アルジュエンド1

 

「本当に、良いんだな?」
滑らかな頬に手を添えて問えば、ジュードはいいよ、と微笑んだ。
そのまま引き寄せられ、口付けられる。侵入してきた舌をジュードはうっとりとしながら受け入れた。
これで、アルヴィンとひとつになれる。ジュードは安堵と期待で胸を高鳴らせた。
「胸、吸わせて」
乞われるがままにジュードが己の胸元をアルヴィンの顔に寄せると、右の突起にアルヴィンが吸い付いた。
「あっ……」
左側は指の腹でこねくり回され、ジュードは己の体を支えているのが精一杯だった。
「アル、ヴィン……んっ……」
赤子のように、けれど性的な匂いもさせて突起を舐るアルヴィンの髪をジュードは優しく撫でる。
やがてそこを堪能したアルヴィンがジュードの眼前でくるっと人差し指を回した。
「ジュード君、反転して」
それが示す意味を察したジュードはさっと顔を赤らめたが、早く、とアルヴィンに催促されおずおずと体の向きを入れ替えた。
「そう、ジュード君のかわいいとこ、よく見せて」
アルヴィンの顔を跨ぐように身を伏せたジュードが羞恥に震えていると、アルヴィンの指がそこに触れた。
「アル、あっ……」
「もう濡らしちゃって。やーらしい、ジュード君」
「だ、って……あ、あっ……!」
花芯をきゅっと摘ままれて思わずアルヴィンの下肢に顔を寄せるとズボンの下で勃ち上がっているそれに気づいた。
「あ……」
「ジュード君のかわいいおくちで気持ち良くしてくれる?」
アルヴィンの言葉に小さく頷くと、ジュードはズボンを引きおろし、飛び出してきたそれに手を添えた。
「ん……」
ちろりと舌を出して舐めると、それはひくりと震える。下から上へと舐め上げ、唾液を絡めていく。
「ん、あっ…!ある、び……!」
口淫に集中しようとしてもアルヴィンの指と舌がジュードの秘所を弄り、その度にジュードは甘い声を漏らした。
「あ、あっ……」
ずるりと指が中へと入り込み、ジュードの感じるポイントを的確に擦りあげる。その刺激に思わず指を締め付けると、くつくつとアルヴィンが喉を鳴らして笑った。
「そんなに気持ちいいの、ココ」
「んっ……きもちい……ひゃあっ」
中を弄られながら花芯を吸われ、ジュードの体がびくりと震える。
「ほら、おくちがお留守ですよー」
「んっ……」
口元にそそり立つそれを押し付けられ、ジュードは再びそれを銜え込む。
「ん、ん、ふ……」
快感に耐えながらその熱を唇と舌で擦りあげる。卑猥な水音が室内に響いた。
「ふあっ……」
中で蠢いていた指が引き抜かれ、ジュード君、もう一回反転、とアルヴィンに指示されるがまま再びアルヴィンと向き合う。
「自分で挿れてみる?」
「そ、んなの……できない、よ……」
しかしアルヴィンは大丈夫だって、と笑ってジュードの腰に手をかけた。
「このままゆっくり腰下ろしていけば良いだけだから」
ひたりと濡れ解れた秘所に猛ったものが押し当てられ、ジュードはこくりと喉を鳴らした。
そして少しずつ体重をかけていくと、それが押し入ってくる感覚がジュードを満たしていく。
「あ、あ、あ……!」
太い部分が徐々に入り込んでいき、そこが完全に中に埋まると後はさしたる痛みもなくジュードはアルヴィンの熱を受け止めた。
「は……あ……」
「く……おたくのナカ、狭すぎ……」
「きもちよく、ない……?」
しゅんとして問えば、逆だよ、と笑われた。
「ヨすぎてすぐイッちまいそう」
腰を掴まれ、不意に突き上げられてジュードは甲高く鳴いた。
突然始まった突き上げにジュードは待って、とアルヴィンの腹に手を置いて首を横に振った。
「ダメ、もう待てない」
「あっ、あっ、だっ、て、はげしいっ……!」
がくがくと揺さぶられながら己の体を支えるので精一杯のジュードはただ翻弄されるがままに喘いだ。
「あ、あ、あっ……だめ、あるび……!」
「イッちゃいそう?」
突き上げられながらこくこくと頷くと、じゃあ一緒にイこうぜ、と囁かれた。
「あるび、アルヴィン、あ、あっ、や、ああっ……!」
「……く……!」
ジュードが達するとその締め付けにアルヴィンもまたジュードの中で熱を放った。
「は、はあ……」
がくりと力を失ったジュードがアルヴィンの上に倒れ込んでくる。その体を抱きしめながらアルヴィンはジュードの髪を優しく撫でた。
「……しちゃった、ね」
「そうだな……」
「明日、ガイアスに謝りに行かなきゃね」
「ああ」
「それで、その後に役所に行って婚姻届出して来よう?」
「ああ……ジュード」
「なに?アルヴィン」
ジュードが少しだけ身を起こしてアルヴィンの顔を覗き込むと、彼は泣きそうな顔で笑みを浮かべていた。
「俺を選んでくれて、ありがとう」
その言葉にジュードもまたくしゃりと笑うと男の頬にそっと口付けた。

