※乾総受けアンソロに寄稿させていただいた作品です。



「甘い飴の落とし穴」





 よっス!桃ちゃんこと桃城武だ!
 俺は今、テニス部の皆と一緒にバカンスに来てるぜイェーイ!
「桃、ここは確かに海に面しているけど、合宿の意味、理解してるかい?」
 うおっ!いつの間にやら乾先輩が真後ろに!
「強化合宿だって言うのに、バカンス、ね。桃、練習メニュー追加」
 すすすすんませんでしたー!
 ハイ、我ら青学男子テニス部は強化合宿に来ているのであります!
 え?何の強化だって?
 そりゃあもう、俺と乾先輩の関係を強化する為の…(ニヤリ)
「手塚、桃が随分余裕のようだからランニングも増やしても良いかな」
「桃城、ランニング五キロ追加だ」
「五キロだなんて手緩いよ。十キロぐらいは走らせようよ」
「そうだな」
 ぎゃー!部長も不二先輩も絶対怒ってる!
 つーか人の妄想まで読まないで欲しいッス!
「やだなぁ、人聞きの悪い。桃って全部顔に出るんだもん。誰だって分かるよ」
 誰だってとな!?はっ!確かに見回すと他の部員からさり気無く冷たい視線が…!
「という事で桃、ランニング、行っておいで」
「了解〜ッス…」
 乾先輩に爽やかに死刑宣告された俺は涙ながらに駆け出した。
 思想の自由は何処へ行ったんだー!


「今から部屋割り表を配るから、それぞれの部屋へ自分の荷物を運び込むように。あと、部屋の行き来は自由だけど、一般の方も泊まってるから関係の無い階へは行かない事。あとこのホテルからは出ない様にね」
 大石先輩がそう言ってプリントを配っていく。
「お、さんきゅ」
 林に渡されたプリントを受け取って早速チェック。
 どれどれ…
 俺の部屋は七〇五号室で、四人部屋。メンバーは主に二年部員。
 あ、海堂のヤロウは違う部屋じゃん。ラッキー。
 で、乾先輩は、と…。
 ………。
「…何で?」
 思わず声に出してしまうほど驚いた。
 乾先輩の部屋は六〇二号室。ここも他と同じく四人部屋。
 そこまでは問題無し。問題はそのメンバーだ。
 乾先輩、手塚部長、不二先輩、…そして越前。
「何か質問は…」
 大石先輩の声に俺は勢い良く手を上げていた。
「はいッス!」
「うん?なんだい桃」
「何で越前が三年の部屋に居るんスか?」
 何かの間違いじゃないのか?と願いを込めつつ聞くと、大石先輩は「ああ、その事ね」とにこやかに説明をし始めた。
「本当は越前も他の一年生と同じ部屋のはずだったんだけど、四人ずつで分けた所、丁度一人余ってしまったんだよ。で、三年は一部屋、つまり俺や手塚達の部屋が三人だけだから、そこに入ってもらう事にしたんだ。あ、越前にはちゃんと事前に言ってあるから大丈夫」
 さわやか警報発令中。
「そ、そッスか」
 いやもう、それ以上何も言えませんって感じで。
 八つ当たり混じりに越前の方を見ると、
「……フッ(嘲笑)」
 あのヤロウ鼻で笑いやがった!
 道理でいつも眠気で機嫌の悪いはずの朝練も今日に限って活き活きしてるはずだ!
「他に質問は?…良し、じゃあ夕食は七時からだから、それまでには食堂に降りてくるように。では、解散」
 大石先輩の声と同時にぞろぞろとみんなして階段へと向かっていく。エレベーターは他の一般客の迷惑になるから使用禁止なんだとさ。
 俺は七階だからまだ良いけど、十階の奴も居たりするわけで。
「あ〜…大変だなあ…」
 見事十階を割り当てられたらしい堀尾たち一年生三人組は、荷物を担いで練習で疲れた体を引き摺るように階段の上へと消えていった。
 ご愁傷様。
「俺は各階の避難経路を確認してから行くから、お前たちは先に行っていろ」
 手塚部長の声に、俺は階段へ向かっていた足を止めて振り返った。
「じゃあ、俺も一緒に行くよ」
 即座に名乗り出たのは乾先輩。
「あ、なら手塚と乾の荷物、僕たちが運んでおくよ」
 不二先輩の申し出に、二人はそれぞれの荷物を不二先輩と大石先輩に手渡してロビーの奥へと向かっていった。
 そこまで見届けた俺は踵を返し、今度こそ椿の間を目指して階段を上っていった。


