それは、ジュードが十歳の時だった。
両親は治療院の仕事が忙しく、ジュードはいつもレイアの家で夕食をご馳走になっていた。
最後に両親と共に食事をしたのはいつだったか。記憶をもう随分と昔まで遡らなければならない。
けれどレイアやロランド夫妻はジュードにとても良くしてくれたし、本当の家族の様に接してくれた。
だからジュードは両親に構ってもらえない寂しさを抑え込む事が出来ていた。
ジュードは毎晩ロランド家で夕食を摂り、暗い道を一人で帰っていく。
もう慣れていたし、宿泊処ロランドからジュードの家までは然程遠くもなかったので夜の怖さも感じていなかった。
そんなある日、いつもの様に自宅までの暗い道のりを歩いていると突然背後から抱き竦められた。
口元は手で塞がれ、恐怖に彩られた声は喉の奥でくぐもった音となり、唇を割る事は無かった。
細い路地に引きずり込まれ、体を弄られる。はあはあと荒い息が耳を打った。
相手は男だという事はわかったが、何故こんな事になっているのかジュードには理解できない。
ジュードはレイアと一緒に武術を習っていたが、最初に背後から抑え込まれてしまったジュードに反撃の余地は無かった。
男の手がジュードのズボンを下着ごと下ろし、恐怖で縮こまっているジュード自身を握りこんだ。
いやらしく動くその手に、ジュードはぞくぞくとした感じた事のない何かがそこから駆けあがってくるのを感じた。
まだ未熟なそれを弄っていた男の手が更にその奥に伸ばされる。自分ですら触った事のない場所に男の指が触れた。
ジュードが呻き声を上げるがお構いなしにその指はそこを何度もなぞり、やがてその先端を押し入れてきた。
未知の感覚にジュードはがたがたと震えた。べろりと耳朶を舐められ、耳の中まで舐められる。
恐怖と嫌悪感、そしてそれと同時に言い表しようのない感覚がジュードの全身を駆け巡った。
ぬくりと指が奥まで入り込み、ぬちぬちと音を立てて抜き差しされる。内壁を擦られる感覚にジュードは恐怖とはまた違った何かで震えた。
どれくらいそこを弄られていたのだろう。やがて男は指を引き抜き、何かごそごそとした後にジュードのそこに熱い何かを押し当てた。
それが何なのか、幼いジュードにはわからない。蕾を押し上げる様にその熱が動いたが、やがて背後で舌打ちする音がした。
その熱はジュードの蕾を何度も擦り、やがて背後で男が微かに呻いてジュードのそこを熱い何かで濡らした。
すると男はジュードを開放し、突き飛ばした。
膝を付いたジュードが振り返ると、男は背を向けて暗闇の中を駆け去っていた。
ジュードは何をされたのかもわからないまま、乱された衣服を整えて何事もなかったかの様に家に帰った。
両親は相変わらずまだ治療院の方にいるらしく、ジュードがいつ帰宅したのかも気付いていないのだろう。
濡れた股座が気持ち悪くて、早くお風呂に入ってしまおうと脱衣所で服を脱ぐと、ジュードのそこには白濁とした粘液がこびりついていた。
なんだろう、これ。気持ち悪い。
ジュードは風呂でそれを洗い落とし、身を清めると今夜の不可解な出来事は忘れようと思った。
でも、とジュードはベッドに入ってから男にされた事を思いだす。
そっと下肢に手を伸ばし、男がしていたように自身に指を絡めて上下に動かしてみる。
「んっ……」
あの時感じたぞくぞくとした何かがジュードの背を駆け巡った。
なんだろう、これ。気持ちいい。
夢中になって手を動かし、それを擦っているとやがて軽い痙攣を起こして全身を引きつらせるとジュードは脱力した。
精通の訪れていないそこからは透明な粘液が僅かに漏れただけだった。
何だろう、僕、凄くいけない事をしちゃった気分。
荒い息を繰り返しながら、ジュードはシーツに顔を押し付けた。

 


それ以来、度々ジュードは物陰に引きずり込まれた。
男はいつもジュードの下肢を執拗に弄り、時折胸元の突起を摘まんだりもした。
ジュードはもう抵抗しなかった。男が体を触る以上の危害を加えてこないと理解していたからだ。
大人しくしていればすぐに終わる。ジュードはされるがままになっていた。
そんなジュードに気付いたのだろう、ある時から男はジュードの口元を押さえるのをやめた。
片方の手でジュード自身を扱き、もう片方の指でジュードの内壁を擦りあげた。
それが気持ちいのだと自覚してしまっていたジュードは、与えられる刺激に時折喉を鳴らした。
ジュードが感じているのだと気付いた男はますます興奮してジュードの蕾に熱を擦りつけた。
何度も擦られ、やがて男がそこから白濁とした粘液を吐き出すと終わりの合図だ。
暗闇の中を逃げていく男の後姿をぼんやりと見送って、この日もジュードは乱れた衣服を整えて素知らぬ顔で帰宅した。
そんな事が一節近く続いたある夜、いつもの様に物陰に引きずり込まれたジュードは与えられる刺激に身を震わせながらただ終わるのを待っていた。
最初は一本の指しか入らなかったそこも、次第にもう一本、またもう一本と飲み込めるようになり、三本の指が音を立てて抜き差しされていた。
やがてずるりと指が引き抜かれ、熱が押し当てられる。あとは擦られて終わりだと思っていたジュードは、その熱がいつもと違う動きをしている事に気付いた。
ぐ、ぐ、とジュードの解された蕾を押し上げる様に動き、それが入り込んでくる感覚にジュードは目を見開いた。
ジュードが声を上げる事を予測していたのだろう、男の手がジュードの口元を覆い、溢れるはずだった悲鳴を閉じ込めた。
体を手荒く地面に押し倒され、尻だけを突きだしたような格好をさせられると押し当てられていたそれが無理矢理そこをこじ開けようとしているのが分かった。
強い圧迫感と痛みを伴って入り込んでくるその熱に、ジュードの体ががくがくと震えた。
はっはと男は荒い息を吐きながらジュードの背に覆いかぶさり、身を進めてくる。
ぎちぎちと強引に入り込んでくるその熱は、どんどんジュードの奥を目指して進んでいく。
体が裂かれる様な感覚にジュードは目を見開いたまま涙をぽろぽろと零した。
奥を目指していたその熱が不意に侵攻を止めた。そしてずるりと引き抜かれる。
だがそれにほっと安堵したジュードをあざ笑うかのように、再びその熱は勢いよくジュードの奥を抉った。
びくんと体が跳ねる。男は何度も何度もジュードのそこを抉り、小さな体を揺さぶった。
やがて男が低く呻いてジュードは体の奥に熱を吐き出されるのを感じた。
ずるりとそれが引き抜かれる。へたりと転がったジュードをそのままに、男はその場を立ち去った。
その夜、ジュードは熱を出し、腹を下した。様子を見に来たエリンは胃腸風邪かしら、なんて言いながらもジュードの熱い額に冷たく濡らしたタオルを置いた。
あんな事があった後だったが、母が構ってくれるのが嬉しかった。
けれど熱は翌日には引いてしまい、母はまたいつもの様に診療所へと戻って行った。それが少し寂しかった。
そしてジュードは思い至った。また熱を出せば母は傍にいてくれる、と。
熱を出した理由は何となく気づいていた。あの男におかしな事をされたからだ。
だからあの痛みと圧迫感に耐えれば、母が傍にいてくれる。短絡的にそう考えた。
そしてそれから一旬ほどが過ぎた夜、ジュードは物陰に引きずり込まれた。
ジュードが抵抗しないとわかっている男は時間をかけてジュードの蕾を解し、貫いた。
やはり強い圧迫感と痛みに襲われ、ジュードは涙を零す。それでもこれで母が自分を見てくれるのだと思うと耐えられた。
そうしてジュードは度々熱を出してエリンを心配させた。
母の心配そうな顔を見るのは少し心苦しかったが、それでも母が自分を優先してくれる事が嬉しかった。
しかし、何度かそれを繰り返していると体が慣れたのか、次第に熱を出す事は無くなった。腹も、男が吐き出した熱を掻きだしてしまえば下さない事に次第に気付いた。
それでもその行為に慣れてくると次第に快感が勝っていき、熱を出さなくなってからもジュードは一人で夜道を歩いた。
男はいつも無言だった。荒い息を吐きながらジュードを組み敷いたが、滅多な事では声を漏らさなかった。
だがある日、ジュードが快楽だけを追えるようになった頃、ジュードを後ろから貫いていた男が耳元で囁いた。
いやらしい子だ、と。
ああ、僕、いやらしい子なんだ。男の言葉はすとんとジュードの心に落ち、納得した。
でも、気持ちいい事は、好き。ジュードは漏れそうになる甘い声を噛み殺しながら貫く熱を締め付けた。
次第に男がジュードを待伏せている時間帯も把握していった。ジュードは敢えてその時間に夜道を歩き、男に背後から貫かれた。
精通は訪れていなくとも体は胸の突起を弄らればそれは小さく勃ち上がってその存在を主張したし、小さな性器もまた反り返り、透明な液を漏らした。
そしてやがては後ろを抉られて達する事も覚えた。
顔すら見た事のない男との行為は数節の間続いたが、ある日を境に男は現れなくなった。
この街を去ったのかジュードに飽きたのかはわからない。けれど性の快感を覚えてしまったジュードの体は時折酷く疼いた。
男の熱で内壁を抉って欲しい。その奥に熱い迸りを感じたい。
自分の指では己の感じる所まで届かなくてもどかしい思いをした。
それでも前と後ろを弄りながらジュードは一人で自らを慰めた。
そして十二の歳を迎えたジュードはイル・ファンにあるタリム医学校へと入学した。
寮での生活も、一節を過ぎる頃には慣れた。ただ、二人部屋だったので疼く体を抑え込みながら生活しなくてはならなかった。
そんなある日、ジュードは気付いた。この同室の男を誘えばいいのだと。
男を誘うなんて事はどうやっていいのかわからなかったが、元々ジュードに気があったのだろう、すぐに陥落できた。
そうしてジュードの学生生活は満たされていた。
勉強は楽しかったし、同室の男も関係を持ってからは殊更ジュードに優しくしてくれた。
ただ一つ想定外だったのは、同室の男がジュードが他の誰かと仲良くしていると悋気を抱くようになった。
独占欲を滲ませる男に、少し面倒だな、と思いながらもジュードは関係を続けていた。
医学校へ入学して二年が過ぎた頃、成績優秀で素行も良かったジュードは医療の現場に出る事を許された。
ハウス教授の元でノウハウを学ぶことになったジュードは見る間に腕を上げて行った。
そんなジュードをハウスは特に気に入っていたようだった。学会には助手として連れて行ってもらう事も多々あった。
ハウスは時折ジュードに触れた。よくやった、と頭を撫でたり肩を叩いたり、そんな些細な事だ。
けれど敏いジュードはその触れてくる手に含むものがある事にすぐに気付いた。
そして誘いをかけてみればハウスもまた簡単にジュードに堕ち、その幼さすら残したしなやかな体に溺れた。
ハウスとの関係でジュードは奉仕する事を覚えた。そして今まで相手に全てを委ねていたジュードは、次第に己が主導権を握る事も覚えて行った。
そんなある日、ハウスの忘れ物を届けにラフォート研究所を訪れたジュードは、視察に来ていたラ・シュガル軍の参謀副長であるジランドと出会った。
ハウスが何か漏らしたのだろう、ジランドは初めから好色な目でジュードを見ていた。
ジランドは凡庸そうに振舞っていたが、その眼差しは時折鋭さを覗かせ、ジュードは興味を抱いた。
そして帰り際、ジランドはジュードに耳打ちをして去って行った。
その夜、ジュードはホテル・ハイファンの門を潜り、指定された部屋を訪れた。
高級そうなその部屋で、ジュードはジランドに抱かれた。
ジランドは加虐趣味を持っているようで、少々手荒く抱かれたがそれすらもジュードは快感にすり替えた。
天性の淫乱だな、と嘲る様に言われ、ジュードはそうなのかもしれないと思う。
一旬に何度かは男に抱かれないと満足できない体である事を自覚しているジュードは、乱暴に内壁を擦り上げるジランドの熱に喘いだ。
それから時折ジランドはジュードを呼び出しては抱いた。
ジランドはジュードに卑猥な言葉を言わせたがり、ジュードはそれに従った。
恥ずかしさもあったが、行為の最中の羞恥心は快感を煽る事を経験から知っていた。
そんなある夜、いつもの様にホテル・ハイファンに呼び出されたジュードは、部屋にジランドのほかにもう一人恰幅の良い壮年の男がいる事に目を見開いた。
額に大きな傷跡を持つ男はそこに居るだけで強い威圧感を発していた。
ジランドに頭を垂れろと命じられ、慌てて膝をついて頭を垂れた。
男は、このラ・シュガルの王であるナハティガルだった。
王が何故こんな所に。ジュードが戸惑っていると、ジランドが一礼をして部屋を出ていく。
伽を命ずる、と低い声に命じられジュードは己を落ち着かせる。
する事は変わらないのだ。いつも通りにすればいい。ジュードは己にそう言い聞かせ、ベッドに上がった。
ナハティガルはジランドの様に傍若無人に振舞う事は無かった。寧ろジュードに主導権を持たせ、ジュードがどうするのかを楽しんでいるようだった。
ナハティガルの体を跨ぎ、自らそそり立つそれを体内へと受け入れていく。
懸命に腰を振っていると突然下から突き上げられジュードは甲高く鳴いた。
突然始まった律動に翻弄されながら、ジュードは太く硬いそれを締め付ける。
多量に吐き出された熱はジュードの内壁を濡らし、その熱さにジュードは身を震わせて感じ入った。
同室の男とハウス、ジランド、そしてナハティガルの間を行き来しながらジュードは十五の年を迎えた。
ハウスは簡単な症状の患者ならジュードに任せるようになり、自身はラフォート研究所に向かう事が多くなった。
何やら新兵器の開発に携わっているらしかったが、ジュードには余り興味がなかった。
そしてあの日。ハウスを探しにラフォート研究所を訪れたジュードはミラと出会い、イル・ファンを追われることになった。
ラ・シュガル軍に追われるジュードを助け出したのは、アルヴィンと名乗る傭兵の男だった。
結果としてジュードはミラとアルヴィンと共にニ・アケリアを目指す事になり、一先ずハ・ミルと呼ばれる村で泊まる事になった。
村長の好意に甘え、泊まらせてもらう事にしたジュード達は二部屋借りた。勿論、一部屋はミラが使い、もう一部屋をジュードとアルヴィンが使うためだ。
ミラは同室でも構わないと言ったが、ジュードがそんな事は駄目、と拒んだ為の部屋割りだった。
アルヴィンと同じ部屋で寝る準備をしているとジュード君てさあ、とアルヴィンが傍らに立った。
「女の子みたいな顔立ちしてるって言われない?」
「……たまに言われるけど、余り嬉しくないよ」
どうせ童顔の女顔です。ジュードが拗ねたように唇を尖らせると、むにっとその唇を指先で押された。
「俺さぁ、最近ご無沙汰なんだわ」
アルヴィンの言葉にジュードはきょとんとして見上げる。にやにやと嫌な感じのする笑みを浮かべたアルヴィンはついっとジュードの唇を撫でると相手、してくれる?と囁いた。
「相手、って……その……」
さっと頬に朱を上らせて視線を逸らしたジュードに、アルヴィンはそういう事、と笑う。
「嫌ならミラ様にお願いしても良いけど?」
「そ、それは駄目!」
ジュードにとってミラは眩しい存在だった。憧れのような感情を抱いていた。
そのミラが汚されるのは許せない事だった。
するとアルヴィンがじゃあ良いよな、と唇の端を歪めて笑い、ジュードに口付けてきた。
ぬるりと入り込んできた舌に、自分の中のスイッチが押されるのを感じてジュードは自ら舌を絡めた。
「……おたく、こういう事初めてじゃないの」
意外そうな顔をしたアルヴィンにジュードはほっといてよ、と頬を染めて視線を逸らした。
「そ。なら遠慮はいらないな」
ベッドに押し倒され、体を弄られながらジュードは覆い被さる男の背に腕を回した。

