ジュードはテロに見舞われたストリボルグ号の中でクランスピア社の代表であるビズリーと出会った。
次々と襲ってくる敵を倒しながら、ジュードはビズリーとその秘書と共に先頭車両を目指す。
その中でジュードは自分をトリグラフで駅まで案内してくれた青年と再会した。
ルドガーと名乗った青年とジュードは先頭車両へと向かう事にした。
向かった先にはルドガーの兄だと言う男がいた。どうして、と問うルドガーに男は仕事だと短く答える。
するとビズリーが秘書と少女を連れて現れた。男の名はユリウスというらしい。
ユリウスがビズリーに斬りかかる。止めるべきなのかと迷っていると、アルクノアの一員が現れて銃弾を放った。
その時の事を何と表現すればいいのだろう。
少女が持っていた懐中時計が光を放ち、ルドガーが妙な装甲を纏ってアルクノアを倒した。
その途端、吸い込まれるような感覚が全身を襲い、気付いたら列車の後部車両に戻されていた。
少女はエルと名乗った。ルドガーを警戒する少女を安心させようとジュードは笑いかける。
ルドガーもまた自身に起きた事に困惑しているようだった。何となく、あれは精霊の力のように感じたのだが。
一先ずは再び戦闘列車を目指す事にして、ジュードとルドガーは敵を倒しながら前へと進んだ。
そして先頭車両に辿り着くと、そこにはユリウスがいた。だが、どこか様子がおかしい。
ユリウスは一瞬にしてその肌を漆黒に染め、紅の眼で斬りかかってきた。
二人がかりでユリウスを倒すと、ジュードは列車を止めるために運転席へと向かった。
しかしブレーキは壊されており、列車の暴走を止める手立てはなかった。
ジュードがルドガー達の元に戻ると、ルドガーはまたあの不思議な装甲を纏って槍を手にしていた。
その先端には漆黒に染まった歯車が刺さっている。
ぱあん、と甲高い音を立ててそれが砕け散ると、世界もまた砕け散ったような感覚がジュード達を襲った。
はっと我に返ると、そこは先程と何も変わらぬ光景が広がっていた。
倒れ伏す乗客、止まらない列車。風が頬を打つ感触に視線を向けると、列車の扉がこじ開けられていた。
ビズリー達の姿はない。あの扉から飛んだのだろうか。そんな危険な事を?だが、このままここに乗っていたらアスコルドに突っ込む。
そうなればジュード達とて命はない。ジュードとルドガーは顔を見合わせると、頷き合った。
ルドガーがエルを、ジュードがルルを抱いて開け放たれた扉から外へと飛ぶ。
「っぐ!」
勢いよく地面に叩きつけられる衝撃にジュードは息を詰まらせる。
咄嗟にルルを抱き込んで受け身は取ったものの、それでも走行中の列車から飛び降りたのだ。無傷では済まない。
それでも何とか体を起こすと、少し離れた所で倒れているルドガーとエルにふらつきながらも歩み寄る。
受け身を取れなかったのだろう、全身を強く打ちつけたルドガーの意識はなかった。エルもまた気を失っていた。
ジュードは手を翳すと二人に治癒術を掛ける。
「ルドガー、エル、しっかりして!」
しかし治癒術で治すにしても限度がある。このままじゃ、二人とも。
「お困りかい、ドクター・マティス」
背後からかかった声に振り返ると、そこには赤のスーツに身を包んだ長髪の男が立っていた。
「あなたは……」
「俺、クラン社の医療エージェントなんだけど、偶然にも医療黒匣も持っててさあ。手伝ってやろうか?」
「手伝ってください!お願いします!」
必死に治癒術を掛けるジュードに、一つ条件がある、と男は嫌な笑みを浮かべて言う。
「ドクター・マティスにお願いがあるんだけど」
「僕に?」
「そう。それさえ叶えてくれるなら助けてあげても良いよ」
「僕にできる事なら……!」
ジュードの応えに男は満足げに頷くと、手にした鞄から黒匣を取り出した。
「オーケィ。交渉成立っと」
男は、リドウと名乗った。

 


ジュード達が飛び降りたのはドヴォールの近くだった。
なぜこんな所にいたのかとジュードはリドウに聞いたが、リドウは何でだろうねえとにやにやと笑うばかりだった。
リドウの知り合いがやっているのだと言う、ドヴォールにあるバーにルドガーとエルを一先ず運び込むと暫くしてルドガーとエルは目を覚ました。
だがすぐにGHSが鳴り、ジュードはその場を離れた。
通信の向こうで心配するレイアに大丈夫だよ、と告げ、状況を確認してから店内に戻るとルドガーがリドウと高額債務の契約を交わそうとしていた。
ジュードはリドウを非難したが、しかし助けてもらった事に変わりはない。あの時リドウが居なければ今こうしてルドガー達が何事もなかったかのように座っている事は恐らく無いのだ。
ルドガーが契約書にサインをするのを止められなかったジュードは、ゆったりと椅子から立ち上がったリドウを睨んだ。
「また治療が必要になったら呼んでくれ。格安で相談に乗るよ」
リドウは相変わらず嫌な笑みを浮かべたままジュードに歩み寄ってきて言った。
「それと、約束忘れないでくれよ?マティス先生?」
「……」
ジュードがきつい眼差しで見つめ返すと、リドウは楽しげに笑って店を出て行った。

 


一先ずトリグラフに帰ろうと駅へ向かうと、そこでジュード達はルドガーに移動制限がかかっている事を知らされた。
周りの冷ややかな目から逃れるように構内を出たジュード達は、一先ず借金を返そうという結論に落ち着いた。
移動制限は一定額を返済すれば徐々に解除されていく。三人は一先ずクエスト斡旋所へと向かった。
取り敢えず手っ取り早く討伐依頼を幾つか受け、それをこなした。
そうしていくつもの依頼達成に一日を費やして、その日はドヴォールの宿に泊まる事にした。
「あれ?ジュード、何処か行くの?」
部屋に荷物を置くと部屋を出て行こうとするジュードに、エルがきょとんとして声を掛ける。
「うん、ちょっと用があって。遅くなるかもしれないから、二人は先に寝てて」
「ふうん、気を付けてね」
手を振るエルにジュードも手を振りかえすと、何処か不安げにしているルドガーににこりと微笑んでジュードは宿を出た。
そしてダウンタウンの奥まった所にひっそりと構えられた扉を潜ると、そこにはリドウがいた。
元々はここもバーか何かだったのだろう。さびれた店内に置き去りになっている椅子に、リドウは長い脚を組んで座っていた。
「ようこそ、マティス先生」
「……僕は、何をすればいいんですか」
「そう怖い目で見ないでくれよ。ゾクゾクするだろ?」
それでもジュードが睨み付けていると、ちょいちょいと指で呼ばれた。
ジュードがリドウの前に立つと、リドウはマティス先生ってさあ、と嫌らしい笑みを浮かべて言う。
「男と寝た事、あるだろ」
「!」
ジュードが驚きに目を見開いてリドウを見ると、ビンゴ、とリドウが楽しげに笑って立ち上がった。
「今はルドガー君にお熱なのかな?たまに熱っぽい目で見てて、わかり易いぜ」
「……それで、何が言いたいんです」
「マティス先生ってさあ、純朴そうな顔してるけど結構きっつい所もあるみたいだし、俺の理想のタイプ」
くいっとリドウの指先がジュードの顎を持ち上げ、上向かせる。
その真っ直ぐに見上げてくる蜂蜜色の強い視線に、リドウはちろりと自らの唇を舐めた。
「その可愛い顔と口で、罵ってくれない?」
「…………は?」
一瞬ジュードは何を言われたか理解出来なかった。
「ついでにその細い脚で踏んでくれるともっとイイね」
楽しそうに言うリドウをジュードは奇怪なものを見る目で見上げる。
するとリドウは楽しそうに喉を鳴らして笑った。
「イイね、その目。ゾクゾクする。俺って普段は蔑む方だろ?だからか蔑んでもらいたい欲求が強くてさあ。だからって誰でもいいってわけじゃないんだぜ?」
「……あの、リドウさん、僕、そういう趣味はないんですけど……」
しかしリドウは大丈夫だろ、と楽しそうにしている。
「十分素質はあるぜ、センセ。それに約束は守ってもらわないと、ねえ?」
「…………」
ジュードは戸惑いながら、けれど約束は約束だ。仕方ないと頭を切り替えるとすっとリドウの長い足を払った。
べしゃっと見事に床に倒れたリドウの肩を踏みつけ、ジュードは冷え切った視線で見下ろした。
「で、いつまで僕を見下ろしてるの?蔑んで欲しいなら地べた這いつくばっておねだりしてみたらどうなの」
こんな感じでいいのだろうか、と思いながら見下していると、豹変したジュードをぽかんと見上げていたリドウはぶるりと体を震わせて唇の端を釣り上げた。
「そう、それだよ、そうやって俺を……!」
リドウの言葉を遮る様にジュードは踏みつけた肩を蹴る。
「誰がそんな口利いて良いって言ったの」
冷ややかな視線と声音にリドウはぞくぞくと背筋を震わせながらお許しください、と囁いた。
「で、何をしてほしいんだっけ?言ってみなよ」
「御手をあなたの卑しい従僕にお恵み下さい……!」
「こう?」
ジュードが手の甲を上にして差し出すと、リドウがそれを恭しく両手で取り、その指先に口付けた。
「っ……」
ぬるりと舐められ、ジュードが微かに息を詰めるとリドウはにやりと笑って指を深く銜え込んだ。
ちゅぷ、と水音を立てて指を舌と唇で愛撫するリドウに、ジュードもまたぞくりとした何かを感じていた。
「手だけでいいの?」
薄く笑ってそう問えば、リドウがベルトに手をかけても?と問いかけてくる。
「許す」
「有り難き幸せ」
リドウの長い指がジュードのベルトを外し、ズボンのファスナーに口を寄せると小さな金具を歯で噛んでゆっくりと下ろしていった。
するりとズボンを足元に落とし、リドウがその白い内腿に舌を這わせる。ジュードがぴくんと震えると、リドウは柔らかく肉を食んだ。
「……っ……」
そのもどかしさをジュードは眉を顰めて耐える。
「わたくしにジュード様の熱を与えてくださいませ」
リドウの言葉に許可を出すと、その手がジュードの下着を下ろしていく。現れたジュードのそれは緩やかに勃ち上がっており、リドウは舌なめずりするとそれを銜え込んだ。
「んっ……」
ジュードが微かに甘い声を上げる。リドウは深くまでそれを銜え込み、手でその下の双珠を揉んだ。
「あっ……ん……」
じゅぷじゅぷと卑猥な音を立てて頭を前後させながら、リドウは巧みにジュードを高みへと導いていく。
双珠を揉んでいた手が尻たぶを割ってその奥の蕾に指を滑らせた。
「んっ、あっ……」
指先がくぬりと入り込み、ゆっくりと中へと入り込んでいく。男を受け入れる事に慣れているジュードの体は貪欲にそれを飲み込んだ。
前を舐られ、後ろは内壁を擦られてジュードは甘い声を漏らしながらリドウを見下ろす。
「出ちゃうから、全部、んっ、飲んで……!」
リドウがじゅっと音を立てて吸い上げ、ジュードは甲高い声を上げてその喉の奥に熱を吐き出した。
こくりとリドウがそれを飲み下す音が微かに聞こえ、ジュードはうっとりと視線を潤ませる。
リドウは己のズボンの前を寛げると、硬く勃ち上がった自身を見せつけるようにして取り出した。
「ジュード様、あなたの従僕に情けをおかけください」
屹立するそれに、ジュードはこくりと喉を鳴らすと良いよ、と小さく笑ってリドウの体を跨いで膝をついた。
「挿れさせてあげる」
ジュードはリドウの熱の上に腰を下ろすとゆっくりとそれを飲み込んでいった。
「あ、あ……あっ……!」
ずぶずぶと入ってくるその熱にジュードは無意識に唇を舐めて笑う。
そしてゆっくりと腰を上下させ、その熱がジュードの感じる個所を擦る様に位置を調整する。
「あっ、あっ、あんっ」
「そこが感じるのですね」
リドウがにっと笑うと下から強くそこを突き上げた。
「ひあっ」
びくんとジュードの体が跳ねて仰け反る。リドウの突き上げのままに揺さぶられていたジュードは調子に乗らないで、とその熱をきつく締め上げた。
「くっ……」
強い快感に微かに顔を顰めたリドウに、まだ駄目だよ、とジュードは見下ろして言う。
「僕が良いって言うまで、イッたりしたら駄目だからね」
男に跨って腰を振りながらそう告げるジュードの姿は壮絶に艶めいていて、リドウは恍惚の眼でそれを見詰めた。
「ジュード様の、お望みのままに」

 


ジュードが宿屋に戻ってきたのは明け方だった。
去り際、リドウはジュードの手の甲に口付けを落としていった。また宜しく頼むよ、と囁いて。
どうしよう僕、新たな扉を開いちゃったかもしれない。ジュードはそう思いながらも欠伸をかみ殺してそっと鍵を差し込む。
音を立てないように鍵を回し、扉を開ける。三つ並んだベッドにはルドガーとエルがそれぞれ眠っていて、ジュードは空いているベッドに腰掛けて一つ溜息を吐いた。
「……遅かったな」
ぼんやりとしたルドガーの声がかかってジュードは起こしちゃった?と苦笑した。
「……なんか良い事でもあったのか?」
「え?」
ジュードが小首を傾げると、ルドガーは何となく楽しそうだぞ、と告げた。
「そう、かな……?」
「ああ」
「うん、まあ、そうかもしれないね」
「でも、少しは寝た方が良いぞ」
その寝呆けたままの声音に、ジュードはそうだね、と笑って上着と靴を脱ぐとベッドに潜り込んだ。
ルドガーはまた眠りに落ちていき、二人分の寝息を聞きながらジュードも眠りに就いた。

 

 

 