 乾先輩を狙ってる奴は、思いの外多かったりする。
 取り敢えず海堂、不二先輩、越前、手塚先輩。この四人は確実。
 エージ先輩は微妙なトコだな。後はまあ、ちらほらと。
 で、当の乾先輩はというと、隔てなく誰とでも愛想良く付き合ってる。
 特に仲が良いのは手塚部長と大石先輩。
 三人で居るのが基本体勢って感じで、休みの日には三人で図書館や買い物に行ったりしてるらしい。
 …が、俺を含めて周りの皆は手塚部長と大石先輩をライバルとして見ていない。
 何故かっつーと。
 まず大石先輩。
 大石先輩の人柄も有るんだろうけど、なんつーか、こう、百合っぽいんだわ。
 女の子で良くあるだろ?親密な友情。あんな感じ。
 で、次に手塚部長。
 あの人が乾先輩に手を出すなんて、絶対無理。
 なんつーか、「あなたと一緒にいるだけで私は幸せなの」タイプ。
 部長の頭の中に乾先輩とどうこうなろうとかどうこうしようとか、そんな頭無いっぽい。
 寧ろ「乾先輩とキスしたいとか思わないんスか?」とか聞こうものなら顔を真っ赤にして「破廉恥な!」とか言い出しそう。
 つーわけで、俺らの中であの二人は安全パイだっつーのが暗黙の了解ってヤツ。特に手塚先輩は他のヤツらに手を出させない為のガード役にもなってる。

 と、言う事で。

 時は流れてとうとうやってきました、待ちに待った消灯時間十分前。
 点呼はスミレちゃん、手塚部長、大石先輩、不二先輩、そして乾先輩の五人がそれぞれの割り当てられた階を見廻っていくというもの。
 んで、夕飯の時に乾先輩がこの階の担当だってばっちり耳にしちまった俺は思わずガッツポーズをしてしまった。
 あ〜早く来ねえかな〜。