 


翌朝、アルヴィンが目を覚ますと、リビングではジュードがGHSを耳に当てて誰かと話していた。
「うん、じゃあそうする。うん、それじゃあ」
マイアもとうに起きていたらしく、母親の膝の上でジュースを飲んでいる。
時計を見ればいつも起きている時間より少しばかり針が進んでいて、アルヴィンは今日の仕事は午後から出よう、と決めた。
むくりと身を起こすと、ジュードが気付いて近づいてきた。
「おはよう」
「……おはよ」
何処か気恥ずかしい思いをしながら応えを返すと、ジュードはご飯出来てるよ、と笑った。
「ああ……その前に俺のGHS取って」
テーブルの上に置きっぱなしになっていたGHSを受け取ると、アルヴィンは職場に今日は午後から出勤する旨を伝えた。
部下が回線の向こうで何やらわめいていたが、アルヴィンは無視を決め込んで通話を終わらせた。
「いいの?お仕事」
「半日くらいどうって事ないさ。役所、行くんだろ?」
アルヴィンの言葉にジュードが嬉しそうに頷く。
「じゃあ、ご飯食べたらガイアスとローエンの所へ報告に行って、それから役所に行こう」
「りょーかい」
がしがしとぼさぼさになった頭を掻きながら服を着替え、洗面を済ませる。
その頃には朝食が準備されており、アルヴィンは欠伸を噛み殺して自分の椅子に座った。
いただきまーす、と三人分の声が合わさって食事が始まる。
この光景がこれからも続いていくのだと思うと、アルヴィンはジュードに心から感謝した。

 

アルヴィンはマイアを抱き、空いた方の手でジュードの手を握った。
ジュードは少し恥ずかしそうだったが、それでも手を解こうとはしなかった。
トリグラフ港の宿屋の扉をくぐり、ロビーを見渡すと片隅でガイアスとローエンが待っていた。
繋がれた二人の手を見て、答えを察したのだろう、ガイアスが痛みに耐える様に微かに顔を顰めた。
「……答えは出たようだな」
ガイアスの低い声に、ジュードは穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「四年もの間、僕を探してくれてありがとう。でも、僕はアルヴィンと生きていくよ。ごめんなさい」
強い決意を秘めたその視線をガイアスは暫く見つめ返していたが、やがて視線を伏せるとそうか、とだけ言った。
そして再び視線を上げ、研究は続けるのだな?と確認してきた。
「うん。これからも源霊匣の研究は続けるよ。ミラとの約束を、果たす為に」
「ならば、良い」
それだけ言うとガイアスは一人宿屋を出て行った。ローエンは追いかけないのかと視線を向けると、彼は王には一人になる時間が必要のようです、と笑った。
「お二人さえ良ければこれからも近況をご報告ください。このじじいのささやかな楽しみなのです」
「うん、約束するよ、ローエン」
するとローエンは優雅に腰を折り、改めておめでとうございます、と述べた。
「どうか、末永くお幸せに」
「うん、ありがとう、ローエン。……あの、ガイアスは……」
ジュードの言葉に、ローエンは大丈夫ですよ、と微笑む。
「あのお方はお強い。すぐに立ち直られるでしょう」
「うん……ローエン、僕が言えた事じゃないってわかってるけど……ガイアスを、支えてあげて」
「勿論ですとも」
ローエンは力強く頷くと、では私も失礼します、と一礼して宿屋を出て行った。
その後ろ姿を見送って、ジュードはそれまで沈黙を貫いていたアルヴィンを見上げた。
「じゃあ、役所、行こうか」
アルヴィンも思う所があったのだろう、ジュードの言葉に漸く安堵したようだった。
「ああ……」
そうして三人で役所に行き、婚姻届を出した。
届け出はその場で受理され、晴れて二人は正式な夫婦となったのだった。

