ガイジュエンド

 


「ガイアスと、歩んでいくよ」
アルヴィンをまっすぐに見つめてそう告げたジュードに、アルヴィンは深い溜息を吐いた。
「……そう言うと思ってたさ」
ジュードのガイアスを見る目はとても穏やかで、信頼に満ちていた。
自分にはジュードにあんな表情をさせる事が出来なかった。
ジュードの手は確かにアルヴィンを握っていた。けれどそれは最早ジュードの優しさでしかなかった。
自分の足で立てなかったアルヴィンを導いてくれたジュードの手。
そこにはもう、アルヴィンが望む形の愛情は失われていた。
アルヴィンが望んだそれは、今はもうガイアスに注がれている。
全てはもう、遅いのだ。
ジュードがガイアスを選んだなら、いっそこの手で、そうまで思った。
けれど実際に現実を突きつけられると気が抜けたようにそんな気は失せた。
「アルヴィン」
ふらつきながらも自分の足で立ち上がったジュードがアルヴィンの前に立つ。
「約束、果たせなくてごめんね……」
「ジュード……」
アルヴィンはくしゃりと顔を歪めると、手を伸ばしてジュードを抱き寄せた。
「ジュード、ジュード……!」
久しぶりに抱きしめたジュードの体からはやはりどこか甘い香りがして。
けれどもうこれが最後なのだと思うと、アルヴィンは溢れ出しそうな何かを堪えた。
「愛してた……愛してたんだ……!」
「うん……ごめんね、アルヴィン……ありがとう……」
この温もりを、ずっと覚えていよう。
それがきっと、自らの慰めになる。アルヴィンはそう信じてジュードをきつく抱きしめた。

 


