モーテルの黄ばんだカーテンを開けると外は純白に染まっていた。
思わず感嘆の声が漏れ、慌てて口を噤む。
背後のベッドには皺くちゃのシーツと毛布がまるでハムスターの巣のようにこんもりと山を作っていて、兄の頭だけがにょきりとはえている。
つまり、毛布を全て奪われた僕は寒さで目が覚めたというわけだ。
隣のベッドは未使用のまま空いているのだが、しかし改めて冷えきったシーツに包まれたいとは思わない。
僕は兄を起こさないようにそっと服を纏い、部屋を出た。
寒い。
分かり切っていることだが外は格段に寒い。
室内も十分寒いと思ったのだが、こうして痛々しい冷気に晒されてみるとあのおんぼろなエアコンも辛うじて仕事をしていたのだと知らされる。
コートを着てくるべきだった、なんて思ったけれどちょっと様子を見に来ただけだしまあいいか、と思う。
夜中に吹雪いたのかな。
階段はおろかドアの近くまで雪が積もっている。
兄のベイビーはその黒いボディを殆ど純白に覆われてしまっていて、後で兄がうるさいだろうな、なんて思う。
僕は雪に足を乗せ、ゆっくりと踏んだ。
さくりと軽い音を立ててそれは砕けていく。
不意に部屋で寝ている兄の顔が浮かんだ。
僕はしゃがんで階段に積もった雪を無造作にすくった。
掌の熱で少しずつ溶けていくそれをギュッと握って固め、また新たに雪を掬って雪玉を大きくする。
指の腹でそっと擦ると表面がすべらかになってゆく。

ああ、わかった。
これは兄だ。

真っ白で、汚し難いもの。
だからこそ、汚したいもの。
雪玉を床にころりと転がしてみる。
古びた木目の上を転がって雪玉は純白を失った。
床に染み付いた長年の土埃や汚れが雪玉を煤けた色に染めていく。
この雪玉が兄ならば、その純白を汚す土埃は僕だ。
なんて。
バカバカしい。
拳を軽く降り下ろす。
くしゃりとやっぱりあっけないくらいの軽さで薄汚れてしまった雪玉は砕けた。
ああ、寒いなあ。
僕は立ち上がり、ゆっくりと雪景色を見渡してから踵を返す。
寒いから、暖めて貰おう。

取り敢えず、この冷えきった指で彼の間抜けた頬を抓ってやろうっと。



零れたミルクを嘆いても仕方ない

もう戻ることなんて、できないんだ。