Stand by me forever





「んじゃ、今日はここに寝るとすっか」
カーシュが藁の敷き詰められたベッドにどっかと座る。
マブーレで夢鬼を全滅させたセルジュ達は、疲れからそのままマブーレの空き家で一泊していこうという事になったのだ。
「では、私は薪を集めに行ってきます」
イシトが出て行くと、カーシュは立ち上る。
「なら、この辺の機具、整備しなきゃなんねえな」
煤扱けた鍋やらを取り出し、水釜の水を掬ってガシガシと洗い始める。
セルジュは手伝おうかとも思ったがどう見ても一人で十分な量しかないそれをわざわざ出っ張っていくのもどうかと思う。
何と無く、自分の居場所が無いような気がして立ち上がる。
「僕、ちょっと散歩してくるね」
「おう」
カーシュの短い返答を背に、セルジュは家を出た。


最近、肉体の調子がおかしい。
漸くこの身体での行動も慣れてきたと言うのに、最近はどうも奇妙な事が起こる。

ぱしんっ

「え?」
セルジュは目を丸くして自分の右手を見る。手の甲がじんと痛みを帯び、セルジュは樹上を見上げ、何があったのか悟る。
視線の先には枯れ朽ちた古木の枝が風にぎしぎしと音を立てて揺れていた。その中の一本が折れ、セルジュの頭上へと落下してきたのだろう。
そして、自分はそれを叩き落としたのだ。
まただ、とセルジュは顔を歪める。
また、勝手に体が動いた。
最近、こんな事が、幾度と無く起こる。
(何なんだよ…これ…)
自分の意志とは関係なく動く肉体。
まだ、ヤマネコがこの肉体の中に居るのかと思わせるそれ。
(怖いよ…)
セルジュは俯くと、ぺたりとその場に座り込んだ。





「セルジュ、もうそろそろ寝ようか」
夕食後、特に何をするでもなくぼんやりと座っていたセルジュにイシトが声を掛ける。
「あ、いいけど…カーシュは?」
「構わねえぜ」
アクスの手入れを終えたカーシュはごとりとそれを傍らに置くと近くに置いてあるランプを掴む。
「んじゃ、消すぞ」

――……ル…ュ…

「え?」
誰かに呼ばれたような気がしてセルジュはカーシュを見る。
「あ?どうした?」
ランプの火を消そうとしていたカーシュは首を傾げてセルジュを見てくる。
「セルジュ?」
ならばイシトかと彼を見ればやはりこれも違うようで…。
「どうかしたのか?」
二人が見つめてくる中、セルジュはざわざわと不安に掻き立てられていた。

――…ルジュ…

「だ、誰か…居る…」
「何?!」
その言葉に二人は入り口を見る。だが、誰も居ない。
部屋の中にも姿所か気配すらない。
「ち、違う…僕の中に…誰か、居るんだ…」
ぎゅっと自分を抱きしめると、セルジュはかくりと膝をつき、蹲る。
「セルジュ!」
「小僧!」

――セルジュ……

セルジュは喉を低く唸らせると、「誰なんだ」と声を絞り出す。
「ヤマネコなのか…?!まだこの体の中に居るのか?!」
耐え切れなくなって叫ぶと、もう一度、その声は響く。

――セルジュ…

頭の中ではなく、全身にその声は響いた。
「あっ……?!」
セルジュはびくりと震えるとゆっくりと身を起こす。その表情は驚愕に満ちていた。
「セルジュ?」
「ま…まさか……」
セルジュのその釣り上がった眼が見る間に潤んでいく。セルジュは口元を押えると、ぱたぱたと涙を零し始めた。
「小僧?」

――セルジュ…

その声は、遠い記憶の中でひっそりと残っている面影を思い出させた。
そして、いつも聞いていたその優しい声は今でも変わってはいなかった。
「と、ぉ…さん……!」
切れ切れに聞えてくる懐かしい声。
(そうだったのか……この肉体は……)
セルジュは溢れる涙を拭おうともせず、体中に響くその懐かしい声にただ涙した。