「…はい、全員居るね。明日は…」
 乾はプリントに書かれた七〇四号室の文字の隣りに丸を付け、明日の予定を告げる。
「何か質問は?…そう。じゃあおやすみ」
 唇の端を少し持ち上げるだけの笑みを浮かべ、乾は704号室を後にする。
「次は…ああ、桃の所か…」
 乾は小さく笑って七〇五号室のプレートが掛かっている扉をノックした。
「はいッス!」
 扉を開けたのは、乾の予想通り桃城だった。
「やあ桃。ちゃんと居たね」
 そのまま促されるように乾は室内へと足を運び、ぺこりと会釈をしてくる他の二年にも声を掛けてやる。
「はい、こんばんは。じゃあ、点呼とるから返事して。池田、竹中、林、桃城…はい、全員居るね。明日は六時起床だから、寝坊しない様にね」
 それじゃあおやすみ、と出ていく乾の後を付いて来る桃城に、乾は首を傾げて見下ろした。
「どうしたの、桃」
「や、まあちょっと」
 とか何とか言いながらも、桃城はしっかり乾の手を捕え、向かうはリネン室。
「…あと二部屋あるんだけど」
 ここまで来ると乾も桃城の意図に気付いたらしく、やれやれと溜息を吐いた。
「合宿っつったらコレっしょ」
「確かに不慣れな場所というのはその分、刺激が強まるとは言…」
 言葉の続きを飲み込むように口付けられ、乾は微かにその身を強張らせた。
「…っあのね、桃」
 ぐいっと桃城の体を押し返し、乾はずれた眼鏡を直す。
「人が話してる内に襲うのはどうかと思うよ」
 桃城は悪びれた色はなく笑った。
「乾先輩を喋らせておいたら言い包められて逃げられそうだし」
 そう言って乾の長身を壁に押し付け、桃城はその首筋に口付ける。
「うん、まあ間違ってないけどね。あ、待って」
 眼鏡に伸びて来た桃城の指を払い、「これは駄目」と左の中指で眼鏡を押さえた。
「何でッスか」
「眼鏡が無いと物が歪んで見えて気分の良いものじゃないんだよね」
 そんなもんッスかね、と呟いて鎖骨に軽く歯を立てると、ぴくりと乾の体が震えた。
「ちょ、桃…」
 漸くそれらしい反応を返してくれたのが嬉しかったのか、桃城はそこを執拗に舌を這わせる。
「っ…痕、付けたら…一個所に付き明日の腕立て伏せ二十回追加ね」
「うわ、ひっでぇ」
 ジャージのファスナーを下ろす音が妙にエロティックで、その音に桃城は体の温度が微かに上がったのを感じる。
「…ぁ…!」
 胸の突起を摘み上げられ、乾は小さく声を上げる。だが、その声は思った以上に室内に響き、乾は咄嗟に空いた手で己の口元を覆った。
 だがその手は桃城の手によって外されてしまう。
「…っ、ぅ…」
 ズボンの中に手を差し込まれ、勃ち上がりかけているそれを握り込まれる。その指が蠢き、乾は微かに息を荒げた。
「んっ…」
 先端を軽く引掻けばびくりと乾の背が撓る。桃城はその背に手を這わせ、そのままズボンを引き摺り下ろして後部に指を這わせた。
「っ……ぅ……」
 前後を同時に弄られ、乾の体が震える。桃城は彼のシャツをたくし上げ、露わになった胸の飾りに舌を這わせながら後部に這わせた指の先端をそこへ差し入れる。
 濡らされていないそこは桃城の指を拒み、押し戻そうとする。
「んっ…ぁ、あ…」
 ぐっと指を押し入れると乾の身体が断続的に震え、内壁を擦ればその薄い唇から濡れた声が漏れた。
「も、いいから……」
 早く終らせないと手塚たちが帰ってこない乾を探しに来るかもしれない。
「そりゃ時間は無いッスけど…痛いと思いますよ?」
 まだ殆ど解れていないそこに二本目の指を捻じ込むと、その唇から悲鳴じみた嬌声が上がる。
「いい、から…」
 そして乾は下ろされた己のズボンを指差し、ポケットを探るように告げた。
「…乾先輩、何でゴム持ってんスか」
 言われた通り探ってみれば出て来たのは一つのコンドーム。
 ジト目で見上げると、彼は可笑しそうに小さく笑った。
「点呼の時に桃が俺を連れ込む確率、九十%だったから」
「バレバレってことッスか」
 桃城もそう笑ってその包みを破った。
「それにしてもマジで大丈夫ッスか?」
 ゴムを嵌めながらそう問うと、「明日体調悪くなったら全部桃の所為にするから気にしなくて良いよ」とにこやかに言われた。
「うわ、ひっで」
 それでも止める気は無いらしく、桃城は乾の身体を反転させ、自身を押し当てた。
「んっ…く…」
 抵抗の強いそこに無理矢理押し入ると、やはり乾の表情は辛そうなものへと歪んだ。
「っは、ちょ、待っ……ぁっ!」
「乾先輩が大丈夫って言ったんだから今更待ったは無しッスよ」
「ひ、ぁっ……」
 ゴムに塗られたジェルの力を借りて根元まで押し進み、ゆっくりと前後させるとその動きに合わせて乾の薄らと開かれた唇から掠れた声が漏れる。
「はっ、ぁ、っ……」
 乾がゆっくりと詰めていた息を吐き、桃城が動こうと腰を引いた。