 

 

 

アルヴィンとはそれから幾度となく関係を結んだ。
その熱に貫かれ、擦りあげられて喘ぐジュードを、アルヴィンは反則だよな、と言った。
曰く、普段は色事なんて知りませんという雰囲気を纏った優等生なのに、ベッドの中では別人のように乱れるのが反則らしい。
狙ってやってるわけ?と言われ、何でそんな面倒な事しなきゃならないの、と返せばだよねえと笑っていた。
「ジュード君が男に目覚めたのっていつなの」
情事の後始末を終えたジュードはもそもそとシーツの中に潜り込みながらええと、と考える。
「十歳の時だったかな」
今まで誰も聞いて来なかったし、話した事も無かったけれどジュードはすんなりと答える事が出来た。
「知らない男の人に悪戯されてたんだよね、僕」
「それで目覚めちゃったんだ?」
「そういう事なのかな。尤も、あの頃は自分が何されてるかなんてわかってなかったけどね」
ランプを消すと部屋は暗闇に包まれる。
「ふうん。じゃあ女とは経験無いわけ」
暗闇の中でアルヴィンもまたごそごそと音を立てながらシーツに潜っていく気配がした。
「一応あるけど、多分僕は抱かれる方が性に合ってるんだろうね。女の人を自分から抱きたいとかって思った事ないから」
「へえ」
「じゃあ、僕もう寝るから。おやすみ、アルヴィン」
「ん、おやすみ」
静かになった部屋の中で、ジュードは目を閉じる。
こんな体の自分は恐らく誰かから愛されるなんて事は無いだろう。ジュードはそう感じていた。
だから誰と夜を共にしようと、そんな事はどうだっていいのだ。この浅ましい体の欲求さえ満たせるならば、それでいい。
だけど、と眠りの世界に旅立ちながらジュードは思う。
もし、いつか僕だけを愛してくれる人が現れたら。
僕は、幸せになれるだろうか。
ジュードの意識は徐々に沈んでいき、眠りへと落ちて行った。

 


ガンダラ要塞でミラが負傷し、歩けなくなった。
ジュードは一縷の望みを賭けてミラと共にル・ロンドへと行くことにした。
エリーゼをドロッセルに任せ、ジュードはミラの跨った馬を引いてカラハ・シャールを後にする。
一度だけ、足を止めて街を振り返った。
「ジュード?」
ミラの声に、ジュードは何でもないよ、と笑って再び歩き出す。
アルヴィンと、会えなかったな。ジュードは少しだけ寂しさを感じていた。
ベッドの中でのアルヴィンはいつも優しかった。優しくされれば情が湧く。
一緒に行けたらよかったのに。そう思いながらも叶わぬ事だと理解している。
アルヴィンはミラに雇われていただけだ。だからこの別れは仕方のない事なのだ。
そう自分に言い聞かせ、それでも、とジュードは思う。
短い間だったけれど、それでもジュードにとってアルヴィンは、大切な仲間だったのだ。
アルヴィンの方はジュードの事など性欲処理の相手くらいにしか思っていなかっただろうけれど。
ジュードは今まで関係を結んできた男たちには感じなかった何かを心に抱えながら前へと進んでいった。
サマンガン海停ではミラの巫子であるイバルと揉めたが、何とかル・ロンドに辿り着く事が出来た。
医療ジンテクスを使うためにフェルガナ鉱山で幼馴染のレイアと共に精霊の化石を手に入れ、ミラは再び立ち上がった。
しかしリハビリは必要で、それに三旬を費やす事になった。
そしてローエンとエリーゼとの再会を果たしたジュード達は、ローエンの提案でラコルム海停へ行く事にした。
再会したのはローエンとエリーゼだけではなかった。アルヴィンもまた、ル・ロンドに来ていたのだ。
その時感じた強い喜びに、ふと我に返って少しだけ恥ずかしくなる。
そうして船に乗り込んだジュードは、樽の中に隠れて密航していたレイアとも再会した。
一度はファイザバード沼野を目指したが、徒歩で越える事が不可能であることが判明し、何処からともなく現れたイバルからの情報でシャン・ドゥを目指す事となった。
ジュード達がシャン・ドゥに辿り着いたのは夕食時だった。
ワイバーンについてはもう明日にして、今日は一先ず宿で休むことにした。
三人部屋が開いていないという事で、二人部屋を三部屋借りる事にした。
ミラとレイア、ローエンとエリーゼ、そしてジュードとアルヴィンという組み合わせに自然と納まった。
ここ数日、野宿が続いていたので久しぶりの風呂をジュードは堪能した。食堂の料理もなかなか美味しくて満足できた。
疲れたし、もう今日はすぐに寝てしまおう。そう思って部屋に戻ると、先に風呂から上がっていたアルヴィンが濡れた髪をタオルで拭いていた。
肌蹴られたシャツから鍛えられた肉体が覗いており、それを目にしたジュードはどきりとする。
そういえば、サマンガン海停の宿を出てからずっとしていない。
今まではミラの脚の事もあってそれ所じゃなかった。意識の外にあった。けれど、こうしてアルヴィンと再会してその肉体を見せつけられると否が応でも自覚してしまう。
あの体に触れたい。アルヴィンの熱で貫かれたい。ぞくりとしたそれが背筋を駆け上がってくるのを感じながら、ジュードはアルヴィンの肉体から視線を逸らして自分のベッドに上がった。
もう寝てしまおう。そうすれば、余計な事を考えなくて済む。
「僕、先に寝るね」
「おー」
生返事を聞きながらジュードはそそくさとベッドに潜り込み、アルヴィンに背を向けて目を閉じた。
だがこういう時に限って睡魔はなかなか訪れてくれない。疲れているはずなのに、やけに頭が冴えていた。
それでもじっと目を閉じて横になっていると、やがて部屋の明かりが消えてアルヴィンがベッドに潜る音が聞こえてきた。
「……」
やがて微かな寝息が聞こえてきて、ジュードはぱちりと暗闇の中で目を開けた。
むずむずとした何かが体を這い巡っているのを感じる。快感を求めて体が浅ましく疼いている。
ジュードの脳裏に、ベッドの中でのアルヴィンの姿が甦る。
ジュードを貫き、腰を振りながら快感に耐えるように寄せられた眉根。荒い息遣い。果てる時の微かな呻き声。
それらの記憶が感覚を伴ってジュードの全身を走り、耐えきれずジュードはそろりと下肢に手を伸ばした。
大丈夫、アルヴィンはもう眠ってる。声さえ洩らさなきゃ、大丈夫。
下着の中に手を滑り込ませると、既にそこは緩く勃ち上がっていた。指を絡め、手を添えてゆっくりと扱いていく。
「……っ……」
久しぶりの刺激に、ジュードのそこは喜びに震えるように硬く勃ち上がった。
でもまだ足りない。こっちだけの刺激じゃ、足りない。
ジュードはその熱を扱きながらもう片方の手をその奥の蕾へと滑らせる。
指先を押し込むと、待ち侘びていたかのようにそこは自身の指を飲み込んでいった。
出来るだけ奥まで押し込んで、内壁を擦る。漏れそうになる声を必死で噛み殺しながらジュードは指を抜き差しした。
前を強く扱きながら内壁を擦る。久しぶりのそれはジュードに快感を齎したが、それでも足りないと体の奥が訴えていた。
アルヴィンの屹立した熱でもっと深くを突いて欲しい。そしてこの体の奥で達して欲しい。僕で感じて、僕を感じさせて。
もどかしい。それでも前と後ろを弄る手は止まらない。もっと気持ち良くなりたい。
自慰に夢中になっていたジュードは、突然耳朶を食まれてびくりと体を震わせた。
「何してんの、ジュード君」
「ア、アルヴィン……」
暗闇の中でアルヴィンがくつくつと喉を鳴らして笑った。
「なあ、何してんの」
「っ……」
意地の悪い声音に、ジュードは全てがばれている事を知る。
「息乱しちゃってさ。そんなに気持ちいいの」
ぱっと明かりが灯り、その眩しさにジュードは咄嗟に目を細めた。
灯りに照らされたアルヴィンの顔は、獲物を前にした肉食獣のそれだった。
「俺が隣にいるのに我慢できなかったんだ?」
ああ、それとも、とアルヴィンが楽しそうに言う。
「俺が隣にいるから、我慢できなくなっちゃった?」
「!」
かあ、と羞恥に頬を染めるジュードに、図星?とアルヴィンは低く笑う。
「ここ、こんなにして」
「ひゃっ」
いつの間にかシーツの中に滑り込んでいたアルヴィンの手がジュードの熱を撫でた。
「もしかしてイキそうだった?ぬるぬるしてるぜ?」
「あ、あっ、アルヴィン……!」
くちゅくちゅとその大きな手で扱かれ、ジュードは無意識にその手に腰を押し付けた。
「自分から腰押しつけちゃって。ほんとジュード君はいやらしいよな」
シーツを捲られ、アルヴィンが覆い被さってくる。ジュードがアルヴィンを見上げると、物欲しそうな目、とアルヴィンが低く笑った。
「こっちも自分で弄ってたんだ?」
「あっ」
柔らかく解れたそこを突かれ、指先が入り込む感覚にジュードは期待で背筋を震わせる。
しかしその指はすぐに抜かれてしまい、ジュードは落胆する。
「指よりもっとイイモノ、欲しくない?」
アルヴィンが何をさせたいのか悟ったジュードは、のそりと身を起こした。
そしてベッドの上に悠然と座ったアルヴィンの股座に顔を寄せ、ズボンの前を寛げると中から未だ柔らかいそれを取り出した。
「……ん……」
それに手を添え、下から上へと舐め上げると手の中のそれはひくりと震えて芯を持ち始める。
深く銜え込み、じゅぷりと唾液を絡めて舌で扱く。見る間に口内で育っていくそれに、ジュードは喜びを感じていた。
アルヴィンが感じている。僕で感じてくれている。ジュードは苦しさに耐えながら根元までそれを飲み込んだ。
「……っ……」
喉の奥で締め付けられるその感覚に、アルヴィンが微かに呻く。じゅぷじゅぷと音を立てて頭を上下させていたジュードを優しく撫で、もういい、と告げた。
「ふぁ……」
硬く大きく育ったそれをぬろりと吐き出すと、ズボン脱いで四つん這いになれ、と言われてジュードは素直にそれに従う。
アルヴィンの手がジュードの臀部を掴み、押し開く。アルヴィンの視線が自分の恥ずかしい所を見下ろしているのだと思うと羞恥に襲われる。
「早く挿れてってひくついてるぜ」
「んっ……挿れて……アルヴィン……」
腰を揺らして誘うと、アルヴィンがこくりと喉を鳴らしてその腰を掴んだ。
ひたりと押し当てられた熱の感触に、ジュードはああ、やっと、と思う。
「ぁ……あ、あっ……!」
ずぬりと入り込んでくるその久しぶりの感覚に、ジュードは背を撓らせて受け止める。
「あっ、あっ!」
ずるずると押し込まれていたそれが根元まで入り込むと、満たされる感覚にジュードは堪らず熱を弾けさせていた。
「っく……」
きつく締め上げてきた内壁にアルヴィンが低く唸る。
「……おい、挿れただけでイっちまったのかよ」
呆れすら含んだその声に、ジュードはだって、と涙を滲ませた。
「きもち、よくて……あっ!」
ぐっと奥を突かれてジュードが甲高い声を上げる。
「そういう目ぇしてそのセリフ、煽ってるって気付いてる?」
「そ、んなの、知らないよぉ……!」
早く動いて、その熱で奥を抉って。そう言わんばかりの内壁の蠢きに、アルヴィンは己の唇を舐めるとゆっくりと腰を動かし始めた。
「あっ、あっ、もっと、もっと強くして……!」
「はいよ」
ジュードの要求に応じてアルヴィンが腰の動きを速く、強くしていく。
熱を放ったばかりの自身を再び熱くさせながら、ジュードは己を貫く熱をもっと感じられるようにと締め付ける。
「ほんと、ジュード君の中って気持ち良いよな」
「あっ、んっ、本当?アルヴィン、あっ、気持ちいいっ?」
「ほんとほんと。ちんこ溶けそうなくらい気持ちいいぜ」
がつがつと内壁を抉られながら、ジュードは途切れ途切れに嬉しい、と言った。
「も、っと、感じて、僕で気持ち、良く、なって……!」
それに煽られるようにアルヴィンの腰の動きがまた一段と速くなり、ジュードは甲高い嬌声を上げ続けた。
「あーもう駄目だわ。ジュード君、出していい?中でぶちまけていい?」
「あっ、あっ、出して、僕の中にアルヴィンの熱いの、いっぱい出して……!」
それじゃあ遠慮なく。アルヴィンはそう笑って何度か激しくジュードの奥を抉ると、低く呻いて達した。
「んんっ」
ジュードもまた喉を鳴らして二度目の高みに達した。
「あ……出てる、中でアルヴィンの熱いのがいっぱい……」
最後の一滴まで注ぎ切る様に腰を押し付けられ、ジュードはぞくぞくと背筋を震わせる。
ずるんとそれが引き抜かれ、アルヴィンが放った熱が弛んだそこから滴り落ちるのをジュードは感じた。
「すっげえエロい光景」
アルヴィンのにやついた声に、ジュードはアルヴィンのせいじゃないか、と唇を尖らせた。
それでも満たされた感覚に、ジュードは今夜はぐっすり寝られそう、と思った。