「この先は…セルジュ、貴方一人で行くのです」
スティーナはそう言うと幻の様に消えていった。
「みんなは、ここで待っていて」
セルジュは重い扉を開くと、心配そうな面持ちの二人にそう言い儀式の間へと入って行く。
「……」
自分とヤマネコの精神が入れ替わった場所。
セルジュは中央まで行くと、手にした龍の涙を台座に据える。
「あっ……」
すると、光球が飛び上がり、ふわりふわりと壁画の上を漂って行く。

――この星の全ての生命は海より生まれた……

「父さん…?」
その声はセルジュの中からではなく、部屋全体にゆるりと響き渡る。
陸に上がった命。龍神達の王国、降ってきた災厄、ラヴォス。
そして、それに触れ、変化した存在……。

――母なる星おも喰いつくす恐るべき「ラヴォス」の子たちは……

光はしゅんと音を立てて台座の上にある龍の涙に吸い込まれる。
セルジュがそれをそっと触れようと両の手を伸ばすと、龍の涙は淡い光を放った。
「え……?」
自分の周りにぽこぽこと水球が現れ、それはセルジュを中心としてどんどん増え続けながら融合し、大きな物へと変わって行く。
「な…何っ……」
全身が水に包まれ、セルジュはもがき苦しむ。口から肺へと水が入り込み、息ができなくなる。
セルジュは獣の咆哮を上げるとがくりと四肢を床に付く。
すると見る間に自分の体の輪郭が歪み、小さくなっていってしまう。
セルジュは息苦しさと恐怖に捕われ、足掻いた。

――……あれ…

ふっと消えた息苦しさにセルジュは目を開く。
――……赤ん坊……
羊水の中のようなまどろみの中でセルジュは違う、と確信する。
――僕は…僕の身体は……
自分の体がどうであったか。それを思い出す度にギシギシと身体が鳴り、成長していくのが分かる。
――そう…この身体だ…これが…「僕」だ……
そう確信した途端、海は消え、がくりと冷たい床に膝をついた。
セルジュは立ち上ってゆっくりと自分の手を見て振り返る。
台座の上には割れた龍の涙がきらきらと光を弾いて輝いていた。
「…龍の涙……ありがとう……」
セルジュは微かに笑うと、きらきらとした光は広がり、セルジュの前に集まって来る。
「え……?」
セルジュが目を丸くしている前で光はどんどん集まり、何かを象っていく。
「あ……」
それは、先程まで自分が纏っていたヤマネコの服を着ていた。
ただ、それを着ている人物は猫の亜人ではなく……蒼い髪をした、男だった。
「よく、惑わされる事無く自分を取り戻せたな。偉いぞ、セルジュ」
くしゃりと暖かい笑みを浮かべる男。
「と…ぉさん…!」
それは、幼い頃の記憶と変わらぬ姿をした、父だった。
「父さん!!」
セルジュは十年ぶりに再開したワヅキに抱き着くと、その身体がちゃんと実在している事を確かめるように腕を背に回し、きつく抱きしめる。
「父さん、父さん…!!」
その腕の感触が本物であると分かるとセルジュはぼろぼろと涙を流し、ワヅキの胸に顔を埋める。
「セルジュ…」
ワヅキは自分にしがみ付き、幼子の様に泣きじゃくる息子を愛しげに抱き返した。
「ずっと…見ている事しかできなくて、すまなかった」
ふるふると左右に頭を振ると、セルジュは涙で濡れた瞳でワヅキを見上げてくる。
「と、さん…!ずっと…ずっと寂しかったんだ…いなくなってからずっと…!」
「すまなかった…フェイトに乗っ取られてからは奥底で消されない様堪える事しかできなかった…」
「フェイト?」
セルジュが聞きなれない名に目を丸くすると、ワヅキはああ、と言った顔をする。
「ん、ああ、お前はまだ知らないのだったな…時が来れば分かるさ…」
それより、とワヅキは苦笑するとセルジュを引き離す。
「このままじゃ、出て行けれないだろう。これを着なさい」
「え?あっ…!」
自分が生まれたままの姿だという事を忘れていたセルジュはかあっと頬を染めて掛けられたヤマネコの上着の端を掴む。
(裾が長くて良かった…)
セルジュが小さく溜息を吐くとワヅキが笑う。
「ホラ、仲間が待ってるんだろ?」
セルジュがその言葉に頷こうとした時。

