これもまた一つの幸せのカタチ。 クルガンがソロンを探して城内を徘徊していると、先の十字路から赤毛の同僚が曲がってくるのが見えた。 「よお、クルガン!」 向こうもクルガンの存在に気付き、ひらりと鋼に包まれた手を振った。 「シード、ソロン様を見なかったか」 「ああ、ソロン様ならさっき…」 「どういうつもりですか!!!」 そこですれ違った、というシードの言葉は通路に響いた怒声に掻き消された。 「なんだぁ?」 その怒声の主は件のソロンの声にしか聞こえない。 シードとクルガンは顔を見合わせ、足早にその音源へと向かう。 「兵達の士気に関わります!」 先程シードが現れた十字路を曲がると、そこにはやはりソロンと、そして彼によく似た男が向かい合っていた。 「おや、クルガンにシードじゃないか」 ソロンとよく似た顔立ちの男が二人に気付いて柔らかな笑顔を向ける。 「…リューデリック様、その頭は…」 クルガンが珍しく唖然とした表情で洩らした。傍らのシードなどはぽかーんと口を開けて男を見ている。 「可愛いだろう?」 にこっと笑う男。 彼の名は先ほどクルガンが洩らした通り、リューデリックだ。そしてその氏はジー。 正真正銘、ソロンの実兄である。 二人ともよく似た顔立ちだが、その性格は生真面目で短気なソロンとは正反対だ。大らかで穏かで、部下にも親しみを抱かれている。 そのリューデリック・ジーの腰近くまで伸ばされた銀髪が、頭の上で二つのおだんごを象っているのだ。その拳大のおだんごからは余った部分の髪が垂れ、首筋を擽っている。 「そんな自分の事を自分で美少女と豪語してセーラー服で戦う女どもの様な髪型をしないで頂きたい!」 「ソロン様、何故そのような事を知っておられるのですか…」 「貴様の妹に付き合わされたのだ!」 「ハーン様は可愛いとおっしゃって下さったぞ?」 「そういう問題じゃありません!その様な奇怪な髪型で城内をうろつかれてはジー家の恥だと言ってるんです!」 「ソロン様だってキューピーの癖に…」 「何か言ったかシード!」 「え?俺なんにも言ってないッスよ?」 「大体兄上はいつも…!」 「ソロン様ソロン様」 収まりを見せないソロンにクルガンが割って入った。 「何だ」 言葉の途中で遮られて更に不機嫌になったソロンに、クルガンはいつもの無表情のまま告げた。 「ルカ様がお呼びです」 ソロンの表情が固まる。 「…そ、それは…いつの話だ?」 薄ら笑いでも浮かびそうな程に引き攣って固い声を、それでも極力穏かにしようとするソロンの問い掛けにクルガンは淡々と続ける。 「そうですね…ソロン様の執務室へ向かったのですが留守でしたので私の執務室、シードの執務室と捜し歩いた後、ここに辿り着いたので…まあ、そこそこ前ですか」 「そういう事は早く言え!!」 一瞬にして色を無くしたソロンは慌てて城の奥へとダッシュした。 「おー、ソロンの脚は相変わらず早いねえ」 軽やかな笑い声を上げながらリューデリックは弟の後姿を見送る。 「で、何で突然その髪型なんスか?」 同じくソロンの後姿を見送っていたシードがリューデリックへと向き直る。 「ディッピがやりたいって言ってね」 笑顔と共に告げられたその内容にクルガンは瞬間的な頭痛に襲われた。 「妹が申し訳御座いません…」 頭を下げるクルガンにリューデリックはいやいや、と笑う。 「そんなに畏まらなくて良いよ。ディッピは私の妹でもあるのだし」 クルガンには三人の姉妹がいる。上に二人の姉、そして下に妹が一人。 そしてその二番目の姉とこのリューデリックが夫婦であり、ディッピと呼ばれている、本名ディピネスカという妹はリューデリックにとって義妹にあたる。勿論、クルガンもリューデリックの義弟となるのだが。 しかしそれにしても何故その妹がこの城にいるのか。 彼女は普段クルガンの私邸で暮らしていて、そのクルガンは妹が来るなどという予定は全く知らなかったのだ。 「私が屋敷まで迎えに行ったんだよ。ジル様が会いたがっていたからね」 彼女をジルの部屋に送り届け、その髪を少女二人に弄ばれた帰りにソロンに見つかり、今に至ったのだという。 「リューデリック様!」 不意に掛かった声に三人はその声の主を見る。 「リューデリック様、ハーン様がお呼びです」 リューデリックを呼びに来た兵士の視線が彼の頭に釘付けになっているのは仕方ない事だろう。 「ありがとう、すぐ行く」 兵士は敬礼をしてその場を立ち去った。 「それじゃあ、失礼するよ」 二人は一礼をしてリューデリックの後姿を見送る。 やはり視線があの髪型に向かってしまうのはこれまた仕方ない事だ。 