 


ワイバーンの使用許可を得る為にカン・バルクを訪れたジュード達は、そこでア・ジュール王ガイアスと謁見を果たした。
ナハティガルとはまた違った威圧感を備えた男は、鮮やかな緋色の眼でジュードを射抜いた。
その瞬間感じたものを、何と呼べばいいのだろう。ジュードは胸が高鳴るのを感じた。
その緋色の眼で射抜かれるのが心地良いだなんて。その低い声をもっと聞いていたいと思うなんて。
しかし間をおかずアルヴィンの裏切りが発覚し、ジュード達はガイアス城から逃げ出す事となった。
ジュードの胸中に渦巻いたのは、怒りよりも悲しみの方が強かった。
アルヴィンが何か隠している事は気付いていた。それでも信じたかった。体を重ねた時のあの優しさは、嘘じゃないと信じたかった。
それと同時に、アルヴィンとプレザとの間にある何かに触れ、言い表しようのない感情が湧き上がってくるのを感じた。
何なんだろう、この気持ち。ジュードは怒りと悲しみの中で困惑する。
今まで感じた事のないそれに、ジュードは戸惑った。
ジュードとアルヴィンは体を重ねていても恋人同士というわけではない。
けれど今自分が感じているその気持ちが、嫉妬であると気付いたジュードはまさかと思う。
アルヴィンの事は好きだ。だけどそれは仲間を思う気持ちと変わらないと信じていた。信じたかった。
僕は、アルヴィンに恋をしていたのだろうか。いや、そんなはずはない。今まで何人もの男と寝てきたけれど、その相手に恋心を抱いた事などこれまでなかった。
だからこれは違う。この感情はそれとはきっと違うのだ。ずっと一緒に旅をしてきたから、近しい存在のように感じてしまっているだけなのだ。
そう言い聞かせてみたものの、シャン・ドゥで何食わぬ顔をして戻ってきたアルヴィンにジュードの心は更に揺れた。
信じてるよな?と問われ、頷くしかなかった自分。アルヴィンを信じたい。それは事実だ。
けれど利用されるのは嫌だ。まるでアルヴィンにとって自分の存在が軽いものでしかないような感じがして、ジュードは拳をきつく握りしめた。

 

 


 

ジュード達がイル・ファンのラフォート研究所に辿り着いた時には、クルスニクの槍は既に何処かに移された後だった。
アグリアからクルスニクの槍がオルダ宮に移された事を知ったジュード達はオルダ宮へと向かった。
オルダ宮、その謁見の間でナハティガルと相見える。
だがローエンの言葉も届かず、一触即発の空気が漂っていた。
ふとナハティガルの視線がローエンからジュードへと移る。
「ジュード、貴様も儂に逆らう気か」
「……流されるだけの生き方は、もうしたくないから」
静かに拳を構えるジュードに、ナハティガルもまた大槍を構えた。
ナハティガルは強かった。四人がかりでも苦戦した。
だが死闘の末にナハティガルは膝を突き、王座に倒れ込む様にして座った。
ナハティガルとローエンが言葉を交わすのを一歩退いた所で見つめていたジュードを、ナハティガルは呼んだ。
ふらりとジュードは王座に歩み寄り、膝をついて差し伸べられた手をそっと取る。
ジュードがナハティガルと夜を共にしていた期間は、決して短くはなかった。
プライベートな会話は余り交わさなかったが、それでもナハティガルはジランドの様にジュードを手荒に扱う事は無かった。
「ナハティガル様……ごめんなさい」
耐えきれず一粒の涙を零したジュードに、良い、とナハティガルはそれを指で拭う。
「儂よりお前たちの信念の方が強かった……それだけの事だ」
「ナハティガル様……!」
ぎゅっとその手を握るジュードに、ナハティガルは微かに笑いかけた。
「ジュード……儂は……」
途端、はっとしたようにナハティガルがジュードを突き飛ばした。
「っ」
「おっと」
その体をアルヴィンが受け止めると同時に、無数の氷の槍に貫かれたナハティガルの声が響いた。
「ナハティガル様!」
駆け寄ろうとするジュードの体をアルヴィンが引き留める。
「離してアルヴィン!ナハティガル様が!」
「もう手遅れだ!」
アルヴィンの険しい声にジュードはびくりとして自分を捕らえている男を見上げ、そして王座で絶命している男を見た。
「どうして、こんな事に……」
その答えを持つ者は、何処にもいなかった。

 


