瑠璃色の涙





分かれた時は、いま一度
ひとつになる。

別れの時がきた……。

「私は…今回の事で色々学んだよ。また会おう、セルジュ!」


――待って…待ってよ、僕は……


おまえはこの旅の記憶を失い、
自分の時間に帰るんだ。


――僕は…!!!


「――なんか、色々あったけどよ、お前と一緒に居ておもしろかったぜ。もう二度と会えねえかもしれないけどよ……へッ、元気でな小僧…いや、セルジュ…」


今度こそ、自分の生を生きろ。


「待ってよ!!」


「このままじゃいけないの?!今まで通りじゃ…!!」

セルジュは息を飲んだ。イシトの、カーシュの姿が見る間に薄れていっているのだ。

「イシト!カーシュ!!!」

名を呼ばれた二人はセルジュに優しく笑いかけると、それを最後に消えてしまった。

そして緩やかに、そして確実に自分の中の記憶までもが消えていくのが分かる。

「待って!待ってよ…っ…ぁ……!!」


数秒前までは覚えていた二人の名さえ、今はもう覚えてはいない。


「…ッド…キッド!!」

セルジュは辛うじて覚えているその名を叫び、そっと佇むサラに訴えかける。

「お願いだから記憶だけは……!」

サラの姿が薄れていく。

(違う!!)

薄れているのはサラではない。


自分自身だ。

 

「キッドォ!!」






 

オパーサの浜で倒れてから早くも一ヶ月が過ぎていた。
「で?今日はどうするの?」
道が整備されつつある溺れ谷を歩きながらセルジュは隣を歩くレナに話し掛ける。
レナは赤みがかった長い髪を揺らしながら「そうねえ」と首を傾げる。
「まず頼まれていた物をさっさと買って、それからリサの所へ行って……」

レナの言葉に相槌を打ちながらセルジュは内心そわそわしていた。

テルミナに、何かがある。
自分の忘れている何かが。

そんな、妙な確信を持っていた。
オパーサの浜で倒れてからずっと、何かを忘れているような気分で、何やら落ち着かない日々を過ごしていたのだ。
だが、先日レナが買い物に行くから、とテルミナまで一緒に行こうと言ってきた時、何かが、繋がった。
まるでパズルのピースがはまったかのような、奇妙な感覚。
(テルミナに行けば、きっと何かが分かる)
セルジュはそう確信し、レナの申し出を受け入れたのだった。





「今日はそれほど混んでなかったね」
買い物を済ませ、「よかったよかった」と満足げに肯くレナをセルジュはジト目で見る。
「で、僕は荷物持ちなわけね」
「そうよ、こういうのは男の子が持つってのが常識よ」
悪びれもせずそう言うレナから視線を外し、一人買い物袋を抱えたセルジュは「いつからそんな常識ができたんだ」と溜息を吐いた。
「私はリサの所へ行くけど、セルジュはどうする?一緒に来る?」
エレメントショップの近くまで来ると、レナはそう言ってセルジュを見てくる。
「ううん、その辺をぶらついてるよ」
女の子同士の会話に自分がついていけれるわけが無いのを知っているセルジュはあっさりと首を横に振った。
「じゃあ一時間ぐらいしたら戻ってきてね」
レナはセルジュから荷物を奪うと、手を振ってエレメントショップの中へと消えていった。
「さてと…どうしようかな?」
セルジュは特に何も考えす、気の向くままに足を進めていった。



ぶらぶらとしていると、セルジュはふと花屋に目が行った。
「おや、お客さん、良ければ見ていって頂戴な」
店員に進められ、セルジュは飾られた花を眺めていく。
「あ……」
セルジュはある花の前で足を止めると、花に水をやっていた店員を振り返る。
「あの、この花、貰いたいんですけど…」
「はい、畏まりました」
店員はその花を数本取り出す。