「…なあ」 リューデリックが先の十字路を曲がってその姿を消した頃、シードがぽつりと口を開いた。 「リューデリック様、今日一日ずっとあのままでいるつもりかな」 「……あの方はそういう方だ」 クルガンの疲れたような声が通路に散った。 その日の夕方、クルガンとシード(書類のサボりついでについて来た)がジルの部屋を訪れると、室内では二人の少女が紅茶片手にお喋りに花を咲かせていた。 「兄さま!!」 腰まで伸びた銀灰色のふわふわした髪を揺らし、少女は席を立ってクルガンへと抱き着いた。 「シードもこんにちはなのです」 「おう、久し振りだな、ディッピ」 無邪気な笑顔を綻ばせ、ディピネスカはシードにも抱き着く。 「ジル様、ご迷惑をお掛けしまして…」 「良いのですよ」 クルガンの謝罪はジルの柔らかな声によって遮られた。 「私が会いたくて呼んだのですから。ね、ディッピ」 「そうなのです、ジルがディピネスカとあそびたいんだってリューク兄さまがおむかえにきてくれたのです!」 二十歳に達するかしないかくらいの容姿のディピネスカだったが、その口調はたどたどしく、思考も幼い子供と同じだった。 「お時間があるのでしたらお二方もいかがかしら。美味しいお茶請けがあるのよ」 「ご厚意感謝します。ですがそろそろ妹を屋敷に返しませんと」 「そう、残念だわ。また次の機会にでもどうかしら」 「その時は是非。…さあ、ディピネスカ、ご挨拶を」 傍らのディピネスカを促すと、少女はちょこんとスカートの裾を摘んでジルに一礼した。 「また来て頂戴ね」 「はいなのです!」 「それでは、私たちはこれで失礼します」 クルガンとシードに付添われて部屋を出ていくディピネスカは、最後にバイバイ、と手を振ってジルの部屋を後にした。 「兄さまもおうちにかえれるですか?」 屋敷へと向かう馬車の中、ディピネスカはクルガンに問い掛けた。 「いや、私は城に戻る」 「残ってやれば?今日は早番だし明日は会議も無いんだしよ」 何故かちゃっかり同席しているシードの声に駄目だ、とクルガンはにべも無い。 「今日中に目を通しておきたい書類がある。…そもそも、その書類はお前がやるべき筈だったものだと記憶しているが?」 「エ?ワタシ知りまセーン」 ぎくっと肩を揺らしたシードは視線を明後日の方向へと飛ばし、奇妙な裏声ですっとぼけた。 「…とにかく、今夜はこのまま帰城する」 「ディピネスカ、つまんないなのです」 「次の休暇には必ず帰る」 「むー、約束なのです」 「ああ、約束だ」 クルガンが妹の頭を撫でると、ディピネスカは嬉しそうに笑った。 「さあ、到着だ」 屋敷の前で馬車が止まると執事がそれを出迎えた。 クルガンが先に降り、ディピネスカの手を引いて彼女を馬車から下ろす。 「じゃあな、ディッピ!」 「今夜は冷える。風邪をひかない様に」 シードが窓から手を振り、クルガンは馬車の中へと戻る。 「兄さま、シード、またねなのです」 そして馬車は再び城へと向かって走り出した。 「クルガン、賭けをしようぜ」 馬車が走り出して暫く、シードが突然そんな事を言った。 「俺らが帰った時、ソロン様が部屋に戻ってるかどうか」 ソロンがルカの部屋へ全力疾走していったのは昼過ぎの事。そして今は夕方。日は少しずつ暮れ、夜へと移ろうとしている。 「品は」 「負けた方が酒を奢る」 「ふむ…」 クルガンは暫く考え込んでいたが、やがて伏せていた視線を上げ、シードへと向けた。 「では、戻っている方に」 「んじゃ、俺はまだルカ様の部屋に」 半刻後、彼らはその勝敗の行方を知る事となる。 (END) +−+後書+−+ 「何か書きましょうか?」なーんてメールを送ったのはいつの事だったかしら…。 季節をどっこらせと跨いでしまうほどお待たせしてしまって本当にスミマセン;; しかもクルシーじゃないし。クルガンとシードのお城巡りの様な話になってしまいました。 予定ではルカ様の部屋も廻る予定でしたが、ただでさえクルシーっぽくないのにこれ以上遠ざからせるわけには行かなかったのでカットしました。(爆) しかも許可を得ていたとは言え、これでもかとオリキャラを出してスミマセン…。 寧ろ兄上の髪型が凄い事になってて切腹モノ。当初の予定には無かったのですが…。 というか、元々はもう少しシリアスな話の予定でしたが、収拾が付かなくなったので一から書き直しました。没った話は半分以上書き上がってはいたのでまたいつか収拾を付ける方法が見つかった時にでも日の目を見せて上げたいと思います。 それではぽにょ様、もうなにがなんだかという感じの話ですが、受け取って下さい!(押し付けて逃亡) |