Baroque




亜久津は優しい。
いやまあすぐ手が出る方なんだけど、でも優しい。
私の容姿を気にしないし、メールだってちゃんと返してくれる。
まあ、アホな内容を送ると大抵「死ね」とだけ返って来るのだが。

ということで今もメールを送ってみた。

『今どこ?』

今日は珍しく午後も学校に居たのに、五限が終わって亜久津の教室行ったらもう居なかった。
なので私もそのまま帰る事にした。
鞄なんてものは長い間使ってない。
教科書やノートなんて机に入れっぱなしだし、何より手が塞がるのが好きじゃない。
ポケットの中にはサイフと携帯電話。大抵はこれだけで事足りる。
とりあえず、亜久津が居ないから、と学校を出たものの、目的地が定まらない。
もう少し適当にぶらついてみて、亜久津からの返事がなければ家に帰ろう。
そう思っていると、胸ポケットの中で携帯が震えた。
亜久津からだった。

『青学』

…青学?何でまた。この前は銀華にちょっかい掛けに行ってたみたいだし。学校巡りブーム?…ああ、何か青学の一年がどうたらって言ってたなあ。
通話ボタンを押して携帯を耳に当てる。
数回のコールの後、聞きなれた声がした。
「あくっちゃん、青学で何してんの?は?挨拶?…ああ例の一年レギュラーに?ずるいーなんであたしも誘ってくんねーの?」
亜久津に対しては私は「俺」とは言わない。
素で話せる数少ない相手だ。
「おにーちゃんの仇討ちたかったのにぃー」
えーん、と泣きまねをすると馬鹿にされた。うん、確かにどうでもいいんだけどね。
「ていうかあくっちゃん迎えに来てー…けち。じゃあそっち行くからどっかで待ち合わせしようぜ。…何、ゆーきちゃんに呼び出し食らってんの?ばっかでー。え?河村?あーあの空手道場で一緒だった?へーテニス部だったんだ。あ、バス着たわ。うん、じゃあついでにそこで待ち合わせようぜ。そんなに掛かんないと思うけど見捨てないで待っててねー」
ぱたんと携帯をたたみ、目の前で止まったバスに乗り込んだ。



亜久津の言っていたファミレスに入ると、すぐさまウェイトレスがやってきてお決まりの文句を言っていた。
待ち合わせだということを告げながら店内を見渡す。あ、発見。ゆーきちゃん相変わらず可愛いなあ。
あれ?ていうか、ちょっと離れた席に見慣れた顔があるんですけど。わーお。
「お客様?」
「あ、すみません。連れ発見したんで、そっち行きます」
ウェイトレスを手で抑え、亜久津の元へ行こうとすると亜久津が立ち上がった。わお、ジュースぶっ掛けたよあのコ。河村君かーわいそ。
…ぶはっ!亜久津がずっこけた!ずっこけた!!(踏みとどまったけど)あのちびこいのナイス!ぐっじょぶ!
はっ、いかん、笑ったことがばれたら原付乗せてもらえなくなるかも。耐えろ、耐えるんだ自分!

「亜久津」

呼んだら合計七対の視線がこちらに突き刺さった。痛い!痛いよ!
「来たか」
「おうよ。早かったっしょ?」
「遅えよ」
「手厳シー。つーか河村君かわいそー」
「けっ、俺に指図するからだ」
「はいはい。んじゃ、行こっか。ゆーきちゃん、河村君、またねー」

!」

さっさと立ち去ろうとした私を呼び止めたのは、やはり貞治だった。
ちっ、折角無視してたのに。
「…なに?貞治。てゆーか正月ぶり?おひさー」
「…何故お前が亜久津と一緒に居る」
何故とか言われてもなあ?
「俺ら心の友と書いてしんゆーってやつだし。な?あくっちゃん」
「死ね」
「酷え!」
けらけらと笑ってると河村君を拭いていたゆーきちゃんが駆け寄ってきた。
「仁!」
亜久津に詰め寄ろうとするゆーきちゃんとの間にするりと割って入り、にっこりと笑顔でゆーきちゃんを見下ろした。
「お久しぶり、ゆーきちゃん」
「え、あ、ちゃん、あの、」
視線が私と去っていく亜久津の後姿を行ったり来たりしてる。
「ごめんね、ゆーきちゃん。これ、河村君に渡しておいて」
クリーニング代、と財布から二千円を取り出して柔らかい手に無理やり握らせた。
いいなあ、これで一児の母とは思えないくらい可愛いなあ、ゆーきちゃん。
「置いていくぞ」
「あ、待ってよ亜久津。ゆーきちゃん、またね。あ、貞治とその他の皆さんもさようならー」
ひらひらっと手を振って私は亜久津の後を追いかけた。
店を出て振り返ると、貞治たちがわやわやしているのがガラス越しに見えた。
貞治が私のことをどう説明するか、気にならないわけではなかったが、歩みを進めていくと次第にどうでもよくなってくる。
「余計な事してんじゃねえよ」
追いつくなり亜久津は私を睨んだ。
「だって河村君かわいいし」
へらっと笑って言うと、「てめえの基準が判らん」と溜息を吐かれた。失礼な。






***
漸く主人公の名前が出たよ!ドリームじゃねえよコレ!

 

戻る