トリグラフへの移動制限が解除され、ジュードはルドガーの後についてユリウスの住む家に向かった。
その途中の話でルドガーはユリウスと一緒に暮らしているのだと聞いた。
兄さん、家事が全く出来ないから、と苦笑するルドガーに、それは死活問題だねとジュードもまた苦笑した。
家には思った通りユリウスはおらず、ひとまず食事にしようという流れになってルドガーが用意してくれた。
ジュードも多少手伝ったものの、ルドガーの手際が良かったので余り役には立ってなかったかもしれない、とジュードは思う。
それでもルドガーが手伝ってくれてありがとう、と笑ったのでジュードは嬉しくなってどういたしまして、と笑った。
そしてジュードとルドガーはエルが何か複雑な事情を抱えていることを知る。
だからカナンの地へ行かなきゃと俯くエルに、二人は顔を見合わせた。
すると来客を告げるベルが鳴り、ルドガーが扉を開けるとそこには秘書を連れたビズリーが立っていた。
ビズリーはちらりとジュードを見ると、ドクター・マティスも一緒でしたか、と微かに笑う。
そしてジュードは反射的に乱入してきたイバルを取り押さえ、驚きに満ちた目で見た後、何してるの、と少しだけ冷やかに見た。
「うっ……お前には関係ない!」
「はいはい」
そしてジュード達はユリウスが指名手配された事を知らされ、ルドガーもまた最重要参考人とされている事を知らされた。
警察を抑える代わりにユリウスを捕えろ、と命じられたルドガーは渋々それを了承する。
するとヴェルと名乗った秘書がルドガーに二つの道を示した。
ヘリオボーグ基地のバランがユリウスと親しかった事、そしてマクスバードでユリウスを探す人物がいるという事。
しかしルドガーには移動制限がかけられている。まずは借金を返さなくては。ルドガーが深い溜息を吐く。
「大丈夫だよ、一緒に頑張ろう」
「でも、ジュードはいいのか?俺に付き合ってて」
「うーん、まあ大丈夫だと思うよ?」
研究の方はGHSで指示を出していたし、何より今はルドガーを放っておけない。ルドガーが借金を背負う事になったのは、ジュードにも責任の一端があるからだ。
あの時、もっと自分に力があったなら。そうすればリドウに頼らずに済んだかもしれない。
「……」
ふとドヴォールでの夜を思い出す。リドウとの行為はアルヴィンやガイアスとの情交とはまた違った満足感をジュードに与えた。
僕にもあんな一面があったんだなあ、とジュードがしみじみ思っていると、エルがどうしたの?ときょとんとして見上げていた。
「ううん、何でもないよ。とりあえずクエスト斡旋所に行ってみようか」
そうしてまた依頼でガルドを稼いで何度か返済をしていると、ノヴァから連絡が来て移動制限をまた少し解除できるとのことだった。
マクスバード方面かヘリオボーグ基地方面か、と問われ、ちょうど良かったね、とジュードは苦笑する。
「じゃあ、マクスバードで」
GHSの向こうでノヴァが了解、と明るく告げて通話は切れた。
暫く待っているとマクスバード方面への移動制限を解除したとのメールが届いたので、ジュード達は列車に乗ってマクスバードへと向かった。
ユリウスを探している人物とは誰の事だろう。そう思いながらマクスバードを歩いていると、ジュードはレイアと再会した。
どうやらユリウスを探している人物、というのはレイアの事のようだった。しかも探していたというユリウスは猫のユリウスで。
ジュード達は一気に気が抜けていくのを感じた。
しかしレイアの知り合いだという情報屋に会うことになり、ジュード達は再び駅へと向かった。
途中でイバルが茶々を入れてきたが、それを退けてドヴォールへと向かう。
そこでジュード達はまた不思議な体験をした。ローエンにしか見えない、しかしローエンではありえない相手を倒した。
世界が砕ける音がして、はっとするとそこはやはりドヴォールの路地だった。
おかしな事はあったが、しかし状況は変わらない。ジュード達がブラートに囲まれていると、路地の向こうから二人の男が現れた。
ガイアスとローエンだ。今度こそ本物のローエンのようで、ジュードとレイアはほっと息を吐く。
男たちが去り、事情を説明するとローエンが共を申し出た。
「ローエンが居てくれるなら心強いよ」
ジュードがそう微笑むと、ガイアスはジュードを見て言った。
「最近部屋に帰ってきていないと思ったら、この男と共に居たのか」
ガイアスの含んだ物言いに、ジュードはえーっと、と視線を逸らす。
そんなジュードにガイアスはまあいい、と溜息を吐いた。
「今は水旬。お前の好きにすると良い」
ガイアスとアルヴィンはジュードを奪い合っており、現在ではアルヴィンが水旬と地旬、ガイアスが火旬と風旬の間、ジュードを独占する権利を持つ事を持つ、としていた。
「二人には悪いけど、暫く帰れないかも」
「それは構わんが……」
ガイアスの視線がちらりとルドガーに向く。
「……今は見逃そう」
「?」
意味が分からないと言うように首を傾げるルドガーに、ジュードは気にしなくて良いから、と微笑んだ。
その日はトリグラフに戻り、ジュードとローエンはルドガーの部屋で、エルはレイアが借りているアパートで休む事になった。
「よーし!今夜は一晩中ガールズトークちしゃうぞ!」
「エル、ガールズトークって初めて!」
はしゃぎながらアパートへと入っていく二人を見送って、ジュード達もルドガーの住むマンションへと向かう。
夕食は済ませてあったので、後は風呂に入って寝るだけだ。順番に風呂を使い、腰痛持ちのローエンにベッドを譲ってルドガーはジュードと共に床で雑魚寝をすることにした。
その真夜中、ふとルドガーは目を覚ました。
「……ジュード?」
窓から夜空を見上げていたジュードは、はっとしたように振り返ると起こしちゃった?と苦笑した。
「いや、たまたま目が覚めただけだから大丈夫だ」
毛布から抜け出してジュードの隣に立つ。見下ろした蜂蜜色の瞳は月夜に照らされて揺らめいている。
「眠れないのか」
ルドガーの問いに、ジュードは何処か戸惑いの色を浮かべてルドガーを見上げてきた。
「……なんていうか、癖みたいなもの、かな?」
「癖?」
「何ていうか……ちょっと、依存症みたいなのがあって……たまにどうしようもない感じになるときがあって……それで眠れなくなっちゃうんだ」
「依存症?」
何の?と聞いてから聞いてはいけない事だったかもしれない、とルドガーは気づく。
「あ、いや、言いたくない事なら……」
「ううん、良いんだ」
ジュードは再び窓の外を見ながら言う。性依存症なんだ、と。
「……」
ルドガーは脳内の辞書を引っ張り出してきて意味を考える。だが導き出される答えなど一つしかなくて、それでもまさかジュードがという思いもあってルドガーは目を微かに見開く。
「……軽蔑した?」
視線を落として苦笑するジュードに、いや、と首を振った。
「何ていうか、意外だっただけだ」
「……僕ね、幼い頃に知らない人に悪戯されててね。それ以来、一旬に何度かはそういう事をしないといてもたってもいられなくなっちゃって」
我慢できない事もないんだけど、とジュードは苦笑する。
「一時は治まってたんだけど、またちょっとぶり返しちゃって。どうしようもない時がたまにあるんだ」
「……今が、そうって事か?」
「……」
曖昧な笑みがその答えを物語っていた。たまに嫌になるよ、とジュードは言う。
「前にね、ある人に言われたんだ。誰とでもそういう事が出来るって事は、裏を返せば誰も好きじゃないんだって」
そうなのかもしれないね、とジュードは自嘲気味に笑った。
「この人の事が好きだなって思う時はあるけど、誰か一人だけの為にその気持ちを捧げるのは、少し怖い」
俯いてしまったジュードを、ルドガーは衝動的に抱きしめていた。寂しそうな横顔を見ていられなかった。
「ルドガー?」
驚きながらもそっと背に回される腕。ルドガーはその細い体を抱きしめながら俺じゃダメか?と問う。
「え……」
「その、何ていうか、ジュードには助けてもらってるから……俺もジュードを助けたい。役に、立ちたいんだ」
「ルドガー……自分の言ってる事の意味、わかってるの?」
「……わかってる。俺は余りそういう経験はないから、ジュードを満足させられないかもしれないけど……」
何を言ってるんだ俺は。羞恥に顔を赤くしながら、それでもルドガーが精一杯伝えると、ジュードはありがとう、とルドガーの首筋に頬を摺り寄せた。
「本当はそんな事しなくて良いよって言ってあげたいんだけど……僕、強い人が好きみたいで……」
「俺は合格?」
くすりと笑うと、ジュードもまた小さく笑った。
「うん……」
少しだけ体を離すと、意を得たようにジュードが顔を上げた。その薄く色づいた唇に口付けると、ふにゃりと柔らかな感触が返ってきて心地良かった。

 


隣の部屋ではローエンが寝ているから、とジュードはずっと声を押し殺していた。
それでも時折漏れるその甘い声に、ルドガーはもっと聞きたいと思いながらジュードを貫いた。
ルドガーには当然の様に男との経験はない。何処を如何すればいいのかもわからない。そんなルドガーをジュードは導き、拙いだろうルドガーの愛撫にも体を震わせた。
入口は強く締め付けてくるのに中は熱く柔らかくルドガー自身を包み込み、その熱を絞り出そうという様に蠢いていた。
駄目だ。ルドガーは腰を振りながら思う。気持ち良すぎて止まらない。
暗い室内に荒い息遣いと肌が肌を打つ音が響く。ぬちぬちといやらしい音もまたルドガーの興奮を煽った。
「んっ、ふ、んんっ」
「ジュード、ジュード……!」
もう堪え続ける事が出来なくて、ジュードに口付けながらルドガーはその奥に熱を放った。
「んんっ」
ジュードの体もまたびくんと震えて腹の上に熱を飛ばす。その瞬間の内壁の動きは言い表しようのない気持ちよさで、ルドガーは熱い息を吐いた。
「……きもちよかった?」
達した余韻でとろんとした瞳で見上げてくるジュードに、ルドガーはどくんと胸が高鳴ったのを感じた。
「ああ……こんなの初めてで……がっついてごめん」
申し訳なさそうに謝るルドガーに、ジュードは良いんだ、と微笑む。
「ルドガーが僕で気持ちよくなってくれたなら、嬉しい」
目元を仄かに染めたほにゃんとした微笑みに、ルドガーは再び下肢に熱が集まってくるのを感じて慌てた。
「あ……」
「ご、ごめん、今抜くから……」
慌てて引き抜こうとするも、きゅうっと締め付けられてルドガーは小さく呻く。
「抜かないで……もう一回して、良いよ……」
誘う様に腰を揺らめかすその艶姿に、ルドガーは耐えきれず喉をこくりと鳴らした。
「来て、ルドガー……」
「ジュ、ジュード……!」
伸ばされた腕に応える様に口付けながら、ルドガーは再び己の熱でジュードの内壁を擦りあげた。

 


翌日、何処か気恥ずかしい思いをしながらルドガーはジュードとローエンと共に待ち合わせ場所に向かった。
人で賑わう商業区を抜け、トルバラン街道への出入り口に向かうとそこには既にレイアとエルの姿があった。
「あ!ルドガーたち来た!」
「遅ーい!」
開口一番そう言うレイアに謝り、一行は馬車に乗った。
トルバラン街道は列車が通っていないがヘリオボーグ基地に勤める者は大勢いる。その為に馬車が出ているのだ。
この一晩でエルとレイアはすっかり打ち解けたらしく、馬車の中でもずっと楽しげに喋っていた。
よく話題が尽きないなあと思いながらふと視線を感じたジュードがそちらを見ると、ルドガーとばちりと眼があった。
「!」
途端、微かに頬を赤く染めてぱっと視線を逸らしてしまったルドガーに、ちょっと性急すぎたかな、とジュードは思う。
でもどうせガイアスには僕がルドガーに目をつけてるってばれちゃってるんだし、まあいいよねと開き直った。
そしてヘリオボーグ基地につくと、慌ただしく人々が動き回っていた。
どうやらアルクノアが警備システムを制圧したらしい。その上、リーゼ・マクシアの親善団体も捕らわれているという。
そこにはバランも一緒に居たようで、どうやら開発棟の屋上近くの部屋に集められているらしかった。
レイアとローエンがガードマシンを止めるために制御室へ向かい、ジュード達はアルヴィンと共にバラン達を探しに中へと入った。
その道中でジュードがアルヴィンにルドガーと出会った経緯とこれまでの事を話す。アルヴィンはふうん、とジュードをジト目で見た。
「それで色々と忙しくて俺のメールも返してくれなかったってわけ。レイアから無事なのは聞いてたけど、心配してたんだぜ」
色々と、を強調して言うアルヴィンに、ジュードはアルヴィンにも気付かれたかな、と思う。
「えっと……ごめん」
「後で覚えとけよ」
くしゃくしゃとジュードの髪を乱暴にかき混ぜるアルヴィンに、ごめんってば、とジュードは苦笑する。
すると通りの向こうからガードマシンが姿を現し、ジュード達が構えると敵は精霊術によって吹き飛ばされた。
「今のは……!」
現れたのは、エリーゼだった。どうやら親善使節というのはエリーゼ達の事らしい。
ルドガーにエリーゼとティポを紹介し、エリーゼもまた共に行く事になった。
すると雷が鳴り響き、エルの悲鳴と共にまたあの不思議な感覚がジュード達を襲った。
とにかく屋上へと急ぐと、そこには源霊匣ヴォルトが暴走していた。
制御もできないのにどうして、と戸惑いながらも大人しくさせると、ヴォルトは魂の汚染、と途切れ途切れに告げた。
ルドガーがまたあの闇を纏った歯車を破壊すると、基地内の一角に飛ばされてジュード達はどういうことだと辺りを見回す。
しかし誰も答えを持っておらず、一先ずもう一度屋上を目指そうという事になった。
再びの屋上でバランを見つけたはいいが、バランは源霊匣ヴォルトなど作っていないよと笑い飛ばした。
腑に落ちないままとりあえずユリウスについて問う。だがバランもここ半年ほどユリウスとは会っていないようだった。
するとミュゼが現れ、ミラが行方不明なのだと告げた。
「無事ならあなたと一緒だと思ったのだけれど……」
ミュゼがジュードを見ながら小首を傾げる。しかしジュードは首を横に振った。
「……会ってないのね」
「うん……」
探さなきゃ、と呟いてミュゼは姿を消した。
「今のってミュゼだよね!」
レイアがローエンと共にやってきて、飛び去っていくミュゼを指さして言う。
「何があったの?」
「おや、エリーゼさんも」
「みんな集まっちゃいましたね」
エリーゼがローエンとレイアに近づいて事情を説明しはじめるのをちらりと見たアルヴィンは、一人いないけどな、と呟いた。
その視線の先には、ミュゼの去った空をじっと見上げるジュードの姿があった。
「ミラが……行方不明……」
ルドガーもまた、そんなジュードをじっと見つめていた。

 

 


