さよならの季節


(主人公:カッツェ、坊ちゃん:ユウ・マクドール)





『マクドールさん居ますかァ!!』
「?!」
広い屋敷全体に響き渡ったその声に、うとうととまどろんでいたユウはベッドから飛び起きた。
(……この声は……)
この屋敷に尋ねてくる人物はまず決まっている。ユウは溜息を一つ吐くと玄関へと向かった。

「あ!マクドールさん!こんにちは!!」
ユウに向かってしゅびっと右手を上げ、相変わらずの元気さで挨拶をしてくる。
「……やあ、カッツェ…」
「静かだから留守かと思っちゃいました!」
あっはーと軽く自分の頭を叩く少年は、とても自分と似た運命を背負わされている様には見えない。
(ここまで明るいと笑えてくる…)
苦笑しながらも、ユウはパーンもクレオも出払っている事を告げた。
「そうですか。あの、モンスター退治、行きません?」
「二人で?」
「いいえ、外にみんな待たせてきちゃいました!」
彼はにっこり笑って
「こんな時はパーッとモンスターでも倒して、すっとしましょう!!」
とユウの腕をつかんだ。
(こんな時、ね……)
彼は知っていた。彼だけではない。クレオやパーン、そして彼の仲間達も。

グレミオがいない事を。

(気を、遣わせてしまったかな…)
ユウはふっと笑うと「じゃあ、ちょっと待っていて」と自室へ愛用の棍を取りに向かった。





あれから数時間後。一向は再びユウの屋敷へと戻ってきていた。
「あ〜、俺はもう当分トラは見たくない…」
「俺はサムライ……」
テーブルに突っ伏して愚痴っているのは前衛で戦っていたいたビクトールとフリック。
「………」
黙々と銃の手入れをするクライブ。
「ビクトール、お主とトラは似たようなモノじゃろうて。手懐けてはどうじゃ」
「んだとぉ〜」
コロコロと笑いながらビクトールをからかうのは少女のあどけなさをその顔に残した年齢不明の吸血鬼シエラ。
そしてその隣のキッチンではユウとカッツェが疲れきったみんなのためにお茶を煎れている所だった。
「…今日はすまなかったね」
ユウがぽつりと切り出す。カッツェは「いいんですよ」と笑って茶葉をポットに落とす。
「僕の憂さ晴らしついでなんですから」
「……まだ、目覚めないのかい?」
「………………はい」
誰が、とは言わなかったが、カッツェにはそれで十分だったらしく、その途端、暗い表情となり俯いてしまう。
「……そう……」
「………………」
重い空気が立ち込めた時、カッツェはばっと顔を上げると先程までの暗い表情は何処かに吹き飛ばしたかのように明るく笑ってポットとカップの乗ったトレイを持ち上げた。
「さ、みんな待ってるでしょうし、行きましょう!」





がさ…ぱきっ……
足を捕らえる草や木の根を掻き分け、ユウは森の中を歩いていた。
風の洞窟が近い所為か、低い唸り声の様な音が遠くから響いてくる。
(あった……)
暫く突き進んだ所に、それはあった。
今にも朽ち落ちそうな古い小屋。
(あの子もよくこんな所を見つけたな)
一度だけ少年の後を付けたその時と同じ事を心中でぼやきながらそのぼろ小屋を見回す。
ユウは辺りに何者の気配も無い事を確認してからそっとその扉を開けた。
ぎちぃっとイヤな音を立てて開いた扉の奥には、一つの簡易ベッドが設置されていた。
「…………」
ユウはそっと中に忍び入ると、そのベッドの上に横たわっている人物を見下ろす。
(…これが、ルカ・ブライト…)
噂は聞いていたが、実際に見るのはこれが始めてだった。
彫りの深い顔立ちに漆黒の髪。きっとその瞳も漆黒なのだろう。
見る事は適わないけれど。
カッツェがルカを倒せず、ここへ運び込んで手当てをしていた事は彼自身から聞いて知っていた。
彼は一度死んだルカを紋章の力で生き返らせたのだ。
だが、ルカは未だ目を覚まさない。
それでも、とカッツェは泣きながら
――ルカが大好きなんです…失いたくない…
そう言った彼は、どことなく自分に似ていた。
グレミオを失いたくないと願っていた自分に。
「……………」
ユウは振り切るように首を横に振ると、右手をルカに翳した。
「……呪われし紋章よ…今一度その力を我が前に現わせ……」
ぼうっと右手の紋章が暗い光を発し、ルカの体を包み込んだ。
あっという間にルカの魂は紋章に取り込まれ、その鼓動は止まった。
「……ごめん……」
小さく謝り、闇の消えた右手を握り締める。