 

それから一年。ジュードは大きくなったお腹を抱えてヘリオボーグ基地の廊下を歩いていた。
すると通路の向こうからバランがやってきた。
「あれ、ジュード君、今日はお休みじゃなかった?」
「はい、でもどうしても気になる資料があったので来ちゃいました」
そう言うジュードの腕には何冊もの分厚い本が抱えられており、バランはそれをさっと奪い取った。
「もういつ産まれてもおかしくないんだから、こういう重い物は人に運んでもらわなきゃ」
「でも、みんな忙しいし……」
そんな事を話しながら研究室に戻ろうとしたその時、ジュードはぴたりと歩みを止めた。
「ジュード君?」
「……噂をすれば、っていうか……どうしよう、バランさん、陣痛始まっちゃったみたい……」
「ええ!本当かい?」
「ええと、とりあえずアルヴィンに連絡しないと……」
おろおろとGHSを取り出そうとするジュードにそんなのは僕がするから、と遮られた。
「とにかく、一刻も早くトリグラフに戻ろう」
バランに付き添われながらヘリオボーグ基地を出て、馬車を飛ばしてもらった。
馬車の振動すら今は辛かったが、だからと歩いて帰るわけにもいかないのでジュードはひたすら耐えた。
トリグラフの入り口でバランに手を引かれながら馬車を降りると、そこには連絡を受けたアルヴィンと、託児所にいる筈のマイアが待っていた。
「産まれそうなのか」
「うん、陣痛の間隔的にはまだまだ産まれないと思うけど……大丈夫、歩けるから」
抱きかかえようとしたアルヴィンを止め、ジュードはゆっくりと産院へと向かって歩き出した。
産院はマイアを産んだところと同じ所で、予定ではマイアと同じく自宅で出産のつもりだったのだが、ここからだと産院に行った方が早い。
アルヴィンが既に産院に連絡を入れておいてくれたのでジュードが産院に就く頃には準備は整っていた。
診察を受けると子宮口が既に大分開いているらしく、これならすぐ産まれるかもね、と医師は笑った。
そして医師の言葉通り、夜を待たずして赤子は産声を上げた。元気な男の子だった。
瞳の色はまだわからなかったけれど、髪色は父親譲りの茶髪だった。
マイアの時と同じくただ手を握っている事しかできなかったアルヴィンは、まだ名もないその赤子を抱いてやはり涙を零した。
待つのに疲れて眠ってしまっていたマイアも高らかに響いた産声に目を覚まし、弟の誕生を喜んだ。

 

ジュードの第二子である、アレックス・E・スヴェントが一歳を迎えた日、ジュードは里帰りしたい、と言い出した。
アルヴィンと行方をくらましてから六年。実家には一度も連絡を入れてない。
今までは理由が理由だったので一切の連絡を絶っていたのだが、アレックスも一歳を迎えたことだし両親に孫を見せてやりたい、とジュードは言った。
ただ、とジュードは視線を遠くへやる。
「ソニア師匠には一時間くらい説教されるだろうなあ……」
いや、一時間で済めば良いのかもしれない、とジュードは溜息を吐く。
「父さんと母さんには悪いけど、二人の説教よりソニア師匠の説教の方が怖いよ、僕は」
「俺はディラック先生に殴られる覚悟してった方が良いんだろうなぁ」
アルヴィンがしみじみと言うと、寧ろレイアにボコボコにされるんじゃない?とジュードが恐ろしい事を言い出した。
「アルヴィンにも僕が行方不明だっていう手紙届いてたんでしょう?なのに知らぬ存ぜぬで通してたんだからきっと怒るよ」
「それは……仕方ないだろ」
「うん、僕のせいだから、僕も一緒に謝るね」
にっこりと笑うジュードに、生きて帰ってこれるだろうか、とアルヴィンは不安になった。
しかし愛する妻の願いは叶えてやりたい。
アルヴィンは強引に長期休暇をもぎ取り、ジュードが里帰りしたいと言い出してから一節後、四人でリーゼ・マクシア行きの船に乗りこんだのだった。