 コンコン。

「!」
 突然扉をノックされ、二人はびくりと体を硬直させる。
『乾、そこに居る?』
 扉越しに聞えて来たのは、不二の声だった。
 固まる桃城とは反対に、乾は「何だ、不二か」と平然としてずれた眼鏡を直している。
「うん、いるよ。桃も一緒」
『ああ、やっぱりね。入っても良い?』
「うーんそれはちょっと困るなあ。もう少し早かったら良かったんだけど」
『それは残念。乾が帰ってこないから手塚が心配してるよ』
「ゴメン、あと十分で終らせるから言い包めておいて」
『取り敢えず「偶然親戚が泊まってて、その人と話してたよ」って言ってあるけど』
「そう、ありがとう」
『それじゃ、リョーマ君はともかく手塚に気付かれない様にね。…あと桃』
 ぎくっ。
『明日から身の回りに気を付けてね♪』
 そして軽い足音は遠ざかっていった…。
「…乾先輩、この状態で何でそんな冷静なんスか…」
「ははは、人間常に冷静でないと正常な判断が出来なくなるからね」
「それって、俺じゃ乾先輩の理性飛ばせれないって事ッスか?」
 そう言うと、乾先輩はにやりと笑って。
「まだまだだね」
 どこかの生意気なルーキーの口癖を真似てみせた。
「……精進シマス」


「昨日はね、英二と賭けをしてたんだ」
 朝練の直前、桃城に近寄って来た不二はそう告げた。
「か、賭けッスか?」
 昨日の気まずさから引き攣った笑みを浮かべる桃城に、不二は可笑しそうに笑った。
「そう。桃が乾を襲うか襲わないか」
 ぶっ、と桃城が吹き出したが、幸い何も含んでいなかった為に被害はなかった。
「で、僕の勝ち」
 いつも以上に鮮やかなアルカイックスマイルに二の次を告げなくなっていると、噂の本人である乾と菊丸が近付いて来た。
「桃〜、こういうトコでは我慢しなきゃダメじゃん!お陰で朝のヨーグルト、不二に取られた!」
 むーっと唇を尖らせる菊丸。
「ヨーグルトって…」
 人の恋路とヨーグルトを釣り合わせないで下さい。
「ていうかね、乾は僕らのだから。昨日は特別に見逃してあげたけど、次は無いと思ってね」
「そうだよ〜、乾は俺らのだもんね〜」
 当然のようにそう言う二人に、桃城が乾へと視線を向けると彼はいつもの笑みを浮かべた。
「まあ、そういう事だから。悪いね」
 何時の間に、と桃城が頭を抱えると、彼らはそれぞれの笑顔のまま、
「「「二年前から」」」
 そう声を揃えて笑った。
「乾がさ〜、誰も選ぶつもり無いって言うから、じゃあ一妻多夫制で行こうって事になったんだよね」
「一妻多夫制?!」
 何だそれは。
「そう、僕が夫その一で英二がその二。で、手塚が余り自覚無いっぽいけどその三」
 にこやかに告げる不二を尻目に、乾は何かを発見したらしく「あ」と声を上げてその場を離れていった。
「海堂、柔軟一緒にしないかい」
 向かった先にはバンダナを巻き直している海堂。
 それを見た不二が海堂を指差して、
「で、海堂が夫その四候補」
「海堂まで?!じゃあ俺は?!」
 不二と菊丸は顔を見合わせ、「そりゃあ」と笑顔で桃城を指差し、
「「間男」」
 アハハハハ、ケッサクだよ、と不二だか菊丸だかの楽しそうな笑い声を聞きながら、桃城はがくりと項垂れた。
「ねえ乾、柔軟終ったらランニング、一緒に行こうよ」
「あ、不二ズルイ!乾〜、俺も俺も!」
 撃沈している桃城を尻目に、不二と菊丸がそう声を掛けると乾は「その気になったらね」と笑った。
「うん、わかった」
 そう手を振り返してから不二は未だ撃沈中の桃城を見下ろした。
「要はね、氷帝の誰かさんが鞭を持った女王なら、乾は飴を持った女王ってコト」
 飴に釣られて調子に乗ると、痛い目に会うよ?
「し、精進します……」
 笑顔の忠告に、桃城はそう答える事しか出来なかった。





(終)

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