即物的恋愛十題





彼についての私的見解
(ランスロー→カーシュ/クロノクロス)


※花咲く〜IF設定。


カーシュという人は、底抜けに明るい猪突猛進型の人物に見られることが多い。
剛毅な性格は人を寄せ付け、彼の周りはいつも騒がしい。
人ならざる力を持っていても誰も彼を恐れたりはしない。それは彼が周りの信を得ているからだ。
この人ならば、この地を守ってくれる。そう思わせる何かを持っている。
彼は強い。誰よりも。
けれど彼にも繊細な部分があることもランスローは知っている。
感受性が豊かだからか人一倍傷つきやすい。
それは彼の強固な殻の内側の、脆弱な部分だった。
それを、もっと見たいとランスローは思う。
意固地なまでの明るさを叩き割り、彼の本当の部分を救い上げたい。
この両手でそっと包み込み、大丈夫だと伝えたい。
大丈夫、貴方はまだ進める。まだ歩いて行ける。
時折孤独という小石に躓く彼の手を引いてやりたい。
けれどその役割はランスローのものではない。
悔しいけれど、その役を任されているのはあの司書なのだ。
司書と共にいる時の彼はひどく無防備だ。それだけ司書を信頼しているのだろう。
認めるのは癪だが、司書にしか引き出せない彼の表情があるのも確かだ。
その表情を自分に向けてほしいのに。ランスローはいつもそう願っている。
そしてそれと同時に、叶う筈もないのだと、誰より理解していた。

 

***
ランスローが騎士になって大分経ってから。

 


アンビバレンツ
(ルーカン/クロノクロス)

 

※花咲く〜IF設定。


ルーカンは、父であるパーシヴァルを好きかと問われれば好きだと答える。
しかし、それと同時に嫌いかと聞かれれば嫌いだとも答える。
父は長い間騎士団の四天王の地位に居た。タガーを操る姿は幼心にも美しいとわかった。
そんな父の血を引いているのが誇らしかった。
けれど同時に、カーシュの騎士にならなかった父を嫌ってもいた。
何故父はカーシュの騎士にならなかったのだろう。
あんなに素晴らしい方にお仕えできるなんて、素晴らしい事じゃないか。
父は一度だけルーカンに語ったことがあった。
父はランスローへの嫉妬と劣等感からランスローの後に騎士になるのが許せなかったのだと。
下らないと思った。そんな下らない矜持の為に専属騎士の地位を諦めたのかと。
情けない。そう思った。
だがパーシヴァルがカーシュの専属騎士になっていたら恐らくルーカンは生まれてこなかった。
それを思えば、父が諦めてくれて良かったような気もする。
カーシュの騎士になる、と父に伝えた時、父は一対のタガーをルーカンに渡した。
それはかつて父が使っていたタガーだった。
今も美しく磨かれたそのナイフを餞別とし、ルーカンはカーシュの騎士になる日を迎えた。
カーシュはルーカンの腰に提げられた白の鞘とそこに収まる一対のタガーを目にすると、美しく微笑った。
膝を着いたルーカンの額にかざしたカーシュの掌が淡い青の光を放つ。
情けない父。そんな父とは違うのだと思い続けた日々。けれど。
それでもルーカンは、父の事が本当に好きだったのだ。

 

***
ルーカンとパーシヴァルは仲が悪いというわけではないけれど仲が良いのかと言われれば微妙な感じ、くらいの気持ちで書いてました。

 


きっとキスする3秒前
(火村×アリス/有栖川有栖)

 

他愛もない事を話していた。それはいつもの光景。
何気なく会話が途切れて、コーヒーを啜る。
ふと、火村と眼があった。
火村はコーヒーの満たされたカップをテーブルに置いてこちらに身を乗り出してきた。
近づく顔に、ああ、きっとキスされるな、と思う。
あと少しで唇が触れ合う、というところで火村の携帯電話が鳴った。
ちっと舌打ちをして離れる火村に、少しだけ惜しいと思ってしまった自分がいる。
キスしてほしかった、そう思って火村の横顔を見ていると、その視線に気づいた火村が少しだけ笑ってアリスの唇を指先で撫でた。
もう少し待ってな。そんな声が聞こえそうな火村の表情に、アリスは途端、気恥ずかしくなって誤魔化すようにコーヒーを啜った。
慣れ親しんだはずのコーヒーの味は、いつもよりどこか苦く感じた。

 

***
デキて間もないころ。

 


苦しい位が丁度いい
(パーシヴァル→カーシュ/クロノクロス)