 

六年ぶりのル・ロンドは変わらず温かな街並みでジュード達を迎えた。
懐かしさに駆られながら真っ直ぐにマティス治療院に向かう。
するとちょうど治療院から出てきた老婆がジュード達に気付いて目を見開いた。
「ジュード先生……?」
「お久しぶりです、アデラさん」
微笑んでそう返すと、アデラは慌てて閉じたばかりの治療院の扉を開いて叫んだ。
「エリンさん、大先生、大変よ、ジュード先生が帰って来たのよ!」
するとすぐにエリンが飛び出してきた。
「ジュード!」
驚きに目を見開いている母は記憶にあるより少しだけ老けていて、ジュードは微かに苦笑してただいま、と告げた。
「ジュード、今まで何処に……」
そこまで口にして、ジュードが幼い赤子を抱いている事に気付いたエリンはジュードの後ろで居心地の悪そうにしている男とその男に手を引かれる女の子に目をやり、再びジュードを見た。
「全部、説明してくれるのよね?」
「うん。父さんは診療中?」
「ええ、でももう今診ている患者さんで最後だから……」
するとエリンの背後からディラックが現れ、ジュードとその連れの姿にエリンと同じく驚きに目を見開いた。
だが、それには何も言わず、ディラックは入りなさい、と一同を中へと促した。
エリンが最後の患者の会計を済ませている間、ジュード達は重苦しい空気の中無言だった。
アレックスは眠っていたのだが、いつもは騒がしいマイアも見慣れない人を警戒しているのか父親の陰に隠れて黙ったままだった。
そしてエリンが戻ってくると、この六年間何処にいた、とディラックが口を開いた。
「エレンピオスで、アルヴィンと一緒に暮らしてた」
「何故連絡一つしなかった。私たちがどれだけ心配したか、分からぬお前ではないだろう」
「それは……居場所が、ばれるわけにはいかなかったから……」
歯切れの悪い応えに、ディラックが眉間の皺を深める。
「また厄介事に巻き込まれているのか」
「そうじゃ、なくて……ええと、初めから話すね」
ジュードはまずガイアス王と恋仲であった事から話し始めた。そしてガイアス王の子を妊娠し、産むか堕ろすか迷っている所にアルヴィンが来て二人で逃げた事。
そして逃げ延びた先、エレンピオスで二人は夫婦として暮らし、その子を産み、育ててきた事。
そして二年前にガイアス王に居場所がばれてしまったものの、それでもアルヴィンと生きていく事を決めた事。
本来ならその頃に一度帰ろうと思っていたのだが、すぐに二人目の子を妊娠して来れなかった事を説明した。
黙ったままジュードの話を聞いていたディラックは、深い溜息を吐いた。
「まず、なぜ妊娠が分かった時に私たちに連絡しなかった」
「妊娠が分かったその日にアルヴィンに一緒に逃げようって言われて……その時はとにかくガイアスに見つかりたくなかったから黙ってました」
「……それで、その子が王の子なのか」
壁にもたれて立っているアルヴィンの陰に隠れてじっと様子をうかがっているマイアにディラックの視線が向けられ、ジュードは頷いた。
「マイア、おいで」
母親に手招きをされ、マイアは素早く母親の元に行くとやはり母親の陰に隠れてじっとディラックを見ていた。
「マイア、この人たちはね、ママのパパとママなんだよ」
「ママの?」
「そう、だからご挨拶、できるよね?」
促され、マイアはおずおずと母親の陰から姿を現すと、じっとディラックを見上げた後ぺこりとお辞儀をした。
「マイア・G・スヴェントです。こんにちは……です」
ジュードによく似た少女は、けれどジュードとは違う赤の瞳でディラックを見詰めた。
「……うむ」
「マイアちゃん、こちらへいらっしゃい」
エリンに優しく呼ばれ、マイアは母親を見たが、ジュードが頷くと軽い足音を立ててエリンの元へと向かった。
「マイアちゃんはいくつ?」
エリンに抱き上げられながらマイアはごさい、と手を広げて答えた。
「それで、寝ちゃってるけどこの子はアレックス。先節、一歳を迎えたところ」
「その子はそこの男の子なのか」
「そう」
頷くジュードに、ディラックは再び深い溜息を吐いた。
「……よりによって、何故その男だったのだ。その男がどんな輩かお前とてわかっているだろう」
「うん、最初はね、ガイアスに見つからない為なら何でも良かったんだ。きっとアルヴィンじゃなくても僕はついて行ったと思う」
けれどアルヴィンは献身的にジュードを守り、新たな命を共に育んだ。
「それで思ったんだ。僕は、この人が好きなんだなって」
それに、とジュードは笑う。
「この人には僕がついててあげなきゃダメだなって思ったから」
その笑顔が心底幸せそうで、ディラックは話にならない、と言う様に首を横に振ってまた溜息を吐いた。
「お前は……」
ディラックが何かを言おうとしたその時、勢いよく診療所の扉が開く音がした。
「急患かしら」
エリンの言葉が終わるが早いか、すぱーんと勢いよく診察室の扉が開け放たれた。
「ジュードが帰ってきたって本当?!」
現れたのは六年ぶりに会う幼馴染、レイアだった。