青リンドウの花。

何故この花が懐かしいと思ったのだろう。
花なんて今まで買った事など滅多に無かったし、第一、花の種類なんてそう知らなかった筈だ。

でも、この花だけは何故か名前が分かった。

「はい、お待たせしました」
「あ、ありがとう」
セルジュははっとしてその花を受け取ると、代金を渡してその店を後にした。



「あ」
セルジュはぴたりと足を止める。
「こんなトコまで来ちゃった……」
長い階段を何と無く降り、橋を渡ったセルジュはそこが霊廟だと知り、引き返そうと踵を返す。

「そこの方」

「はっはい!」
突然声をかけられてセルジュは霊廟を振り返る。
「??」
振り返った先に現れた人物の格好にセルジュは顔を歪めそうになり、慌てて表情を正す。
その人物は緑と赤を基調とした服に、同じく緑の覆面を被った大男だった。

何でこんな怪しい格好しているんだ。

セルジュは純粋にそう思ってしまい、慌ててそれは相手に失礼だとその考えを消す。
「宜しければここに眠る者達の安らぎを祈ってやってくれ」
男はそう言うと橋の近くにある小屋へと入って行ってしまった。
ここに住んでいるという事は、墓守なのだろう。
ならば、とセルジュは霊廟の奥へと足を踏み入れる。
墓守が許可をくれたのだから構わないだろう。
「あれ……」
円状になった細い道を歩き、その中心にある貝型の地に刺さっている剣を見て、セルジュは首を傾げる。

前にもこんな光景があった。
自分はこの花を持っていて、
その剣の前には誰かがいた。

(前って…いつ?僕、ここ来たの、初めてだよね?それに、誰にあげたんだっけ?)
その花を譲ってくれと言われ、どうせ摘んできたものだからとあげた。

セルジュはゆっくりとその貝型の地まで行くと、その剣の前で立ち止まる。
「ガライ…ダリオ……アカシア龍騎士団……」
刻まれた文字を目で追いながらセルジュはぼそりと声に出して言ってみる。
「………だめだ…」
思い出せそうで思い出せない記憶に、セルジュは首を左右に振るとその手に握る青リンドウの花を見る。

「………」

セルジュはそっとその花を剣に添えると膝を付き、静かに黙祷した。


「?」
暫くすると、こちらへやってくる足音が聞えてきてセルジュはさっきの墓守かと思いながら振り返る。
「!!」
セルジュは息を呑んだ。

 

「誰だ、てめえ」

 

そこに立っていたのは明らかに鍛えていると分かる体をした男だった。

腰まで伸びた銀のかかった藤色の髪が風に揺れる。

その瞳は血のような深い赫は自分の瞳を真っ直ぐに見詰めてくる。

 

――お前と一緒に居ておもしろかったぜ。

 

バシャバシャとシャッターを切るように切れ切れに言葉が脳裏に蘇る。

 

僕は、この人を、知っている?

 

――元気でな小僧…いや、セルジュ…

 

最後の最後で、初めて名前を呼んでくれたのが嬉しかった。
それと同時に哀しかった。

離れたくなかった?

誰と?

 

「おい、聞いてんのか?」


「え?!あ、すみません!!」
訝しげな顔をする男にセルジュは慌てて頭を下げる。
「ま、いいけどよ。もう、いいのか?」
「はい、し、失礼します!」
一礼してセルジュはその脇をすり抜けたセルジュは男の視線を背に感じながら階段へと駆け出していた。





レナと共にテルミナから帰ったセルジュはその足でオパーサの浜へと向かった。
トカゲ岩を駆け抜け、浜についたセルジュはきょろきょろと砂浜を見回しながら目的のものを探る。
「たしか、ここにあった筈……」
浜の一点で立ち止まると、セルジュはそこに膝をついてその砂をさらさらと撫でる。
「ここに、ワームホールがあった筈なんだ……」
セルジュは砂を撫でていた手に力を篭め、ざくざくと掘り出す。
夏の太陽の光を受けてかなりの温度になっているその砂に躊躇うことなくセルジュは指を立てる。
「カーシュ、カーシュ……」
爪と肉の間に砂が詰っていく不快感すら気にしなくなるほど、ただ一つの名を呼び続けながらセルジュはどんどん掘っていく。