ちゅ。

「とっ、とぉさん?!」
セルジュが耳まで真っ赤にしながら口付けられたその唇を押えワヅキを見ると、ワヅキは可笑しそうにくすくすと笑っている。
「久しぶりに愛しい息子に逢えたんだ。これくらい、いいだろう?」
そういう問題じゃないとセルジュが言い返そうとすると、ワヅキは
「ホラホラ、みんなに無事に戻れましたって報告しなきゃならんだろう?」
とセルジュの背を押して扉へと向かってしまう。
「もう!父さんのバカ!」
セルジュは赤く染まった頬を膨らませ、楽しそうに笑うワヅキを見上げた。





天下無敵号に戻り、経緯の説明を粗方終えたセルジュ達は客間で休んでいた。

「ねえ、とぉさんこの前ね…」
「それでね、とぉさん、その時に蛇骨館に…」
「だからね、とぉさん、龍神達が…」

帰る道中も、帰ってからもずっとこの調子のセルジュに周りの人間は苦笑を禁じ得ない。レナでさえ最初ははしゃいでいたが、ワヅキもそれを逐一相槌を打ち飽きなど来ないかのようにそれを聞いている。こうなってくるとレナも周りの人間と同じく苦笑してしまった。
「セルジュ…っと…あ〜、風呂わいてるぜ」
部屋にやってきたグレンは、ベッドサイドに隣り合って座り、べったりとくっ付いているセルジュとワヅキを見て引きそうになったが何とか押し留めて用件を伝える。
「あ、ありがとう、グレン」
にこにこと嬉しそうに対応するセルジュにグレンは乾いた笑いを送ると、セルジュは
「とぉさん一緒に入ろ!」
と、ワヅキにじゃれ付く。ワヅキはワヅキで満面の笑みを浮かべて
「よし、なら背中の流し合いでもするか!」
とこの調子。
「ハハッ…」
グレンはもう一度乾いた笑いを浮かべると、さっさと部屋を出て行った。
「御馳走様」
その一言を、最早聞えちゃいない室内の二人に向けて。





「あれ?セルジュ、どうしたんですか?」
浴室を出て客室へ向かっていると通りがかったグレンがあれっと首を傾げる。
「ああ、ちょっと上せたらしくてな」
ワヅキに抱きかかえられたセルジュは顔を紅く染め、きゅう、といった風に目を閉じていた。
「親父さんと一緒だったからはしゃいだのかな?」
グレンはあはっと笑うと軽い挨拶をして自室へと帰っていった。
「とぉさんのエロオヤジ…」
その小さな呟きを聞かなくて済んだのは、グレンにとって幸いだった。






(END)
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ワケの分からん話を書いてしまった!!ああもうなんかダメって感じ。エロ度がかなり高くなったからお風呂シーンはカット!!隠しにしよう…(爆)
チャットから産まれたこの話…まさかこんな事になるとは思っても見なかったというか…うう〜ん…(笑)しかもタイトルと関係ないし…ホントは関係あったんだけど…書き切れなかった☆
みぞちゃ、こんなもん押し付けてゴメンね〜♪では、パパ!!(爆)
(2000/08/09/高槻桂)

合い言葉は「パパ(爆)