酒乱上等




「越前、これやるわ」
 放課後部活も終わり、着替えようとロッカーへ向かったリョーマに桃城は幾つかの小さな包みを手渡した。
「……Chocolate?」
 渡されたそれらは着色された銀紙に包まれており、その内の一つを剥くとこげ茶色のチョコレートが現れた。
「そ。ダチに貰ったんだけどよ、結構数あるからお裾分け」
「どーも」
 一つは既に銀紙を剥いてしまったので、リョーマはそれを口内に放り込んだ。
「………?」
 それを舌の上で転がしながら着替えていると、不意にチョコレートの中から液体が流れ出て来た。
 ツンとした香りと味にリョーマは顔を顰めると、それをさっさと噛み砕き、飲み込んだ。
「これ、Bottle Chocolateっすよ」
 そう言うと、桃城はへ?ときょとんとする。どうやら桃城もこれがボトルチョコレートだとは知らなかったらしい。
「ふーん、そうだったのか。お前にゃまだ早かったか?」
 にやにやと笑う桃城に、リョーマはむっとして顔を背けると着替えを始める。
「……ふふふふ」
『?!』
 暫くして、突然上がった笑い声に一同の視線が集まる。
「おチビちゃん…?」
 学生服のボタンを嵌めながら突如笑い出したリョーマに菊丸が声をかけると、突然リョーマは座り込んで両手で顔を覆った。
「ちょ、大丈……ぶ?」
 どうかしたのかと声をかけようとした大石があれ?と首を傾げる。
「〜〜〜〜〜!!!」
 リョーマの細い肩がくつくつと揺れている。明らかに笑いを抑えているといった態だ。
「え、越前…?」
「あっははははははははは!!!」
 大石がぽん、と肩を叩くや否や、それをきっかけにリョーマが大爆笑を始めた。
「え、いや、ちょっと……」
 大石を始め、一同はどうして良いか分からずひたすら笑い転げるリョーマを見下ろす。
「へえ、リョーマ君って笑い上戸だったんだ」
「ふむ」
 不二がにこやかにそう言い、その隣では乾がノートに何やら書き込んでいる。
 そしてさり気に不二が呼び方を「越前」から「リョーマ君」に変えているがそれ所ではない。
「越前、落ち着け、落ち着け、な?」
 事の元凶の桃城が動揺しながらリョーマの肩を掴むが、それすらも笑いの元になったようでリョーマは桃城を指差してけたけたと笑う。
「あははははは!!桃せっははははははははは!!!」
 どうやら言葉を発しようと思ってもまず笑いが出てマトモに話せないらしい。
「……どいてろ、桃城」
「部長!」
 見かねた手塚が溜息を吐き、割って入って来た。
「越前、少し落ち着け」
「キスしたら落ち着くかもね。僕がしてあげようか?」
 不二の問題発言に手塚が軽く睨む。だが、悪びれた様子のない不二から視線を外し、リョーマに戻した。
「……仕方ない」
 ぱんっと軽い音がしてリョーマの笑い声がぴたりと止まる。
 手塚がリョーマの頬を叩いたのだ。
「手塚…よくもリョーマ君の頬を…!」
「お、落ち着け不二!」
「そ、そうだニャ!」
 くわっと開眼し、眼からビームでも出しそうな勢いの不二を大石と菊丸が慌てて押さえつける。
「………」
 それは本当に軽くだったのだが、リョーマには効果絶大だったらしく、叩かれた頬に手をやって俯いてしまう。
「落ち着い…越前?」
 灰色の床にぱたぱたと水滴が落ち、手塚は言葉を止める。
「…っく……ひっく……」
 今度は泣き出したよオイ!どうする部長!
 言い方は違えど、一同の心境を纏めるとこんな感じだった。
「ぶった……くにみつがぶったぁー!!」
 『くにみつ』?!
 一同の視線がリョーマから手塚へ移る。
 手塚は不覚といった……平たく言っちまえば「あっちゃ〜ばれちまったよオイどうするよー」的な……表情をしていた。
 その表情は肯定したのと同意義で。
「すまない。謝るから一先ず泣き止んでくれ、頼むから……」
「だってくにみつがぶったもん!オレの事嫌いになったんだぁー!」
 敵意好奇心様々な視線を浴びながら、それでも半分ほど開き直ったらしい手塚はなんとかリョーマの機嫌を直そうと試みる。
「ヤダヤダ!くにみつが悪いんだからぁー!」
 端から見て、これはもう既に痴話喧嘩にしか見えない。
「……オレ、帰りますね」
 元凶であるくせに真っ先に逃げる桃城。もう知らん、勝手にやってくれ、と彼の背中は語っていた。
 それに続き、気を使った何人かがぞろぞろと出ていき、にこやかながらもブリザードを発している不二を大石と菊丸の二人掛かりで連れ出した。
「リョーマ」
 二人きりになると手塚は床に座り込み、リョーマを自分の上に抱え上げてそっと抱きしめてやる。
「どーせオレはオヤジのコピーですよーだぁー!」
 どうやら皆が出ていく内に愚図る問題点が変わっていたらしく、今度はテニスについてごねていた。
「リョーマ、もう泣くな……」
「くにみつのバカぁ…っく……っ……」
 そっと髪を梳いてやると、少しずつ愚痴が収まっていく。
「叩いてすまなかった」
 涙の零れる目尻に口付けてやると、漸くリョーマが嬉しそうに微笑んだ。
「くにみつ、オレの事、好き?」
「ああ、好きだ」
「オレもダイスキ」
 泣き止んだらしいリョーマはぎゅっと手塚にしがみ付き、その首筋に顔を埋める。
「……リョーマ?」
 沈黙しているリョーマにそっと声をかけると、どうやら寝てしまったらしく、小さな寝息が聞えてくる。
「全く……」
 手塚は苦笑すると、リョーマが目覚めるまでその髪をそっと撫でて続けていた。







(了)
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馬鹿話っすね。ハイ、酔っ払いネタっす。ちなみに半分実話。(笑)知り合いで、ボトルチョコ(所謂ウイスキーボンボンです)一個で酔っ払う人がいまして、それを元に作らせて頂きました。(その人はふらふらするだけなんですが)ちなみに笑い上戸なのは俺です。(笑)何が可笑しいのか俺自身わかってないんすけど、とにかく笑えて笑えて…。軽く三十分は大爆笑し続けてましたね。リョーマが喋ろうとしても笑いが止まらずマトモに話せない場面が有りましたが、それも俺の実録です。そう言えば、「ごねる」って方言?
(2001/08/13/高槻桂)

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