断界殻を開放して一節。
ジュードはカン・バルクのガイアス城で生活していた。
源霊匣の研究をしたいからイル・ファンかヘリオボーグ基地へ行く、と言うジュードにガイアスはならばこの地に研究所を作ればいいと言い出した。
かくしてカン・バルクに源霊匣研究所が設立されることになり、今はその工事の真っ最中だった。
二節後に婚儀を控えたジュードの周りは目まぐるしく動き回っていた。
衣装選びから採寸、仕立てを行い、ジュード自身もまた様々な作法を覚えなくてはならなかった。
この一節、余りにも慌ただしすぎてガイアスともろくに会ってない。
同じ城内にいるはずなのに、こうも会えないなんて、とジュードは溜息を吐いた。
そんなある夜、ジュードがもう寝ようかと思っている頃に部屋の扉を叩く者があった。
入ってきたのは、この一節まともに顔を合せていなかったガイアスだった。
「ガイアス!どうしたの」
「時間が出来たのでな。寝ているかとも思ったが……」
「ううん、会いに来てくれて嬉しい」
ジュードが素直にそう言うと、ガイアスはじっとジュードを見下ろした。
「なに?」
「……触れても良いか」
「え?うん?」
質問の意味を深く考えないままジュードが頷くと、そっと抱き寄せられた。
「この一節、お前に触れたかった」
「ガイアス……僕もね、ずっとガイアスにこうしてぎゅってされたかったよ」
「ジュード……」
ガイアスの手がジュードの顎を持ち上げ、上向かせた。何をされるかなんて、分かりきっていた。
ジュードがそっと目を閉じると、唇に温もりが宿った。
「ん……」
唇を割ってガイアスの舌が侵入してくる。それを受け止めながらジュードはガイアスの胸元をぎゅっと掴んだ。
「んん……ふ……」
広い室内に微かな水音が響く。
長い口付けから漸く解放されると、ジュードはとろんと目を潤ませてガイアスを見上げていた。
「ガイ、アス……」
ガイアスはジュードの手を引いてベッドに導くと、そっとジュードの体を横たえた。
「……良いか」
伸し掛かってきた男の低い問い掛けに、ジュードは迷う様に視線を彷徨わせた後、小さく頷いた。
「ん……」
再び口付けられ、舌を絡めあいながらするりと夜着の中に入り込んできた手にびくりと震えた。
「ん、ん……」
男の手がジュードの胸を這い、その突起を摘まみ上げる。
指の腹で捏ねられ、潰されてジュードは甘く喉を鳴らした。
「ん……ふあ……あ……」
口付けから解放され、ガイアスの唇がジュードの首筋を這う。ぞくぞくとした感覚にジュードはふるりと震えた。
「あっ……」
夜着の帯を解かれ、胸を覆っていた下着も外される。
現れた白い肌にガイアスの舌が這う。その舌が胸の突起に辿り着くとジュードは再び震えた。
片方は指で弄られ、もう片方は舌で舐られてジュードは下肢に熱が集まっていくのを感じた。
ガイアスの手が胸元から滑り降りていき、ジュードの下着に手を掛ける。
纏っていた最後の布地もするすると下ろされ、シーツの上に落とされた。
「やっ……」
脚を開かされ、ジュードは咄嗟に脚を閉じようとする。しかしガイアスの体に阻まれてそれは叶わない。
ガイアスの指がぬめりを帯びたそこを滑った。ジュードがびくりと震えると、ガイアスは怖いか、と聞いてきた。
「大、丈夫……あ、あっ」
ぬめりを塗り込める様にして動くその指にジュードは声を上げる。
「確かに、大丈夫そうだな」
溢れる愛液を指に絡め、入り口を刺激しながらガイアスは薄く笑う。
「や……やだ、ガイアス……」
羞恥に頬を朱に染めて見上げてくるジュードの視線を受け止めながらガイアスはゆっくりと指を差し入れた。
「あ、あ……!」
徐々に奥を目指して入り込んでくるその指は徐にその内壁を擦りあげた。
「あっ」
何度も擦りあげると、ジュードの体は魚のように跳ねる。
「あ、あ、んっ……」
きゅうきゅうと指を締め付ける感触を楽しみながらガイアスが指を蠢かした。
指を増やしてバラバラに動かせば、ジュードは脚を突っ張らせてその快感に耐える。
ジュードが登りつめるまでにそう時間はかからなかった。
一際甲高い声を上げ、ガイアスの指をきつく締め上げながら達したジュードは快感に蕩けた視線を宙に彷徨わせた。
ひくつくそこから指を引き抜いて、ガイアスは己の夜着の帯を解く。
現れた屹立したそれにジュードがこくりと喉を鳴らしたのが分かった。
先端を濡れそぼるそこに押し付け、擦る様に滑らす。
ガイアスの熱がジュードの花芯を擦ってジュードが甘い声を上げる。
「あ、あ……ガイ、アス……!」
「どうして欲しい、ジュード」
ひくつく入り口を無視して花芯を擦りあげると、ジュードは意地悪しないで、とその蜂蜜色の瞳に涙を浮かべて訴えた。
「ガイアス、が……欲しい……」
ジュードの消え入りそうなその声に、ガイアスは唇の端を歪めて笑う。
「良いだろう。いくらでもくれてやる」
ガイアスは己の熱を肉壺への入り口に押し当てるとゆっくりと押し入れた。
「あ、あ……ああっ」
強い圧迫感に震えていると口付けられる。慰撫するようなそれに応えながらジュードはガイアスの熱を根元まで受け止めた。
「んっ……ふ……」
内壁がガイアスの形に馴染むまで口付けられる。
ひくひくと蠢きながらも吸い付く様にガイアスの熱に絡まるその内壁を、ガイアスはゆっくりと突いた。
「あっ」
突き上げる毎にジュードの喉は甘い声を漏らし、痛みがない事をガイアスに伝える。
次第に速くなっていく律動にジュードは翻弄されながらもガイアスに手を伸ばした。
「あ、あっ、ガイアス……!」
抱き寄せ、抱き寄せられてジュードはガイアスの広い背中に腕を回してしがみ付いた。
強く突き上げられながらジュードはただしがみ付いて喘ぐ事しかできない。
「あ、あ、あっ、や、ああっ」
ジュードが足を突っ張らせて達すると、その内壁の痙攣に引きずられるようにしてガイアスもまたジュードの中で熱を放った。
「は……はあ……」
伸し掛かる男の体を抱きしめながらジュードが息を整えていると、ガイアスが身を起こしてずるりと埋め込んでいたそれを引きずり出した。
「あ……」
こぽりとそこから溢れる熱に、粗相をしてしまったかのようにジュードが顔を赤くする。
ガイアスはそのまま寝ていろ、と言うと備え付けの洗面所からタオルを持ってきた。
ジュードが自分でやろうとすると、ガイアスは自分がやると言って聞かず、ジュードは顔を赤くしたままガイアスに清められた。
足元に放置されていた夜着も着せてもらい、この日はガイアスの温もりに包まれながら眠りに就いた。

 