 

 


 

レイアはジュードの姿を認めると、ジュード!と叫んで飛びついてきた。
「ジュード、今まで何処にいたの!心配したんだから!」
ぐいぐいと体を押し付けられ、間に挟まれる形となったアレックスが目を覚まして泣き始めた。
「え?なに?」
ジュードしか見えていなかったレイアはそこで初めてジュードが赤子を抱いている事に気付いた。
「ごめん!大丈夫だった?」
慌てて謝るレイアに、泣きじゃくるアレックスの背を叩きながらジュードは大丈夫だよ、と笑った。
「寝てる所を起こされて機嫌が悪いだけだから」
「ていうかその子、アルヴィン君に似てるね?」
「そりゃ俺の子だからな」
それまで黙っていたアルヴィンが口を挟み、レイアは漸くアルヴィンの存在にも気づいたようだった。
「あれ?何でアルヴィン君がいるの?ていうかこの子がアルヴィン君の子供ってどういう事!いつ結婚したの!」
矢継ぎ早に質問され、アルヴィンはとりあえず結婚は二年前だな、とだけ答えた。
「うっそ!あのアルヴィン君が結婚!で、奥さんはどんな人?」
「そんな人」
アルヴィンが指差した先には苦笑するジュードがいて、レイアは数秒の間固まっていた。
「……ええええええ!」
やがて大声を上げて驚くと、どういう事なの、と今度はジュードに詰め寄った。
「ええと……話すと長くなるんだけど」
「詳しくは後でじっくり聞くから、とりあえず短く!」
「えっと……ガイアスとの子供が出来ちゃって、それをガイアスに知られたくなかったからアルヴィンとエレンピオスに逃げてました」
簡潔にまとめたジュードに、レイアは何それー!と叫んだ。
「じゃあアルヴィン君はローエンから手紙貰っておきながらそれを隠してたって事?!私たちが心配してるって知ってて!」
ぎっと睨まれてアルヴィンは降参と言う様に手を上げるとそういう事、と肯定した。
「とりあえず、殴られる覚悟はしてきたつもりだ」
「うん、後で殴らせて。で、ガイアスの子供はどうしたの?産んだんだよね?」
「うん、そこで母さんに抱かれてるのがそう」
ジュードに示されて初めてその存在に気付いたらしいレイアは、何この子!と黄色い声を上げた。
「ジュードの小っちゃい頃そっくり!やだ可愛い!お名前なんていうの?」
にっこりとレイアがマイアに問いかけると、マイアは素直に名乗った。
「マイア・G・スヴェント。お姉ちゃんはだあれ?」
「お姉ちゃんはねー、ママのお友達のレイアだよ!レイア・ロランド!レイアちゃんって呼んでね!」
「レイアちゃん?」
「そう。マイアとレイアで似てるね!マイアちゃんはいくつ?」
「ごさい」
「そっかー五歳かー。あ、確かにガイアスと同じ目の色してるねー。ガイアスは今も知らないの?」
くるっとジュードを振り返ったレイアに、ううん、知ってるよ、とジュードは苦笑する。
「二年間に居場所がばれちゃって。迎えに来たのを追い返しちゃった」
「え、それってガイアスよりアルヴィン君を選んだって事?」
「そういう事」
「ええー!だってガイアスとアルヴィン君だよ?どう考えてもガイアスの方が甲斐性あるじゃん!アルヴィン君の何処が良かったの?」
「本人を前にそういう事言うか……」
「だって本当の事だしー。で、なんで?」
「うーん、僕、どうも少しくらいダメな所のある人の方が好きみたい」