バランもユリウスの行先は知らないようだとヴェルに報告すると、次の指示があるまで待機してください、と言われたのでとりあえず借金返済の為に依頼をこなす事にした。
「ルドガーも大変だねえ。その若さで多額債務者って」
「ちょっとアルヴィン」
魔物を倒しつつ、一息ついた時のアルヴィンのその発言にジュードが窘める。
「良いんだ。本当の事だしな」
「でも、僕がルドガー達を助ける事が出来ていたらあの人に頼る事もなかったのに……」
良いよ、とルドガーは優しくジュードを見下ろす。
「ジュードはやれるだけの事をしてくれたんだ。そんなに自分を責めないでくれ」
「ルドガー……」
見つめあう二人をジト目でじーっと見ていたアルヴィンは、やっぱり手を出したな、と確信する。
ここに来て第三勢力とかマジ勘弁してくれ。はあ、とアルヴィンは深い溜息を吐いた。
そんなアルヴィンに気付いたジュードは、とりあえずリドウとの事は黙っておこう、と思う。自業自得とはいえこれ以上話をややこしくすると面倒だ。
「……あ」
するとそんなジュードの考えを読んだようにリドウからメールが入った。
場所と時間を示すだけのそれに、ジュードはどうしようかな、と思いながら傍らのアルヴィンを横目で見る。
ルドガーならちょっと出かけてくる、と言えば何の疑問も持たず了承するだろう。けれどアルヴィンはそうはいかない。
何処へ行くんだとか、誰と会うんだとか結構うるさい。
でも行かないとそれはそれで面倒そうだし。放置プレイという手もあるけどそれはさすがに可哀想な気もする。何より、リドウを踏みつけるのはちょっと楽しかった。
悩んだ末に結局その夜、ジュードはアルヴィンが風呂に入っている間にそそくさと部屋を抜け出した。
ルドガーのマンションを出てトリグラフ港の宿屋に向かう。バーへと向かうとそこにはいつものように長い脚を組んでゆったりと座るリドウがいた。
リドウはジュードに気づくと立ち上がり、じゃあ行こうか、とジュードを部屋へとエスコートした。
相変わらずリドウはジュードに罵られたり足蹴にされる事を望んだ。
「僕に蔑まれて踏まれて、それでこんなにしてるの?」
ズボンの下で屹立しているそれを踏みつければ、リドウは恍惚とした目でジュードを見上げた。
「どうすればいいのか、わかってるよね」
「はい、ジュード様」
リドウはジュードの爪先に口付けるとその指の一本一本を執拗に舌で舐った。足の甲を舌が滑っていく。それは徐々に上へ上へと向かい、やがて脚の付け根を食んだ。
「ジュード様、どうかこの哀れな従僕にあなた様の熱を舐る許可を」
「どうしようかなあ」
跪くリドウの勃ち上がっているそれを足の指で乱雑に弄ってやれば、リドウは短い声を上げてそれを甘受した。
「ああジュード様、ジュード様……!」
「仕方ないから、許してあげる」
そうしてジュードが許可を出すと、リドウは陶酔した眼差しでジュードの熱を銜え込む。
「ん……あ、あ……!」
わざとらしく音を立てて吸い上げるリドウの頭に手を添え、ジュードはベッドの上で腰を揺らめかせた。
リドウの指がその奥の蕾を撫で、中へと潜り込ませていく。ぞくぞくとした快感がジュードの背を走り、その指を締め付けた。
「ジュード様……どうか従僕のわたくしがジュード様を貫く無礼をお許しください」
身を起こし、ズボンの中から屹立したそれを取り出したリドウに、ジュードはいいよ、と脚を開いて誘った。
「僕を満足させてみなよ」
晒されたそこにリドウの熱が押し当てられるのを感じたジュードは、薄らと笑みを浮かべてそれを受け入れた。

 


明け方になってジュードがルドガーから借りた合鍵で中に入ると、その気配に気付いたアルヴィンがむくりと起き上がった。
「……お早いお帰りで」
「お、おはよう、アルヴィン」
アルヴィンの低い声にジュードは笑って誤魔化そうとするが、当然そんな事では誤魔化されてはくれない。
「ガイアスの所か」
「ええと……」
誤魔化したり黙っていたりする事は出来ても、嘘を吐くという事が出来ないジュードは曖昧に濁す。
「……マジか」
ジュードのそれで察したのだろう、アルヴィンは勘弁してくれよ、と再び床に横たわった。
「競争率マジ高過ぎだろ……」
「あ、でもあの人とはそういう感情は一切ないから」
顔の前でひらひらと手を振るジュードに、そういう問題じゃありません、と横たわったままアルヴィンは睨み付ける。
「ただでさえ水旬が終わるってのに……」
今旬一度もジュード君に触れてない、と嘆くアルヴィンの傍らに座るとジュードはごめんね、とその髪を撫でた。
「今度二人きりになったらいっぱいしようね」
にこりと笑うと、アルヴィンはそれで機嫌取ってるつもりなのかよ、と唇を尖らせる。
「嫌?」
「……嫌じゃありません」
ぼそぼそと言うアルヴィンに、ジュードはくすりと笑うと畳まれて置かれている毛布を広げ、それに包まって横になった。
「それじゃあ、僕もちょっと休むね。おやすみ、アルヴィン」
へえい、と気の抜けた応えを聞きながら、ジュードは短い眠りへと落ちて行った。
そしてその日の昼過ぎ、ヴェルからイラート海停でユリウスを目撃したとの情報が入った。
既に他のエージェントが向かっているとの事だったが、ルドガーにはまだ移動制限がかかっている。
まずは借金を返済せねばとマンションを出ようとしたその時、ノヴァからの通話が入った。
リーゼ・マクシア方面の移動制限を一つ解除できそうなんだけど、と言うノヴァに、じゃあイラート海停を解除してくれ、と頼んだ。
すると数分後には解除完了のメールが届き、ちょうど良かったね、とジュードが笑った。
マクスバードのリーゼ港からイラート海停へと向かう。宿屋へと向かうと、そこには傷を負ったエージェントがルドガー達を待っていた。
分史世界という聞きなれない単語を耳にしたルドガーは、一先ず受け取ったディスクを手にトリグラフへと戻った。
クランスピア社へと向かうと、ロビーでヴェルが待っていた。直接社長に、と促され、ルドガーは社長室へと向かう。
そこでビズリーにデータを渡すと、彼は良い知らせと悪い知らせがある、とルドガーに告げた。
どうやら警察がルドガーを公開手配するらしい。しかしビズリーはエージェントになるのであればそれをも抑え付けようと言った。
そしてルドガー達は分史世界というものが存在する事を知った。それを破壊するにはルドガーのあの不思議な力、骸殻と呼ばれる力を必要とするという事。
ルドガーはビズリーの手を取り、クランスピア社のエージェントとなる道を選んだ。
今までルドガーは無意識に骸殻能力を使っていた。それを意識的に使える様にエージェント訓練場で骸殻の使い方をビズリーから教わった。
「新たな分史世界が探知され次第連絡を入れる」
ビズリーはそう言って立ち去ろうとし、そうそう、とジュードを振り返った。
「ドクター・マティス。君に少し話がある」
「僕に?」
ついてきてくれるね?と問われ、ジュードは困惑しながらも頷く。
「皆は先に帰ってて」
そう言い残してジュードはビズリーの後に続いた。
社長室にはヴェルはおらず、二人きりだった。ビズリーは自分の執務机の前まで来ると、さて、とジュードを振り返った。
「源霊匣の研究の進み具合はどうかね」
「あと一歩というところまで来てるんですが……まだ微精霊クラスでも制御に失敗する事があります」
「資金も足りてないと聞いているが?」
「……はい……」
そこでだ、とビズリーは薄く笑って言う。
「我が社は君のスポンサーになろうと思うのだが、どうだね」
「え!」
今までクランスピア社は我関せずの態度をとってきたはずだ。それが急に何故。
「私はずっと探していたのだよ。君のような人間を。そう、私の母とよく似た君をね」
「僕が……?」
「勿論、外見の話ではない。だがその性格、纏う空気、笑い方。その全てが私の記憶にある母とまるで同じだ」
「はあ」
どうだろう、とビズリーはジュードの手を取り、その手の甲に口付ける。
「君が私の母となってくれるのであれば、君の研究の後ろ盾となろう」
「あの、僕、男なんですけど……」
困惑気味のジュードに、ビズリーは性別など関係ない、と笑う。
「私は君という存在に惹かれたのだよ」
またアルヴィンとガイアスに怒られる。そう思いながらもビズリーの申し出は魅力的だった。
源霊匣の研究資金はまだまだ必要になるだろう。ジュードはビズリーを見上げると、こくりと頷いた。
「……お受けします」
僕は何をすればいいんですか、と問えば、簡単な事だよ、とビズリーは笑う。
「私に安らぎを与えてくれればいい」
そう言ってビズリーはジュードを抱き寄せ、その黒髪に口付けた。
「ああ……やっと帰ってきてくれたんだね」
低く囁かれたそれに、この人も寂しいのかな、と思いながらジュードはその背に腕を回した。

 


クランスピア社を出てルドガーのGHSに連絡を入れると、また借金返済の為にクエスト斡旋所に居るという事だったのでジュードも商業区へと向かった。
斡旋所の前でルドガー達と合流すると、早速アルヴィンが何の用だったんだ、と聞いてきた。
「うん、ビズリーさんが源霊匣研究のスポンサーになってくれるって」
「へえ、良かったじゃないか」
素直に喜ぶルドガーとは逆に、アルヴィンはそれで?と腕を組んでジュードを見下ろす。
「何か条件出されたんだろ」
「ええと……まあ、少しだけ」
言いにくそうにしているジュードに、アルヴィンはホント勘弁してくれよ、と頭を掻いた。
「ジュード君さあ、それ、どうにかなんないの」
「でも、クラン社がスポンサーになってくれれば研究はもっと進むだろうし……」
「だからってそりゃないだろ」
「?何の話だ?」
二人の会話について行けずきょとんとしているルドガー達に、ジュードは何でもないよ、と苦笑した。
そしてまたこつこつと依頼をこなして借金を返済しているとヴェルから初任務の連絡が入った。
クランスピア社で説明を受けたルドガーは、早速骸殻を纏う時と同じように意識を集中させてみる。
すると世界が歪み、気付けばトリグラフ中央駅に立っていた。
ヴェルからの説明を聞き終え、どこから調べようかと相談しているとふと掲示板を見ていたジュードがあれ、と声を上げた。
「アスコルド行きが動いてる……」
正史世界では列車テロによって破壊されたアスコルドが今も稼働しているらしい。
街での聞き込みはジュードとレイアが受け持ち、ルドガー達はアスコルドへと向かう事にした。
ジュードとレイアが街で情報を集めながら歩いていると、その中で興味深い話を聞いた。
マクスバードは存在しないこと、そして長い髪の幽霊だか精霊だかを見かけたという噂話。
どうやらこの世界ではまだ断界殻がある頃のようだった。そして、長い髪の精霊、と聞いてジュードとレイアが思い浮かべたのはミュゼの言葉。
「ねえ、ジュード、もしかして……」
「うん……ミラ、なのかな……」
そうこうしている内にルドガー達から連絡が入り、トリグラフ中央駅に戻ってきたとの事だった。
トルバラン街道への出入り口で待ち合わせてお互いの情報を交換し合うと、とりあえず次元の裂けた丘に行く事になった。
ヘリオボーグ基地までは馬車があるがルサル街道にはそれがない。文句を言うレイアを宥めながら丘に辿り着くと、そこには思った通り次元の裂け目は無かった。
だが断界殻が解放されていない世界だとするならば、まだどこかにマクスウェルがいるはずだ。ならば長い髪の精霊というのはミラではないのだろうか。
すると光を纏って一人の精霊が現れた。褐色の肌に白い髪。開かれた眼は金色。
問答無用で攻撃してきた精霊からエルを守るためにルドガーが骸殻を纏う。それを見た精霊はクルスニクの一族、と言葉を発した。
「飽きもせず鍵を求めて分史世界を探りまわっているのか」
ガァン、と立て続けに三度銃声が響く。アルヴィンが発砲したのだ。
「何様だよ、お前」
しかしその銃弾は精霊の手の中に納まり、ぱらりと落ちた。
「我はカナンの地の番人。大精霊クロノス」
クロノスと名乗った精霊は言う。女マクスウェルと同じように次元の狭間に飛ばしてやろう、と。
それを聞いた途端、ジュードの眼差しがきつい色を帯びて拳を構えた。
「……ほう」
そんなジュードをクロノスがまじまじと見下ろす。
「よかろう、相手になってやる」
クロノスが舞い降りてくると同時にジュードが地を蹴り、ルドガー達も地を蹴った。
四人がかりでもクロノスは余裕の表情でルドガー達をあしらう。
「この程度か」
「まだだよ!」
ジュードがその懐に飛び込み、闘気を纏った掌底を撃ち込む。初めてクロノスの表情に苦悶が浮かんだ。
「人間如きが……!」
怯んだクロノスの肩にジュードの踵落としが決まる。倒れ伏したクロノスの胸を踏みつけ、答えてもらうよ、とジュードが冷え切った眼で見下ろす。
途端、びくんとクロノスの体が電流に貫かれたように跳ね、瞠目してジュードを見上げた。
「こんな、人間に……!」
クロノスは全身から衝撃波を生み出すと、後ろに跳んだジュードを睨み付けながら空に舞い上がった。
「認めぬ!」
クロノスの手から強い光が生まれ、襲いかかってくる。
ルドガーが咄嗟にエルを庇うと、そのルドガーを庇うように一人の男が割って入った。ユリウスだ。
「ユリウスさん!」
「ルドガー!お前の時計を!」
「!」
ルドガーが時計を差し出すと、ユリウスの骸殻が変化する。力と力がぶつかり合い、次元が裂けた。
「逃げるぞ!」
ユリウスがルドガーの手を引いてその裂け目に飛び込み、ジュード達もそれに続く。
飛ばされた先は、リーゼ・マクシアのミラの社の前だった。
しかしそこにエルやアルヴィン達の姿はない。手がかりを得るためにニ・アケリアへと行く事にした。
途中、ルドガーが骸殻を発動できなくなっていることに気づき、窮地を助けてくれたのはこの世界のミラだった。
そのミラを追ってニ・アケリアに辿り着くと、そこにはエル達が居た。ユリウスもまた、そこで複雑そうな表情をして立っていた。
ユリウスに説明を求めても、それに答えるよりも時計を渡せ、と言われてルドガーは怒りに任せて時計を地面に叩きつけた。
それを慌てて拾うエルに、ユリウスが何かを呟く。ふっとユリウスの纏う空気が変わった。
殺気とも取れるそれにアルヴィンが咄嗟に武器に手をやる。だがユリウスは短く呻いて己の左手を押さえると殺気を霧散させた。
そこに現れたのがミラだった。動揺を隠せないジュードをアルヴィンとルドガーはちらりと見やる。
しかしこの世界のミラはジュード達の知っているミラとは大分性格が異なっているようで、険のある眼差しでジュード達を見た。
ルルを連れて去っていくミラとその後を追うエル。ルドガー達もまたミラ達を追った。
そこでルドガー達はミュゼが時歪の因子である事を知る。
出て行ってしまったミラとミュゼを追ってルドガー達は村を出て、ジュードはローエン達と一緒に情報を集める事になった。
この世界のミラは幼い頃にアルクノアを殲滅した事でその役目を終え、四大精霊の力ももう無いのだという。
ああ、そういえば髪を結ってなかったな、とジュードは気付いた。あれはシルフにやって貰っているのだと聞いた覚えがある。だからもう結ってないのか、と思った。
粗方の情報は集まった。ルドガー達を追うべきかと話し合っていると、不意に世界が割れた。
正史世界に戻ってきたのだ。それはつまりルドガー達が時歪の因子の破壊を成功させた事を意味する。
村でルドガー達の帰還を待っていると、ルドガー達は戻ってきた。分史世界のミラを連れて。
ルドガーから事の顛末を聞いたジュードは、困惑した目でミラを見た。
するとイバルを連れたリドウが現れ、ルドガーにユリウスを倒すよう命じた。
「ルドガー……俺を信じてくれ」
「……」
ルドガーが何も言えず黙っていると、痺れを切らしたリドウが面倒な兄弟だな、と吐き捨ててユリウスを蹴り飛ばした。
「業務命令に背くヤツには、お仕置きが必要だな」
「ルドガー!」
駆け寄ってくるジュード達の前にイバルが立ち塞がる。
「お前たちの相手は俺だ!」
「ごめんねえジュードサマ、今は命令聞けないんだよねえ」
にやっと笑うリドウに、ジュードはかちりと何かのスイッチが入る音を聞いた。
「……そう、ならイバルを倒した後なら、聞いてもらえるのかな?」
口元だけを笑顔の形を浮かべ、冷たい目で拳を構えるジュードにリドウが興奮しちゃうねえと笑う。
「さっさと雑用なんて倒して俺の相手してよ、ジュードサマ?」
リドウの言葉に、ジュードはイバルへと視線を移し、ごめんね、と謝った。
「悪いけど、倒させてもらうよ!」
イバルとは何度も戦った。攻撃パターンもあの頃と変わっていなければ避けるのも容易い。
ルドガー達とリドウが戦うのをちらりと見て、ジュードは気を体中に巡らせて拳を繰り出した。
「殺劇舞荒拳!」
まともに喰らったイバルが倒れ伏し、ジュードはルドガー達の元へと駆けた。
「おーっと、時間切れだ」
リドウのメスがルドガーの喉元の手前で止まる。ジュードが動きを止めると、リドウは残念、と嫌な笑みを浮かべた。
「ルドガー君が弱っちいから、ジュードサマと遊べなくなっちゃったよ」
さて、とリドウがルドガーを見て言う。
「最終通告だ。道標を持って本社に帰還しろ」
「……」
ルドガーが小さく頷くと、リドウはオーケィと笑ってメスを下ろした。
「また今度、遊んでよ」
ねえ、ジュードサマ、と笑うリドウを、ジュードはきつく睨み付けた。
それがリドウを悦ばせるだけだとわかっていても、睨まずにはいられなかった。