ジュードが意識を取り戻した時、そこに仲間たちの姿はなかった。
凍てつく冷原のただ中で、茫然とした。
ミラの姉を名乗るミュゼという精霊と共に行動する事になったが、ミュゼに何を問いかけても知りたい事の表面を滑って行くような応えしか返って来ず、ジュードは溜息を吐いた。
ここはどこだろう。ジュードは辺りを用心深く見回しながら前に進む。
ファイザバード沼野近くの冷原となるとトウライ冷原かセイライ冷原のはずだ。
暫く進むと、洞窟が見えたので中に入ってみる事にした。凍てついたその洞窟に、もしかしてここはククル凍窟ではないだろうかと思う。
ア・ジュールの地理にはそれほど詳しくないが、最低限の情報はジュードの頭に詰まっていた。
取り敢えず凍窟の中を進んでいくと、そこでアルヴィンとエリーゼと合流する事が出来た。
再会したアルヴィンは、どこか不機嫌そうだった。どうやらジュードに何か含む所があるようだったが、その理由はわからない。
聞いても教えてもらえず、ジュードは何なのだと思いながらもその傍らを歩いた。
一先ず凍窟を抜けようと進んでいくと、ザイラの森だろう場所に出た。
たしか前にカン・バルクを訪れた時に、この近くに教会があるという話を聞いた事がある。
もうすぐ日も暮れてくるし、一先ずそこを今日の宿としよう。ジュード達はそう話し合って教会を目指した。
日が落ちる寸前に教会へと辿り着いたジュード達は、そこでミラ達と合流した。
教会にはガイアス達もいた。ガイアスを目にした途端にガイアス城で感じた胸の高鳴りを再び感じ、それを自覚したジュードは何だろう、と思う。
緊張してるのかな、と思いながらジュードは断界殻の事、そしてこのリーゼ・マクシアの外の国であるエレンピオスの事が語られるのを聞いていた。
ふとジュードはアルヴィンを見る。アルヴィンがアルクノアの一員ならば、アルヴィンもまたエレンピオスから来たのだろう。
だとしたら二十年もの間、故郷に帰る事だけを考えて戦ってきたのだろうか。
そんなジュードの視線に気付いたのか、アルヴィンはふとジュードを見たがすぐにそれは逸らされてしまった。
先程からまともにジュードを見ようとしないアルヴィンに、ジュードは少しだけ寂しさを感じていた。
そして今夜はこの教会を宿とする事にして、それぞれ部屋で休む事になった。
しかし眼が冴えて眠れなかったジュードは静かに起き出すと階下へと降りていく。
そこにはミラがいた。ミラも眠れないのだろうか。そう思いながら隣に座り、言葉を交わす。
するとガイアスが現れ、ジュードはまたあの不思議な緊張感に包まれるのを感じた。
ガイアスが去り、ミラもまたおやすみ、と微笑んで去って行った。
一人きりになったジュードは美しいステンドグラスをぼんやりと見上げる。
ふとガイアスのあの眼差しを思いだし、ジュードはぞくりとした何かが腰の奥から背筋を駆けあがってくるのを感じた。
ああ、そうか。ジュードはガイアスにずっと感じていたものを理解した。
僕、ガイアスに欲情してるんだ。あの腕の中で支配されたいって思ってる。
本当に、浅ましい体。ジュードは己の体を抱きしめると身を屈めて小さくなった。
恐らくガイアスは鍛え抜かれた体をしているのだろう。あの褐色の張りつめた肌をこの身で感じられたら、その熱で貫かれたら、どれだけ。
「……」
ジュードはぎゅっと目を閉じてふるふると頭を振る。ダメだ、考えるな。
しかしジュードの体は勝手に熱くなっていく。更なる熱を求めて体の奥が疼き始める。
アルヴィンは様子がおかしいし、どちらにしろローエンがいるから部屋では事に及べない。
だからと一人で慰めても、余計に熱を求めて疼くだけだとわかっている。
どうしよう、どうしよう。
ジュードは身を起こし、ガイアスの消えて行った方を見てふらりと立ち上がった。
駄目、そんなの、絶対に駄目。第一、あのガイアスが応じるわけがない。下手をしたら斬られるのではないか。
それでも足は止まらず、止まったのはガイアスの消えて行った部屋の前でだった。
この扉の向こうに、ガイアスがいる。
ノックをする事も、だからと立ち去る事も出来ず、ジュードは暫くの間そこで立ち尽くしていた。
すると不意に扉が開き、中からガイアスが現れてジュードは飛び上がらんばかりに驚いた。
「ガッ、ガイアス!」
「先程から何をしている」
ガイアスにとって扉向こうの気配を探る事など簡単な事なのだろう。そんな事も失念していたジュードはえと、あの、と口籠らせてガイアスを見上げた。
「何か用でもあるのか」
「えっと……あると言えばあると言うか……無いとも言えるような……」
要領を得ないジュードを、ガイアスはともかく入れ、と中へと誘った。
ガイアスはいつものあの赤と黒を基調とした鎧は脱いでおり、髪飾りもチェストの上に置かれていた。
ア・ジュール地方特有の民族調の服を纏ったガイアスの肉体はそこからでもわかるほど逞しく、ジュードは思わずまじまじと見てしまっていた。
「それで」
ベッドに腰掛けたガイアスがジュードを見る。ああもうこっちを見ないで欲情しちゃうから!そんなジュードの心の叫びなど知った事ではないガイアスは容赦なくその視線を注いでくる。
「その……」
ジュードは扉を背に視線を彷徨わせる。ここまで来たのだ、いっそ言ってしまえ。そんな思いが込み上げてきてジュードは囁くような声で告げた。
「お願いが、あって……」
「何だ」
「僕、と……」
ジュードは羞恥に耐えきれずぎゅっと目を閉じてそれを口にする。
「僕と、一緒に寝てくれません、か……」
「……」
耳まで赤くして俯いているジュードをガイアスはじっと見つめていたが、やがて腕を組むと小首を傾げて言った。
「独り寝が出来ぬ年には見えぬが」
第一、俺よりあの傭兵の男かイルベルトに頼めば良いのではないか?そう言うガイアスに、そうじゃなくて、とジュードは震える声で否定する。
「そういう、意味じゃなくて……」
そこまで言ってジュードはふるふると首を振り、止めよう、と思う。
「……や、やっぱり、今の、聞かなかったことにしてください……」
おやすみなさい、とそそくさと出て行こうとするジュードを引き留める声がした。
「待て、ジュード」
「っ」
びくんと肩が揺れ、扉を開けようとしていた手が止まる。
背後でガイアスが立ち上がり、歩み寄ってくる気配がした。
「わっ」
ぐいっと背後から腰を引き寄せられ、抱き寄せられる。背に感じる男の体温に、ジュードは収まりかけていた熱が再び湧き上がってくるのを感じた。
「お前が言いたいのは、俺とまぐわいたいと、そういう事か」
「……はい」
顔赤くしながら小さくそう頷いたジュードに、ガイアスはそうか、と応えて胸の前で縮こまっているジュードの手に己の手を添えた。
「何故俺を選んだ。あの傭兵の男でも良かったであろうに」
「アルヴィンは何だか様子がおかしかったし……それに、僕……」
ガイアスに見つめられていると、体が熱くなってきちゃって……と消え入りそうな声でそう告げたジュードに、ガイアスは微かに目を見張ったがすぐに表情を和らげてその髪に口付けた。
「悪い気はせんな」
それで、とガイアスはジュードを促す。
「……駄目だってわかってるのに、ガイアスに触れたくて、僕……」
ガイアスが不意にその赤い耳に唇を寄せ、舌を差し入れる。ジュードはひゃあ、と声を上げて震えた。
「んっ、ぁっ」
ちゅぶ、と音を立てて舐られ、ジュードは一気に下肢に熱が集まっていくのを感じた。
「……ならば、俺を楽しませてみろ」
耳元で囁かれる低音に、ジュードは快感への期待に震えながらはい、と応えた。
ガイアスに導かれるようにしてベッドへと向かい、ジュードはどうして欲しい、と問う男に座って、と頼んだ。
ベッドに腰を下ろしたガイアスの前に膝をつき、震える手でジュードは男のズボンの中から芯を持っていないそれを取り出した。
おっきい……。ジュードは手の中のそれをまじまじと見下ろす。
萎えていてこれなら、勃ち上がったらどれほど長大になるのだろう。ジュードはこくりと喉を鳴らしてそこに唇を寄せ、先端に口付けた。
「ん……ふ……」
柔らかいそれを銜え込み、唇と舌で愛撫する。その時点で既に根元まで飲み込めず、ジュードは舐め上げながら手で根元を扱いた。
あっという間に口の中で育っていくその熱に、ジュードは懸命に舌を這わせた。
硬く勃ち上がったそれは今まで夜を共にしてきた男たちの中の誰よりも長大で、これで奥を貫かれたらどうなるのだろうとジュードは下肢を熱くする。
「ふ……ぅん……」
出来るだけ深く銜え込み、喉の奥で先端を締めつけながら頭を上下させる。
次第に滲み始めた先走りをジュードは舐めとると、その尿道に舌先をねじ込むようにして愛撫した。
ガイアスの手が優しくジュードの髪を撫でる。それが嬉しくてジュードはじゅぷじゅぷと音を立ててその熱を吸い上げた。
「……ジュード」
低く囁かれ、ガイアスの意図を感じたジュードは解放を促す様にそれを強く吸った。
頭上でガイアスが微かに低く唸ってジュードの喉の奥に熱を放った。
濃くて粘度が高く、量も多いその熱をジュードは喉を鳴らして飲み下す。管に残ったそれすら飲み下そうとするように吸い上げた。
ぬろりとジュードの口内から吐き出されたそれは、あれだけの熱を放ったにも関わらず硬さを保っており、ジュードはその先端にちゅっと口付けた。
「あんなにいっぱい出したのに……まだこんなに熱いなんて……」
はむはむとそれを唇で愛撫していると、くいっと顎を持ち上げられて紅の瞳と視線がぶつかった。
「服を脱いで横になれ」
「はい……」
ジュードはぱさりと着ていたものを床に落とし、一糸纏わぬ姿になると胸を高鳴らせながらベッドに横たわった。
「脚を開け」
命じられるがままに手で支えながら脚を大きく開き、恥部をガイアスに晒す。
既に熱く勃ち上がって震えているそれに、ガイアスは指を絡めると緩やかに扱いた。
「んっ……」
「男のものを舐めて濡らしているのかお前は」
「あっ、だって……!」
羞恥と快楽に潤むその蜂蜜色の瞳を見下ろしていたガイアスは、熱を弄っていた手を滑らせてその奥の蕾に触れる。
「ぁっ」
「ここで何人の男を受け入れた」
ぬるぬると擦られ、ジュードはもどかしさに駆られながらふるふると首を横に振った。
「わからな……あっ」
くぬりと入り込んでくるその指の感触に、ジュードの体は歓喜に震えた。
節ばった指が奥を目指して入り込んでいき、不意に内壁を擦る。
「んっ、あんっ」
「余り大きな声を出すと隣にまで聞こえてしまうぞ」
「でも……んっ、声、でちゃ……んんっ」
「まあ、俺は聞かれようが構わんがな」
ぐりぐりと中を擦る指を、ジュードはもっと感じようとするように締め付けた。
やがて指が増やされ、抜き差しするそこからは女のように濡れるはずもないのにぬぷぬぷと音が漏れてくる。
「んっ、んっ」
必死で声を耐えるジュードのそこからガイアスは指を引き抜くと、ぐいっと脚を抱え上げてひくつくそこに熱を押し当てた。
「……力を抜いていろ」
「ぁ……あ、あ……!」
その先端が柔らかく解れた蕾をこじ開け、入り込んでくる。圧倒的な質量と圧迫感にジュードは喉を反らして喘いだ。
ぬくりと太い部分が入り込む感覚がして、徐々にジュードの中にガイアスの熱が埋められていく。
「あ、あっ、ガイアスの熱いのが、中に、入ってくるよぉ……!」
ふるふると悦びに身を震わせながらジュードはそれを飲み込んでいった。
「あっ」
徐にガイアスがその熱を引き抜き、抜け落ちるギリギリの所で再び奥を貫いてきてジュードの体はびくりと跳ねた。
ぬくりぬくりと抜き差しされるそれは次第に速くなっていき、ベッドが軋んだ音を立てる。
「んっ、んっ、ふ、ぁ、んんっ」
声を堪えようとしても堪えきれない。喉が甘く鳴いてしまうのを止められない。
その声を食もうという様にガイアスが深く口付けてきてジュードは舌を絡めた。
「ん、んんっ、んっ」
何度も角度を替えては唇を合わせ、舌を絡める。溢れた雫がジュードの唇の端から零れ落ちた。
「は、あ、あっ、あんっ」
ガイアスの熱がその内壁を強く擦りあげ、ジュードはあられもない声を立て続けに上げる。
最早隣の部屋に声が響いてしまうかもしれないなんて事はジュードの頭の中から消えていた。
「ジュード」
ガイアスが身を起こし、ジュードの細い腕を引っ張ってその身を起こさせる。
「あ、やっ、深い……!」
自重でガイアスの熱を根元まで飲み込んだジュードは、今までガイアスが熱の全てを納めきっていなかったのだと知ってぞくぞくと身を震わせた。
今までにない最も深い場所をガイアスのそれは貫き、ジュードは荒い息を吐きながらガイアスにしがみ付いた。
「嫌?お前の中は悦びに打ち震えているぞ」
きゅうきゅうと締め付けてくるそこをガイアスが突き上げ、ジュードの喉がひゃんと子犬の様に鳴いた。
「あっ、あ、待って、まってガイアス、そんな奥、突いちゃ、あっ、あっ」
「自ら腰を振っておいてよく言う」
唇の端を微かにつりあげて笑うガイアスに、だって、とジュードは涙で潤んだ瞳でガイアスと視線を交わす。
「気持ち、よすぎて、あっ、とまんない……!」
ぬちゅぬちゅと卑猥な水音を立てながら目いっぱいに広がったジュードのそこを、ガイアスの怒張が幾度となく出入りする。
「だめ、だめっ、そんな奥、僕、へんになっちゃう、あっ、あんっ」
まるで全身を貫かれているかのようなその強い快感に、ジュードはガイアスにしがみ付いてびくびくと震えながら達した。
「ああっ」
「……っ……」
絶頂に蠢く内壁に搾り取られそうになりながらも、ガイアスはその強い射精感を耐えた。
くたりとガイアスに抱きついたまま脱力しているジュードを再び横たえると、屹立したままのそれを引き抜いてその細い体を反転させる。
尻だけを高く上げたその恰好に、思考の止まっているジュードが自覚するより早くガイアスは腰を掴むと蕩けるそこに再び熱をねじ込んだ。
「あっ、あああ……!」
一気に覚醒したジュードが背を撓らせて震える。
「まって、ガイアス、僕、あっ」
達したばかりの体は過敏になっていて、ジュードは身の中から快感が飽和状態を起こして溢れ出すのを感じた。
しかしガイアスはお構いなしに腰を打ちつけてきて、ジュードは強すぎる快感に涙を零しながら悦ぶ。
「やだっ、僕、またイっちゃうっ」
揺さぶられていたジュードの熱の先端からぴゅくぴゅくと断続的に薄い粘液が吐き出され、シーツを汚した。
「やっ、とまんない、きもちいいのがずっと続いて、あっ、ああっ」
ずっと絶頂のただ中にいる様な感覚に、ジュードは頭の中が真っ白になっていくのを感じる。
何度もジュードを貫きながらも背後から覆い被さってきたガイアスがその白い首筋に歯を立てた。
「いっ、あっ、ガイアス、がいあすっ」
その痛みすら快感にすり替わり、ジュードは無意識にガイアスの熱をより締め付けた。
「っ……ジュード、出すぞ」
「あっ、あんっ、きて、ぼくのなかでいっぱいだして……!」
がくがくと激しく揺さぶられ、ジュードは甲高く喘ぎながら体の最も深い所で熱が吐き出されるのを感じた。
「ああ……!」
びゅくびゅくと内壁を叩く多量のそれを、ジュードは身を震わせながら受け止めた。
「あ、あ……ぼくのなか、がいあすでいっぱいになってる……」
快感で蕩けた舌で囁きながら、ずるりと引き抜かれる感覚にジュードはまた小さく声を上げてこてんと横になった。
「は……はあ……」
はくはくと酸素を求めて喘いでいると、ガイアスがジュードの脚を持ち上げて開かせた。
「え……」
ガイアスがジュードの股座に顔を寄せ、精液に塗れたジュード自身を舐め上げて銜え込む。
「やっ、ガイアス!」
身を捩って逃れようとするが、腰をしっかりと掴まれていて逃げられない。
いやらしい水音を立てながらのその口淫に、達して敏感になっているジュードはその強い快感に目の前がちかちかと明滅するのを感じた。
じゅっと音を立てて吸われ、ジュードは腰を揺らめかせる。
ガイアスは射精を促す様に根元の二つの果実をやんわりと揉み、果てにはそれすらも口内に迎え入れて舌で転がした。
「あっ、あ、だめ、ガイアス、もう出ないよぉ……!」
訴えてもガイアスがそれを止める気配はなく、やがて幾度目かの絶頂を迎えたジュードはガイアスの口内に薄くなった精液を放った。
力を失ったジュード自身を吐き出し、ちろりと唇を舐める仕草にジュードは飲んじゃったの、と問う。
「お前も俺のを飲んだだろう」
「でも……」
恥ずかしそうにしているジュードに、ガイアスはそれより、と赤く色づいているジュードの胸の突起を抓んだ。
「んっ」
「まだいけるか」
突起をくにくにと指の腹で転がされ、ジュードは収まりかけていた情欲の炎がちりりと体の奥を焦がすのを感じた。
「……ガイアスの好きなだけ、して……?」
脚をゆるゆると広げたジュードに、ガイアスはふっと笑うとそうさせてもらおう、と言ってその脚を抱え上げた。

 

 

 

 

ガイアスはそれから二度、ジュードの中に熱を放った。
その頃にはジュードは起き上がる気力すらなくなっており、後始末はガイアスがやった。
自分でやるから、と最初は拒んだジュードも、結局押し切られて中に残った熱の残滓をガイアスの指で掻きだされた。
部屋へ戻らなくては、とふらりと起き上がったジュードの腕を引っ張り、ガイアスはシーツの中へと引きずり込む。
このままここで寝ていけ、と言われ、でもアルヴィン達にばれちゃう、と言えば今更だろうと返されてそれもそうかと思う。
そしてジュードはガイアスの腕に抱かれて眠りに就いた。
疲労していた事も大きかったが、その広く逞しい胸に顔を寄せて目を閉じると不思議と落ち着いた。
僅かな睡眠の後、ジュードは優しく髪を撫でる感触によって目を覚ました。
目が覚めたか、と耳に心地よい低音にジュードはぼっと音がしそうな勢いで顔に朱を上らせた。
僕はなんてことをしてしまったのだろう。恥じ入るジュードに、ガイアスは愛らしかったぞ、とその髪に口付けた。
窓の無いこの部屋では外の明るさで時間を計ることは出来ない。
時計を見ると、夜が明けた頃だと知る。
体は、と問われ、下肢に僅かな違和感を覚えつつもこれくらいなら大丈夫、とジュードは小さく笑った。
どちらからともなく起きだし、服を纏うと鎧を身に着けるガイアスをジュードはじっと見つめた。
どうした、と問われ、ううん、かっこいいなって思って、と思ったままに答えるとガイアスは微かに目を見張り、そしてその表情を和らげた。
その微かな笑顔に気恥ずかしくなったジュードは、僕、先に行ってるね、と部屋を出る。
するとちょうど隣の部屋から出てきたアグリアとプレザとかち合った。
あ、まずい。そう思った次の瞬間、アグリアが詰め寄ってきた。
「テメエなあ、真夜中にいつまでもアンアンうるっせえんだよ!」
アグリアの言葉にジュードは一気に顔を紅潮させる。やはり聞こえてきたのだ。
「テメエがいつまでもうるせえからこっちは寝不足だっての!」
アグリアの背後でプレザまでが深い溜息を吐いたので、ジュードはますます居た堪れなくなる。
「ご、ごめんなさい……」
耳まで真っ赤にして俯くジュードの背後で扉が開き、ガイアスが出てくる。
「陛下!」
途端に大人しくなるアグリアに、すまなかったな、とガイアスが声を掛けた。
「い、いえ!悪いのはこのチビですから!」
「俺にも非がある。許してやれ」
ガイアスの言葉に、アグリアはジュードを見るとちっと舌打ちしてジュードの傍らをすり抜けて行った。
その後をプレザも追って通り過ぎていく。ちらりと含みのある視線を向けられたが、ジュードはただ恥じ入るばかりだ。
「ご、ごめんね、ガイアス……」
顔を赤くして俯くジュードに、ガイアスは良い、と首を横に振る。
「俺も楽しませてもらったからな」
ガイアスがジュードの頬に手を伸ばした瞬間、ジュード、と呼ぶ声がして二人はそちらを見た。
「アルヴィン……」
そこには険しい顔をしたアルヴィンが立っていた。
ガイアスが今にもジュードの頬に触れんばかりだった手を下ろすと、アルヴィンは足音荒く歩み寄ってきてジュードの腕を取った。
「行くぞ、ジュード」
「え、え?」
ジュードはガイアスとアルヴィンを戸惑ったように交互に見ながらも、ぐいぐいと引っ張られてその場を去って行った。
「……」
二人を見送ったガイアスは、先程のアルヴィンの敵意に満ちた目を思う。
あの視線は、恐らく。
しかしガイアスはまあ良い、と思考をこれからの事に思考を切り替えた。
一方、アルヴィンに腕を引かれて外に連れてこられたジュードは教会の陰に引きずり込まれ、その壁に背を押し付けられた。
「昨夜、どこ行ってた」
アルヴィンの強い口調に、ジュードは困惑の眼差しで詰め寄ってくる男を見上げる。
「ガイアスの部屋に行ったのか」
「え、と……」
アルヴィンと行動を共にするようになってからは、ジュードはアルヴィンとしかそういった事をしてこなかった。
けれど自分たちは恋人同士というわけではないし、アルヴィンもジュードに愛を囁いてきた事なんて無い。
自分たちは単に利害、というよりは欲求の一致で夜を共にしていただけだ。
だから何故アルヴィンがこんなに怒っているのか、ジュードにはわからなかった。
「答えろ、ジュード!」
怒声にびくりと体を震わせたジュードは、なんで、とアルヴィンを見上げる。
「なんで、アルヴィンが怒るの……?」
その問いに、アルヴィンは思わぬ事を言われたように目を見張った。
「僕が誰と寝ようが、アルヴィンには関係ないでしょう?」
「っ……お前はっ」
「痴話喧嘩はよそでやってくれないかしら」
割って入った声にジュードはそちらへと視線を移す。アルヴィンは声で誰か察したのだろう、ジュードを見下ろしたまま舌打ちした。
そこにはプレザが立っていた。冷めた目で見つめてくるプレザと苦々しい顔をするアルヴィンをジュードは見比べる。
「何の用だ」
アルヴィンの吐き捨てるような低い声にご挨拶ね、とプレザは肩を竦めた。
「お仲間が探してたわよ」
プレザの言葉に、アルヴィンはまた舌打ちするとジュードを解放してその場を立ち去った。
ジュードが半ば呆然とその後ろ姿を見送っていると、プレザがじっとこちらを見ている事に気付いて視線を向けた。
「……アルに利用されてるだけかと思ったけれど、あなたもなかなか強かなのね」
「え?」
小首を傾げたジュードに、しかしプレザはさっさと踵を返すと立ち去っていく。
どういう意味だったんだろう。ジュードはプレザの後姿を見詰めながらそう思った。