「アルヴィン君の場合、少しっていうかかなりダメだと思うんだけど」
「だから本人を目の前にして……」
「アルヴィン君は黙ってて!」
レイアにぴしゃりと叱られてアルヴィンはハイハイ、と頭を掻いて再び壁に凭れ掛かった。
「それで、こっちの子がアルヴィン君との子供なのね?」
漸く泣き止んだアレックスの頬をぷにぷにと突きながらレイアはこの顔立ち見ればわかるけどね、と笑った。
「うん、アレックスだよ。先節に一歳になったばかり」
「あ、目の色はジュードなんだね。不思議。顔立ちも髪の色もアルヴィン君に似てるのに、目の色だけはジュードなのね」
「そうだね。ところでレイア、おじさんとソニア師匠は元気?」
「そうだった!お母さんがね、一度うちにも来なさいって」
「……怒ってる、よね、やっぱり……」
微かに怯えの色を滲ませて言うジュードに、レイアはそうだね、とからから笑った。
「怒ってるっていうか、心配してたって感じかな?」
「そう……後で二人にも挨拶に行くよ」
「うん、そうして。本当に心配したんだからね?」
他の皆には知らせたの?と問われ、ジュードは頷いた。
「エリーゼには船の中で手紙を書いて、ここに来る前にシルフモドキを飛ばしたよ」
リーゼ・マクシアではGHSは殆ど普及していないため、今でも通信手段はシルフモドキが主流だった。
「ローエンには飛ばさなかったの?」
「ローエンはもうとっくに知ってるからね」
「あ、そうか、ガイアスに居場所がばれたって事はローエンも知ってるって事よね」
そこまで口にして、レイアはあれ?と腕を組んで首を傾げた。
「という事は、ローエンも二年も前からジュードの居場所知ってたのに私たちに黙ってたって事?」
「うーんとね、実はローエンとはマイアが生まれたばかりの頃に一度会ってるんだよね」
「えー!じゃあローエンってば五年も私たちに嘘ついてたって事じゃん!」
酷い!と喚くレイアに、ジュードはごめんね、と苦笑した。
「僕たちが黙っててって頼んだんだ。ローエンを責めないであげて」
「もう!……ねえジュード、今、幸せなの?」
レイアの問いに、ジュードはアレックスの頬に己の頬を寄せ、うん、と頷いた。
「そう。なら、良いよ。この六年なーんの連絡もなかった事、許してあげる」
ぱちんとウインクしてみせるレイアに、ジュードはありがとう、と微笑んだ。
「アルヴィン君!」
レイアはアルヴィンに向かってびしりと指を指し、ジュードを泣かせたらただじゃおかないんだから!と言い放つ。
アルヴィンは苦笑しながらわかってるよ、と頭を掻いた。
「もう、ジュードを悲しませるような事はしない。約束する」
「うん、約束だよ!」
ピンと立てた小指を差し出され、アルヴィンは気恥ずかしそうにそこに己の小指を絡めた。
そんな二人を微笑ましく見守っていると、不意にディラックが席を立った。
「父さん?」
「……往診の時間だ。ジュード」
「はい」
「お前の部屋に四人は狭いだろう。隣の空き部屋も使え」
暗にこの家に居る事を許すその言葉に、ジュードは目を見開いた後、ありがとう、と微笑んだ。
「それとレイア、そこの男を殴るときは私も呼べ」
「はーい!了解しました!」
ぴしっと片手を上げて元気に返事をするレイアと診察室を出ていくディラックにアルヴィンはやっぱり殴られるわけね、と覚悟を決めたのだった。

 