 

 

 

オリジンの審判についてビズリーから話を聞いた後、ジュードは一人残るように言われた。
アルヴィンが何か言いたげな目で見ていたが、それでもルドガー達と共に出ていく。
ヴェルも退室してしまい、社長室にはビズリーとジュードの二人きりになる。
ジュードはつかつかとビズリーの執務机に歩み寄ると、社長だけが座る事を許されたその椅子にとすんと座ってビズリーに向けて手を広げた。
「おいで、ビズリー」
穏やかに微笑んでそう呼ぶと、ビズリーもまた表情を和らげて歩み寄って来るとジュードの前で膝を着いた。
「はい、ママ」
ビズリーはその太い腕をジュードの細い腰に回し、その太腿に頭を乗せて目を閉じる。
「今日はもうお仕事はいいの?」
優しく髪を撫でながら問えば、うん、もういいの、とその低音に似合わない幼い返事が返ってくる。
「そう、じゃあママと遊ぼうか」
何して遊びたい?と問えば、ママにもっと触りたい、と囁かれる。
「良いよ……どこを触りたいの?」
「ママのおっぱい吸いたい」
太腿に頬を擦り付けてくる男に、仕方ないなあとジュードは微笑む。
「ほら……ママのおっぱい、吸っていいよ」
ジュードがシャツを捲り上げて胸元を晒すと、ビズリーはその小さく立ち上がっている突起に唇を寄せた。
「んっ……」
ちゅう、と吸われては舌で舐られる。子供の様に吸い付いてきたと思えばいやらしくも舐るその舌の動きにジュードは甘い声を漏らした。
「あっ……ママのおっぱい、おいしい……?」
舌で突起を転がしていたビズリーがおいしいよママ、と囁く。
「ママ、僕、ママのミルクも飲みたいな」
「ん……良いよ……」
ビズリーの手がジュードのベルトを外し、寛げたそこから緩く勃ち上がっているそれを取り出した。
「ママ、立って……」
言われるがまま立ち上がると、ビズリーは期待に震えるジュードの熱を銜え込んだ。
「あっ……」
ちゅぱちゅぱと飴でも舐める様に音を立てて吸うビズリーの髪を撫でながら、ジュードは良い子、と微笑む。
「あっ……ん、あ、あっ……あ、出る、出ちゃう……!ビズリー、ママのミルク飲んで……!」
吐精を促すように吸われ、ジュードはビズリーの口内で達した。こくんと飲み下した音がして、ビズリーがたくさん出たね、と笑う。
「良い子にできたから、ビズリーにご褒美を上げなきゃね」
ほら、立って、と促し、今度はジュードが膝を着いてビズリーのズボンを寛げた。
現れた剛直に、ジュードはうっとりとしながらその先端に口付ける。
「ああ、ビズリーったらママを舐めてるだけでこんなに大きくしてたの?」
「うん、ママがとってもきれいだったから」
「ふふ、可愛い子」
ジュードが太いそれに舌を這わせ、口内へと迎え入れる。ぴくんと震えたそれを唇と舌で扱いた。
「ああ……ママ、気持ちいよ……」
感嘆の溜息を吐くビズリーの熱をジュードは喉の奥まで銜え込む。喉の奥でその先端を締め上げると頭上で気持ち良さげな溜息が漏れた。
「ママ、僕、ママの中に入りたい」
「……いいよ、ママの中においで」
ジュードが名残惜しげにその剛直から唇を離して立ち上がると、中途半端に下がっていたズボンを足もとまで下される。
執務机に手をついて尻を突き出すと、ビズリーが膝を着いて曝け出されたそこに舌を這わせた。
「あんっ……ビズリー、そんなとこ舐めちゃ、あっ」
ぐにぐにと舌を中に差し入れられ、そこにビズリーの太い指が入り込む。狭いそこを広げようと動く指にジュードは何度も甘い声を上げた。
やがて指だけでは満足できなくなってきたジュードが来て、と艶めいた声でビズリーを誘う。
「ママに、ビズリーをちょうだい」
「ママ……!」
ビズリーがジュードのその尻たぶを開き、ひくつく蕾に己の熱を押し当てた。
ぐぐっと押し込まれる強い圧迫感に、ジュードは背を撓らせて悦んだ。
「あ、あっ、ビズリーのおおきいのが入ってきてる……!」
内壁がジュードの悦びに同調するようにうねり、ビズリーの熱を中へ中へと誘う。
「ああママ、ママの中、あったかくてすごく気持ちいいよ……」
ずちゅ、と音を立てて腰を動かし始めたビズリーに、ジュードは甲高い嬌声を上げながら執務机にしがみ付いた。
「あっ、あんっ、ビズリー、ビズリー……!」
次第に速まっていくその腰の動きに、ジュードはもっと擦って、とねだる。
「ビズリーの太いのでママをもっとえっちな体にしてっ」
「凄くきれいだよママ、もっと僕にママをちょうだい……!」
「あっ、あっ、出して、ママの中で熱いのいっぱい出して……!」
がくがくと揺さぶられ、ジュードはビズリーの熱を締め付けながら達した。
「ママ……!」
ビズリーもまた低く呻いてジュードの中に多量の精を吐き出した。
「っは……ぁ……んっ……」
覆いかぶさってきたビズリーに口付けられ、ジュードは首を仰け反らせながらそれを受け入れる。
「はあ……ママに種付けするなんて、いけない子……」
ふふ、と笑うとビズリーもまたママが大好きだから、と笑ってその背中に口付けた。

 


なんだか僕、どんどん開けてはならない扉を開けて行ってる気がする。
ジュードはそう思いながらクランスピア社を後にし、ルドガーと連絡を取った。
ルドガー達はルサル街道で魔物討伐をしているようで、今一息ついたところだよ、と通話の向こうでルドガーが笑った。
「そう、じゃあ僕はその辺で時間潰してるから、戻ったら連絡くれるかな」
それじゃあ、と通話を切ってどうしようかな、と街を歩く。
列車でも眺めてようかな、と思いながらとりあえずトリグラフ中央駅へと向かうと、ローエンがこちらに向かって歩いてくるところだった。
「あれ、ローエン?」
駆け寄ると、おや、とローエンが表情を和らげる。
「ルドガー達と一緒じゃなかったの?」
「ええ、ちょっとガイアスさんと会う約束があったので」
「ガイアスがトリグラフに来てるの?」
微かに喜色を浮かべたジュードに、申し訳ありません、とローエンが謝った。
「今し方、マクスバードへと向かわれました」
「そっか……」
ドヴォールで顔を合わせて以来ガイアスとは会っていない。少しだけ寂寥感を感じていると、ローエンがお茶でもいかがですか、と微笑んだ。
「ルドガーさんたちが帰ってくるまで、このじじいの相手をしてくださいませんか」
ジュードはくすりと笑うと良いね、とローエンの傍らに立って歩き出す。
「美味しい紅茶を出すお店があるんだよ。きっとローエンも気に入るよ」
「それはそれは。楽しみですね」
二人でカフェに入り、それぞれ紅茶とケーキを頼む。
温かいそれを飲みながら、ねえ、とジュードはローエンを見て言う。
「ローエンはさ、僕とガイアスの事、知ってる……んだよね?」
そっと問うと、ローエンは存じております、と微笑んで頷いた。
「アルヴィンさんと奪い合っているという事はガイアスさんから聞き及んでおります」
アルヴィンさんも酔っ払うと色々と話してくださいますしね、と笑うローエンに、ジュードは恥ずかしそうに俯いた。
「僕、さ……ガイアスの傍に居てもいいのかな」
「と、申しますと」
「僕、結局どっちつかずで選べなくて、その上他の人とも、その、関係を持っちゃってて……」
ぼそぼそと小さくなっていく声に、そうですねえ、とローエンは紅茶を啜る。
「恋愛はその人の自由です。私は公務に支障さえ出なければ何も言いませんよ」
「恋愛、なのかなあ……」
自信なさげに呟くジュードに、少なくともガイアスさんはそう思ってますよ、とローエンは笑う。
「アルヴィンさんも、ね」
「二人が僕を大切に思ってくれてるのはわかるんだけど、やっぱり誰か一人を愛するのは……まだちょっと怖いんだと思う」
逃げちゃってるなあ、僕。そう溜息を吐くジュードに、ローエンはほっほと声を上げて笑った。
「迷いなさい。若い内は迷う事で見つかる道もあります」
「うん……ありがとう、ローエン」
カップを掌で包み込む。熱いくらいのその温かさが、今は心地よかった。

 


翌日、サマンガン海停への移動制限が解かれた。
これでまた行動範囲が広がったね、と笑うジュードに、ルドガーは微笑む。
「何処か行ってみたい所とかある?」
確かそちら方面の魔物討伐の依頼もあったはずだ。それらをこなそうか、と話しているとヴェルから連絡が入った。
ユリウスが道標を奪って逃走したというのだ。
イラート海停に先行している追跡チームに合流するように言われ、ルドガー達はイラート海停へと向かった。
そこに居たのはリドウとイバルだった。何故かリドウはサングラスをかけており、エルはイバルに近寄るとねえ、と声をかけた。
どうやらユリウスに顔を踏まれたらしく、その足跡を隠すためにサングラスをかけているらしい。
苛立っている様子のリドウに、僕に踏まれるのはよくてユリウスさんは駄目なのか、とジュードは小首を傾げる。
一先ずジュード達は街道の西を、ルドガー達はハ・ミルの方面を調べる事にして海停を出た。
ジュードとアルヴィン、ローエンで街道を歩いているとジュードのGHSが鳴った。ルドガーからだ。
「え?ミュゼが?」
ミュゼの一言にアルヴィンとローエンもまたジュードを見た。
「うん、わかった」
GHSをしまったジュードに、なんだって?とアルヴィンが問う。
「ミュゼがハ・ミルに居たみたい。それとユリウスさんは分史世界に逃げ込んだらしくて、ルドガー達はこれからそこへ行くってさ」
「じゃあ俺らは無駄足かよ」
やれやれ、と肩を落とすアルヴィンに、良いではありませんか、とローエンが笑う。
「良い運動になったと思えば」
「そうだね。取り合えずイラート海停に戻ろう」
三人はイラート海停に戻り、リドウに報告を済ませて宿をとる事にした。
夕食を済ませ、三人はそれぞれの部屋へと向かう。時間が遅かったためもあって三人部屋は生憎と開いておらず、ジュードとアルヴィンが同室となった。
さて、と二人きりになった途端アルヴィンがジュードを抱き寄せる。
「アルヴィン?」
「二人きりになれたら、いっぱいするんだろ?」
あー久しぶりのジュード君だあと髪に頬を摺り寄せるアルヴィンに、ジュードはそうだね、と笑う。
「でも、お風呂に入ってから、ね?」
「どうせ汚れるんだし良いだろ?」
すぐにでもジュードを抱きたいと言わんばかりのアルヴィンに、だーめ、とジュードはアルヴィンの唇に指をあてた。
「今日はたくさん戦って汚れてるから、もう少し我慢して」
「へえい」
何かジュード君だんだん手強くなってきてない?と苦々しく言うアルヴィンに、そうかな、とジュードは首を傾げる。
「周りが濃い人ばっかりだから、自然とそうなっちゃうのかな」
「俺はふつーですぅ」
拗ねたように言うアルヴィンに、ジュードはくすくすと笑ってそうだね、と告げた。
「でもね」
ジュードは背伸びをしてアルヴィンの唇にちゅっと口付ける。
「アルヴィンとするのは、好きだよ」
まじまじとジュードを見下ろしたアルヴィンは、おたくさあ、と呆れ交じりに言う。
「それ、天然なの、狙ってるの」
そんなアルヴィンに、ジュードはふふっと笑ってどっちかなあと小首を傾げた。

 


翌朝、目覚めたジュードは下肢に違和感を覚えながらもむくりと起き上がった。
時計を見ると、いつも目覚めるより少し遅めの時間で、ジュードは傍らで眠っているアルヴィンを揺すって起こす。
「アルヴィン、起きて。早くしないとローエン待たせちゃう」
「んー……」
昔はジュードの目覚めた気配でさっと目を覚ましていたのに、今のアルヴィンは結構寝汚い。
それだけ安心してくれているという事なのだろうと、そう思うとジュードは嬉しくなる。
「もう、アルヴィン、起きて」
ちゅ、ちゅと音を立ててその顔のあちこちに口付けを落とすと、やがて瞼が持ち上がって鳶色の眼が現れた。
「おはよう、アルヴィン」
「……おはよ」
シーツの中からアルヴィンの腕が伸びてきてジュードを捕える。引き寄せられるがままに唇を合わせると、はむはむと何度か角度を変えて唇を食まれた。
「……体、大丈夫か」
「ちょっとだるいけど、大丈夫」
微笑むジュードに、悪い、とアルヴィンは決まり悪げな顔をする。
「久しぶりだったから、抑えきかなかった」
そんなアルヴィンに、ジュードはいいよ、ともう一度軽く口付ける。
「アルヴィンといっぱいできて、嬉しかった」
にこりと笑うジュードを見上げていたアルヴィンは、がばっとジュードを抱き寄せるとああもう、と声を荒げた。
「何でこんなに可愛いのこの子は!」
ジュードを抱いてじたばたしながらアルヴィンはああもう俺は駄目だ、と喚く。
「絶対ジュード君離せない。ジュード君が他の誰かを選んでも離せない!だって俺はジュード君のものだから!」
駄々をこねる子供のようなそれに、ジュードはアルヴィンの腕の中でくすくすと笑った。
「もう、仕方ないなあ、アルヴィンは」
ほら、早くしないとローエンが待ってるよ、とその髭の生えた顎に優しく口付けた。

 

 


 