 


旅船ジルニトラ号の統合制御室に辿り着くと、そこにはジランドが待ち受けていた。
ジランドは源霊匣となった大精霊セルシウスを従え、ジュード達を睥睨した。
「ジュード、貴様だけは生かしておいてやる。両足の腱を切って死ぬまで俺のペットにしてやるよ」
下卑た笑い声に、ジュードはお断りします、と手甲の位置を直しながら言う。
「僕にはもう、あなたに従う理由はない」
それに、とグローブをぎちりと握ってジュードは言い放った。
「あなたに負けるつもりも、ありません」
ミラ達もまた武器を構える。ジランドがそれを嘲笑い、銃を構えた。
激闘の果てにジュード達はジランドとセルシウスに打ち勝った。
そしてジランドは源霊匣を制御できなくなり、その反動で命を落とした。
セルシウスもまた精霊の化石へと戻り、主を失った源霊匣が転がる。別行動をとっていたガイアス達も駆けつけた。
あとはクルスニクの槍を壊せば全てが終わる。誰もがそう思った瞬間、ジュード達を押し潰そうと強い力の波動が襲った。
そしてそれを打ち破るために、ミラは自らを犠牲にした。ジュードの叫びは届かなかった。
沈没していくジルニトラ号から何とか脱出し、辿り着いたイラート海停でジュードは呆然とその夕焼けを眺めた。
ミラが死んでも解けなかった断界殻に覆われたままの空に、アルヴィンが気の抜けたような笑い声をあげた。
そうして仲間たちは散り散りになり、行くあての無いままイラート海停を出たジュードはハ・ミルに辿り着いた途端、緊張の糸が切れたのだろう、意識を失った。
高熱を出して寝込むジュードを、レイアは懸命に看病した。
数日後、熱も下がって起き上がれるようになったジュードは、それでもベッドの上から動こうとはしなかった。
ミラを失った事で自失状態に陥っていたジュードは、レイアの言葉にも何も返さなかった。
そんな日々がどれだけ続いただろう。ベッドの上で膝を抱え、俯いていたジュードは誰かが部屋に入ってきた物音にも無反応だった。
ぐいっと胸倉を掴み上げられ、ジュードはぼんやりとその手の主を見上げる。
そこに居たのは、苦々しげな顔をしたアルヴィンだった。
アルヴィンはミュゼと取引をしたのだと言った。ジュードたちを殺せば、エレンピオスに帰してもらえるのだと。
しかし何の反応も示さないジュードに、アルヴィンは苛立ち紛れに舌打ちをした。
「俺には結局何も残らなかった。おたくだって……!」
引き金にかけた指に力を籠めようとした瞬間、扉が開いてレイアが駆け込んできた。
「駄目!」
レイアがアルヴィンを突き飛ばし、ジュードの眉間から逸れた銃口から銃弾が飛んで壁に当たった。
ろくに走ろうともしないジュードの手を引いて逃げるレイアを、アルヴィンは執拗に追いかけてきた。
咄嗟に果樹園の奥へと逃げ込んでしまったレイアは、辺りを見回すと梯子を上る。
ジュードは自発的に逃げようとはしなかったが、レイアが強く言えばそれに従った。
だが結局アルヴィンに見つかってしまい、ジュードとレイアはそこから落下し、地面に打ち付けられる。
その衝撃に息が一瞬止まる。けれどいつまでも寝ているわけにはいかない。逃げないと。レイアは痛む体を叱咤して起き上がるとジュードの手を引いた。
しかしジュードはもう動かなかった。レイアが必死に説得しても、俯いたままだ。
けれどレイアの言葉にジュードは漸く視線を上げる。
ミラに貰った、命。
だがその次の瞬間、レイアはアルヴィンの放った銃弾によって倒れた。
「レイア……レイア!」
ジュードが咄嗟に治癒功をかける。きっとアルヴィンを見ると、アルヴィンは何かに怯えるように首を横に振った。
どうして、こんな事に。ジュードはアルヴィンの放つ銃弾を避けながら拳を揮う。
こんな事、してる場合じゃないのに。こんな事、したくないのに。
こんな事の為に、命を繋いだんじゃないのに。
ジュードは倒れ込んだアルヴィンに馬乗りになって殴りつけた。
次第にそれは弱々しくなっていき、アルヴィンの頬にぽたりと雫が落ちる。
もうさっさと殺してくれ。震える声でそう言うアルヴィンに、何でそんな事言うの、とジュードは涙を零した。
「僕にアルヴィンを殺せると思ってるの……?」
「……」
何も答えないアルヴィンに、アルヴィンだって、とジュードは言う。
「僕たちの事、殺せないよ……」
あなたは、優しい人だから。
アルヴィンは泣きそうに顔を歪めると、だったらどうすれば良かったんだよ、と叫んだ。
「俺には、使命なんて無いんだ……ただ一つ守りたかったものももう無い……どうしろってんだよ……!」
「それは誰も決めてくれないんだ……僕たちが、自分で決めなくちゃ」
ずっとミラに憧れていた。あんな風になれたらって思ってた。けれど実際は流されるばかりで。
だけどもうミラはいない。前を歩いてくれた人はもういないのだ。
自分の足で道を選んで、進まなきゃ。
「ジュード……お前……」
決意を秘めた蜂蜜色の瞳に、アルヴィンが目を見開く。
ジュードは穏やかに笑うと、前に進もう、とアルヴィンを見下ろした。
「……っ……」
痛みを堪えるように顔を顰めたアルヴィンは、ふらりと立ち上がるとジュードを押し退けて歩き出す。
「アルヴィン……」
「それでもおたくは、俺の……」
去り際にアルヴィンが微かな声で何と言ったのか。ジュードの耳に届く事は無かった。

 


レイアの傷は、ジュードの治癒術を受けて次第に良くなっていった。
これからの事を問われ、ジュードは本当のマクスウェルを探そうと思う、と告げた。
そしてエリーゼとローエンと再会し、ガイアスの動向を聞いたジュードは一先ずイル・ファンへと向かう事にした。
イル・ファンではガイアスの指揮の元、沈んだクルスニクの槍の回収作業が行われる事になっていた。
ミュゼがそこを襲うかもしれないと聞いたジュードは、ガイアスの誘いに乗って同船させてもらう事にした。
船上でジュード達はガイアスと本物のマクスウェルについて、そして異界炉計画について言葉を交わした。
自分の足で立ち上がり、未来を切り開いて前に進むことを選んだジュードの言葉にガイアスは微かに瞠目する。
変わったな、と言われジュードはミラが教えてくれたんだと微笑んだ。
「ジュード、お前は俺の元で……」
しかしガイアスの言葉はウィンガルによって遮られ、その先が語られる事は無かった。
そして予測した通りミュゼが襲撃してきた。ジュード達はそれを迎え撃ち、ミュゼは兵士たちに取り押さえられた。
ミュゼは本当のマクスウェルが存在する事を認める発言を漏らした。
そして飛び去ったミュゼを追ってガイアスがワイバーンを駆る。
二人が飛び去った方角を追い、ジュード達はイラート海停へと降り立った。
そこでウィンガルはジュード達を捕らえるように兵士達に指示を下した。
どうして、と問うジュードに、ウィンガルはお前の存在は危険だ、と告げる。
「危険……?」
「お前は陛下を堕落させる。これ以上放置しておくわけにはいかない」
「僕が、ガイアスを……?」
訝しげな顔をするジュードに、ウィンガルはこれ以上語る事は無いとばかりに背を向ける。
だが、ウィンガルが立ち去るとローエン達が兵士を倒し、四人はニ・アケリア霊山へと向かった。
ミラの社でイバルを退け、ジュード達は霊山の険しい道を進んでいった。
そして山頂に辿り着くと、そこにはアグリアとプレザが待ち受けていた。
そこに、アルヴィンもいた。プレザの傍らに立つその姿に、ジュードはつきりと胸が痛むのを感じる。
やっぱりアルヴィンは……。ジュードはきゅっと拳を握りしめた。
けれどアルヴィンはアグリアからジュード達を庇うようにして立つ。
そんなアルヴィンに、アグリアの苛立った怒声が響く。
迷いながら、それでもジュード達を庇う事を止めようとしないアルヴィンの背を、ジュードは切ない想いに駆られながら見つめていた。

 

 

 


目覚めたそこは、断界殻の外であるエレンピオスだった。
アルヴィンの従兄だというバランの家で目覚めたジュードは、物珍しげに辺りを見回す。
バランの言葉に甘えて街へと出たジュード達は、リーゼ・マクシアとは全く違った文化と街並みに目を丸くした。
黒匣の浸透や依存、それらを目にして改めて二つの国を救える方法はないかとジュードは探る。
理想を叶える方法は未だおぼろげだが、それでもそれを形にしなくてはならない。
ヘリオボーグ基地襲撃を知ったジュード達は、ガイアス達が動き出した事を悟って基地へと向かう事にした。
そして辿り着いた先では大量の黒匣が破壊されていた。
話を聞くとやはりヘリオボーグ基地を襲ったのはガイアス達で間違いなさそうだった。
ジュード達が屋上へと辿り着くと、そこにいたのは暴走する源霊匣ヴォルトだった。
ヴォルトを大人しくさせると、ミュゼの力を使って空間を渡ったガイアスが現れる。
やはりヴォルトを起動させたのはガイアスだったのだ。
源霊匣の可能性に道を見出したジュードとは反対に、ガイアスはそれを切り捨てる。
恣意的なものでしかないと言うガイアスに、それでも、とジュードは言葉を重ねた。
しかし結局は平行線を辿り、ガイアスはミュゼを従えて去って行った。
そしてヴォルトを使って昇降機の動力を補い、バラン達を助け出したジュードはバランから源霊匣の仕組みを聞いた。
微精霊の源霊匣。その存在に、ジュードは漸く自分の成したい事を確かな形として得た。
それでも、ガイアスとの道は別たれてしまった。恐らくもう、お互いに引き返せない所まで来てしまったのだ。
ジュードは薄暗く曇った空を見上げると、その名を小さく呟いた。
「……」
そんなジュードの横顔を、アルヴィンがじっと見つめていた。

 