あの少年は泣くのだろう。
自分の所為だと思って
自分の力不足だと思って
あの少年は泣くのだろう。
(きっと、僕が殺しただなんて思わないんだろうな…)
真実に気付かぬまま、最愛の者を失った痛みに泣くだろう。
(それでも、僕は手を下さなくてはならない)

――坊ちゃん…

優しい声が脳裏に蘇る。
失ったと思ったその温もりは、奇跡によって戻ってきた。
これから、また以前の様に一緒にいるのだと思っていた。
だが、その存在は、あっけなく消え去った。
失う悲しみ、取り戻した喜び、そして再び訪れた、痛み。

「紋章の力で手に入れた幸せなんて…呆気無い物なんだよ……」





「ああ、お帰りなさい、坊ちゃん。夕飯どうなされます?」
ぼうっとしながら靴を脱いでいるとクレオが顔を出す。
「いや、食べてきたんだ。ごめんね」
「いえ、あ、お風呂の方はいつでも入れますから」
「うん、ありがとう」
ユウ達がいなくなってから、グレミオに変わって家の事を行っているクレオはにこりと笑うと奥へ引っ込んだ。
ユウは自室へ向かわず、もう使われなくなったグレミオの部屋に入ると、明かりも点けずにそのままベッドに倒れ込む。
(グレミオが知ったら、怒るだろうな)
カッツェのためを思ってした事。
でも、こんな事、自分の我が侭でしかないとわかっていた。
「……グレミオ……」
布団の中に潜り込んで体を小さく丸めるとこの部屋の主の匂いがしてユウは切なくなった。

――坊ちゃん…好きですよ

「!」
突然蘇った彼の囁きにユウはびくりとする。
――坊ちゃん…
彼が自分を抱いていた時の声音。
「………」
ユウはそろそろと左手を下肢に伸ばし、その中心に触れる。
「…っ…ん…」
グレミオのやり方を辿ってそれを撫で上げる。
ユウはそれに物足りないのか少し乱暴に愛撫を加え、右手を胸元に持っていこうとしてハッとした。
――ダメダ!!
ユウはガバッと起き上がり、熱を持ち始めた身体を必死で抑える。
(右手だけは…!!)
右手には多くの人々の命が込められている。
自分に解放軍を委ねた強い意志を抱いた女性。
自分に未来を、この紋章を託して魂を食らわれた親友。
最後まで皇帝に仕え、それでも自分の成長を認めてくれた父。

そして、最後まで自分を愛し、守り続けてきた青年。

それを汚す事は、決してやってはならない事。
自分が知っているだけでもとてつもなく多くの命を貯えたその紋章は、暗闇の中で淡く光を放っている。
「…………気持ち悪い」
ユウはそう呟いて立ちあがり、ゆったりとグレミオの部屋を出た。





「……ふう……」
ユウはぬるま湯に浸かりながら大きな溜息を吐いた。
(気が沈んでいる時は風呂に入るのが一番だよな)
今日は、大きな罪を犯した。
その所為で少し、神経質になっているのかもしれない。
ぶくぶくと息を吐き出して泡を立てながら湯船に沈んでいく。
「……………」

――坊ちゃん、あまり長湯をするとのぼせますよ

「……わかってるよ」
ユウは小さくぼやいて初めて、その声が震えている事に気付く。
「………っ…」
一度気付いてしまうと、あとは呆気ないもので。
「…っふ……ぅ……」
ぽたぽたと湯船の中に涙が落ちる。