「あーしんどい」
宿泊処ロランドから出てきたジュードは背後でぐったりとそう言ったアルヴィンを振り返って苦笑した。
「二時間の説教は僕も初めてだよ」
恐る恐るレイアと共に宿泊処ロランドを訪れたジュード達は案の定、ソニアに大目玉をくらった。
二人が直立不動で説教されている間、マイアとアレックスはレイアが外に連れ出して遊んでいた。
すっかりレイアに懐いたマイアだったが、両親が何故こんなにも疲労困憊しているのかはわからなかった。
厳しい言葉をたくさん貰った二人だったが、最後にはソニアもにっこりと笑ってよく帰ってきたね、と言ってくれた。
ウォーロックも目に涙を滲ませながら無事だったのならそれでいい、と笑った。
長時間の説教にぐったりとはしたものの、何処か清々しかった。
「もうこんな時間だね」
空を見上げれば、夕暮れの色をしていて。確かロランドに入った時はまだ日は高かったはずだ。
アレックスを抱いたアルヴィンが癒しを求めてジュードと手を繋ぐ。
もう片方の手でマイアの手を引いているジュードは、そんな夫にくすくすと笑みを零した。
家に帰ると、キッチンではエリンが食事の用意をしていた。エリンは四人に気付くとあら、と笑った。
「こってり絞られてきたみたいね」
「うん。夕飯、僕も手伝うよ」
アルヴィンはその辺で子供たちの相手してて、と言われたのだが精根尽き果てているアルヴィンはどっかとソファに座り、天井を仰いだ。
「あー……」
「パパ遊んで!」
「ぱー!」
だが子供たちはアルヴィンの事情などお構いなしにじゃれついてくる。
それを適当にあやしながら、後はレイアとディラック先生に殴られないとな、とアルヴィンは先を思って溜息を吐いた。
そうこうしている内にディラックが往診から帰ってきて白衣を脱いだ。
そしてアルヴィンの向かいに腰を下ろすと、低く告げた。
「……マイアはア・ジュール王の子供だそうだが、それでもお前はマイアを愛していけるのか」
料理をする母親の足元でじゃれているマイアの背に視線を向け、アルヴィンは短く頷いた。
「最初の内は俺なんかが血の繋がらない子供を育てられるのかって迷ってたさ。だけど実際にマイアが産まれて、思ったんだ。この子は俺の子だってね」
あの夜明けの瞬間、アルヴィンは確信した。本当の父親が誰かなんて関係ない。血の繋がりなんて、些細な事だ。
ジュードの胎で育まれ、それをずっと見守ってきたのだ。
「あの瞬間、俺はマイアの本当の父親になったんだ」
愛しそうに愛娘の後姿を見やる姿に、ディラックは目を細めた。
変わった、と思う。かつては人を利用する事しか能のなかった男が、父親の顔をしている。
自分がエリンと出会って安らぎを得たように、この男もまた、ジュードから安らぎを得ているのだろう。
「パパ、じーじ!ごはんできたよ!」
「ああ、ありがとうな、マイア」
キッチンから駆けて来たマイアをアレックスを抱くのとは反対側の腕で抱きとめて、アルヴィンはテーブルへと向かう。
その後ろ姿を見つめながら、ディラックもまた立ち上がった。

 