その夜、ジュードがミラと話しているとガイアスが現れてミュゼの力を宿した小さな剣を置いていった。
お互いに目指す世界が違うのだと言うガイアスに、やはりもう戦うしか道はないのだとジュードは思う。
バランの部屋に戻る途中でジュードはアルヴィンを見つけた。
先に戻っているよ、とミラが微笑んで立ち去る。
ジュードは通路の隅の窓辺に寄りかかって夜空を見上げているアルヴィンに歩み寄った。
「……寝ないの」
アルヴィンがジュードを見る。おたくもだろ、と返すアルヴィンに、そうだけれど、とジュードは視線を落とす。
アルヴィンとはニ・アケリア霊山で再会してからろくに話していない。何を話せばいいのか、わからなかった。
「……おたく、さ」
「え?」
ジュードが視線を上げると、じっと見つめるアルヴィンと視線が重なった。
「真面目そうな見た目の割に貞操観念薄いけど、それって裏を返せば誰も好きじゃないって事だよな」
アルヴィンの言葉にジュードは拳を口元にあてて考え込む。
確かに、ジュードは今まで誰かを、ただ一人を愛したり恋い焦がれたりした事は無い。
「誰にでも体は許すけど、心はどっか行ったままだ」
「そう……なのかな」
小首を傾げてアルヴィンを見ると、アルヴィンはそうだよ、と凭れていた壁から身を起こしてジュードの前に立つ。
月明かりに照らされたアルヴィンは、どこか苦しそうな顔をしていた。
「俺がそうだった。目的の為ならどんな女と寝る事も厭わなかった。どの女を抱いても何も思わなかった」
けど、とアルヴィンはジュードの頬に手を添える。
「俺は、おたくを……」
「アルヴィン?」
「だから、わかっちまったんだろうな……」
きょとんと見上げてくるジュードに、アルヴィンは苦笑して告げる。
「おたくはガイアスを愛してるんだよ」
ジュードの蜂蜜色の瞳が見開かれた。
「僕が、ガイアスを……?」
「おたくのガイアスを見る目は、尊敬なんて納まりのいいもんじゃない。見てればわかる」
確かに、ガイアスの腕の中にいるのは心地良かった。その視線一つで体の奥に熱が灯った。
身も心も支配され、満たされる様な情交にジュードは打ち震えた。
でも、とジュードはアルヴィンを見上げる。
「……でも僕は、アルヴィンの腕の中にいる時も、同じように感じていたよ」
「!」
その言葉にアルヴィンが驚いた様に目を見張った。
ただ肉体が満たされるだけじゃない。心も満たされる感覚を、ジュードはアルヴィンからも確かに得ていた。
アルヴィンは、ジュードはガイアスを愛しているのだと言った。
ガイアスへの想いがそうなのであれば、アルヴィンへのこの想いは?
アルヴィンがプレザとただならぬ関係だと察した時、自分の元から去ったアルヴィンがプレザと共に居たのだと知った時。
あの時感じた胸の痛みは、確かに嫉妬と呼べる感情だった。
「……くそっ」
アルヴィンが短く吐き捨てる様に言い、ジュードの体を引き寄せて抱きしめる。
「アル……」
「おたくが好きだ」
ジュードの声を遮る様にして告げられたそれに、ジュードは目を真ん丸に見開いた。
「おたくはきっと俺の事嫌ってるから、言わずにおこうと思ってた。でも、ジュード……!」
強い抱擁にジュードはそろりと腕をアルヴィンの背に回す。
「……アルヴィンは、僕の事が好きなの?」
確認するように問えば、好きだ、と低い声が囁いた。
「俺だって最初はただの性欲処理としか思ってなかったさ。だけど、気付いた時にはもう手遅れだった……!」
苦しげなその声に、ジュードはアルヴィンの首筋に頬を寄せる。
「……僕、アルヴィンの事、嫌いになった事なんて無いよ」
「だけど、今はもう好きでもないだろ」
「……アルヴィンが求める程じゃないかもしれないけれど、今だって僕はアルヴィンの事、好きだよ」
「ジュード……」
少しだけ体を離したアルヴィンがジュードを見下ろして問いかけてくる。
「……俺は、おたくを好きでいて良いのか」
月明かりの下、戸惑いと期待に揺れる眼を見上げながらジュードは少しだけ微笑む。
「それを決めるのは多分、僕じゃないよ」
「ジュード……」
見詰め合っていると不意にアルヴィンが顔を寄せてきて、ジュードは自然と目を閉じていた。
唇に触れる、少しだけ冷たい感触。
久しぶりに触れたアルヴィンの唇に、ジュードは己が酷く安堵している事に気付いていた。

 


世精ノ途で待ち受けていたのはウィンガルだった。
何とか退けたものの、ウィンガルが最期に放った一撃でジュード達は分断されてしまった。
ジュードが世精ノ途の最深部、世精ノ果テを目指して一人駆けて行くと、やがてミラと合流できた。
そしてジュードとミラはガイアスとミュゼの元に辿り着いた。
ガイアスがジュードを見詰める。ジュードもまた、ガイアスを見詰めた。
ジュードの脳裏にアルヴィンの言葉が甦る。
確かにガイアスの事を尊敬とかそういう感情以上に好きなのだろう。アルヴィンの言葉を借りるのなら、愛しているのだろう。
けれど、それでも成さねばならない事があるのだ。ジュードにも、そしてガイアスにも。
「なんで……こんな事になっちゃうんだろうね」
視線を落としてそう言うジュードに、ガイアスは誰のせいでもない、と慰めるように告げる。
その優しさは、あの教会での夜に感じたものと同じだった。
「……ありがとう、ガイアス」
微かに微笑むジュードの傍らで、ミラがミュゼに語りかける。しかしもうミュゼにミラの言葉は届かない。
既にもう、自分たちには交わすべき言葉はないのだ。
ガイアスが剣を構え、ジュード達もまた構える。
するとマクスウェルの思念体が現れてガイアスとミュゼをこの空間に閉じ込めると告げた。
だがマクスウェルの思念体はガイアスによって斬り捨てられ、ミュゼがマクスウェルの元へと向かう。
「ミュゼ!」
ミュゼを追おうとする二人にガイアスが立ち塞がった。
「お前たちの相手は俺だ!」
ガイアスが地を蹴り、ジュードとミラもまた駆けた。
拳と剣、そして剣と剣がが交わり火花を散らす。最初はガイアスが圧倒的な力を誇っていた。
だが、少しずつジュードとミラの連携に押され始め、ガイアスが膝をついた。
するとガイアスの背後の空間が割れ、ガイアスはそこへ飛び込んで消えた。
恐らく戦闘が長引いたので、先にマクスウェルの方を片づけた方が得策だと考えたのだろう。
例えジュード達を倒したとしてもこの世精ノ途を潰されてしまっては元も子もない。
ジュードとミラは消えたガイアスを追って更に奥へと駆けて行った。
そして辿り着いた世精ノ果テにはガイアスとミュゼ、そしてクルスニクの槍に囚われたマクスウェルがいた。
マクスウェルは再び思念体を生み出し、ガイアスとミュゼに対抗していたがそれもまたミュゼの次元刀を手にしたガイアスに斬り伏せられてしまった。
追いついたジュードにガイアスは言う。このままではお前の最も大切なものを失う事になると。
しかしジュードはもう迷わなかった。逃げる事こそが大切なものを失う事だと知っていたから。
だからもう、逃げない。そう宣言するジュードに、ガイアスは闘気を纏って長剣を構えた。
「ならば来い!ジュード、ミラ!」
死闘が幕を開け、ジュードとミラは視線を交わすとまずはミュゼに狙いを定めた。
リーチの長いガイアスの剣も厄介だったが、広範囲の術を使うミュゼを優先した方が良いと判断したのだ。
二人の狙いにガイアスも気付いたのだろう、ミュゼを庇おうと動くがそれはミラによって邪魔をされてしまう。
その隙にジュードがミュゼに拳を叩き込む。悲鳴を上げて吹っ飛んだミュゼに追い打ちをかけるようにその背後からアルヴィンが現れ、ミュゼを撃った。
「エクスペンダブルプライド!」
ミュゼは一度は倒れ伏したが、すぐに身を起こすと術を放ってくる。それを避けながらアルヴィンはガイアスに斬りかかった。
「貴様も我に刃向うか!」
「おたくにだけは負けらんねえんだよ!」
アルヴィンがガイアスを足止めし、ジュードとミラがミュゼを追い詰める。
そしてエリーゼが追い付き、レイア、ローエンもまた戦いに参じた。
全員が揃うと一気に形勢は逆転していった。ガイアスの強さは圧倒的だったが、それでも六人対二人。次第に押され始めた。
やがてミュゼが悲鳴を上げて倒れ伏し、今度こそもう起き上がる事は出来ないようだった。
残るはガイアス一人。ジュードは振り下ろされた長剣を手甲で弾き返すと拳を繰り出した。
そして、長い激戦の果てにガイアスもまた膝をついた。
ミラが四大精霊を召喚し、クルスニクの槍を消滅させてマクスウェルを開放する。
「お前たちの目指すものは、民を苦しめるだけだ。例え源霊匣があろうとも」
膝をついたガイアスの言葉に、ジュードはそうかもしれない、と頷く。
「僕が目指す未来って、きっとまだまだ考えが甘いんだと思う。でも、ミラは信じてくれた」
そして、とガイアスに穏やかに微笑んだ。
「ガイアス、あなたも」
「それが何だと言うのだ」
低い声音に、ジュードは視線を足元に落とす。
「僕はまだ弱くてちっぽけだけれど、それでも前に進むのを止めない。止めたくない」
だから、と視線を上げ、ジュードはガイアスを見た。
「僕を、信じてほしいんだ」
「……お前たちが迷う事あらば、俺は再び立ち上がるぞ」
そう言うガイアスに、ジュードは歩み寄るとすっと手を差し出した。
「そうはならないよ、きっと。……ううん、絶対に」
「……ジュード……」
その傍らではミラもまたミュゼへと手を差し伸べていた。
共に生きよう、と微笑みかけるミラにミュゼは涙を零した。
「覚悟は決まったようだな」
解放されたマクスウェルがミラに語りかける。
マクスウェルは断界殻のマナを使えば再び人の身になれると道を示したが、しかしミラはそれに首を横に振った。
そして断界殻は消滅し、マクスウェルもまたその姿を光に変えて消えて行った。
ジュードは前を向いたままミラの手をそっと握り、新たな節目を迎えた世界を見詰め続けた。

 


断界殻が消えて半年が過ぎた。
ジュードは医学者としての道を歩みだし、ミラはミュゼと共に精霊界へ行って新たなマクスウェルとなった。
エリーゼはドロッセルの支援の元で学校へ通えるようになったし、ローエンはガイアスの右腕たる宰相となった。
レイアは看護師を辞めて今は宿泊処ロランドを手伝っている。アルヴィンはユルゲンスと商売を始めたようだった。
この半年はあっという間だった。ジュードは荷造りをしながら思う。
本格的に源霊匣の研究に乗り出したジュードは、拠点をイル・ファンからエレンピオスのトリグラフに移す事にしたのだ。
源霊匣に関してはヘリオボーグ基地で研究するのが一番適している。バランからの誘いが来たのを機に、ジュードは移住を決意したのだった。
トリグラフか。ジュードはふとアルヴィンの事を思いだす。
アルヴィンも今はトリグラフに住んでいる。ユルゲンスが仕入れたリーゼ・マクシアの果物などをエレンピオスの市場に卸しているのだ。
といっても今はまだ漸くいくつかの取引先が見つかった程度で、まだまだ軌道に乗ったとは言えないと聞いている。
同じトリグラフに住むのであればたまには会えるかも、なんて思いながらジュードは旅行鞄を閉じた。
殆どの荷物はもう既にトリグラフに借りたアパートに送ってある。後は自身が向かうだけだ。
アルヴィンに選んでもらったエレンピオス風の服を纏った自分を鏡に映し、よし、と頷く。
そしてこれまたアルヴィンに買ってもらったGHSと呼ばれる黒匣をポケットにしまい、ジュードは空っぽになった部屋を出た。
通信機器であるGHSには今の所、アルヴィンとバランの番号しか登録されていない。
レイアにも手紙でGHSの存在を知らせた所、強く興味を持ったようだった。
しかしリーゼ・マクシアでは売られていないので、今度レイアがトリグラフを訪れる事があったら一緒に買いに行こうかな、などと思いながらイル・ファンの街並みを歩く。
この街とも暫くはお別れだ。この半年で霊勢は少しずつ変化していっている。いつかはこの夜域も無くなるのだろうと思うと少しだけ寂しい気もした。
そしてジュードは空を見上げてこの国の頂点に立つ男の事を思う。
ガイアスは今頃どうしているだろうか。忙しい身だ。今もきっと精力的に政務をこなしているのだろう。
ミラがジュードを信じたように、ガイアスもまたジュードの目指す未来を信じてくれた。
ならばそれに応えなければならない。一日でも早く源霊匣を完成させる事、それがまず未来への第一歩だ。
そしてジュードはこの半年、誰とも関係を結んでいなかった。
初めの頃は体が疼いた夜もあったが、次第に憑き物が落ちたようにジュードはそれを必要としなくなった。
漸く、あの幼い頃の記憶から解放されつつあるのだとジュードは感じていた。
大丈夫、とジュードは前を見据える。
さあ、前へ進もう。
ジュードはしっかりとした足取りで、海停へと向かったのだった。

 

 


 