どれだけ掘ろうと、それがある筈が無いことは分かっていた。

運命の綻びは、「あの時」もう修復されてしまったから。


「カーシュ……!」

それでもセルジュは掘り続ける。
既に乾いた砂は取り除かれ、湿って固い土を掘り起こす。
時たま石が引っ掛かって指が悲鳴をあげる。

「カーシュ!!」

この世界にも、貴方はいた。

でも、「貴方」じゃない。

僕が出逢い、共に戦い、多くの仲間達と思い出を共有した貴方じゃない。

好きだと、愛してると言ってくれた貴方じゃない。


こげ茶色の土の中に指先から流れだした血の色が混じる。
それでも、胸を引き裂く痛みの方が強くてセルジュはその土に爪を立てる。


「セルジュ!」

背後から何者かに抱きすくめられ、セルジュはびくりと動きを止める。
「レナちゃんから聞いて迎えに来てみれば…何をやっているんだお前は!!」
耳元で怒鳴る声にセルジュは視線を遥か遠くまで広がる海原へ向けたまま呟く。

「父さんっ……」

セルジュは青い海に視線を投げたまま呟く。
「テルミナで何があったかは知らんが自分を傷付けるような事は止めるんだ」
「いないんだ…カーシュが、いないんだっ!!」
「セルジュ!!」
ワヅキの腕を振り払い、再び穴を掘ろうとするセルジュをワヅキは羽交い締めにする。
「離して、離してよ父さん!ここにある筈なんだ!カーシュの元へ行く為の道があの時まではあったんだ!!」
暴れて叫ぶ息子をワヅキはただ抱きしめた。
恐慌状態に陥った者に何を言った所で無駄にしかならない事を知っていたからだ。
「どうしてこっちにもいるんだよ!アンタとおんなじ顔で、声で、性格で!!」

霊廟で、彼にあって全てを思い出した。
だが、彼は彼であって彼でなかった。
自分が恋した彼は、こちらの世界の住人ではない。


――誰だ、てめえ

赤の他人を見る目で
特に関心も示されずに
立ち去った時も、自分の知ってる彼なら引きとめるのに
どうでもいいかの様に見送って。


「あの時、僕がどれだけ泣きたかったかアンタに分かるか!」
一気に眼前がぼやけ、頬を生暖かい涙が流れ落ちた。
涙と共に感情も濁流の様に流れていく。
「今まで一緒に旅をして、戦ってきた思い出も、僕の事も、全て忘れてのうのうと暮らしてるアンタに分かるもんか!!」
叫び続け、やがて鳴咽をあげながら泣き始めた息子をワヅキはひたすら抱きしめてやる。
セルジュは首を左右に振り、何度も繰り返しその男の名を呼ぶ。


ごめんキッド。君はこうなる事を知っていたから記憶を消そうとしたんだね。

僕を知らない彼に僕が出会い、傷つくのを知っていたから。

記憶が無ければ、例えまた彼に恋をしても、それはこちらの世界の彼だ。

こんな想いをする事は、無かった。



「逢いたいよ…カーシュ……」

「……セルジュ、お前に何があったか、俺には分からない。だが、決して諦めるな。諦めなければいつか、きっと叶う」
言い聞かせるように優しく言葉を紡ぐワヅキにセルジュはしがみ付いてひたすら泣き続けた。


セルジュには、分かっていた。

彼に逢う事は、もう、二度と無い事を。

それでも信じたかった。

いつか、彼が自分の名を呼び、迎えに来てくれる


その時を。


 

「カーシュ……」


 

瑠璃色の涙が、ゆっくりと乾いた大地に染み込んでいった。







(終)
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……あれ?これってカーセルだよね?なんか、カーシュ、殆ど出てないんすけど…?しかも何だか…ワヅキ×セルジュ?あれれ?スランプ脱出第一作目がこれですかい自分。しかもなんだか今気付いたけれどこの話、「ハッピーマニア」に続いてそうだ。あ、でもハピマニでもセルジュが記憶取り戻すシーンあるじゃん。ダメダメ〜(笑)あれあれまあまあ。高槻、どうやら駄文作りに磨きがかかってしまったようです。変な話ですね、はい。
で、ワヅキが居たり、ホームのカーシュが居たりするのは、え〜…元に戻ったセルジュ側の世界はフェイト様が居ない世界なのだからきっと生きているだろうという高槻の勝手な妄想です。それでは、庵様、1616HITありがとうございました。遅くなって本当にすみませんです!!
(2000/07/19/高槻桂)

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