※乾不二アンソロに寄稿させていただいた作品です。



君がくれた恋の名を





 ハイハイハイ報告します。
 突然だけど、僕、不二周助と乾貞治は付き合う事になりました。
 うん、そう。お付き合い。所謂恋人同士。
 え?どっちから告白したかって?
 アハハ、そんなの決まってるじゃない、僕だよ。
 一昔前の少女マンガの王道に則って、ちゃんと昼休みに体育館裏…じゃなくて(体育館裏は喧嘩の王道だよね)校舎裏に呼び出してさ。
『僕、乾のことが好きなんだ…』
 って。
「不二、ちょっと…」
 あれ?乾どうしたの?
 ………えー?仕方ないなぁ。
 あ、ゴメンゴメン、さっきの、取り消しね。
 さすがにそこまで王道突っ走れなかったんだ。
 本当は、
『あのさ、どうも僕乾のこと好きみたいなんだよね。だから付き合って欲しいんだけど』
 って言ったんだった。そうそう、思い出したよ。
「……」
 あ、ちょっと、何で疑わしげな顔してるワケ?
 え?まだ違う?細かいトコは別にいいじゃない。
 良くない?全くもう、我侭だなあ。
 じゃあ、正確には
『あのさ、どうも僕乾のこと好きみたいなんだよね。だから付き合ってよ。まさか断るだなんてこと無いよね』
 だったっけ?
 ハイハイ。やっとOKが出たよ。些細な違いなのにねぇ。
 え?些細じゃない?
 もう、乾ってば神経質だね。
 そんなトコも好きなんだけど。キャッ(ハァト)
 あ、ちょっと、乾ってばこれくらいで引かないでよね。
 まあ、そんなこんなで僕たちは目出度く付き合うことになりました。

 と、いう事で。

「邪魔する奴は容赦しないからねー!」
 不二のテニスコート中に届く宣言に、ノートに綴っていた文字が歪んだ。
 …何をやってるんだアイツは。
 あの半ば脅すような告白(?)から数時間を経た放課後。
 まあ、特に何が変わったというわけでもない。
 ……今の叫びは十分いつもの部活風景には無いものではあるが。
 とにかく、だ。逐一不二の奇行に付き合っていては身が持たない。聞き流していると悟られない様、聞き流すのが一番得策だ。
「桃ー?今の僕の宣言、聞いてなかったね?」
 ほら、ああしてあからさまに何も聞かなかった振りをすると不二の攻撃の的になる。
 おーおー、桃の奴、物凄いスピードで逃げたな。自己ベストじゃないか?
 良いデータが採れた。
 それにしても、不二がこうも大々的に言い触らすとは予想外だった。
 今日に限って手塚が生徒会で居ないというのが最大の理由だろうが。
 とにかく、不二の告白は正直、驚いたよ。
 予想外というか、予定外というか。
 イエス以外の言葉を口にしたら怒られそうだったから言わなかったけど、俺としては、
「乾!ラリーの相手してよ」
「うん?ああ、わかった」
 やれやれ、我が君の御呼び立てだ。
 俺は手にしたノートをベンチに置き、代わりにラケットを手に不二の待つコートへと向かった。

 ああ、そうだ。
 余談だけどさっきの宣言、どうも手塚の居た会議室まで届いていたらしくてね。
 後でやって来た手塚にグランド三十周言い渡されてたよ。
 え?俺?俺は御咎め無し。だって叫んだのは不二だけだしね。



「さーんじゅっ、っと…ふう」
 手塚に課せられたグランド三十周を走り終え、不二はやれやれ、とその場に立ち止まる。
「不二、まだ休むな。暫く歩いてクールダウンしないと体に悪い」
 そう声を掛けてくるのは、不二と同じように息を弾ませた乾だった。
「はぁい」
 不二は気の抜けた応えを返し、乾の指示に従って歩き出す。
 コートには片付けをする一年以外、既にその姿はない。
「ごめんね、乾まで付き合わせちゃって」
 不二が走り出してすぐ、「自分にも責任があるから」と乾までもが走り出したのだ。
「いいさ。良い体力作りになった」
 結局不二のペナルティである三十周全て付き合った乾は小さく笑った。
「さ、そろそろ帰ろうか」
 そう告げて部室へと足を向ける乾の隣りを歩きながら、不二は彼の自分より高い位置にある顔を見上げる。
「乾ってさ、走ってる間、ずっと僕のペースに合わせてくれてたよね」
 乾は歩みを止めること無く、また少しだけ笑った。
「そうかな」
「そうだよ」
 僕がわざと遅くなったり速くなったりしてもぴったり横に付いて来てたし。
 そう告げると乾はまた笑う。
「さ、早く行かないと、手塚が「遅い」って怒るよ」
 そう言って前を向いてしまった乾に、不二は少しだけ肩を竦めてみせた。
「あんな中途半端な時間から三十周言い渡したの自分なのにね」
「まあ、手塚だから」
「手塚だもんね」
 意味も無くにやりと笑いあって、二人は部室の前に辿り着いた。



