に相槌を打ちながら、彼を思い出す。
初めの頃はおどおどとしていて、野上が視線を向けると彼は緊張からかぴんと背筋を伸ばしたものだった。
それが今や笑いかけてくれるまでになった。
まるでたまに見る野良猫が近づいてきてくれたような、そんな気分になる。
そう、これは単なる好奇心だ。
あの火村の壁を唯一物ともしない人物。それに対する好奇心。
決して、好意なんかではない。
だから決して、決して。
ばれてはいけない。

 

***
違うと思い込もうとする野上さん。

 


自分のものだと言えたら
(火村→アリス←野上/有栖川有栖)


まただ、と火村は思う。
さっきから野上刑事が時折こちらを見ている。
正確には、火村の傍らのアリスを見ている。
アリスが突拍子もないトリックを披露するのを切り捨てながら火村は視界の端に野上を捕らえる。
野上はいつも通りの仏頂面で、他の刑事と何やら話しながらふと思い出したようにアリスを見る。
その顔には何の感情も乗っておらず、それが余計に火村の焦燥を駆り立てる。
野上がアリスをどう思い始めているかなんて、火村には手に取るようにわかる。それはかつて自分が辿った道と同じなのだから。
これは単なる、以下略。だから決して、決して。そんなわけはないのだ。
野上が考えているのはそんな所だろう。同じ問答を火村も十数年前に何度もした。
けれどアリスへのそれは、いつか必ず形となる。否が応でも、認めざるを得なくなる。
ああ、アリスが自分のものだと言えたなら。
たった一言、その一言を言えるだけの地位が自分にあったなら。
けれど火村は結局アリスの親友であることを選んだ。拒絶は耐えられそうになかったからだ。
その恐怖に打ち勝てない自分が何を言えるというんだ。
内心の苛立ちを誤魔化すように手を振ってアリスの迷回答を打ち消す。
野上の目の届かない所に行きたくて、火村は隣の部屋へと移動する。慌ててその後を追ってくるアリスの気配に少しだけ気分が良くなる。くだらない優越感だ。
アリス、アリス、アリス。
万が一、野上が行動を起こすような真似をしたのなら。
その時は、アリス。
覚悟しておけよ。

 

***
「ばれてはいけない」火村視点。

 


公衆の、無責任な言葉の針
(火村×アリス/有栖川有栖)


「犯人追い立てて喜んでるアンタの方が余程変質的だよ」
そう言い捨てて彼は刑事たちに挟まれて部屋を出て行った。
火村は気にした様子もなく船曳警部に声をかけ、用は済んだとばかりにアリスへと振り返った。
「帰るぞ」
「ああ……うん」
揃って現場となった家を出る。ちょうど犯人を乗せた車両が走り出したところだった。
遠ざかっていくパトカーを見送って、年代物のベンツに乗り込む。黙り込んでいるとキィを差し込んだ火村がなんてツラしてんだ、と失笑した。
「お前が傷ついてどうする」
「別に、傷ついてへん」
「ああいうのはよくあることだ。お前が気にすることじゃない」
「別に気にしてへんし」
ぷいっとそっぽを向いてしまったアリスに火村はそういう事にしておいてやるよ、と笑って車を走らせた。
暫くの間車内には沈黙が落ちたが、車が赤信号で止まった時、アリスが火村を見た。
最初は前を見ていた火村も、じっと見つめるアリスになんだ、見とれてるのか?と茶化すように声をかける。
「火村がどんな火村でも、火村が火村である限り俺は火村のそばにおる。それだけは忘れんでくれ」
そう早口に言うと、アリスはぷいっとまた窓の外へと顔を向けてしまった。
火村は無言のまま青信号に従ってアクセルを踏むと、暫くして言った。
「お前がヒムラヒムラ言うからヒムラがゲシュタルト崩壊しそうだぜ」
口元は、笑っていた。

 

***
崩壊したのは彼の心の壁。

 


理解者
(野上×アリス/有栖川有栖)