三人で朝食を摂っていると、ルドガーから連絡が入った。
どうやら無事に分史世界を破壊して戻って来れたようで、カナンの道標も手に入れたとのことだった。
ユリウスは奪っていった道標をルドガーに託し、また姿を消したらしい。
「そう、じゃあイラート海停についたらまた連絡して」
GHSをしまったジュードはアルヴィンとローエンに聞いた事を伝える。
「とりあえず、みんなが戻ってくるまで時間があるからその間に買い物を済ませちゃおうか」
「そうですね。昨日の探索でグミもいくつか消費しましたし」
「じゃあさ、ついでにルドガー達が持ってったやつもどれくらい残ってるか聞いておいた方が良いんじゃねえの?」
「そうだね、ルドガーにメールしてもらうように言っておくよ」
三人はルドガー達が到着するまでのんびりと買い物をして時間を潰した。
すると不意にジュードのGHSが鳴り、ルドガーかな、と画面を開くとそこにはガイアスからの着信を知らせていた。
「どうしたんだろ」
ジュードが通話ボタンを押して耳に当てると、ジュードか、と久しぶりに聞く男の低音が耳を擽った。
「ガイアス?どうしたの?」
ルドガーはそこに居るか、と問われ、今はいないよ、と返す。
「昼過ぎか遅くても夕方には戻ってくると思うけど……どうかしたの?」
少しルドガーに用があってな、と返してくる声に、ルドガーに直接かければいいのに、と返せば奴の番号を知らんからなと返された。
「あ、それもそうだったね」
ごめん、と謝るジュードに、それと、とガイアスが続ける。
『お前の声も聞きたかったところだ』
「ガイアス……」
ジュードはいくつかガイアスと言葉を交わすと、それじゃあね、と通話を切った。
振り返ると、にこにこと笑うローエンとジト目で見てくるアルヴィンが居て、ジュードは少しだけ顔を赤らめた。
「えと、ガイアスがルドガーに用があるんだって」
誤魔化すように言えば、アルヴィンがそれだけにしちゃ長電話だったな、と皮肉る。
「もう、アルヴィン」
「へいへい」
そして三人が昼過ぎのティータイムを楽しんでいる頃、ルドガー達はイラート海停へと戻ってきた。
ガイアスが会いたがっているという事はメールですでに知らせてあったので、ジュード達はトリグラフへと向かう事にした。
クランスピア社の前でガイアスと合流し、用件を聞けばルドガーの力量を測りたいらしかった。
ちょうどその時、ヴェルから新たな分史世界が発見されたとの連絡が入った。ガイアスが丁度いい、と頷く。
「じゃあどういうメンバーで行く?」
さすがに大所帯になってきたので、全員でぞろぞろと行くのは目立ちすぎる。
相談の結果、ガイアス、レイア、ミラ、そしてルドガーとエルで向かう事になった。
「そんじゃ、居残り組の俺らは借金返済のお手伝いでもしますかね」
アルヴィンの言葉にジュードは頷く。
「そうだね。僕らは依頼をこなしてるから、戻ったら連絡してね」
ルドガーはこくりと頷くと、分史世界へと旅立って行った。
「じゃあ斡旋所に行こうか」
そしてジュード達は魔物討伐をいくつか達成した後、日も暮れてきたのでトリグラフ港の宿に泊まる事にした。
アルヴィンはジュード君の部屋に泊まりたいーと言い出したが、さすがに狭いのでやめておいた。
ガイアスがいない事を良い事に、アルヴィンはその夜もジュードを抱いた。
何度も熱を注ぎ込まれながら、ジュードは昔のアルヴィンはもっとあっさりと終わらせたのになあと思う。
無駄に絶倫なガイアスに張り合っているのか、ねちっこいというか、回数が多くなった。
なので終わる頃にはジュードは疲労困憊しており、後始末はアルヴィンにされるがままの事が多かった。
けれどその後にアルヴィンの腕の中で深く眠るのは嫌いじゃなかったので、ジュードは求められるがまま体を開いた。
翌朝、二人が食堂へと向かうと既にエリーゼとローエンはそこにいた。
遅いぞー!とティポが騒ぎ、ごめんね、と苦笑してジュードはエリーゼの隣の席に座り、アルヴィンもその向かいに座る。
軽食を頼み、ホットケーキを食べているエリーゼを微笑ましく見る。
「美味しい?エリーゼ」
「はい!でも、ジュードの作ってくれるホットケーキも好きです」
「ありがとう。今度また作ってあげるね」
「はい!楽しみです!」
笑いあう二人を眺めながら、アルヴィンは何この天使たち、と呟いてローエンに笑われていた。
そしてその昼過ぎ、ジュードのGHSにルドガーから無事帰還したとの連絡が入った。
ついでにル・ロンド海停とディールへの移動許可が下りたとの事で、ル・ロンドかあとジュードは思う。
この一年、忙しくて両親とはろくに連絡も取れていない。母親であるエリンからは時折手紙が届いたが、それくらいだ。
ジュード?と通話の向こうでルドガーの声がして、ジュードはああごめん、と苦笑した。
「ル・ロンドは僕とレイアの故郷でさ。ちょっと懐かしくなっちゃって」
『そうなのか。じゃあ次はル・ロンドに行こうか』
「え?良いよ、ルドガーの行きたい所で」
『行ってみたいんだ。ジュードの故郷に』
「ルドガー……ありがとう」
GHSをしまうと、どすっと肩に重みがかかった。こんな事をするのは一人しかいない。
「ちょっとアルヴィン、重いんだけど」
アルヴィンがジュードの肩を抱き、体重をかけてくる。
「だってさージュード君がルドガーと仲良いからさー」
「子供みたいに拗ねないの」
まだ文句を言っているアルヴィンから離れ、ジュードはそれじゃあルドガー達と合流しようか、と告げた。
クエスト斡旋所の前で待ち合わせをして、ルドガー達と合流するとルドガーのGHSが鳴った。
また分史世界が発見されたのだろうか、と思ってルドガーを見ていると、ルドガーは何故か何も言わずGHSを閉じた。
「誰だったの?」
「いや、ノヴァからだったんだが……なんかトラブルに巻き込まれてるみたいでディールまで来てくれって」
それだけ言って切れた、と告げるルドガーに、じゃあ次はディールへ行く?とジュードはルドガーを見る。
「でも、ル・ロンドに……」
「大丈夫だよ、ル・ロンドへはいつでも行けるし。ね?」
「……」
まだどこか不満げだったが、それでもルドガーはこくりと頷く。
それを見ていたガイアスがちらりとアルヴィンへ視線を移す。それを受けたアルヴィンがこくりと頷き、ガイアスは小さく溜息を吐いた。
そうやってアイコンタクトで情報を共有するの止めてくれないかなあ。ジュードは内心でそう思いながら、まだ渋るルドガーの背を押してトリグラフ中央駅へと向かった。
列車に揺られてディールへと辿り着くと、ノヴァが待っていた。
ノヴァから事情を聴いているとエルがあれ?と街を見回していった。
「ここ、パパと来た時ある気がする!」
エルの家がこの近くにあるのだろうか。しかしエルの記憶は曖昧で、湖が目の前にあるという事くらいしかわからなかった。
するとヴェルから連絡が入り、新たな分史世界が発見されたとの事だった。
ルドガー達は分史世界へと跳び、ジュード達はノヴァの手伝いをする事になった。
ノヴァの案内で連れてこられた家のベルを鳴らすと、一人の男が現れた。
また来たのか、と怒鳴る男はいかにも強面でノヴァが怯むのも仕方ないと思えた。
アルヴィンとローエンが嬉々として男に交渉という名の脅しをかけているのを苦笑しながら見守り、ジュードは二人がやりすぎないよう努めた。
その日はディールの宿屋で部屋を取った。ローエンとアルヴィン、ガイアスとジュードという組み合わせだ。
ミュゼは睡眠は必要ないから、と笑って何処かへ飛び去ってしまい、四人はそれぞれの部屋へと引き上げる事にした。
部屋に入った途端に背後から抱きすくめられ、体を弄られてジュードはもう、と思う。
アルヴィンもガイアスも二人きりになった途端にこれなんだから。そう思いながらも求められることは嬉しい。
「待って、ガイアス……お風呂……」
「構わん。お前の体臭は好きだ」
「た、体臭って……」
「花のような甘い香りがするぞ」
「それって柔軟剤の匂いなんじゃ、あっ……」
ズボンの上からやんわりと中心を揉まれ、ジュードは甘い声を漏らした。
「離れていた分、じっくりと愛してやろう」
耳元で低く囁かれ、ジュードはぞくりと背筋を震わせる。
今日、眠る時間はあるのだろうか。少しだけそれを心配しながらジュードはガイアスと向き合うと唇を合わせた。

 


結局明け方までガイアスに付き合う羽目になったジュードは、だるい体を引きずるようにして欠伸を噛み殺しながら食堂へと向かい、朝食を摂った。
「ちょっと、おたく頑張りすぎじゃないの」
ジュード君ふらふらじゃん、とアルヴィンが非難の目を向ければ、珍しくガイアスが言葉を詰まらせた。
「すまん、ジュード」
「ぼ、僕は大丈夫だから……」
恥ずかしそうに俯くジュードに、この恥じらう姿が可愛いのだとアルヴィンとガイアスが思っていた事をジュードは知る由もない。
「さて、それではルドガーさんたちが戻ってくるまで一稼ぎといきましょうか」
ローエンが楽しそうに言い、ジュードは顔を赤らめたままハイ、と頷いた。
ルドガーから連絡があったのは、その日の夕方だった。結構時間がかかったね、と問えば、遺跡で迷った、と説明された。
どうやらウプサーラ湖跡で見つかったという遺跡が残っている世界だったらしい。
今はまだカタマルカ高地のウプサーラ湖跡近くだと言うので、戻ってくるのは明日だろう。
ローエン達にルドガーから聞いた事を伝えると、では今晩もこの街で宿を取りましょうとローエンが告げた。
「今夜はゆっくり休んでください」
ガイアスさんも、わかってますね、と念を押され、ガイアスは心がけよう、と頷いた。
「心がけるんじゃなくて、休ませろよ!」
アルヴィンの突っ込みにも、ガイアスはならば貴様は耐えられるのか?と問われてアルヴィンはぐっと言葉を詰まらせる。
「腹が減っている時に目の前に好物を出されて食うなと言われても無理な話だ」
「分かったから、ローエンの前でそういう話しないで……」
顔を真っ赤にして俯くジュードに、ガイアスは満足げに頷くとその手を引いて部屋へと向かった。
それでもガイアスはガイアスなりにジュードの体調を気遣ってくれたのか、一度だけで済ませてくれようとした。
しかし一度達しても衰えないそれに、ジュードは口で奉仕した。ガイアスの熱を喉の奥で受け止めて、それを飲み下す。
漸く治まりを見せたそれから名残惜しげに口付けてから唇を離すと、強く抱きしめられた。
「ガイアス?」
「ルドガーの事をどう思う」
突然のその問いに、ジュードは小首を傾げた。
「ルドガー?優しくて良い人だよね」
「……お前は、ルドガーの事が好きなのではないか」
きょとんとしたジュードは、やがてくすくすと笑って大丈夫だよ、とガイアスの逞しい胸板に顔を寄せた。
「確かにルドガーの事は好きだけど、僕が愛してるのはガイアスとアルヴィンだよ」
「お前の気持ちは信じよう。だが、向こうがどう思っているのかが問題だ」
「ルドガーが?」
ジュードはうーんと考えたが、良いんじゃないの?とガイアスを見上げる。
「ルドガー、特に何も言ってこないし」
「だがルドガーのお前を見る目は……」
尚も言い募ろうとするガイアスに、ジュードはもう、とその唇に口づけて黙らせる。
「大丈夫だってば」
「……」
大丈夫じゃないからこうして釘を刺しているのだが。しかし糠床に釘を刺すようなものだとも理解していたのでガイアスは黙った。
「もう寝よう?」
「……わかった」
「ぎゅってして、ガイアス」
乞われるがままに抱きしめるとジュードが胸元に顔を摺り寄せて目を閉じる。
その愛らしい仕草に絆されながら、ガイアスもまた目を閉じた。

 


翌日、ルドガー達と合流すると早速ヴェルから連絡が入った。
至急クランスピア社に戻る様に、との指示にルドガーは溜息を吐く。
「ヴェルさんから?」
ジュードの問いに、ルドガーが頷く。
「どうやら最後の道標が見つかったらしいんだが、問題が発生してるらしくて……」
「問題?」
何の?と問えば、わからない、とルドガーも首を振った。
「詳しい話はクラン社で話すって」
とりあえずクランスピア社まで行こうという話になり、ルドガー達はトリグラフへと戻った。
クランスピア社のエントランスでヴェルが待っており、社長室へ、と促された。
全員で行くのもどうかという話になり、ジュードとガイアス、ミラとミュゼが共に行く事になった。
「私たちは近くのカフェでお茶してきますね」
エリーゼの言葉にジュードは頷くと、ルドガーと共に社長室へと向かった。
そこでルドガー達は最後の道標への時空の狭間に障害物があり、それが進入点を阻んでいるとの事だった。
その力は四大精霊の力だったとリドウは言う。
ならばミラだ。ミラが最後の道標への壁になっているのだ。恐らくクロノスに飛ばされたのだろう。
戻らないのか戻れないのか、それはわからなかったが、ともかくミラをどうにかしない事には最後の道標を手に入れることはできない。
だが突然ミラが飛び出し、ジュード達はそれを追いかけた。ガイアスがそれを見送ると、GHSが着信を告げる。
ローエンからだ。どうやらアルクノアがまたテロを計画しているらしい。和平条約の調印式の場を襲うつもりのようだ。
ジュードに連絡を入れ、マクスバードで落ち合う事にしてガイアスはクランスピア社を出た。

 


旅船ペリューンでルドガー達は分史世界のミラを失い、入れ替わりに現れたミラ・マクスウェルにエルは酷く動揺した。
そんなエルをルドガーが優しく抱きしめる。
その日はマクスバードの宿に泊まる事にした。食堂でミラから魂の浄化に限界が来ていることを告げられる。
分史世界が増えすぎた事が原因だとも。
とにかく、これで最後の道標のある分史世界へと行けるようになったはずだ。
しかしヴェルからの連絡で、時空の狭間が安定するまでは無理だと言われ、ジュード達はどうする、と顔を見合わせる。
すると測ったかのようにノヴァから借金返済の催促の連絡が入り、ルドガーは溜息を吐いた。
「……借金、返すか」
すると今度はジュードのGHSが震え、メールの受信を知らせた。
リドウからだった。いつもの様に場所と時間だけを示したそれに、丁度いいとジュードは思う。
ヴェルのあの様子からして、リドウは勝手にマクスウェルの召喚を行ったのだろう。それを問いたださなくては。
「僕、これからちょっと出かけてくるね」
「え、こんな時間にか?」
ルドガーの問いに、うん、ちょっとね、と苦笑する。アルヴィンとガイアスの視線が痛い程に突き刺さっていたが無視することにした。
「先に寝てて」
鍵だけ受け取ってそそくさと宿を出ると、リーゼ港からエレン港側へと向かう。エレン港の宿屋に入るとバーには既にリドウが待っていた。
部屋に入って二人きりになるなり、ジュードはどういう事か説明してもらうよ、と強い口調で告げた。
しかしリドウはそんなジュードの視線にも恍惚とした表情を浮かべ、ジュードの前に片膝を着いて頭を垂れた。
「全てはジュード様のためを思っての事。愛しのマクスウェルに会えたでしょう?」
「それでもあんな方法……!」
「ジュード様もご存じのはず。正史世界には同じものは複数存在できない。あの偽物がいる限り、あなた様のマクスウェルは時空に飛ばされたまま。そしてそうなれば道標も手に入らない」
それとも、あの偽物を斬り殺した方がお好みでしたか、と告げるリドウにジュードは言葉を詰まらせる。
リドウの言っている事は正しい。分史世界のミラがこの正史世界に居る限りジュードの知るミラは復活できない。道標も手に入らない。
仕方ないからこそ、リドウに憤りを感じているのだとジュードは自覚していた。けれどそれでもこれをただの八つ当たりなのだと自覚したくなくて、目を逸らしていた。
「……そう、なら」
ジュードはリドウの肩を蹴り、床に縫いとめる。
「ご褒美に今日は酷くしてあげる」
嬉しいでしょう?と冷たく微笑むジュードに、リドウはぞくぞくと背筋を震わせてありがたき幸せ、と囁いた。