ジュードがトリグラフに住居を移して一節。
慌ただしかった毎日も漸く落ち着きを取り戻しつつあった。
そんなある日、ジュードはアルヴィンと食事の約束をした。
ジュード君の手料理が食べたい、とGHS越しにねだられ、じゃあ、と今日を約束した。
アルヴィンと会うのは三節ぶりくらいだ。
三節前はイル・ファンに仕事の関係でやって来たというアルヴィンと出掛け、そこでジュードは服を見繕って貰い、GHSも貰ったのだ。
シルフモドキではトリグラフまでは飛べないから、と少し恥ずかしそうにGHSを差し出したアルヴィンに、ジュードは温かい気持ちになったのを覚えている。
ジュードは遅くまでヘリオボーグ基地で残業をしてくるのが常だ。そのまま基地に泊まってしまう事も多々ある。
しかし今日は。そそくさと定時で帰るジュードに、バランが楽しんでおいで、と笑って送り出してくれた。
バランはよくアルヴィンと飲みに行くらしい。酔っ払ったアルヴィンというものをジュードは見た事が無かったが、バランの前では時折そうなるらしかった。
そしてバラン曰く、アルヴィンは酔っ払うと普段は胸の内に秘めているような事をべらべらと喋るらしい。
その内容の殆どがジュードに関する事ばかりらしく、バランはジュードとアルヴィンの関係を大まかに察していた。
それは少し恥ずかしいな、と思う反面、バランには隠さなくて良いのだと思うとどこかほっとしていた。
馬車でヘリオボーグ基地からトリグラフに戻ったジュードは買い物を済ませ、アパートに戻った。
ジュードが住んでいるアパートはそう広くない。しかし一人暮らしのジュードにとってはこれくらいが丁度良かった。
手際よく夕食の準備をし、デザートにはアルヴィンの好物だというピーチパイを焼く。
レティシャが焼いたピーチパイは絶品だったとアルヴィンもバランも言っていた。
それには届かないだろうけれど、少しでもアルヴィンに喜んで欲しかった。
この胸を満たす温かい思いが何なのか、ジュードは薄々気づいていた。
僕は、アルヴィンの事が好きなのだ。
ガイアスの事を思いだすと、今でも胸を焦がす何かを感じる事がある。それでも会わないまま過ごしたこの半年で、それは大分治まってきた。
元々、ガイアスは自分の手の届く人ではないのだ。あの教会での夜の事は、もう忘れるべきなのだ。
けれどアルヴィンは違う。まるでジュードに自分の存在を思い出させるかのようにふらりと姿を現してGHSを置いていった。
GHSを手に入れてからはジュードは毎日の様にアルヴィンとメールを交わしていた。
それは些細なやり取りだったが、それでもイル・ファンで孤軍奮闘していたジュードには支えとなりつつあった。
アルヴィンが今でもジュードの事を想っていてくれるのかはわからない。あの夜に好きだと言われて以来、何も言われていない。
だけどこれで良いと、今の関係で良いのだとジュードは思う。
もうこれ以上、自分の欲に振り回されたくない。
ジュードがそう思いながら鍋を掻き回していると、来客を知らせるベルが鳴った。アルヴィンが来たのだ。
「よう、ジュード君」
思った通り、開いたドアの向こうにいたのはアルヴィンだった。
「いらっしゃい、アルヴィン」
「これ、お土産」
差し出された袋の中には、二種類の瓶が入っていた。
「これは?」
「パレンジジュースとナップルジャム。今度うちで扱おうかと思ってさ。試食してみてよ」
「うん、ありがとう」
入って、と室内に招き入れるとアルヴィンが鼻を鳴らして美味そうな匂いがする、と笑った。
「今日はカルボナーラとロールキャベツを作ってみたんだ」
キッチンを覗いたアルヴィンは、そこに焼く前のパイを見つけて顔を輝かせた。
「なあ、これって」
「ピーチパイ、焼いてみようかなって」
照れくさそうに笑うジュードをアルヴィンは抱き寄せてその髪に頬をすり寄せた。
「ほんと可愛いなあジュード君は」
「もう、アルヴィンったら」
小さな子供を可愛がるようなそれに、くすぐったさを感じながらもジュードはアルヴィンの腕から逃れた。
「じゃれてないで、もう出来上がるから座ってて」
アルヴィンを座らせ、ジュードは料理の仕上げに掛かる。
手早くカルボナーラを仕上げ、トマトで煮込まれたロールキャベツも器に盛る。
パン屋で買ってきたカンパーニュは既にスライスして籠に入れ、テーブルの上に置いてあった。
あとはサラダにはお手製のオニオンを混ぜたドレッシングをかけ、ピーチパイを温めたオーブンに入れればジュードのやるべきことは終わる。
ああそうだ、と貰ったばかりのパレンジジュースをグラスに注ぎ、ナップルジャムをパンの籠の脇に置く。
ジュードがお待たせ、とアルヴィンの向かいの椅子に腰を下ろすと、二人はいただきます、とお辞儀をしてフォークを手に取った。
どうかな、と心配そうに窺うジュードに、アルヴィンはマジで美味いんだけど、と言いながらフォークを操った。
たくさん作ったつもりだったが、それらはアルヴィンによって見事に平らげられてしまった。
どちらかといえば小食な方のジュードからしてみれば惚れ惚れとする食べっぷりだ。
焼き上がったピーチパイもしっかりと食べて、アルヴィンは満足そうだった。
食後は二人で並んで座ってテレビを見ながらあれこれと話した。
リーゼ・マクシアで育ったジュードにとって、テレビを初めて見た時は不思議な箱にしか思えなかったが、今では普通にリモコンも扱える。
不意にアルヴィンがこてんと体を倒し、ジュードの太腿に頭を乗せた。
「アルヴィン?」
「久しぶりに会えたんだから、甘えさせろよ」
ジュードはくすりと笑うとアルヴィンの髪を優しく撫でる。
暫く撫でていると、時折話しかけてきていたアルヴィンが静かになっている事に気付いた。
そっと顔を覗き込んでみると、アルヴィンは穏やかな表情で眠っていた。
ジュードは込み上げてくる温かさに微笑みながらおやすみ、と小さな声で囁いてその髪を撫で続けた。
それから半刻が過ぎた頃、ふと膝の上の頭が揺らぎ、あれ、と寝ぼけた声が聞こえた。
「俺、どれくらい寝てた……?」
起き上がりながらの問いかけに、ジュードが半刻くらいかな、と答えるとそんなにかよ、と伸びをする。
「動けなかっただろ。悪かったな」
「大丈夫。テレビ見てたから」
くすくすと笑うジュードに、アルヴィンは不覚を取った、と決まり悪げに頭を掻きながら言う。
「疲れてたんじゃない?」
「でもせっかくジュード君に会えたのにさあ、寝てるとか無いだろ」
「寝顔、可愛かったよ」
笑い続けるジュードに、アルヴィンはむすっとしてずいっと顔を寄せてきた。
「可愛いのはおたくの方だっての」
「アル……ん……」
言葉を塞ぐようにして口付けてきたアルヴィンに、ジュードは目を見開く。
ぬるりと滑り込んできた舌に、そっと目を閉じてそれを受け入れた。
「……ふ……アル、ヴィン……」
焦点がぶれそうなほど近くにアルヴィンの顔がある。アルヴィンはちゅっと音を立ててもう一度軽く口付けてからジュードを抱き締めた。
「おたくには迷惑な話かもしれないけどさ、俺はまだ、おたくの事が好きだ」
「迷惑なんかじゃ、ないよ……」
「……じゃあ、受け入れてくれるのかよ」
少しだけ低くなった声に、ジュードは答えられない。
「……わかってんだ。おたくの感情がまだそういうレベルに達してないって事は」
「ごめん……」
アルヴィンの事は好きだ。大好きだと思う。大切だと思う。でもそれが愛なのかと問われると答えられない。
ジュードにはよくわからない。否、わかろうとしていないだけなのかもしれない。
まだ自分にはその感情は大きすぎて、重すぎて。受け入れたくないのだろう。
アルヴィンはそれを察していた。だからこの半年、何も言わなかったのだ。
でも。
「俺がおたくを好きだって事は、覚えておいてくれ」
「……うん」
ジュードが小さく頷くと、アルヴィンはすっと体を離して立ち上がる。
「アルヴィン?」
「今日はもう遅いし、帰るわ」
苦笑してそう言うアルヴィンに、ジュードは少しだけ寂寥感を感じながら頷いた。
「うん……」
そうしてアルヴィンを玄関まで見送って、ジュードは扉を閉めた。
窓辺に歩み寄り、外を見下ろしているとやがて街灯に照らされたアルヴィンの姿が見えた。
去っていくその後ろ姿に縋りたいような、そんな衝動に駆られながらジュードは窓辺からそっと離れた。
その夜、ジュードはベッドの中で久し振りに自らを慰めた。
前を扱き、後ろに指を差し入れながらのそれにジュードは足を引きつらせて達する。
荒い息を吐きながら、アルヴィンのせいだよ、もう、と八つ当たり気味にそう思った。

 


それから更に一節が過ぎた。
相変わらずアルヴィンとのメールは続いている。通話する事もある。
アルヴィンは愛だの恋だのという直接的な言葉は使わなかったが、それでもジュード君に会いたいだの触れたいだのと、ジュードの胸をときめかせるような事を囁いた。
そのせいだろうか、このところ自慰の回数が増えた気がする。
絶対にアルヴィンのせいだ、とジュードは思う。折角性欲という存在を忘れようとしていたのに、アルヴィンの囁きはジュードの中に小さな炎を灯した。
じりじりと情欲が身を焦がす感覚にジュードは抗った。それでも時折耐え切れなくなって自身に手を伸ばしてしまう。
アルヴィンは優しい。ジュードの心が成長するまで、人を愛せるようになるまで待つと言ってくれた。
それに応えられたら良いのだけれど。中途半端な自分に少しだけ嫌気を覚えながら、ジュードは書類に目を通した。
すると微かに扉の開閉される音が聞こえてきて、ジュードは顔を上げる。
ジュードの部屋は角部屋で、片隣りの部屋は空室だった。しかしその隣室にも漸く借り手がついたらしかった。
お隣さんかぁ、どんな人だろう。そう思っているとドアベルが鳴ってジュードは立ち上がった。
一瞬、アルヴィンだろうかと思ったが、意外とマメな所のあるアルヴィンが何の連絡もなくやってくるとも思えない。
「はい」
鍵はかけてもチェーンまで掛けるという習慣の無いジュードは、無防備に扉を開ける。
「久方ぶりだな、ジュード」
瞬間、ジュードは目の前に立っている人物はきっと幻だと判断して扉を閉めようとした。
「待たんか」
しかしがっと音を立ててその長い脚が閉じようとする扉を阻み、ジュードは現実と向き合わざるを得なくなった。
「ガ、ガイアス?」
そこに立っていたのは黒を基調とし、赤のラインの入ったエレンピオス風の服に身を包んだガイアスだった。
しかしガイアスは、アーストだ、と訂正した。
「え?」
「今は一般人としてここにいる。その名は呼ぶな」
「えと……じゃあ、アースト。どうしてここに居るの?ローエンは知ってるの?」
「……」
ジュードの問いに答えずじっと見下ろしてくるガイアスに、ええと、とジュードは閉じかけていた扉を開いた。
「……入る?」
「そうさせてもらおう」
堂々と入ってきた男は勝手知ったる態度でソファに腰掛ける。
お茶淹れるね、とキッチンへと向かおうとしたジュードを構わん、と引き留めた。
「座れ、ジュード」
「う、うん……」
ここ僕の部屋なんだけどなあ。そう思いながらジュードはガイアスとはテーブルを挟んで向かいの椅子に座った。
久しぶりに会ったガイアスは、相変わらず強いオーラというか、威圧感を醸し出していた。
これで一般人とか、無いよね。ジュードはそう思いながらそれで、と問う。
「どうしてここに居るの?」
「エレンピオスを知るために暫く滞在する事にした」
「ローエンは知ってるの?」
ジュードの問いに、無論だ、とガイアスは頷く。
「リーゼ・マクシアの事はローエンに一任してある。GHSもある。そうそう困りはせん」
「……GHS、使えるの?」
何となくGHSを操るガイアスというものが想像できなくて問えば、暫しの沈黙が落ちた。
「……あの」
「……通話の出かたと発信の仕方は覚えた」
うん、そんな事だろうと思った。ジュードはがくりと肩を落とし、それで、と先を促した。
「こっちにいる間は何処に泊まってるの」
外交施設だろうか、と思っていると隣だ、と事も無げにガイアスが答えた。
「隣って……まさか、この部屋の?」
「そうだ」
「もっと広い所借りればいいのに……」
「寝る場所さえあれば問題ない」
まあ、確かにそういう事には拘らなさそうだよね。ジュードはそう思いながらもでも、と小首を傾げた。
「ガイアスの事だから、偶然お隣さんになったってわけじゃないんでしょう?アパートなんていくらでもあるんだし。どうしてここを選んだの」
その問いに、ガイアスはじっと無言でジュードを見詰めた。
その鮮やかな赤の眼に射抜かれて、ジュードは忘れていた感覚を思い出してぞくりとした。
こうしてガイアスと言葉を交わすのは、八節ぶりだ。じわじわと腰の奥から湧き上がってくる熱を誤魔化す様にジュードは視線を膝の上に落とす。
するとガイアスが立ち上がり、ジュードの傍らに立った。
「……隣ならば、お前に会えると思ってな」
「ガイアス……」
ガイアスの指先がジュードの顎を持ち上げ、上向いたジュードの唇にガイアスが口付けてきた。
熱い舌が入り込んできてジュードを翻弄する。自然と体が熱くなってくるのを感じた。
ガイアスは王だから、自分の手の届く人ではないから。そう割り切っていた。もうそうそう会うことは出来ないのだからと。
だけど。
「……ジュード」
耳に心地よい低音がジュードの名を囁く。たったそれだけの事にジュードの背筋は震え、先を期待して疼き始める。
「お前が欲しい」
「ガイ、アス……」
不意にアルヴィンの顔が脳裏に浮かぶ。
待つと言ったアルヴィンと、強引に引き寄せようとするガイアス。
どちらも大切で、どちらの事も好きだ。もしかしたら、認めようとしないだけで愛してすらいるのかもしれない。
「僕、は……」

 


→アルヴィンを選ぶ。

 


→ガイアスを選ぶ。

 


脳裏に二つの選択肢が浮かぶ。
だが、ジュードの唇から零れたのはそのどちらでもなかった。
「僕には……選べない……」
苦しげに表情を歪めてジュードはガイアスを見上げる。
「僕はガイアスもアルヴィンも、どっちも大切で、大好きで……だから、選べないよ……」
ジュードの言葉にじっと見下ろしていたガイアスは、微かに表情を和らげてジュードの頬を撫でた。
「無理に決めずとも良い。いつか自然と答えは導き出される」
ただ、とガイアスは深刻そうな顔をして言う。
「一つ問題がある」
「え……」
「その答えが出るまで、俺が待てんという事だ」
真面目な顔でそう告げるガイアスをぽかんと見上げていたジュードは、やがてくすりと笑った。
「何それ、待っててくれないの?」
くすくすと笑うジュードの頬にガイアスがそっと口付ける。
「心も無論手に入れるが、一先ず体だけでも手に入れたいと思っているのだが」
駄目か?と問われ、ジュードは笑ったまま仕方ないなあと頬に添えられた手に自らに手を重ねた。

 

 

 

 