幸せが、続いてくれる事を願っていた。

「……グレミオ……!!」

突然の、別れ。
一度目も、そして、二度目も。
「グレミ…ッ……」
理由は、分からない。
いつもの様に一日をぼうっとして過ごし
いつもの様に夕食は何にします?とグレミオに聞かれ
いつもの様にグレミオの作るものなら何でもいいよと笑っていたのに

本当に、突然の事で。

――やはり、これまでなんですね…

彼自身は、感付いていたようだった。

――すみません、坊ちゃん…もう、お側に居るのは無理の様です…

困ったように笑うグレミオ。
その姿は向こう側が見えるほど透明で

逝くな、傍に居ろと
叫ぶ事しかできなくて

――グレミオは、坊ちゃんが幸せである事を、ずっと…ずっと祈ってますよ…

抱きしめられた筈なのに
そのぬくもりは感じられなくて。
名を呼んでも
もう、その姿は無くて。
ずっと傍にいると誓っただろう
叫んでも、答えはなくて。

「お前無しで僕が幸せになれると思っているのか!!」

――坊ちゃんは、グレミオの一番ですよ…

「答えろ……グレミオ!!!」

広い浴槽の中、湯気と共に小さな鳴咽がいつまでも立ち込めていた。





ルカ・ブライトを手にかけてから一週間が経った。
ユウは今日も特に何をするでもなく、ぼうっと窓の外を見つめていた。
「?」
玄関の開く音がし、クレオかパーンが帰ってきたのかと思っていると、それは慌ただしい足音を立ててユウの部屋へ向かってくる。
「大変です!坊ちゃん!!」
息せき切って入ってきたのはやはりクレオで、余程慌てたのか買い物袋も抱えたままである。
「?どうしたんだい?」
「ま、街で、シーナと、あ、会ったんです」
息を切らせて喋る彼女を落ち着く様言い、シーナが居ても別にいいじゃないかと答える。
シーナが居るという事は、きっとカッツェも居るのだろう。
また、バトルにでも誘ってくれるのかな?とか、ルカの死から立ち直ったのかな、とか…もしかして、自分が彼を殺した事がばれたのかな?などと考えていると、息を整えたクレオは未だ興奮が収まらないような面持ちで言葉を紡ぐ。

「カッツェ君が…!!」



ああ、そうか。
そんな、簡単な事だったのか。

後を、追えばよかった。
あの少年の様に
お前がいないこの世界で生きていくつもりは無い、と
この呪われた紋章も、この国の行方も、何もかも投げ出して
後を、追えばよかった。

(でも、止めておくよ)

カッツェ、君の真似をするようで、何だか嫌だな。
君はその道を選んだ。
なら、僕は君とは違う道を選ぶよ。

…グレミオ、お前も、賛成してくれるよな…?

――グレミオは、どこまでも坊ちゃんについてゆきますよ…

「……グレミオ……」

幻聴だろうか。それとも……

「そうだな、お前はどんなに止めてもついてきたな」





翌日、ユウはクレオとパーンに告げた。

また、旅に出るよ。

「クレオは、お供してはいけませんか?」
「俺もお供させて下さい!!」

そう願いでる二人を断り、棍と僅かな手荷物だけで家を出る。
一度だけ、屋敷を振り返ると、玄関にはクレオとパーンがこちらを見詰めていた。
少しだけ微笑むと、二人も安心したように笑ってくれた。


さようなら、優しい思い出たち。
これを言うのはもう二度目だね。
あの時は彼が居たけれど。
さようなら、暖かい思い出たち。
もう、きっと来る事の無いだろうこの街を
今、独りきりで去ってゆく。
「さようなら」
囁きは変わりゆく季節の中へ、静かに溶け込んでいった。





(了)

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……………ヘボ!!なんじゃこの話!!改定前と比べると量は倍になってるけど内容そんな変わってないんとちゃう?!というか、散文…。ま、一番変わったのは主人公まで死んだ事かな。うん。あればびっくりしたね。あっは〜♪自分で書いておいて何言っとんねん俺……。みぞちゃ、ごめんね、待たせた上にこんなヘボ…(>_<)
こんな俺だけど見捨てないでね〜!!

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