※花咲く〜IF設定。


ランスローがカーシュの専属騎士になった。
暫くの間は四天王と兼任する形になるが、後継が見つかればすぐにでもランスローは四天王を辞するだろう。
名実ともにカーシュ様の騎士になったのだと語るランスローの誇らしげな顔を、パーシヴァルは苦い思いで見つめていた。
自分もカーシュの騎士になりたいという思いは今でも強くパーシヴァルの中に残っている。
だが、自分の性格上、言い出すことはないだろうという思いもある。
一生この思いを抱えたまま生きていくのだろうと思うと、いっそ、という気持ちにもなる。
それでもパーシヴァルはカーシュの騎士にはならない。ランスローがいる限り、そしてパーシヴァルがパーシヴァルである限り、その機会は訪れない。
ランスローはこれからもっと強くなるだろう。カーシュを守れるほどの騎士へと成長するだろう。
それが妬ましくてならない。羨ましくてならない。
けれどそれと同時にこの先ランスローはもう、年を重ねることはなくなったのかと思う。
それは祝福のようでもあり、呪いのようでもあった。
パーシヴァルはそれが恐ろしくもあった。
その恐れを抱く自分には、やはりカーシュの騎士になる資格は持たないのだろう。
自分は一生、この葛藤の中で生きていくのだろう。
そして死を迎えるその瞬間、自分は何を思うだろう。
人であることに幸せを見出しているだろうか。
それでもカーシュの騎士になりたかったのだと。
そう思いながら死んでいくのだろうか。
けれどその苦しみすらカーシュが与えてくれたものならば。
自分は、その苦しみを受け入れよう。
せめてそれくらいは、許されたかった。

 

***
パーシヴァルは物事を難しく考えすぎだと思う。

 


近いのに遠いような
(ダリオ×カーシュ/クロノクロス)


※花咲く〜零設定。


ダリオはカーシュの事が好きだった。愛してさえいた。
カーシュに対しては常にそう伝えてきたし、伝わっていると思う。
けれどカーシュはどう思っているのか、それが今一つわからなかった。
カーシュは頑としてダリオへの想いを告げなかったし、そういう言葉を口にすることを恥じている素振りさえ見せた。
まるで近くに居るのに遠いような、そんな関係。
それでも求めれば体を開いてくれるカーシュの愛情を疑うようなことはしたくなかった。
自分だったら好きでもない男に抱かれるなんていくらなんでも無理だと思うから。
それに口付けた時に恥ずかしそうに伏せられた赤の瞳。そこには羞恥はあっても拒絶の色はなかった。
ちゃんと、自分はカーシュに想われている。その筈だと思うようにしている。
それを思えばリデルの好意は明け透けだった。
せめてリデルの半分くらいカーシュも素直になってくれないだろうか。そう何度も思った。
それでも、そんな所も好きなのだと思えるくらいにはダリオはカーシュにべた惚れだった。
あの日、あの時、カーシュがリデルと自分の婚約を受け入れる瞬間まで。
ダリオは自分がカーシュを憎らしく思う日が来るなどと、思いもよらなかったのだ。

 

***
たまにはダリ兄さんを。

 


君だから、キスしたい
(ダリオ×カーシュ/クロノクロス)


※花咲く〜零設定。


ダリオはキス魔だ。カーシュは常々そう思う。
隙あらば口づけてくるので、カーシュは気が抜けない。
勿論人目を憚っての事だったがそれでも回数が多い気がする。
「ダリオ、お前キスしすぎ」
ある日そう苦言を呈すと、ダリオは仕方ないじゃないか、と大真面目に言った。
「カーシュがカーシュだから、キスしたいんだ」
意味がわからない。
カーシュはそれ以来それに対して何かを言うのは諦めた。
そして今日も物陰に引きずり込まれ、口づけられているとふと視線を感じてダリオの胸を突っぱねた。
「カーシュ?」
「いや……視線を感じた気がして……」
あたりをきょろりと見回すと、少し離れた場所に黒猫がいるのが見えた。
じっとこちらを見ている姿に、先程の視線はこれだったのだろうかと思う。
「ただの猫だ。気にしなくていい」
やがて猫はふいとそっぽを向いてどこかへと消えていった。
カーシュは再びダリオの口付けを受けながら、見ない猫だな、とどこか遠くで思った。

 

***
ヤマネコ様の使い魔ですきっと。

 


何もかも奪い去って
(ヤマネコ×カーシュ/クロノクロス)