 

 


ジュードが宿屋に戻ってきたのはやはり明け方だった。せっかくなのでリドウを苛め抜いてやったのだが悦んだだけだった。
自分で道具とか用意してるくらいだしなあ、と欠伸を一つして部屋にそっと入ると、アルヴィンとルドガーがそれぞれのベッドで眠っていた。
上着と靴を脱いでベッドに上がろうとすると、やっと帰って来たのか、と声がしてびくりとする。
寝ていたはずのアルヴィンが目を覚ましてこちらをじとっと見ていた。
「ええと……ただいま」
「オカエリ」
アルヴィンはむくりと起き上がるとぐいっと伸びをして一つ欠伸を漏らした。
「ふあ……さすがに起きるには早いな」
そう言いながらもベッドを降りたアルヴィンは、ベッドの上で座っていたジュードを押し倒した。
「ちょ、アルヴィン?」
「誰として来たんだ?」
組み敷いてそう問うアルヴィンに、ジュードは視線を彷徨わせる。
「……リドウ」
ジュードの口から出た名前に、げっとアルヴィンが顔を顰める。
「なんであいつなの」
「えっと、ルドガーを助けてもらう代わりに約束しちゃって……」
仕方なかったんだよ、と訴えるとああもう、とアルヴィンが脱力してジュードを抱きしめる。
「ちょ、アルヴィン、重い……ってどこ触ってるのっ」
ごそごそとアルヴィンの手がジュードの腰元からズボンの中に手を突っ込み、尻を鷲掴みにしたのでジュードは慌てた。
「ルドガーが起きちゃうよっ」
するとアルヴィンは体を起こすとええー?とルドガーのベッドを見た。
「もう起きてるよな、ルドガー君?」
「え」
こちらに背を向けたままのルドガーに、観念しろよ、とアルヴィンが笑いを含んだ声で言う。
「それとも、そのままジュード君の可愛い声聞いててもいいんだぜ?」
「アルヴィン、何言って、んっ」
奥まった場所を指で撫でられ、ジュードが息を詰まらせる。するとルドガーが耐えかねたように起き上がって二人を見た。
「来いよ、ルドガー。一緒にジュード君可愛がってやろうぜ」
「アルヴィン!」
離して、と訴えてもだーめ、とアルヴィンはジュードを抑え付ける。
「イケナイ事をしてきたんだから、お仕置きは必要だろ?」
ルドガーもそう思うよな、と問われ、ルドガーは戸惑いの目で二人を見る。
「アルヴィン、もうやめ、あっ」
ズボンの前を寛げ、その中に手を突っ込んだアルヴィンがジュードの未だ柔らかいそれを握りこんだ。
なあルドガー。アルヴィンがわざとらしくやんわりと言う。
「お前だってジュード君が欲しいんだろ?」
「やっ」
ずるりとジュードのズボンを引きおろし、その下肢を露わにするとジュードを引き起こしてその体を抱えた。
「や、やだっ」
ルドガーに見せつける様に脚を抱えて開かせるとジュードが暴れる。勃ち上がり始めたそれがふるりと揺れた。
こくりとルドガーの喉が鳴る。大人しくしてろって、とアルヴィンの手がジュードの中心を握るとびくりと震えてジュードは動きを止めた。
「あ、あっ、やっ」
くにゅくにゅと弄ばれ、ジュードが甘い声を漏らす。もう片方の手がジュードの奥まった場所に触れ、指を押し込んだ。
「ああ、やっぱ柔らかいな。簡単に指が入っちまう」
「あ、あ、んっ」
ほら、来いよ。アルヴィンの声に操られるようにルドガーはふらりと歩み寄ると、触ってやれよ、とアルヴィンに言われるがままジュードの勃ち上がったそれに指を絡めた。
「あんっ、ルドガー、だめ……!」
「ほら、ルドガー」
アルヴィンの手がジュードのシャツをまくり上げ、その胸元を晒す。
既にぷくりと立ち上がっているそれにルドガーは唇を寄せると舌でそれを舐った。
「あっ、あ、だめ、全部いっぺんにしちゃだめ……!」
アルヴィンの指が蕾を犯し、ルドガーの手が熱を弄り、その舌が胸の突起を転がす。
その強い刺激にジュードはだめ、と何度も喘ぎながらやがて足を突っ張らせて達した。
ぴゅくくっと放たれたそれは普段より薄く量も少ない。
「ジュード君、どれだけ搾り取られてきたの」
「わかんな、あっ、だめ、イッたばかりだから、あんっ」
達してもなお弄るのを止めないルドガーとアルヴィンに、ジュードは身を捩ってその快感を受け入れる。
「ルドガー、先譲ってやるよ」
ぐっとジュードの脚を持ち上げ、解されたそこを見せつける様にすると、ルドガーはこくりと頷いて己のズボンの中から屹立した自身を取り出した。
「あ、ルドガー……!」
柔らかいそこに熱が押し当てられ、ゆっくりと押し入ってくる感覚にジュードは甲高い声を上げる。
「ああっ……!」
「っく……」
その内壁のうねりにルドガーが短く呻く。何とか波をやり過ごしたルドガーは、ゆっくりと腰を振った。
「あっ、あっ、ひあっ」
アルヴィンの手がジュードの胸元と中心を弄りだし、ジュードはふるふると首を横に振る。
「あんっ、や、だめ、ぼく、おかしくなっちゃ、あっ」
ルドガーに揺さぶられ、アルヴィンに弄られて身悶えていたジュードの耳に悪い、とアルヴィンの声が届いた。
「俺も我慢できないわ」
アルヴィンは自らのズボンを寛げ、硬く勃ち上がったそれを取り出すとルドガーに一度止まる様に言う。
「な、に、アルヴィン……」
高みに上ろうとしていた時にそれを止められ、ジュードが背後の男を見る。
するとアルヴィンはルドガーの熱が入り込んでいるそこに指を這わせると、指を押し込んでそこを広げるように動かした。
「な、なに……」
「前にガイアスが言ってただろ、二輪挿し」
「やっ、やだ、無理、無理だって!」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫だって。ほら」
「ひっ」
広げたそこにアルヴィンの熱が押し当てられ、強引に先端を含まされる。押し入ってくる強い圧迫感にジュードは目を見開いた。
「あ、ああ、ああっ」
ずぶずぶと飲み込んでいくそこに、ほらな、とアルヴィンが唇を歪ませて笑う。
「っ……」
アルヴィンの熱が入り込んできた分、中の締め付けは強くなってルドガーは奥歯を噛み締めて射精感を堪える。
それはアルヴィンの方も同じようで、顔を顰めてやばい、と呟いた。
「すっげえ締め付けてきて中もうねってる。そんなに俺らのちんこ美味しいの」
「や、やだ、抜いて……抜いてよぉ……」
泣きそうな声を上げるジュードを宥めながら、アルヴィンはルドガーと目配せをする。
「ひあっ」
二人が突き上げるとジュードが目を見開いてびくんと仰け反る。そのまま何度も突き上げてみれば、ジュードは尾を踏まれた子犬のような声を上げた。
「あっ、だめ、そんなに強くしないでっ、そんなにされたらぼく……!」
「飛んじまえよ、ジュード」
「あっ、あっ、あっ、んっ、んんっ」
ジュードが二人の熱を締め付けて達する。その内壁の動きにルドガーとアルヴィンもまた熱を吐き出した。
その熱を感じながら、ジュードはふっと意識を失った。

 


暫くして気が付いたジュードは、もうアルヴィンもルドガーも知らない、と不貞腐れてシーツに籠った。
「ごめんってばジュードくーん」
「知らない!」
こんもりと盛り上がったシーツに縋りついてくるアルヴィンに、ジュードは一層シーツの中に潜り込む。
「ジュード、ごめんな」
「……」
申し訳なさそうなルドガーの声に、ジュードはもそりとシーツから顔を出す。
「……ルドガーは悪くないよ。悪いのはアルヴィンだから!」
「だからごめんって言ってるだろー?」
「……」
ジュードはむすーっとしてアルヴィンを見ていたがやがて、もうあんなのは嫌だからね、と告げた。
それが許しの言葉だと理解したアルヴィンがぱっと表情を明るくする。
ジュードの髪に口付け、アルヴィンはごめんな、ともう一度謝った。
「ジュード君が好きで堪らないんだよ」
「……もう、わかったから」
僕、仮眠取るから、と背を向けて丸くなるジュードに、おやすみ、と二つの声がかかった。
疲れ切っていたジュードはそれを聞きながらすとんと眠りに落ちて行った。
そして短い睡眠の後、のそりと起き上がったジュードはぼんやりとしたまま二人の後について食堂に降りた。
そこにはすでに皆が集まっていて、ジュードは席に着くと眠気覚ましのコーヒーと朝食を頼んだ。
「随分と眠そうにしているな」
「うん、ちょっとね」
ガイアスがちらりとアルヴィンとルドガーを睨む。アルヴィンはどこ吹く風だがルドガーは恐縮したように俯いてしまっていた。
「今日は自宅で休んでいた方が良いのではないか?」
どちらにしても今日は一日依頼で潰すつもりだったのだし、丁度いいだろう、とガイアスが言う。
「うん……じゃあそうさせてもらおうかな」
朝食を食べ終わったジュードはみんなと別れて一人トリグラフのアパートに戻った。
久しぶりの自室にほっと一息吐きながらもばたんとベッドに倒れこみ、そのままジュードは眠りに落ちていった。
それからどれくらいの時間が経ったのだろう。ジュードはGHSの着信音で目を覚ました。
「……はい」
画面を確認せず出ると、眠そうな声をしているな、と笑いを含んだ低い声がしてジュードは飛び起きる。
「ビズリーさん!」
今から来れるか、との言葉にジュードははいと返事をしてGHSを閉じた。
時計を見ると既に夕方に近い。そんなに寝てたなんて、と思いながらジュードは目を覚ますためにシャワーを軽く浴びてから出かけた。
クランスピア社の受付で名乗ると、すぐに社長室へと通される。
昨夜リドウとして、今朝アルヴィンとルドガーとして、そしてビズリーさんか。僕、体持つのかな。
はあ、と溜息を吐いてからジュードは社長室へと入る。そこにはビズリーがただ一人椅子に座ってジュードを待っていた。
その途端、ジュードの中でかちりと音を立ててスイッチが入る。
「ただいま、ビズリー」
ジュードが微笑みかければ、ビズリーもまた表情を和らげて立ち上がるとジュードの前に立った。
「おかえり、ママ」
ビズリーはそっとその鍛え抜かれた腕でジュードを抱き寄せると髪に口付ける。
「寂しかったよ、ママ」
「ごめんね、ビズリー。今日はいっぱい遊んであげるからね」
「うん」
何して遊びたい?そう問いながら、ジュードはビズリーの頬を優しく撫でた。

 


翌日、ジュードはルドガー達と合流すると今日も借金返済のため依頼をこなす事にした。
いくつかの依頼を達成し、報酬を手にした昼過ぎにヴェルから連絡が入った。
マクスウェルを連れてクランスピア社に来い、との事だった。
ルドガー達がクランスピア社に向かうと、そこにはビズリーとヴェルが待っていた。
そこでルドガーは最後の道標があるだろう分史世界の座標を送ってもらう。
相談の結果、ジュード、ミラ、ローエン、そしてルドガーとエルで向かう事になった。
跳んだ先はカラハ・シャールだった。そこで情報を集め、マクスバードへ行き、更にディールへと向かう。
自分たちが死んでいる世界というのは何だか不思議な感じだ、とジュードは思う。
ここでの自分は源霊匣を完成させ、しかしそれが普及する前に殺された。ローエン達と一緒に。
ウプサーラ湖で何があったのだろう。自然の回復しつつあるカタマルカ高地を見渡す。
そしてウプサーラ湖に辿り着くと、干上がっていないその湖は日の光を反射して湖面を輝かせていた。
湖畔に一軒の家を見つけ、エルが自分の家だと言って駆けだす。
家の中から現れたのは、一人の男だった。
黒髪に黒い服、顔の大半を覆った黒の仮面。その奥でアクアグリーンの眼が優しくエルを捉えていた。
男はヴィクトルと名乗った。食事でも、と誘われ、戸惑いながらも家の中へと入る。
食事を終え、眠ってしまったエルをソファに寝かせたヴィクトルにミラが問う。
しかしヴィクトルはこの世界が分史世界であるという事を自覚していると話した上でこれ以上の話は明日にしよう、と微笑んだ。
「疲れているだろう、今日はゆっくり休みなさい」
話はそれからでも十分できる。穏やかに笑うヴィクトルに、ルドガー達は困惑の表情を浮かべながらもそれに頷いた。
その夜、ジュードはヴィクトルの部屋を訪れていた。彼に呼ばれたのだ。
「お話ってなんですか?」
「ジュード、君はこの世界の君がもう亡くなっている事は知っているね?」
「はい」
「この世界の君は不特定多数の男と関係を持っていた。私とも、ね」
「え!ヴィクトルさんとも?」
驚くジュードにヴィクトルは歩み寄ると、その体をそっと抱き寄せる。
「けれど君は結局あの男を選び、私は選ばれなかった。幸せそうにあの男に寄り添う君を憎んだ時期もあった」
ヴィクトルはジュードの手を取り、その掌に口付けるとでも、と囁く。
「君が居なくなって、その喪失感の大きさに私は気づいた。憎みながらも、いや、だからこそ君を愛していたのだと」
「ヴィクトルさん……でも、僕は……」
「わかっている。君は私の知る君とは違う。しかし君という存在を目の前にして、この想いを抑える事など出来ないのだ」
愛している、とヴィクトルは囁いてジュードの頬に口付ける。頬から額に、額から目尻に、そして、唇に。
優しく啄むそれにジュードは仮面の奥のアクアグリーンを見上げる。すっとヴィクトルの顔が再び近づいてきてジュードは目を閉じた。
ベッドに押し倒され、やんわりと体を弄られる。始終ヴィクトルは優しかった。その緩やかなまでの愛撫にもどかしさを感じながらも、ジュードの体はそれすらも快感へとすり替えてしまう。
焦らされ、高められ、貫かれてジュードはヴィクトルの腕の中で甘く鳴いた。
ヴィクトルはジュードの中で熱を放ってからもジュードを抱きしめて離さなかった。
「おかえり、ジュード……」
その穏やかな声にジュードは否定することもできず、ただ戸惑いながらその体を抱きしめるしか出来なかった。

 

 


 