その翌日。
「え?父さんと母さんに?」
お前の両親に報告に行かねばならんな、と言い出したガイアスにジュードはきょとんとして小首を傾げた。
「お前を娶るのだから、それくらいはせねばならんだろう」
「まあ、良いけど……」
明らかにガイアスの子ではない顔立ちのエイベルをどう説明したらいいのだろう。
ジュードはそう思いながらもとりあえず頷いておいた。
そしてジュード達はそれから一旬後にはル・ロンド行きの船に乗り込んでいた。
久しぶりのル・ロンドは相変わらず穏やかな雰囲気でジュード達を出迎えた。
こっちだよ、とジュードの案内でマティス診療所に辿り着くと、受付にはエリンがいた。
「おかえりなさい、ジュード」
予め手紙で今日の帰郷とその目的を伝えていたジュードに、エリンは優しく微笑みかけた。
ジュードの腕の中の赤子に少し驚いた顔をしたが、すぐにその後ろに立っている男に目をやると、この方がそうなのね、とジュードに問うた。
「うん、僕の大切な人」
穏やかに微笑む娘にエリンは頷くとお父さんの診察はもうすぐ終わるから、と告げた。
するとちょうど診察室から最後の患者が出てきて会計を済ませて出て行った。
診察室からディラックが顔を覗かせ、入りなさい、と中に促した。
「それで、お前の紹介したい人というのはその男の事か」
「うん、それとこの子もなんだけど、とりあえずガイアス」
促されてガイアスが一つ頷いて口を開いた。
「名はアースト・アウトウェイ。字はガイアス。この国の王を任されている」
ガイアスの名乗りに、エリンがまあ、と口元を手で押さえ、ディラックは珍しく目を見開いて硬直していた。
「貴殿らの娘を我が妃として迎えたいと思っている」
「妃、ですと……?この子はまだ十六です。結婚自体早いというのに妃など……」
「十六の頃には俺はもう一族を率いていたが?」
「貴方と一緒にしないでいただきたい。この子はごく普通に育った子です。そんな器ではありません」
首を横に振って否定する父親に、ジュードは父さん、と穏やかに語りかける。
「僕は確かにまだ十六で、この世界の事もわかってないと思う。でも、ガイアスとなら乗り越えていけるって信じてるんだ」
僕が一番辛かった時に助けてくれたのは、ガイアスだから。
そう言って赤子に頬を寄せるジュードに、それでその赤子はなんだ、とディラックが問う。
「僕の子供。今六節目なんだ」
「お前っ、いつの間に子供まで……!」
椅子から腰を浮かせかけたディラックは、ふと赤子を見て訝しげな顔をした。
「……その子供は王との子なのか?」
こちらをじっと見上げてくる瞳こそ娘と同じ蜂蜜色だったが、その髪の色は焦げ茶色だ。
「ううん、アルヴィンとの子だよ」
あっさり否定したジュードに、ディラックは頭痛を感じて米神を揉んだ。
「アルヴィンというと……あのアルクノアの男か」
「うん。ちょっと色々あってアルヴィンの子供妊娠しちゃって、そこをガイアスが助けてくれたんだ」
「要領を得ないな。詳しく話さんか」
ディラックの言葉にジュードはうーんと悩んでいたが、まあいいか、と一人頷いた。
「ジュード」
「良いんだ、ガイアス。隠しておいても仕方ないし」
話しても仕方ないんだけどね、とも言ってジュードは父親を見た。
「僕、七節間くらいアルヴィンに監禁されてたんだけどその間に妊娠しちゃって、そこでガイアスが偶々僕を見つけて助け出してくれたの」
ディラックはさらりと語られた出来事を理解するのに数秒の時間を要した。
「……それで、その男は今どこにいる」
絞り出されたその低音に、ジュードはさあ?と首を傾げた。
「一節に一度この子との面会の約束はしたけど、それ以外の時は何処に居るか、僕は知らない」
多分今はシャン・ドゥあたりじゃないかなあと言う娘に、ディラックは怒鳴った。
「なぜお前はそうも呑気なのだ!王がお前を見つけなかったらどうなっていたと思っているんだ!」
「今も多分、アルヴィンに監禁されてたと思うよ」
あっさりそう言うジュードにディラックの怒りは収まらない。
「それであの男の子を産んでおいて王の妃になろうと言うのかお前は!」
「ガイアスはこの子を養子として迎えてくれるって約束してくれたよ」
「そういう問題ではない!」
「じゃあどういう問題なの」
「ジュード」
喧嘩腰になってきたジュードにガイアスが声を掛ける。
「諍いを起こしに来たわけではないだろう」
「それは、そうだけど……」
しゅんとしたジュードの頭をぽんと撫でるとガイアスはディラックを見て言った。
「此度はジュードを妃に迎える旨を伝えに来たのであり、許可を得に来たわけではない」
「どうしても、ジュードを妃に迎えるとおっしゃるのですか」
「無論。ジュード以外に我の傍らに立てる女はおらぬ」
暫しディラックがガイアスを睨み付けていたが、やがて諦めたように深い溜息を吐いた。
「……もういい。好きにしなさい」
ディラックの疲れたような声に、ジュードはぱっと喜色を浮かべた。
「ありがとう、父さん」
するとそれまで黙っていたエリンがねえ、と口を挟んできた。
「それで、その子のお名前は?ジュードの子供なら、私たちの孫って事よね」
「ああ、そうだったね。この子はエイベルって言ってね……」
ジュードの穏やかな声が診察室を満たした。