 ちっす!桃ちゃんこと桃城武ッス!
 みんな、聞いてくれ。乾先輩と不二先輩が付き合うらしい。
 皆サマ、こんな言葉をご存知ですか。
 好奇心は猫をも殺す。
 好奇心は身を滅ぼす。
 要は人生程々にっつー事なんだけどさ、それでも知りたくなるのが人間ってモンで。
 不二先輩か、乾先輩、どっちかに聞いてみるとなると…。
 ……考えるまでも無く乾先輩を選ぶだろ。
 不二先輩に(他人のネタならいざ知らず)根掘り葉掘り聞こうものなら…恐ろしくてそれ以上は…考えたくねえなあ、考えたくねえよ。
 つい昨日も酷い目に遇ったし。
 ああ、そういえばその後で乾先輩が
『良かったね、桃。さっきの走り、自己ベスト更新してたよ』
 と、フォローにも慰めにもなっていない言葉をくれた。
 で、結局どうしたかと言うと。
「あ、あの、乾先輩…」
 やっぱここは乾先輩に直撃アタックだろ。
 因みに今は部活の真っ最中。
 部長は今日も遅くなるらしくて、不二先輩はエージ先輩と打ち合ってたりする。
 チャーンス。
「なんだい?」
「あの、昨日の不二先輩のって、マジっすか?」
 ちらっと不二先輩を気にして見てみる。
 大丈夫、こっちには気付いてない。
「ああ、あれ?うん、本当だけど?」
 うわ、モロ普通に返されちまった。
「え、じゃあ乾先輩は不二先輩の事好きなんスか?」
 昨日の話ではどう考えても不二先輩がごり押しして付き合うことになったって感じだったんだよな。
 報復が恐ろしいから仕方なく、かな?とか思ったりしてるワケでして。
「ああ、そういう事ね」
 俺の聞きたい真意に気付いた乾先輩は、可笑しそうに短く笑った。
「桃、そういう野暮なことは聞くものじゃあないよ」
「でも」
 食い下がろうとした俺を「それに」とさっきとは違ったニヤリとした笑いで俺を見下ろして来る。
「タイムアップだ」
「へ?」
 ま、まさか…
 ばっとコートの方へ視線を向けた俺は嫌な予感大当たりな現実に直面した。
 ジーザス!不二先輩がにこやかな笑みを湛えてこっちに向かって来てる!
 エージ先輩も一人安全圏で「後は任せた」と言わんばかりに手ェ振らないで下さい!
「あっ、大石副部長!お話しが!」
 三十六計逃げるにしかず!
 このコートの中で一番安全圏っぽそうな副部長の元へ俺は逃げていった。
 幸い、不二先輩は追いかけてこなかった。
 だけどその分、後が怖い……。


「桃に逃げられちゃったよ」
 然して悔しくなさそうな声音で、不二は「まあ良いや」と笑った。
「後で思い知らせておくし」
 暖簾に腕押し、糠に釘だと思いながらも「程々にな」と言っておく。
「わかってるよ。あれでも居ないと困るからね」
 酷い言われ様だ。
 当の本人は苦笑する大石の陰に隠れながらこちらを伺っている。
 大石と目が合った。
「……」
 巻き込んですまない、の意を込めてノートを持たない手を軽く振る。するとその意を得た大石が苦笑を深め、気にするな、と肩を竦めた。
 そして大石は桃を引っ張ってコートへと入っていく。
 そこで俺は不二がこっちをじっと見ていることに気付いた。
「ねえ乾」
 珍しくその表情は真面目だ。
「うん」
「本当の所、どうなのさ。僕のこと、」
 あ、手塚が来た。
「ストップ。時間切れだ。手塚が来た」
 不二は少し不満気な顔をしたけれど、今日はちゃんと部活がやりたかったんだろう。それ以上は言わなかった。
「不二」
 先にコートへ戻っていく不二の後姿に声を掛ける。
「何?」
 振り返ったその顔は、いつものアルカイックスマイル。
「帰り、本屋に行きたいんだけど」
 一緒に帰る事を前提にした発言に、不二は少しだけ嬉しそうな色を見せた。
「良いよ」



 目的の本も見つかり、二人は帰路に就いていた。
 本屋までは弾んでいた会話も、今は無い。
「俺の予想ではね」
 不意に乾が口を開いた。
「不二が告白してくるなんて状況は無かったんだ」
「うん」
「本当なら昨日、告白するのは俺の方だったんだから」
 ぴたりと隣りを歩く不二の足が止まる。
 乾も足を止め、きょとんとしている不二を見下ろした。
「帰りにでも言おうかと思っていたんだけど、まさか先を越されるとはね」
 驚いたよ、と相変わらずの声音で告げる。
「俺としては、少し悔しかったんだよね。些細な事で悪いけど」
 そこで漸く不二は「なんだ」と気の抜けたような声を洩らした。
「乾って案外子供っぽい所もあるんだね」
「これでも君と同じ義務教育期間中の人間なんだけど」
 子供っぽいのは嫌かい、と問われた不二は「ううん」といつもの笑みを浮かべる。
「そういうトコも好きだよ」
「それは良かった。ついでに言うと、先に告白された事で少し、意地を張っていたんだよね」
「意地?」
「そう。本当は昨日の時点で言うべきだったね」
 そう言って乾は不二と向き合い、いつものあの小さな笑みを浮かべた。

「俺も、不二が好きだよ」




(終)

戻る