この世界のジュード達を殺したのはヴィクトルだった。そして、ヴィクトルはルドガーだった。
ルドガーを殺して正史世界へと行くのだと言うヴィクトルに、ジュード達は武器を構える。
「ジュード……また私にその拳を向けるんだね」
悲しげに歪んだその表情に、ジュードはごめんなさい、と呟いてルドガー達と共に地を蹴った。
そしてヴィクトルを倒したルドガー達は時歪の因子を破壊し、最後の道標を手に入れた。
世界が甲高い音を立てて割れる。さようなら、ヴィクトルさん。ジュードは胸の内でそう囁いて瞑目した。
正史世界に帰って来たルドガー達は一先ずディールへと向かった。
そこで宿をとり、休息を取る。他の皆にはローエンが連絡し、明日またトリグラフで合流することにした。
エルは精神的に参っていたが、翌日には表面的には落ち着きを取り戻していた。
一先ず他の仲間たちとトリグラフで合流を果たすと、ノヴァから返済の催促の連絡が入ってルドガーは溜息を吐く。
これもまた一つの現実です、と諭すように言うローエンに、ルドガーはがくりと肩を落として頷いた。
パーティーを二つに分けて依頼をこなしていると、ヴェルから連絡が入った。
道標を持ってマクスバードのリーゼ港に来るように、との事だった。
ルドガー達がリーゼ港に辿り着くと、またヴェルからメールが入る。
道標を五芒星型に並べろ、との指示に首を傾げる。
「並べてどうするの?」
レイアも首を傾げてルドガーを見たが、ルドガーだってわからない。
「カナンの地への地図でも表示されるのでしょうか?」
ローエンの言葉にミラが頷いてエルを見た。
「やってみると良い。それはエルとルドガーが集めたものだ」
ミラの言葉にエルは頷き、ジュードを見た。
「ねえ、ゴボウセーってどういう形か教えて」
「五芒星っていうのはね、星の形の事だよ」
ジュードの指先が星の形をなぞる。エルはこくりと頷くと石畳の上に道標を並べた。
すると道標が浮き上がり、一つとなって一層の光を放つ。
「ルドガー!あれ!」
ジュードが空を指さすと、空が割れて巨大な胎児を抱いた球体が現れた。
「あれが……カナンの地……?」
呆然としたルドガーの声に、ミラはそうだ、と頷く。
「オリジンめ、あんな所に隠していたとは……!」
けれどどうやってあそこへ行けば、と顔を見合わせると、頭上から声がしてそちらを見上げた。
「まさか道標を揃えるとはな」
そこにはユリウスを抱えたクロノスが浮かんでいた。
「探索者の相手をしている場合ではなかったな」
クロノスがユリウスを無造作に投げ捨てる。
「人間が愚かな生き物であることは明白。オリジンの審判を待つまでもない」
お前がクルスニクの鍵か、とクロノスはルドガーを睥睨する。
「だが余りにも未熟」
クロノスが放った衝撃波をルドガーは骸殻を纏って蹴散らす。だが全てを蹴散らすことはできず、ルドガーは後ろに吹っ飛び、その衝撃で骸殻が解けた。
「もう骸殻を使うな!」
ユリウスが割って入る。だがユリウスはクロノスが放った結界術に捕らわれてしまう。
それはユリウスだけではない。ジュード達もまた、結界の中へと閉じ込められてしまった。
「何なのこれ!」
ジュードは自分たちの周りを囲うそれを叩き割ろうと拳を繰り出すが、びくともしない。
アルヴィンの大剣でもヒビひとつ入らない。
薄らと向こう側が見える。クロノスとルドガー達が戦っているのが見える。なのに何もできない。
「ダメ……」
エルが震える声で結界に手を触れる。
「ルドガー!」
エルが叫ぶと、まるでそれに呼応するかのように結界が割れた。
何が、と思うが今はそれ所ではない。ジュード達はルドガーの元に駆け寄ると、それぞれ武器を構えて地を蹴った。
「この程度!」
放たれる術を避け、銃弾を弾き、刃をも弾く。そんな中、ジュードが一瞬にしてクロノスの背後を捕えるとその背に掌底波を撃ち込んだ。
「ぐっ」
バランスを崩したクロノスにアルヴィンが大剣を振りかぶる。嫌な音がして刃がクロノスの体にめり込んだ。
だがそれもまたクロノスは時間を戻して無かった事にしてしまう。
それでもクロノスは信じられないものを見る様にジュードを見ていた。
「何故……馬鹿な、何故貴様が……!」
「?」
ジュードは拳を構えたまま訝しげにクロノスを見る。クロノスはそんな筈はない、と首を横に振ってジュードに襲いかかってきた。
「遅いよ!」
しかし再びジュードはその姿を消し、クロノスの真横に現れたかと思えばその脇腹に拳を叩きこんだ。
「っ」
ずしゃっと音を立ててクロノスが石畳の上に転がる。クロノスは時を戻す事も忘れたように、呆然と這いつくばったままジュードを見上げた。
「何故人間のお前がオリジンと同じ拳を持っているのだ!」
「どういう事?」
ジュードが訝しげにクロノスを見下ろすと、その眼差しもだ、とクロノスは動揺を隠そうともせず叫ぶ。
「人間がオリジンと同じものを纏うなど……!」
説明を求める様にジュードはミラとミュゼを見るが、彼女らもわからないと言うように首を横に振った。
「人間、貴様の名は」
クロノスの問いに、ジュードは戸惑いながらも名乗る。するとクロノスは出来過ぎた名前だ、と唇の端を歪めて笑った。
ふわりと浮きあがったクロノスは、腕を組んでジュードを睥睨しながら言った。
「ならばジュード、我を殴れ」
「……え?」
きょとんとしてしまったジュードに、クロノスは苛々としたように指先で腕をトントンと叩きながら聞こえなかったのか、と告げる。
「聞こえたけど……どうして」
「良いから殴れと言っている!」
「ええと……じゃあ殴るけど、手加減はしないよ?」
「それでいい」
何だろうこれ。ジュードは困惑しながらも拳を構えるとクロノスの頬に拳を叩きこんだ。
再び音を立てて石畳の上に転がったクロノスは、打たれた頬を押さえながらふるふると震え、俯いた。
「あの……大、丈夫……?」
さっきまで死闘を繰り広げていた相手にかける言葉ではないとわかっていても、ジュードは言わずにはいられなかった。
すると震えていたクロノスがばっと顔を上げる。その表情は喜色を浮かべ、金の眼もまた喜びに輝いていた。
「そうだ、これだ、この拳だ!二千年ぶりのこの感触!」
「え……っと……」
「オリジンと同じ容赦のない拳!虫も殺せぬような顔立ちで見下すその眼!」
クロノスは浮き上がるとジュードの手を取り、お前だけは助けてやってもいい、と告げる。
「他の人間どもは滅びてしまえば良いが、オリジンと同じものを持つお前だけは我と共にオリジンの元へ行こう」
「えっと……僕はただの人間なんですけど……」
「問題ない。我が時を操れば年を取る事もない。永久に我らと共に在れるのだ」
すると殺気を感じたクロノスが後ろに飛ぶ。今までクロノスが居た所に長剣が伸びていた。
「ガイアス!」
「仕留めそこなったか」
クロノスはちっと舌打ちすると空高く浮き上がった。
「ジュード以外は今ここで念入りにその命の時を止めてやろう」
術を放とうとするクロノスに待て、と声がかかる。現れたのは、ビズリーだった。
「ビズリーさん!」
ビズリーはジュードを背後に庇うようにして立つと、クロノスを強い眼差しで見上げた。
「この者を貴様に渡すわけにはいかん」
「ふん。ビズリー・カルシ・バクーか。貴様に用はない。去れ」
だがビズリーはそうはいかん、とクロノスを睨み付ける。
「私にとってもドクター・マティスは大事な存在でね。易々と手放すわけにはいかんのだ」
「貴様の都合などどうでもいい。我は審判を人間どもの敗北によって終わらせ、ジュードをオリジンの元へ連れて行く」
そもそも、どうやってカナンの地へ行くつもりだ。嘲るようなクロノスの声に、ビズリーはふんと鼻を鳴らして笑った。
「カナンの地への行き方は私が知っている」
「貴様……!」
「最強の骸殻能力者とクルスニクの鍵、同時に相手をしてみるか?」
ビズリーの挑発的な言葉に、クロノスは確かに面倒だ、と視線をルドガーへと移す。
「ならば……!」
クロノスが風を切ってルドガーに詰め寄るとその体を蹴り倒した。
「クルスニクの鍵だけでも!」
「させるか!」
術が発動するより早くユリウスがクロノスを海に突き落とし、海面に届くより早く二人は空間を飛んで消えた。

 


カナンの地への行き方はクランスピア社で教える、と言われルドガー達はトリグラフへと向かう事にした。
ビズリーは何故かエルに話があると言い、ルドガー達から引き離した。
ビズリーの真意はわからなかったが、それでも今は従うしかない。ルドガーは後ろ髪を引かれる思いでマクスバードを後にした。
列車の中でアルヴィンがジュードに絡む。
「ちょっとジュード君、ジュード君のそれって大精霊にも有効なの」
「し、知らないよ!」
「ジュードはもう少し己の魅力を自覚するべきだな」
「ガイアス!」
「うむ、まさかあのクロノスまで魅了するとは」
「ちょ、ミラ!」
「ジュードのフェロモンで大精霊もメロメロー!」
「ティポまで!」
わたわたしているジュードをルドガーは苦笑交じりに眺める。
エルが隣にいない事にこんなに違和感を覚えるなんて。いつの間にか隣にいるのが当たり前になっていたのだな、とルドガーは思う。
トリグラフ中央駅に着き、その足でクランスピア社に向かうとエントランスにはヴェルとリドウが待っていた。
そこでルドガーは己が副社長になっていることを知らされ、ジュード達と顔を見合わせる。
カナンの道標を全て集め、カナンの地を出現させたのだから当然の事でしょうとヴェルは告げた。
その隣でリドウが面白くなさそうに舌打ちする。ルドガー達はそんな二人に連れられて社長室へと向かった。
そこでビズリーの残したメッセージを聞くと、リドウがエージェントに命じてジュードとミラを退室させた。
追い出されたジュードとミラはカナンの地への行き方を聞くまでは帰れない、とヴェルに詰め寄った。
するとルドガーがやってきてビズリーの真の目的を語った。エルを利用してクロノスを倒し、精霊を人間の道具にするのだと。
ビズリーを止める、とミラが力強く言う。
「でもどうやってカナンの地へ?」
「ユリウスが知っているはずだ。あの男を探そう」
「そうだね。行こう、ルドガー」
「……」
しかし煮え切らない態度を示すルドガーに、ジュードが詰め寄る。
「来るなって言われて、それで引き下がるの?」
大事な人と離ればなれになって、平気なはずがないと声を荒げるジュードに、ルドガーだけでなくミラもまた目を見開いてジュードを見ていた。
「ジュード……」
その言葉にルドガーは気を引き締めなおすと力強く頷いた。
「行こう、ルドガー」
「ああ」
三人でクランスピア社を出ようとすると、警報が鳴り響いてエージェントたちが三人を囲んだ。
そしてイバルを連れたリドウが現れ、社長命令は守らないと、とあの嫌な笑みを浮かべて言う。
そこに割って入ってきたのがガイアスとミュゼだ。ガイアスの登場にリドウが面倒くさそうな声を上げる。
「でもこっちも命がかかってるんでね」
エージェントたちが大型の銃のようなものを構える。ミュゼが術を放つとその銃の先端が四つに割れ、そこから光が放たれて術が打ち消された。
「クルスニクの槍……!」
「そう、携帯版だが威力は見ての通り」
大人しくしてもらうよ、と笑うリドウをジュードが目を細めて見詰める。
「さて、大人しくするのはどっちかな」
音を立てて拳を合わせたジュードに、リドウはぞくりと背筋を震わせてジュードを見る。
「ジュードサマには悪いけど、今日は捕えさせて貰うよ」
「どうする」
ひそりと囁かれたガイアスの声に、ルドガーが地下訓練場から逃げられるはずだ、と囁き返す。
「囮がいるな」
「僕が残るよ。リドウの相手は馴れてるから。ルドガーは皆を誘導して」
合図と同時に駆け出し、ジュードがエージェントの背後に瞬時に移動して叩きのめす。
「ジュード!」
「先に行って!」
エレベーターの扉が閉まるのを確認して、ジュードは残るエージェントに拳を叩きこむ。
「さて、お仕置きが必要かな」
薄らと笑みを浮かべて拳を構えるジュードに、リドウはその足元に這い蹲りたい衝動に駆られながらもメスを構えた。
「ジュードサマと手合わせできるなんて光栄だねえ!」
「すぐに床とお友達にしてあげるよ」
リドウのメスを避け、その腕を蹴りあげようとするが避けられる。視界の端でイバルがルドガー達を追ってエレベーターに乗ろうとしているのが見えた。
「イバル!」
「おっと、俺だけを見てよジュードサマ!」
繰り出されるメスをジュードがバックステップで避けると間に割って入る人物がいた。
きいん、と澄んだ音を立ててリドウのメスが双剣で防がれる。ユリウスだ。
「ユリウスさん!」
「逃げるぞ、ジュード君!」
ユリウスがジュードの手を引いて走り出す。ユリウス!とリドウの怒声が背を打ったが、二人はそのままクランスピア社を出てトリグラフの街を駆け抜けた。

 

 

 

ジュードはユリウスに手を引かれ、ユリウスとルドガーのマンションに来ていた。
「さすがに部屋に戻っているとは思わないだろう」
そう苦笑するユリウスを、ジュードは少しやつれたな、と思う。ずっと逃げ続けているのだ。休まる時などないのだろう。
「君に話しておきたい事がある」
ユリウスはそう言うとジュードにカナンの地への行き方を話した。
その無情なまでの方法に、ジュードはそんな、と目を見開く。
「他に方法はないんですか?」
しかしユリウスはゆっくりと首を横に振った。
「無い。それがクロノスとの契約らしいからな」
「そんな……」
「俺はこれからルドガーへ手紙を書く。それが終わったら君はルドガーに連絡をしてここへ来るように言ってくれ」
「ユリウスさんは会わないんですか?」
ジュードの問いに、ユリウスは苦笑する。
「あいつは優しいから、覚悟が決まるまで俺とは会わない方が良い」
そして、とユリウスはジュードを見る。
「もしあいつが俺を殺せないようなら、君たちだけでリーゼ港に来てほしい」
「それは……」
ユリウスは己の左手を押さえながら俺の命はもう長くない、と小さく笑う。
「ならば、せめて橋となって君たちの役に立ちたいんだ」
「ユリウスさん……!」
悲しげに顔を歪めるジュードを、そんな顔しないでくれ、とユリウスが抱き寄せる。
「君を悲しませるのは、俺の本意ではない」
「でも、でも……!」
涙を浮かべるジュードの目尻に、ユリウスはそっと口付けた。
「ユリウスさん……」
「……弟の愛する人にこんな事をするのは、反則かな」
苦笑するユリウスを見上げ、ジュードはふるふると首を横に振る。
ユリウスの胸元を掴んでいた手を伸ばし、その首に腕を絡めるとそれに応えるようにしてユリウスの顔が近づいてきた。
寒くもないのに冷えた唇の感触が、悲しかった。