ジュード達は三日ほどマティス家で過ごすと、カラハ・シャールへと旅立った。エリーゼとドロッセルに会うためだ。
ル・ロンドを発つ時、ディラックとエリン、そしてレイアが見送りについてきた。
約束通りレイアとディラックに殴られたアルヴィンは口元を少々切ったようだったが、意外と元気そうだった。
レイアもディラックもそれぞれ一発ずつで拳を収めてくれたからだろう。
「もしジュードたちを泣かせたら今度こそボコボコにしてやるんだから」
そう言うレイアに、そんな日は来ねえよ、とアルヴィンは痛む口元を歪めて笑った。
そして船と馬車を乗り継いでカラハ・シャールへと辿り着いたジュード達は真っ直ぐに領主邸へと向かった。
「ジュード!」
「ジュードー!」
屋敷を飛び出してきたエリーゼを受け止めると、ティポもジュードの胸に飛び込んできた。
「久しぶりだね、エリーゼ。ティポも」
六年ぶりに会ったエリーゼはあの頃と比べて背も伸びており、ぐっと女性らしく育っていた。
「心配したんだぞー!」
ぐりぐりと胸に頭を擦り付けてくるティポにごめんね、とジュードは苦笑した。
「ジュード、アルヴィンと結婚したって本当ですか?」
「うん、黙っててごめんね」
「今、会えたから、それでいいです……でも」
エリーゼがジュードの耳元に顔を寄せ、何かをぼそぼそと告げた。
そして息子を抱き、娘の手を引いているアルヴィンを揃って見ると、エリーゼは睨み付け、ジュードは苦笑した。
「何だよ」
「良いから良いから。アレックス貸して。マイアも」
「?」
疑問符を浮かべながらも言われるがままジュードにアレックスを渡し、マイアもジュードの元に行かせるとエリーゼがすっと手を天高く掲げて詠唱を始めた。
「げ!」
「ネガティブゲイト!」
「アルヴィンのスーパーバホー!」
「どわああああああ?!」
突然の攻撃にアルヴィンは地面とお友達になった。
「ちょ、エリーゼ姫、酷い……」
死にかけのアルヴィンの声に酷いのはどっちですか!とエリーゼは怒鳴った。
「ジュードが居なくなったって聞いてみんながどれだけ心配したと思ってるんですか!」
「まあまあ、エリーゼ、僕も悪かったんだし、許してあげてよ」
「ジュードは昔からアルヴィンに甘すぎます!」
エリーゼの憤慨した言葉に、ジュードはそうかもね、と笑った。
「皆さん、お話は中でしませんか?」
屋敷から出てきたのはこの街の領主であるドロッセルだった。
この六年でドロッセルは領主としての貫録も少しずつ備えていき、街の人々からの評価も上々だった。
「ドロッセルさんもお久しぶりです」
「ええ、ジュードさんもお元気そうで良かったです」
さあ、皆さん、中でお茶でもしながらお話ししましょう、と促されてジュード達は屋敷の中へと向かった。
「ちょ、俺は放置かよ……」
アルヴィンの絶え絶えな声にエリーゼが当然の報いです、とつんと顔を背けて屋敷の中へと入って行ってしまった。
「アルヴィン、ライフボトル要る?」
苦笑を滲ませた妻の声に、アルヴィンは大丈夫です、と返すのが精一杯だった。

 

エリーゼ達とのお茶会は夕方まで続いた。
今日はうちに泊まっていったらどう?というドロッセルの言葉に甘えてジュード達は領主邸に泊まる事にした。
エリーゼがジュードと一緒に寝たいと言い出したので、アルヴィンに子供たちを任せてジュードはエリーゼと一緒にベッドの中で夜遅くまで語り合った。
そして翌日はエリーゼの案内で街を見て回り、アルヴィンは買わなくて良いと言ったのだが、そうはいかないよとジュードはアルヴィンの職場の人たちへのお土産を購入した。
バランにも同じものを一つ購入し、ジュード達は久しぶりのカラハ・シャールを満喫した。
その夜も領主邸に泊まらせてもらい、翌朝早くジュード達は馬車に乗った。
また来てね、と笑うドロッセルと、手紙書きます、と少し寂しそうなエリーゼ。
二人に見送られながら、ジュード達を乗せた馬車は走り出した。
「ねえ、アルヴィン」
ぼんやりと窓から外を見ていたアルヴィンは、ジュードの呼び声に何?と視線を向けた。
「もう一人くらい、子供作っちゃおうか」
突然そんな事を言い出したジュードに、アルヴィンはぽかんとしてジュードを見た。
「……どうしたよ、突然」
「だって、アルヴィンは寂しがり屋だから、家族が多い方が良いかなって思って」
それに、アルヴィンの子供なら、もう一人くらい欲しいって思ってたし。
ジュードの言葉にぽかんとしたままだったアルヴィンは漸く我に返ったように開いたままだった口を閉じ、じゃあ、とジュードの手を握った。
「また引っ越さなきゃなんねえな。部屋が足りなくなっちまう」
アルヴィンのその言葉にジュードは嬉しそうに笑うと、重ねられた手をそっと握り返した。
「大好きだよ、アルヴィン」
少しだけ照れくさそうに笑うジュードに、アルヴィンは握った手を持ち上げてその手の甲に口付けた。
「俺も愛してるよ、ジュード」
しあわせを、ありがとう。
二人は心の中でそう囁いて肩を寄せ合った。





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