その夜、仕事が早く終わったアルヴィンはジュードにメールを送った。あわよくば夕食でも一緒に、と思っていた。
しかし暫く待ってみても返事はなく、いつもならすぐに返事が返ってくるのにな、と思いながら手の中のGHSを見下ろす。
確か昨日の時点では今日は休みだと言っていたので、すぐ連絡がつくと思ったのだが。
どうせまた本に熱中し過ぎて気付いていないというオチだろう。そう思いながらアルヴィンは直接ジュードのアパートを訪れた。
見上げてみると、ジュードの部屋の窓からは灯りが漏れている。居るには居るらしい。
やはり予想が当たっていたか?そう思いながらアルヴィンは今更だが一応、とGHSを取り出した。
コールする音が暫く続く。呼び出し音がするという事は、電源は切っていないようだが。
取り敢えず部屋まで行ってみるか、とGHSを切ろうとした瞬間、繋がった。
『……アルヴィン、なに?』
アルヴィンのGHSはリアルタイム映像も送れるタイプのものだ。当然、ジュードに渡したGHSにもその機能はついている。
いつもは映像つきで話していたのだが、画面にはサウンドオンリーの文字が浮かび、ジュードの様子はわからない。
余計な操作をしない限り映像つきで通信を行う様になっている。
わざと設定を変えた?アルヴィンは訝しみながら今部屋にいるのか、と聞いた。
『う、ん……どうか、したの』
「いや、仕事が早く終わったからさ、夕飯まだならって思ったんだけど」
『え、あ、ちょ、駄目っ……!』
慌てる声がして、何かがさがさと物音がする。誰かほかに人がいるのだろうか。
そう思って耳を澄ませていると、明らかにジュードの声ではない、低い男の声がアルヴィンの耳に飛び込んできた。
『ジュードは今忙しい。出直せ』
『あっ、待って、やっ』
男の声の後ろでジュードの艶めかしい声が響き、通話はぷつりと切れた。
ツーツーと鳴る音を呆然と聞きながら、アルヴィンはGHSをきつく握りしめた。
今の声は、ガイアスだ。
何故あの男がここに。いや、それより。アルヴィンはジュードの部屋を見上げる。
「あんの野郎……!」
性懲りもなくジュードに手を出しやがって……!アルヴィンは舌打ちしてアパートの中へと向かった。
アルヴィンはジュードの心が癒えるまで待つつもりだった。幼い頃に受けた心無い仕打ちのせいで、誰でも受け入れる代わりに人を心から愛するという事を忘れてしまった哀れな子供。
その傷がいつか癒え、人を本当の意味で愛せるまでにその心が育つのを待つつもりだった。
だがそれは、あの男が居ないから生まれる余裕だった。
ガイアスはリーゼ・マクシアの王であり、そうそうジュードと会う事は無い。そう踏んでいたから待つ事が出来ていた。
だが、あの男がジュードの傍にいるのなら話は別だ。
ジュードはガイアスに惹かれていた。アルヴィンにも少なからず想いを寄せてくれているようだったが、それでもきっとガイアスには勝てない。アルヴィンはそう感じていた。
まるでお互いの魂が呼び合う様に惹かれあっていくその様に、アルヴィンは激しく嫉妬していた。
ジュードがエレンピオスに来ると聞いた時、真っ先に浮かんだのはこれでガイアスとジュードが再び出会う可能性はさらに減ったという事だった。
そう安心していたそれは、ただの慢心でしかなかった事を思い知らされた。
エレベーターの扉が開くと同時に足早にジュードの部屋の前に向かう。
ジュードから渡されていた合鍵を使って部屋に入ると、キッチンエリアと他を仕切る壁の向こう、ベッドの上でジュードが男に組み敷かれていた。
「ア、ルヴィ……?」
男の下でジュードが目を見開く。その細い脚を抱え、大きく開かせた男は腰の動きを止めて視線だけでアルヴィンを見た。
「忙しいと言った筈だが」
「やっ……見ないで、アルヴィン……!」
羞恥から顔を腕で覆うジュードに、ガイアスがふっと笑う。
「見られて感じているのか。中がうねっているぞ」
「そんな事……あっ!」
ガイアスが再びその奥を突き、ジュードが甲高い声を上げる。
「いつまでそこで見ているつもりだ」
それとも、とガイアスが低く笑う。
「混ざりたいのか」
「ガイアス!」
ジュードが非難するように声を上げ、見上げてくるがガイアスは挑戦的な笑みをアルヴィンに向けたままだ。
「……」
きつく拳を握ったアルヴィンは、やがてふっと唇の端を歪めて笑うと上等だ、と呟いた。
「だったら、混ぜてもらおうじゃねえの」
「アルヴィンまで何言っ、やっ、あっ」
ぐぶぐぶと音を立てて貫かれ、ジュードは喉を震わせて喘いだ。
だがアルヴィンがベッドに歩み寄ると、ずるりとそれが引き抜かれる。
ジュードの中から抜き出されたそれを見たアルヴィンは、えげつなっと呟いた。
「ちょっと王様、あんたそれもはや凶器だろ。そんな所も王様なわけ」
「ふ、ジュードは悦んでいるようだが?」
「うわー俺自信無くすわー」
てことでジュード君。アルヴィンはにこりと笑ってベルトを外した。
「可愛いおくちで舐めてくれる?」
「……」
高みを目指している最中で熱を引き抜かれ、中途半端に放り出されたようなもどかしさに震えながらジュードは身を起こす。
ジュードがやりやすいようにベッドに上がったアルヴィンのその前を寛げ、ジュードは緩く芯を持っているそれを取り出すと舌を這わせた。
「ジュード、腰を上げろ」
「ん……」
ガイアスの言葉に、ジュードはアルヴィンの熱を舐めながら腰を高く突きだす。
その細い腰を掴み、ガイアスは再びジュードのひくつくそこに熱を押し当てた。
「んんっ……ふあ、んむ……!」
ずるずると入り込んでくるその熱に震えながら、ジュードは口内で育っていくそれを銜え込む。
「んっ、んっ、ふ、あっ、あんっ、んんっ」
「あーあ、気持ちよさそうな顔しちゃって。王様のちんこそんなに美味しいの」
「ジュードは奥を突かれると酷く乱れるぞ」
ジュードの背後から貫きながらのガイアスの言葉にへえ、とアルヴィンがジュードを見下ろす。
「前立腺擦られるのも大好きだったよなあ」
「そうなのか」
「んんっ、ふ、ぁ、あっ、あっ」
頭上で交わされる会話をろくに聞き取れないまま深く貫かれる快感に感じ入っていると、アルヴィンがこら、とその額を突いた。
「おくちがお留守してるぜ」
「んむっ」
ぐいっと喉の奥まで押し込まれ、ジュードは涙を滲ませながら硬く熱く育ったそれを喉の奥で締め付けた。
「苦しかったら出していいんだぜ?」
「自分で押し込んでおいてよく言う」
「だってジュード君が可愛すぎてさあ。つい苛めたくなっちゃうわけよ」
懸命に頭を上下させているジュードの髪をアルヴィンは優しく撫でる。
「まあ、わからんでもないがな」
「んんっ!」
突く勢いが増し、ジュードが目を見開く。
「あれ、王様ギブアップ?」
「貴様が乱入する随分前から楽しませてもらっているからな」
「ああ、ちょうどイく所だったわけね。そりゃ悪い」
軽口を叩く下では激しくなった突き上げに、ジュードが引っ切り無しに嬌声を上げる。
「じゃあ、俺も一度イッておきますかね」
ジュード君、もう少しだから頑張ってくれる?唇を笑みの形に吊り上げて言うアルヴィンを視線だけで見上げ、ジュードはその先端を舌先で抉るように突いた。
「っ……そうそう。そんで、もうちょっと強く吸ってくれる?」
「んっ、ふ、んんっ、んんんっ」
言われたとおりに強く吸いあげながらも耐えきれず熱を放ったジュードのその内壁の動きに持って行かれ、ガイアスもまたその最奥で果てた。
そしてアルヴィンもまた、微かに顔を顰めてジュードの喉の奥に熱を放った。
こくりとジュードが喉を鳴らしてアルヴィンの熱を飲み下す。管に残ったそれもちゅうっと音を立てて吸ってジュードは飲み込んだ。
「……ぁ……」
ずるりと引き抜かれる感覚にジュードが微かに声を漏らした。多量に吐き出されたそれがジュードの内腿を伝い落ちていく。
「はい、じゃあジュード君起きて」
今にもへたり込みそうなジュードの体を抱き起し、状況が分かってないその表情にアルヴィンはにこりと笑いかける。
「それじゃあ二回戦行ってみようか」
「ちょ、待って、僕、もう……」
だが背後からガイアスの手が伸びてきて、もう終わりだなどと言うまいな、とその頬を撫でた。
「夜は長いぞジュード」
「そういう事」
「な、なんでこういう時だけ仲良いの……!」
アルヴィンとガイアスの手によって体を反転させられながらジュードが抗う。
しかしそんな些細な抵抗など物ともせずジュードを反転させた二人はいや、と首を横に振る。
「これは仲が良いんじゃなくて」
「お前が選べないと言うから、致し方なく共有しているだけだ」
息ぴったりじゃないか。そう思っているとジュードの唇に未だそそり返っているガイアスの熱が押し付けられる。
「ジュード」
「……もう……」
渋々とそれに舌を這わせると、アルヴィンの手が腰を掴むのを感じた。
「あ、あんんっ……」
アルヴィンの熱が入り込んでくる感覚に、ジュードは甘い声を漏らしながらガイアスの熱に舌を這わせる。
「王様みたいにいっちばん奥は抉ってやれないけど、その代りにこっち擦ってやるよ」
「ひあっ」
アルヴィンの熱がジュードの前立腺を擦り、びくりと体を震わせる。
「あっ、あっ、んんっ、んむっ、ふ、ううっ」
ガイアスの熱を頬張りながらジュードは痙攣するように体を震わせた。
その乱れ振りにガイアスがほう、と目を細める。
「確かに随分と乱れるな」
「だろ。デカけりゃ良いってもんでもねえんだよ」
「ふむ」
咥えきれない部分を手で扱きながら舌を絡めるジュードの髪をガイアスがさらりと梳く。
「んんっ、ふ、う、んんっ」
「そういえばオルダ宮の書庫に男と女の夜の駆け引きという本があったのだが」
「んっ……ちょ、ガイアス、それ読んだの……!」
ジュードの問いに、興味深い内容だったぞ、と頷いた。
「その中に二輪挿しというものがあってだな」
動きを止め、ぴゅうっと口笛を吹いたアルヴィンとは反対に、ジュードは意味が分からないと言う様に小首を傾げた。
「にりん、ざし?」
「さすがにジュード君壊れちゃうんじゃないの」
きょとんとしているジュードに、つまりだ、とガイアスは説明する。
「二本同時に挿入するという事だ」
「むっ、無理!絶対に無理!」
ぶんぶんと首を横に振るジュードに、お前ならできそうな気もするのだが、とガイアスが食い下がる。
「無理ったら無理!」
「そうか……」
残念そうな顔をするガイアスに、僕、口で頑張るから、とジュードは恥ずかしそうに言う。
「お前がそう言うのであれば、励んでもらおう」
ジュードが再びガイアスの熱を銜え込むと、アルヴィンもまた動きを再開する。
僕、明日仕事行けるかな……無理だろうな。ジュードはそう思いながら喉を鳴らした。

 


あれからジュードは自分が何度達したのか、記憶にない。
ガイアスはともかく、アルヴィンは一回か精々二回で満足するタイプだ。
しかし無駄に絶倫なガイアスに触発されたのか、結局ジュードが指一本動かせなくなるまでアルヴィンもまたジュードを抱いた。
シーツは当然三人分の精液でどろどろになり、ガイアスがジュードを清めている間にアルヴィンがベッドのシーツを換えた。
さすがにシングルベッドで三人も寝ることは出来ないので、アルヴィンは明るくなり始めた空の下を帰って行き、ガイアスもまたアルヴィンに追い出されて渋々と隣の部屋に帰って行った。
ジュードが予想した通り、その日はもう仕事に出るなどとどう考えても無理で、ジュードはベッドに潜ったままGHSでバランに風邪だと嘘をついて休む羽目となった。
王様がおたくを体だけでも手に入れようってんなら、俺もそうさせてもらう。帰り際、アルヴィンはそう告げて出て行った。
つまり、それは。
「……研究が滞ったらあの二人のせいだ……」
ジュードは腰を撫でながらベッドの中で嘆いた。
そしてそれから四節の時が過ぎた。
ガイアスは時折リーゼ・マクシアに帰っているようだったが、それでも大抵はトリグラフで過ごしていた。
民衆と親しむためと言ってあちこちふらふらしているようだが、良いのだろうか、とジュードは思う。
ローエンや他の部下たちにしわ寄せが行っていないのなら良いのだが。
三人で情を交えてしまった夜以来、ジュードはアルヴィンとガイアスの両方と関係を続けていた。
アルヴィンは水旬と地旬、ガイアスは火旬と風旬の間、ジュードを独占する権利を持つ、と話し合って決めた。
そしてジュードがどちらかを選んだらそれはそこでお終い。選ばれなかった方は潔く諦める。そうなっていた。
しかし四節が過ぎてもジュードはどっちつかずで、どっちも好きなのだから選べない、というスタンスを貫いていた。
優柔不断だと自分でもわかっている。それでもジュードにはどちらか一方を切り捨てるなどと言う事は出来なかった。
だが、いつかは答えが出るのだろうか。ジュードはそう思いながらGHSを取り出す。
駅で待ち合わせているはずのレイアからメールが届いていた。
開いてみると、急用ができたから代わりに取材してきて、との事だった。
ちょっと待ってよ、とジュードは慌ててGHSの通話ボタンを押す。
回線の向こうのレイアは謝りながらも取材お願いね!と一方的に告げて切ってしまった。
「ええ……僕、どれが特別列車なのかもわからないのに……」
今日はとある式典に招待されていたのだが、案内役も兼ねて一緒に行く筈だったレイアがまさかのドタキャン。
駅の場所自体は知っているが、列車なんてどれも同じに見える。乗り場だっていくつもあるし、どうすれば良いんだろう。
戸惑っていると、不意に背後から声がかかった。
「教えてやろうか?俺も駅行くし」
「え、いいんですか?」
その声に振り返ると、そこには銀髪に黒のメッシュを入れたアクアグリーンの眼を持つ青年が立っていた。
不意に耳元でもう声も覚えていない男が囁くのをジュードは確かに聞いた。
――いやらしい子だ……
名も知らぬ青年の澄んだ眼の色に、ジュードは胸が高鳴るのを感じた。
「……お願い、します」
ああ、やっぱり僕は。
仄かに頬を朱に染め、ジュードは微笑んだ。

 

 


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