07.全校生徒公認(黙認でも可)
(叶/おおきく振りかぶって)



三橋が理事長の孫だってコトは、みんな知ってた。
三橋が正投手になってから、一気に広まったことだった。
噂は、一気に広まる。

――ほら、あいつだろ?理事長の孫の…

――知ってる、ヒイキでレギュラーだってさ。

そんな声が嫌な停滞感を伴って周りに浸透していった。
三橋は何も言わなかった。
気が弱くて言えないのもある。
だけどもう一つ。
投げていたいから、何も言わなかった。
三橋は何も言わない。
周りから冷たい目で見られていても、仲間であるべきメンバーたちから憎まれていても。
投げることを止めなかった。
三橋にピッチングを教えたのは俺だった。
昔からおどおどしていて、すぐ泣いて。
でも、ボールを取り出すと期待に満ちた目で俺を見て。
夏休みの間、ずっと俺の後を付いて回っていた廉。
修ちゃん、ってたどたどしい声で必死で追いかけてきた廉。
全然、情けなくなんかない。ヒイキなんかでもない。
オレは知ってる。誰より知ってる。
寧ろ、情けないのはオレの、方で…。
三橋は凄いんだって何度も言った。何度も訴えた。
だけどそのたびに否定されて、お前の方が、って言われて。
そのたびに、優越感を感じなかったわけじゃないんだ。
どこかで三橋より俺の方が、って思ってたんだと思う。
だから、お前を助けてやれなかった。
いつも助けるフリをして、結局一歩離れたところからお前を見てた。
手を伸ばせばすぐ届いたのに。
だけど、あいつがオレを「修ちゃん」と呼ばなくなった時、きっと、諦めてしまった。
オレの廉は居なくなって、ここに居るのは「三橋」なんだ。
オレは廉の幼馴染みじゃなくて、「叶」なんだ。
そうやって勝手に線を引いた。
三橋の、三橋ルリの、オレを軽蔑しきった目が忘れられない。
あいつによく似た顔で睨みつけて。
最低、と小さく呟いた声が離れない。
違う、違う、そうじゃないんだ。
本当は昔みたいに廉って呼びたいんだ。
本当は昔みたいに修ちゃんって呼んで欲しいんだ。
だけど仕方ないじゃないか。
そこに立てるのは一人だけなんだ。
オレも三橋も投げることが本当に本当に好きで好きで。
だから仕方ないじゃないか!
ああ、またこうして逃げている。
三橋は選んだのに。
ここを出て行くことを選んだのに。
俺はそれを引き止めることも謝ることも、出来ないままだ。

 

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