 


三節前に婚儀を無事済ませ、晴れてジュードを妻として迎えたガイアスだったが。
毎節のこの日はガイアスの機嫌は急降下する。
政務もそこそこに切り上げて妻の部屋に向かえば、そこには腹の上にエイベルを乗せながらジュードに膝枕をして貰っているアルヴィンの姿があった。
「あ、ガイアス、お疲れ様」
「よう王様」
アルヴィンの髪を撫でながら笑うジュードと、その太腿に頭を乗せてへらっと片手を上げるアルヴィンに、ガイアスは低い声で言う。
「俺はエイベルとの面会は許したがジュードとの面会まで許した覚えはないのだがな」
毎節毎節アルヴィンはエイベルに会う為とやってきてはこうしてジュードに甘えていくのだ。
「王様が意地悪言うよぅジュードママー」
わざとらしくそう言ってジュードの腰に抱きつくアルヴィンを長剣の錆にしてやろうと剣に手を掛けると、ジュードがまあまあと宥めた。
「おっきな子供が出来たと思えば良いじゃない」
「このような不出来な息子は要らん!」
「不出来だって酷いよなー。これでも俺結構強いのになー」
ジュードの腹に顔を摺り寄せて言う男にガイアスの苛立ちは更に増す。
「剣の腕の話をしているのではない!器の話をしているのだ!」
「えー?ジュード君が俺以外の男に走っても赦しちゃうくらいの器の大きさは持ってるつもりなんだけどー」
「まあまあ、二人ともその辺にしておきなよ」
ところで、とジュードはにこりと笑ってガイアスを見る。
「お仕事は、終わったの?」
「……」
ここで嘘の一つも吐けないガイアスは馬鹿正直に黙り込む。
「ローエンを困らせちゃ駄目だって、言ったよね?」
お前が俺を困らせるのは良いのか、と言いたいのをガイアスはぐっと堪えた。
だがガイアスの言いたい事が伝わったようにジュードはくすくすと笑う。
「ちゃんとお仕事したら、今夜は特製マーボーカレー作ってあげるから」
「む……」
マーボーカレーで丸め込む気か、と思いつつも頷いてしまう辺り見事に丸め込まれている。
「ジュードママ、その前にピーチパイ焼いてくれよ」
「はいはい。アルヴィンは本当にピーチパイが好きだね」
ごろごろとエイベルを抱えながらジュードの膝の上で甘えるアルヴィンをやはり刀の錆にしてやろうと剣に手を掛けると、ぽん、と肩を叩かれた。
「陛下」
にこやかな顔でいつの間にか背後を取っていたのは、宰相であるローエンだ。
「ご公務が滞っております。さ、行きますよ」
「待て、俺はあの男を……!」
「殺して死ぬような男じゃありません。諦めなさい」
ずるずると引きずられていくガイアスをジュードとアルヴィンがひらひらと手を振って見送った。
「さあ、ピーチパイを焼かなきゃね」
アルヴィンの髪を優しく撫でながら言うジュードをアルヴィンはふと真顔になって見上げた。
「なあ、ジュード」
「何?アルヴィン」
「今、幸せか?」
アルヴィンの問いにジュードはきょとんとした後、それは幸せそうに笑って頷いた。
「うん」
「なら、良いんだ」
腹の上でエイベルが声を上げる。その頬をむにむにと弄りながらアルヴィンは穏やかに笑った。
愛した人は他の男のものになってしまったけれど、こんな風に穏やかな気持ちになれる日が来るなんて思わなかった。
でも、今でもジュードの優しさがアルヴィンを柔らかく包み込んでいることに変わりはなくて。
ならば、もう、これでいい。
いつか過ちを犯してしまった自分を許せる日が来るまで、ジュードの幸せを見守っていこう。
それが歪みの果てで見つけた、自分の愛の形なのだ。

 



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