「昨日はゆっくり休めましたか」
樺田の唐突な問いに何と答えていいかと野上が思いあぐねていると、彼はくすりと何がおかしいのか笑った。
「いえね、昨日の昼過ぎ、例の被害者の兄の家に行っていたんですけどね、その帰りにお見かけしまして」
「……はあ」
野上が曖昧な反応だけを返すと、樺田は少し笑いの残った表情で続けた。
「お連れさんがいたようでしたけれど」
「……」
「見間違いでなければ、あれは有栖川さんだったような気がするんですが」
野上はいつもの仏頂面で樺田を見る。相変わらず微かに残った笑みが好奇心です、と語っていた。
「それで、何をお聞きになりたいんで」
「いやあ、珍しい組み合わせだなあ、と思って」
いつからなんです?と顔を覗き込まれてふいっと顔を逸らす。見られていたとは。
「……昨日が初めてですよ。うまいコーヒーが飲みたいというから店に連れて行っただけです」
野上の言葉に納得したのかしていないのか、樺田はそうですか、と一瞬笑みを深めただけだった。
「……火村先生には見つからない方が良いですよ」
「……何の事だかわかりかねますな」
沈黙の後、すっとぼけてそう答えれば、わかっているでしょうに、と失笑された。
「私はね、火村先生には有栖川先生が必要だと思ってます。でもね、昨日お二人の姿を見た時、ああ、いいなあって思ったんです」
「……」
訝しむ様に樺田を見ると、彼はにこっと笑って応援しますよ、と言った。
「……」
樺田の邪気のない笑顔を見ていたら、なんだか否定するのも面倒になってきて野上はそうですか、とだけ返した。

 

***
樺田警部の口調がよくわかりません。

 


いつか飽きられるかもしれないけれど
(ヤマネコ×カーシュ/クロノクロス)


※花咲く〜IF設定。


カーシュの中には常に不安があった。
ヤマネコがいつかは去ってしまうという不安があった。
そもそも、なぜ今、こうしてヤマネコが傍らにいてくれるのか、それが分からない。
カーシュは自分のどこが彼に気に入られているのかすら知らなかった。
ただ何となく、愛されているなあ、とは思う。
昔はカーシュに歩調を合わせるなどということは無かった。閨の中でもカーシュのペースに合わせるなんてこともなかった。
そんな風に傍若無人に振舞っていた彼が、今では真綿で包み込むようにカーシュを扱う。
あの穏やかな医者には蜜月かな、なんてからかわれたりして。
蜜月。確かにそうなのかもしれない。
漸く手に入れたものを愛でる、そんな蜜月。
けれどそれはいつかきっと終わりが来る。飽きという終わりが。
カーシュは自分がこれと言って秀でた人間であるとも、人の出来た人間であるとも思ったことはない。
そんな自分にいつまでもあのヤマネコが執着するはずがないのだ。
けれど、それでもいいじゃないか、とカーシュは思う。
この手で掴むには、彼という存在は大きすぎる。
元々叶わぬ筈の想いだったのだ。なのに彼を失いたくないという一心だけで炎を手にしたカーシュをヤマネコは受け入れた。
それだけで、良いじゃないか。
この僥倖とも言える日々をいつまでも覚えておこう。
いつか独りになった時、生きていける様に。
そう、いつか飽きられるかもしれないけれど、受け入れよう。
いつか、いつか、遠い遥か彼方で眠りに就く時に、淋しくないように。
この日々を、覚えておこう。

 

***
カーシュは根はネガティブじゃないかなあと思ってる。

 


逃がすものか
(ヤマネコ×カーシュ/クロノクロス)


※花咲く〜IF設定。


カーシュの中には常に不安があった。
ヤマネコがいつかは彼の元を去ってしまうという不安があった。
ヤマネコはそれを知っていた。知っていたが、素知らぬふりをしている。
そもそもカーシュという人間は自分というものを分かっていない。
過大評価することも過小評価することもないが、根本的な事を間違えている。
確かにカーシュは他より抜きん出て何かが秀でているというわけでも、人格者というわけでもない。
だからと見捨てると思ったら大間違いだった。ヤマネコが求めているのはそんな出来上がった人間ではない。
あの炎の孤児院ではにかんだように笑って消えた姿。一目で彼を欲した。
そして蛇骨館で彼を見つけた時に感じたあの感情の奔流。
豪胆さの陰に潜む孤独の色。白と闇、太陽と月。その両方を兼ね備えた存在。
その美しき獣をただ力でねじ伏せた。それしか知らなかった。それでも彼はしなやかに美しいままだった。
その魂の輝き。それこそが何よりもヤマネコを引き付けるのというのに。
そしてカーシュはどうやらヤマネコという男を過大評価しているようだった。
確かにかつては運命の神と呼ばれ、全てを操ってきた。
けれど今は違う。あの時、カーシュの手によって生まれ直した時にヤマネコはヤマネコでしかなくなった。
そしてカーシュがヤマネコを喪いたくないのだと彼に告げた時、彼はただの男となったのである。
カーシュと共にあるべき、ただの男へと。
けれどカーシュにはそれが分からない。ヤマネコが虐げる者から庇護する者へと変貌を遂げてもなお、過去のヤマネコを引きずっている。
そうしたのはヤマネコ自身であると理解しているので彼も何も言わない。
ただ真綿で包むようにして伝えるだけだ。愛していると。
終わりなど来るはずもない。カーシュがカーシュである限り、終わりなどあり得ない。
カーシュはいつも心のどこかで諦めている。達観している。それを拭い去ってやりたい。
けれどそれすらもカーシュを形作る重要なファクターであるのなら、実地で教えるまで。
お前と共に永遠というものを歩んでみようか。
そして知るが良い。独りの未来などあり得ないということを。
いつか遠い遥か彼方でお前が眠りに就く時にも、私はお前の傍らに在るだろう。
逃がすものか。この星が朽ちたとて。
逃がしはしない。