 


ジュードは情事の後の気だるさの中、服を着る男の背を彼のベッドに横たわりながらじっと見つめた。
「ユリウスさん……」
ジュードの声にユリウスは振り返ると、身を起こしたジュードの唇に軽い口付けを落として微笑む。
「さあ、手紙を書かないとな」
くしゃりとジュードの髪を撫で、ユリウスは引き出しから便箋とペンを取り出して椅子に腰かけた。
ジュードは一糸纏わぬ姿でベッドから降り、立ち上がる。ユリウスが丁寧に清めてくれたおかげで体のべたつきは無かった。
ユリウスを背後から抱きしめる。こら、と笑った声が耳を打った。
「そんな風に抱き付かれたら、書けないだろう?」
どこか楽しそうな色すら含んだそれに、だって、とジュードは男の頭に頬を摺り寄せながら言う。
「それが書き終わったら、行っちゃうんでしょう?」
「仕方のない事なんだよ。これは、骸殻能力を持って生まれた人間の運命だ」
悲しんでくれてありがとう、とユリウスは優しく絡んだ腕を解く。
見上げてくるユリウスの唇に己の唇を重ねると、柔らかく舌が絡み合った。
「……さあ、ジュード」
促され、ジュードは小さく頷くと枕元に重ねられている自分の服を手に取る。
ペン先が紙を引っ掻く音を聞きながら、ジュードは身支度を整えた。
ベッドに腰掛け、じっとその横顔を見詰めているとやがてユリウスはペンを置いた。
ジュードがGHSを取り出し、ルドガーと連絡を取る。どうやら無事に地下訓練所から脱出して、今はトルバラン街道にいるらしい。
マンションの前で待ち合わせる事にしてGHSをしまうと、行こうか、とユリウスが立ちあがった。
「はい」
ジュードはユリウスと共にマンションを出る。
「それじゃあ、また、後で」
「……はい」
ジュードは去っていく男の背を、その姿が見えなくなるまで見詰め続けた。
暫くするとルドガー達が駆けてくるのが見えた。大丈夫か、と問われ、ジュードは頷く。
兄さんは、と辺りを見回すルドガーに、ユリウスさんならいないよ、と首を横に振った。
「ユリウスさんが、ルドガーに手紙を残していったんだ」
部屋へ、と促すとルドガーは頷いてマンションの中へと向かった。
その後ろ姿を見送って、ジュードはミラ達を見る。
「ユリウスさんから、僕らに伝言があるんだ」

 


ルドガーはユリウスを魂の橋にする事は出来ないと言った。ジュード達はそんなルドガーを部屋に残し、マクスバードへと向かった。
「……これで良かったのかな」
ジュードの呟きに、ガイアスが致し方あるまい、と視線を伏せる。
「でも、本当にこれしか方法はないのかな。もっと、何か……」
ジュードの言葉を、だが、とミラが遮る。
「それを探している時間は恐らく無いだろう」
「……」
ジュードの脳裏に時歪の因子化の進んだユリウスの左手が甦る。
ユリウスは言った。もう骸殻能力を使わなくても進行を止めることは出来ないのだと。
ユリウスはもう自分に先が無い事を知っていた。だからせめて君たちの橋になって役に立ちたいのだと言った。
どうして、こんな方法しかないのか。ジュードはぎゅっと拳を握った。
その拳にアルヴィンの手が重なる。
「アルヴィン……」
「ユリウスの思い、汲んでやろうぜ」
「……うん」
マクスバードのリーゼ港へと辿り着くと、そこにユリウスはいた。
ユリウスの視線の先で、一筋の昏い光がカナンの地へと延びていた。
「あれが魂の橋だ。ビズリーがカナンの地へ渡ったんだろう」
「まさか、エルを……!」
エリーゼの声に、ユリウスは緩やかに首を横に振る。
「エルはクロノスに対抗する切り札だ。恐らくリドウの命を使ったんだろう」
「リドウ……」
ジュードが痛ましげに眼を細める。あの歪んだ性癖は孤独感や虚無感から来るものだと、肌を合わせて感じていた。
あの人も、きっと誰かに認めてもらいたかっただけだったのに。知っていて手を差し伸べなかった自分が言えた事ではないが。
魂の橋がすうっと消えていく。ああ、これでもうビズリーも後戻りはできないのだ。
「……ルドガーは来ないんだな」
「ユリウスさんの命は奪えないって」
ジュードの言葉に、ユリウスはまったく、と苦笑する。
「あいつはいつまでたっても……」
視線を伏せたユリウスに、自分でできるのかとガイアスが問う。
ユリウスは剣を取り出すと、その刃を自らの首筋に宛てた。
だがそれは駆けてきたルドガーによって止められる。
「ルドガー……」
「止めてくれ、兄さん!」
「離してくれ、ルドガー。俺がやらねば、お前を犠牲にする事になる」
「だからって!」
声を荒げるルドガーに、ユリウスはふっと笑った。
「勝手な兄貴で、すまなかった……」
「!」
ユリウスの覚悟を痛いほどに感じたルドガーは、泣きそうに顔を歪めてユリウスから離れた。
「ありがとう、ルドガー……」
ユリウスは再び剣を首筋にあて、微笑んだ。

 


ユリウスが架けてくれた魂の橋でカナンの地へと渡ったルドガー達は、四大精霊の力で瘴気を跳ねのけながら奥へと進んだ。
その最深部で、ルドガー達はクロノスと、そしてビズリーとエルを見つけた。
「ルド……!」
エルがその名を叫ぼうとした瞬間、エルとビズリーはクロノスの結界術に閉じ込められる。
エルを時歪の因子化させる事によって人間の敗北を示そうとするクロノスに、ルドガーが骸殻を纏って跳びかかった。
同じように地を蹴ったジュード達に、クロノスが人間風情が、と吐き捨てる。
「ジュード!お前も所詮人間という事か!」
怒りを宿したクロノスのその声に応えるようにジュードは拳を繰り出す。
「僕は!どちらか一方がもう一方を支配するんじゃない、共存の世界を作るんだ!」
「認めぬ……!そのような世界、我は認めぬぞ!」
だが、頭上で結界術がぱあんと音を立てて割れ、槍を手にしたビズリーがクロノスを貫いた。
「ぐああ!」
槍から術が発動し、クロノスを捕らえる。
「足掻いても無駄だ。これは時空を超えるオリジンの無の力」
とさり、とエルが倒れ伏す。クロノスは信じられないものを見る目でエルを見て、そしてビズリーを見た。
「まさか、その娘が……!」
「そうだ、本物のクルスニクの鍵だ」
ビズリーが槍をねじ込むとクロノスの悲鳴が響く。
ルドガーは倒れ伏すエルに駆け寄ると、その小さな体を抱き起した。
エルは既に半身が時歪の因子と化しており、漆黒に蝕まれていた。
「どうして……ここに……?」
弱々しい声に、ルドガーは約束したからな、と微かに笑う。
そしてエルを離れた場所に寝かせると、ビズリーと向き合った。
精霊から意思を奪い去り、道具としようとするビズリーを止める為、そしてエルを救うためにルドガーは双剣を構えた。
そんなルドガーをビズリーは理解できぬと言う様に首を横に振った。
「私はあれだけの屍を踏み越えてここに立っているのだ!邪魔をするなら容赦はせん!」
ビズリーはクロノスを貫く槍を引き抜くと、それを己に突き立てた。
槍がビズリーの体内に吸い込まれていく。あれは、とミュゼが声を上げた。
「オリジンとクロノスの力を!」
ビズリーが骸殻を纏い、ルドガー達に襲いかかる。
ルドガーもまた骸殻を纏い、迎え撃つがやがて骸殻が解け、ルドガーは地に伏した。
ジュード達も衝撃波で弾き飛ばされ、咄嗟に受け身を取る。
ビズリーがルドガーの時計を踏み潰す。オリジンとクロノスの力を纏ったビズリーに勝つ手立てが失われたかに思えた。
「ルドガー!」
だが、エルが二人に向かって駆けてくる。ルドガーはビズリーの手を振り解くと、エルへと向かって駆け出した。
懸命にエルが差し出した金の時計がルドガーの手に触れる。
眩い光の柱が立ち上り、光の中から骸殻を纏ったルドガーがエルを抱えて現れた。
「時計と直接契約したか」
苦々しげに言うビズリーに、ルドガーが地を蹴って槍を振り被る。
「ルドガー!」
「待て、ジュード」
引き留められ、ジュードはでも、とガイアスを見る。
「これは、彼らの戦いだ」
ガイアスの言葉に、ジュードはこくりと頷いて拳と槍を交わす二人を見守った。
やがてビズリーがルドガーの槍に貫かれ、倒れ伏した。ビズリーを纏っていた骸殻もまた解かれる。
ビズリーはふらりと立ち上がると、ふふ、と可笑しそうに笑った。
「まさか、お前に超えられるとはな……」
ふらりと歩き出そうとして、崩れ落ちたビズリーをジュードが駆け寄って抱き起こす。
「ビズリーさん……!」
「ドクター・マティス……あなたの唱える理想は温く甘い」
ビズリーはジュードの頬に手を添え、低く告げる。
「それでも、これ以上の悲劇を生まない為に共存の道を作るんです。僕たちの手で」
ジュードの強い言葉に、その日がこの目で見れないのが残念だ、とビズリーは笑った。
「いや、見れなくて良かったのかもしれないな……私の本当の願いは……死んでいった一族の数だけ、精霊どもを……!」
ごふっと咳き込んでビズリーは大量の血を吐く。
「ビズリーさん!」
「ふふ……あなたに抱かれて終わりを迎えるのも、悪くはない……」
ビズリーの声はどんどん小さくなっていき、最後には微かな呼気が漏れるだけだった。
「……、……」
しかしジュードには伝わった。ジュードは己の頬に添えられたビズリーの手をそっと握ると、優しく微笑んだ。
「あなたは十分頑張った。もう、休んでいいの」
おやすみなさい、ビズリー。そう囁いてその額に口付けると、ビズリーは安堵した様に微笑み、ゆっくりと目を閉じた。

 


門の中から現れたのは、淡く光る少年の形をした大精霊オリジンだった。
ルドガーは分史世界の消滅を望んだ。そして、自らの消滅と引き換えにエルを助ける道を選んだ。
カナンの地から帰ってきて、一節が過ぎた。
カナンの地の出現なんて無かったかのように日々は続いて行く。
ジュードの日常もルドガーと出会う前まで巻き戻った。
ヘリオボーグ基地と自宅を行き来する毎日。隣の部屋には相変わらずガイアスが住んでいて、ちょくちょくジュードの部屋にやってくる。
アルヴィンも暇を作ってはやってきて、ジュードに甘えていく。
ジュードは相変わらずアルヴィンとガイアスのどちらかを選ぶことはせず、二人の間を行ったり来たりしていた。
ここまで来たんだ。いつか答えが出るまで、否、答えが出なくとも最後まで付き合ってやると二人の男は笑っていた。
ジュードはヘリオボーグ基地への馬車の中から空を見上げ、通り過ぎて行った彼らの事を思う。
彼らの為にも、一日も早く精霊と人間の共存できる世界を。
ジュードは穏やかに微笑み、見守っていてね、とその空に語りかけた。

 

 

 


「はい!第一回!クルスニク一族、大!反!省!会!」
オリジンが楽しそうにぱちぱちと手を叩く。彼の目の前には魂となったビズリー、リドウ、ユリウス、ルドガー、そしてなぜかクロノスまでもが正座で座らされていた。
「あの、これは一体……」
ルドガーが戸惑いを前面に出してオリジンに問う。それもそうだろう、消滅したはずの自分が何故ここにいるのか。
「僕は無の大精霊だよ?砕けた魂を元に戻すなんて事は朝飯前さ!」
「ええ……」
「それより何故我もこやつらと一緒になって正座というものをしなくてはならんのだ」
クロノスの訴えに、オリジンは当然でしょう?と小首を傾げて言う。
「そもそもクルスニク一族が変態ばっかりになったのは君のせいじゃないか」
「なっ!我は骸殻能力を与えただけで……!」
「ええ?君のその被虐趣味が原因でしょう?」
「ぐっ……」
あ、被虐趣味なのは否定しないんだ。ルドガーは生暖かい目でクロノスを見た。
「よ、欲望を抑えきれぬ人間どもが悪いのだ!」
我は二千年耐えたぞ!と自慢にもならない言い訳をし始めたクロノスに、でもねえ、とオリジンは溜息を吐く。
「ジュード君にあっさりメロメロになっちゃって、僕もう見ててお腹痛かったよ。笑い過ぎで」
「そ、それを言ったらこやつらとて人の事言えぬだろう!」
指を差すクロノスに、ユリウスが違うぞ、と首を横に振った。
「俺とルドガーはまともだ。そんな妖しげな扉は開いていない」
「それはジュード君にその気がなかっただけで、ジュード君がその気になってたら君の扉もばったんばったん開いてたよきっと」
「……」
オリジンの言葉を否定できないのか黙り込んだユリウスに、兄さん、とルドガーが冷たい目を向ける。
「あっ、違うぞ、俺はそんな事……!」
「でも、俺の知らない所でジュードと寝たんだよね」
「ル、ルドガー、それは、その……!」
「俺がジュードの事好きだって知ってて……」
「いや、だから、それは……!」
「素直に認めちゃえよオニイチャン」
ユリウスの隣でリドウがくつくつと笑う。
「ルドガー君の好きな人だからこそ奪いたかったんだって」
「お、お前に言われたくない!なんだジュード様って!」
「俺とジュード様の崇高な関係を一緒にしないでくれるぅ?」
それより、とリドウはさっきから腕を組んで黙っているビズリーを見る。
「一人我関せずな態度取ってますけど、社長が一番酷いって自覚あります?」
「!」
びくっと肩を揺らしたビズリーに、どういう事だとユリウスがリドウを見る。
「社長の弱み握ってやろうと思って社長室に盗聴器仕掛けてたんだけど、アレはないでしょう」
「……リドウ、何が望みだ」
ビズリーの低い声に、魂になって今更望みも何もありませんよとリドウは肩を竦める。
「まさか社長が幼児プレイをお好みだとはねえ」
「はっ?」
「はあ?」
ルドガーとユリウスがビズリーを見るが、ビズリーはあらぬ方向を見て視線を合わせようとしない。
「ジュード様にママ、ママって甘える社長……思い出しただけでも気持ち悪いったら」
べーっと舌を出すリドウとそっぽを向いたまま否定しないビズリー。ユリウスはがくりと手をついて項垂れる。
「こんな、こんな男の為に俺は今まで……!」
「兄さん……」
ルドガーがそっとユリウスの肩を抱くと、がしっとその手をユリウスが掴んで見詰めてきた。
「ルドガー、俺とお前だけはまともでいような……!」
「う、うん……でも俺たちもう魂だし」
「あんな男、魂の循環の輪から外れてしまえば良い……!」
涙を零さんばかりのユリウスに、まあまあ、とオリジンが楽しそうに言う。
「人間らしくて良いじゃないか」
そう言いながらもオリジンは堪えきれなくなったと言わんばかりに噴き出して笑いだした。
「……我はいつまで正座とやらをしなくてはならんのだ……」
楽しそうに笑うオリジンの隣で、クロノスはげっそりと呟いたのだった。

 

 


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