08.球技大会
(阿部、三橋/おおきく振りかぶって)


その日は球技大会だった。
大会、とはいってもそれほど大掛かりなものでも気負ったものでもなく、生徒たちは予め振り分けられていた球技を一試合こなしたあとは他の球技に加わるもよし、そのまま同じ球技をやり続けるもよし。
とにかく球技をしていればそれで良し、な催しだ。
ただし、運動部…主に卓球、バレー、バスケ、サッカー、野球、ソフトボール、テニスなど、球技部所属の生徒は己の所属する部と同じ球技への参加は控えること、とされている。
力の偏りを防ぐためなのだろうが、とにかくそういうわけで阿部はバスケを一試合終えて体育館の隅へと向かった。
ミネラルウォーターのボトルを開けながら壁伝いに座り込む。
阿部の他にも同じように壁に凭れて駄弁っている生徒の姿がちらほらと見られる。
原則としてとにかく球技を、ということなのだが、体育館だけではなく、グラウンドやコートの隅でも同じように座り込んでだべっている生徒も多いだろう。
しかし教師も注意する気は無いらしく、寧ろ生徒たちと混じってボールを打ったり投げたりしている。
(ん?)
反対側の壁伝いにぽてぽてと歩いているのは三橋だ。
しきりに手首やその周辺を擦りながら歩くその姿に阿部は思わず立ち上がった。
(あのバカ…!)
まさか手首を傷めたんじゃないだろうな。
足早にコートとコートの間を抜け、三橋の元へと向かう。
「三橋!」
びくっと感電したように三橋が竦み、阿部の姿に気付いて更に萎縮したように背筋を伸ばした。
「あ、阿部く、ん…ど、どうし…」
「手、捻ったのか?」
「ち、違っ…」
阿部の剣幕に三橋はぶるぶると首を左右に振って否定する。
「ば、バレーボール…久しぶりにやった、から…」
と見せられた三橋の腕は鬱血して赤く染まっていた。
「バカ、投手がバレーなんてやってんじゃねーよ。手首傷めたらとか突き指したらとか考えなかったのかよ」
阿部の言葉に三橋が消え入りそうな声でごめんなさいと呟く。
「お、オレ、とろいから、振り分けの時、最後になっちゃって…」
残っているのがバレーボールだったというわけか。
「ったく…お前、もうノルマはこなしたんだよな?」
「うん…」
「じゃあもう大人しくしてろ。今日だって部活あるんだからな」
「わ、わかった…」
こくこくと頷く三橋の腕にそっと手を当てると、紅く染まったそこは仄かに熱を持ち、その色を主張している。
「あ、あの、阿部君、は?」
「は?」
「阿部君は、もう、やらないの?」
何を、とは聞かなかった。それを察するくらいには阿部は鈍くは無かったし、三橋の扱いにも慣れてきていた。
「やんねー」
座るか、と壁を示すと三橋はこくりと頷く。それでも阿部が座るまでは座ろうとしないのは無意識の行動なのだろうか。
「あの、さ、さっき、見たよ」
阿部の隣でちょこんと膝を抱えて座った三橋が己の爪先を見つめながら告げる。
「何を」
「バスケしてる、阿部君」
「ふーん」
「カッコ、良かった、よ…!」
思わず三橋を見ると、彼は己の爪先を見つめたままだった。しかしその横顔は明らかに赤い。
「……」
阿部は無言で三橋のふわふわと跳ねた髪に己の手を重ねた。
「ばーか」
ぐしゃぐしゃに掻き回した髪の下、三橋が嬉しそうに笑った。

 

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