 

***
「いつか飽きられるかもしれないけれど」ヤマネコ視点。

 


好きです、何があっても。
(火村×アリス/有栖川有栖)


火村が刺された、と柳井から連絡が来て、原稿を放り出して京都に青い鳥を走らせていると、その火村から電話が入った。
慌てて路肩に寄せて携帯電話を取り上げると、第一声で来なくていい、という事だった。
「なんやねんそれ!」
思わず車内で怒鳴ると、火村は落ち着け、とアリスを諭す。
「怪我は大した事無い。原稿中の先生にお越しいただくほどでもないさ」
「阿呆、もう京都市内や。あと五分で着く。引き返す気はないからな」
すると電話向こうで盛大にため息をつかれた。何でこっちが呆れられなあかんねん。そう言いたい気持ちをぐっと堪えてアリスはとっとと電話を切った。
それからきっちり五分後、アリスの青い鳥は京都府警に到着した。
着いたで、と電話するとホールで待ってろ、と指示を出された。
苛々しながら火村を待っていると、彼はいつもの白いジャケットを羽織ってやってきた。
「なんや、ピンピンしとるやないか」
「だから有栖川先生にご足労頂くほどでもないって言っただろ?左の二の腕をナイフが掠った程度だ」
そのまま署を出ていこうとする火村に、もういいのかと問えばもういい、と応えが返ってくる。
「ちょうど聴取が終わった所だ。今日はもう良いとさ」
そうして二台の車が揃って京都府警を後にした。
「そうやった。君に言わなあかんことがあったんや」
火村の下宿に着き、腕を負傷した火村の代わりにコーヒーを淹れながらアリスが言う。
「何だ、脱稿したのか」
「アホ、途中で投げ出してきたわ。それはええねん。まだ余裕があるしな」
そうやなくて、とコーヒーの満たされたカップを火村に渡す。猫舌の彼はすぐには飲まず、一先ずローテーブルの上にカップを置いた。
「俺な、火村が好きやねん」
「熱烈だな、アリス」
「茶化すな。聞け。俺は火村が好きや。何があってもきっと好きでおる。傍におったる。せやから俺より先に死ぬな」
火村は少しの沈黙の後、それはプロポーズか?と真顔でアリスに聞いた。
アリスも少しの間沈黙した後、一瞬にして赤面するともごもごと何か言いながら俯いてしまった。
「別に、そんなつもりや……ない、わけでも、ないけど……」
言っておかなければならない気がしたのだ、とアリスは弁明するように言葉を紡ぐ。
「アリス」
呼ばれてそろりと視線を上げれば、火村が来いと言う様に腕を広げていた。
アリスはカップをローテーブルに置くと、そっとその腕の中に身を投じる。瞬間、息が詰まるほどの強さで抱きしめられた。
「約束する。だからお前も約束しろ」
「何をや」
「俺が死んだ後も、お前は生きろ。最期まで、足掻いてくれ」
「せやったら君が俺が死ぬ前日まで生きてくれ」
耳元で小さく笑う声がした。吐息が耳をくすぐる。
「ああ、そうする」
火村の手がするりとアリスの背筋を辿る。その心地よさに目を閉じ、アリスは火村の少しだけ早い鼓動に耳を澄ませた。

 

***
二人でカナダでも行けばいいよ。



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