四天王の部屋にはそれぞれシャワールームが備え付けられている。
カーシュは大抵こちらで済ませてしまうのだが、時折はゆっくり湯に浸かりたいと一般の浴場を訪れることがある。
と言っても部下たちに気を遣わせてしまうのも悪いので、人の少ない早めか遅めの時間にやってくる。
エルニド諸島は温泉元が豊富に存在し、この蛇骨館にも温泉は引かれている。源泉掛け流しの温泉は騎士たちの癒しの場でもあった。
その日は時間も遅い事もあって貸切状態だった。カーシュは体を洗い終わると湯船に浸かり、両手両足を伸ばして寛いだ。
先程図書館を覗いてみたら蛇骨大佐の姿があった。ヤマネコと何か話しこんでいるようだったのでそっとその場を後にしたのだが。
今日は、ヤマネコは来るだろうか。
ヤマネコがこの蛇骨館にやってきて早一週間。ほぼ毎晩と言っていいほどヤマネコはカーシュを求めた。
ヤマネコとの情事は好きだ。何もかもを奪い去られるような感覚も、心地よい。
ただ物事には限度という者がある。
今日はヤマネコと寝ない。そう誓って逃げるように風呂にやってきた。
恐らくヤマネコは蛇骨大佐との会話が終わればカーシュの部屋にやってくるだろう。その時留守ならばきっとヤマネコは諦めるに違いない。
完璧だ、と湯船の中で頷いているとカーシュの影が伸び、クローセルが湯の中からにょきりと顔を出した。
「どうした、クローセル」
カゲネコって湯の中でも大丈夫なのか。まあ影だし。と思いながら声をかけるとクローセルの尾がぺたりとカーシュの額に張り付いた。
後で私の部屋に来い。
そう脳内でヤマネコの声が響いて、カーシュは自分の策が破られたことを知った。

 


***
愛しきおまぬけさん。

 


今すぐ、ここで
(弓生×聖/封殺鬼)


「キスしてや、ユミちゃん」
「何だ突然」
新聞から視線を上げずにそう返す弓生に、聖はぽてんと寄りかかる。
「テレビでやっとったんや。一日に一回から二回キスするとストレスが減って健康にええんやて」
「ほう、お前にストレスなんてあったのか」
ちらりと視線を上げればちゃうちゃう、と聖は首を横に振った。
「俺やなくて、ユミちゃんのストレス軽減や。達彦に無茶振りされてストレス溜まっとるんやないかと思て」
余計な世話だ、と言おうとして唇を塞がれる。問答無用で聖が口づけてきたのだ。
「ん……どうや、ユミちゃん。ストレスのうなった?」
にぱっと笑顔で言う聖に、弓生は微かに苦笑してそうだな、と頷いた。

 

***
ハグも効果的だとか。

 


ココロもカラダも全部欲しい
(高遠×鬼同丸/封殺鬼)


「お前を抱きたい」
ある夜、高遠はそう鬼同丸に言った。鬼同丸はきょとんとした後、ええよ、と笑った。
「高遠は俺の事好きなんか?」
「ああ……」
頷く高遠に、鬼同丸はならええよ、ともう一度頷いた。
「俺も高遠が好きや。せやから体だけなんて嫌や。心も欲しいんや」
ぺたりと寄りかかってくる肩を抱き寄せ、高遠はもう一度聞く。
「良いのか」
そして鬼同丸はさも当然の事の様に頷く。
「ええよ。高遠が全部俺にくれるんなら、俺も全部高遠にやる」
一生、傍におって、と囁く鬼同丸の体を抱きしめ、高遠は頷いた。
「ああ、一生、傍に居る」

 

***
鬼同丸は雷電呼びと高遠呼びどちらを主に使ってたんだろう。

 


余裕なんて、ない
(野上×アリス/有栖川有栖)

 

野上が有栖川を連れてきたのは一件の居酒屋だった。
カウンターが数席と座敷が三面あるだけの居酒屋。けれど雰囲気は良かった。
「何食べる」
お品書きを差し出されて有栖川がそれを開く。
「野上さんは見ないんですか」
「ここにはよく来るからな。品書きは大体覚えてる」
「へえ……」
有栖川が感心していると野上は軽く手を挙げて店員を呼ぶ。
野上がいくつかの注文をし、有栖川もまたいくつかの品を注文した。
すぐにやってきたビールのグラスを合わせ、突き出しに箸をつける。
スライスした玉ねぎをいくつかの調味料で炒めただけのものだったが、食べてみると玉ねぎの甘さと焦がし醤油の風味が生きていてビールが進んだ。
相変わらず有栖川が喋って野上が聞いているという構図だったが、不意に野上が遮った。
「火村先生の話はいいから、あんたの事を教えてくれ」
一瞬きょとんとした有栖川だったが、言葉の意味を理解すると恥ずかしそうに笑った。
「ええと、じゃあ、火村と出会う前の、俺がミステリ研究会に居たころの話なんですけど……」
有栖川は喋りながらどこか心拍数が上がっていくのを感じた。何だろう、野上が自分の事を知りたいと思っていてくれていることが嬉しいのだろうか。
そうこうしているうちに数々の料理が運ばれてきて、その中にあっただし巻き卵の味に有栖川は感激していた。
「なんやろう、俺のめっちゃ好みの味です」
「そうか」
それはよかったな、と微かに笑う野上に、有栖川は一層の胸の高鳴りを感じていた。
何だろう、この余裕のなくなっていく感じ。嫌いじゃないけれど、少し怖い。
でも、この時間が少しでも長く続けばいいと。
有栖川はそう思いながらから揚げに箸を伸ばした。

 

***
火村にばれるカウントダウンが始まっているようにしか見えないのは私だけか。



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